妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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幻想郷に生きる紫と龍人。
少しずつ人と妖怪との溝を生めながら、彼女達は今日も歩みを進めていく。

そんな中、幻想郷に春が訪れ……2人はある場所へと赴いた。


第62話 ~閻魔との対峙~

「――映姫様ー、四季映姫・ヤマザナドゥ様ー」

「………わざわざそこまで呼ばなくても聞こえていますよ、小野塚小町」

 

 黒塗りの大きな机に広がる沢山の書類に目を通しながら、閻魔である四季映姫は部屋の入口に居る部下に声を掛ける。

 彼女の声に部下である死神、小野塚小町は人懐っこい笑みを浮かべながら「こりゃ失礼」と言いつつ、映姫の元へ。

 すると彼女は死神装束の中、正確には自身の豊満な胸元から一枚の手紙を取り出し映姫に見える位置に置いた。

 瞬間、映姫の表情が露骨な嫌悪感に満ちたものに変わり、それを予期していた小町はポリポリと自身の赤い髪を指で掻きつつ苦笑する。

 

「そんな顔しないでくださいよ、十王様達からのありがたーい手紙なんですよ?」

「ほう? ありがたいものだと思っているのならば小町、あなたが私の代わりに見てもいいのですよ?」

「い、いやあ…あたいは一介の死神風情ですし遠慮しておきます」

「…………はぁ」

 

 閻魔の仕事に終わりはない、寧ろやってもやっても増えていくばかりだ。

 だというのに十王達からの手紙など、十中八九厄介事に決まっている。

 できる事ならばこの場で破り裂いて見なかった事にしたいのだが、それができないのが閻魔であり根が生真面目な映姫の辛い所。

 のろのろとした動きで手紙を広げ、中身に目を通す映姫。

 それから数秒間、彼女は無言のまま手紙を凝視して。

 

「――ぬがーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

 バリィっと、これでもかとばかりに力を込めて手紙を引き裂いた。

 

「えっ、ちょ、どうしたんですか四季様!?」

「どうしたもこうしたもありません!! 閻魔が多忙だと知っていてこのような案件を寄越すなど……小町、ちょっと十王達の元に行ってきます」

「……因みに、何をしに?」

「それは勿論……地獄に叩き落としにです」

「ちょっ!? それはホントに洒落になりませんって!! 第一、その手紙には一体何が書かれていたんですか?」

「…………」

 

 ふーっ、ふーっと荒い呼吸を繰り返す映姫。

 よほど頭に来たのだろう、割と怒りっぽい彼女だが今回のは小町にとっても珍しい怒りっぷりであった。

 とりあえず怒りを静めてもらわねば困る、死者の世界であるあの世で殺戮ショーなど見たくない。

 ……数分後、小町の健気な頑張りによってどうにか冷静さを取り戻した映姫。

 そして彼女は、小町の問いに答えるべく手紙の内容を彼女に告げ。

 

「あー……成る程」

 彼女が怒り狂った理由を、理解するのであった。

 

 

 

 

 

 

「――龍人、準備できたの?」

「ああ、ちょっと待ってくれ」

「? 紫、龍人、どっかいくのか?」

 

 八雲屋敷でボーっと過ごしていたチルノは、いつもとは違う服装になっている紫を見て声を掛けた。

 今の彼女はいつもの導師風の服装ではなく、やや明るめの紫色のドレスに身を包み、右手には愛用の日傘を持っている。

 普段の全身を包むような服装とは違い、胸元が剥き出しになった扇情的な服に身を包んでいる今の彼女は、普段とは違う妖しさと美しさを見せていた。

 

「ええ、ちょっと龍人と出掛けてくるわ。日が沈む前には帰ってくる予定だから、藍や美鈴の言うことをよく利いてお留守番しててね?」

「私も一緒に行っていい?」

「悪いけどそれは駄目、龍人と2人だけで行きたいの」

「えー……もしかして逢引ってヤツか?」

「……チルノ、誰から教わったの?」

「里に住むチヅルって人間から」

「もぅ……」

 

 あの騒動から暫く立ったが、チルノは里の者達との溝を少しずつ埋められているようだ。

 しかしいらん事を覚えてくるのはいただけない、なので紫は彼女に今の言葉は無闇に他人に言うものではないと釘を刺しておいた。

 一応右手を挙げ元気よく返事を返すチルノであったが、本当にわかっているのかは疑問である。

 まあいい、龍人も来たしそろそろ出発しなければ。

 

「いってらっしゃいませ紫様、龍人様」

「いってらっしゃい!!」

「よし、いってこい!!」

 

「ええ、いってくるわ」

「いってくる。チルノはあんまり悪戯すんなよ?」

 

 スキマを開き、龍人と共に中へと入る。

 2人が向かった先は、既に長い間人が住まなくなったとわかるほどに古ぼけた屋敷。

 所々の床板や壁は罅割れ、かつては美しい庭であったであろう場所も雑草が生え苔さえも見える。

 あまりにもみすぼらしく、けれど紫と龍人にとってここは自分達の大切な場所であり…同時に、自分達の弱さの証明だった。

 

「…………」

 

 ここに来る度に、紫の心は軋みを上げる。

 何故守れなかったと、何故救えなかったと、他ならぬ自分自身が彼女を責め続けていく。

 無意味で無駄な後悔だ、それでも紫は己を責め続ける。

 

「紫、また泣きそうな顔になってるぞ?」

 

 そして、決まって紫の心情に気付き龍人が声を掛ける。

 毎年この爽やかな春の息吹を感じられるようになってから、こんなやり取りを繰り返していた。

 龍人に優しく右手を握られ、彼の暖かさと優しさに触れながら「ごめんなさい」と紫は謝る。

 これもまたここに来る度に行われるやり取り、代わり映えしない自分の弱さに紫は失笑を送りたくなった。

 

 荒れた庭を歩いていき、紫達はある場所で立ち止まり上を見上げる。

 そこにあるのは一本の巨大な桜の木、しかしそれは春の季節が訪れたというのに枯れきっていた。

 これはただの桜の木ではない、死と呪いに満ちた妖怪桜である「西行妖」だ。

 

「――幽々子、龍哉、今年も来たわよ?」

「とうちゃん、幽々子、来たぞ?」

 

 西行妖の下に備えられている墓石に、紫と龍人は声を掛ける。

 かつてこの屋敷で紫達と友人になった西行幽々子と、龍人の父である龍哉がここに眠っている。

 とはいえ幽々子の肉体は西行妖の中に取り込まれてしまっているし、龍哉に至っては閻魔との盟約によって魂ごと消滅してしまっているから、厳密にはここに眠っているわけではない。

 それでも2人は毎年必ずこの時期にここへ訪れ、2人の冥福を祈っている。

 その後、祈りを終え周囲の掃除を終えいつものように帰る、いつも通りの時間を過ごす2人……で、あったが。

 

「――妖怪でありながら人間の真似事をするとは、相変わらず不思議な妖怪ですねあなたは」

「…………」

 

 背後から聞こえた女性の声を耳に入れ、紫と龍人はゆっくりと振り返り…紫は驚きから目を見開いた。

 緑色の髪の上に特徴的な帽子を作り、手には「(かい)()の棒」と呼ばれる板状の物体を持つこの少女は……人間ではない。

 かといって妖怪でもなく、生きる者にとっては会いたくない類の存在だ。

 

「現世に閻魔のあなたが一体何の用ですの? 四季映姫・ヤマザナドゥ様?」

「閻魔……?」

「あたいもいるよー?」

 

 そう言って現われたのは、赤髪を持った長身の女性。

 その長身よりも更に巨大な大鎌を持つ彼女はにこやかな笑みを浮かべ、友好的な雰囲気を紫達に見せている。

 しかし紫は決して警戒心を解きはしない、閻魔という存在に気を許す事はできないからだ。

 

「閻魔様って女の子だったんだな、俺は龍人っていうんだ!」

「知っていますよ龍人、ですが会うのは初めてでしたね。四季映姫・ヤマザナドゥと申します」

「あたいは小野塚小町、四季様の部下の死神さ」

「死神かあ……よろしくな、小町!!」

「…………」

 

 警戒心の欠片もない龍人を見て、紫は頭を抱えてしまった。

 生きる者にとって閻魔や死神という存在は相容れぬ事のできないものだ、特に死神が生きる者の前に現れる時は…その命を刈り取る時。

 だというのにこれである、頭を抱えたくなるのは当然であった。

 

「面白いねえ、死神だってわかってるのに歩み寄るのかい?」

「え、なんで?」

「死神は命を刈り取りあの世に送るのが仕事さ、自分の命を奪いに来たと思わないのかい?」

「……奪いに来たのか?」

 

 刹那、周囲の空気が変わった。

 龍人から放たれるのは、龍人族特有の力である【龍気】。

 それが彼の身体から溢れ出し、周囲に突風を生み出している。

 

「うおっ……ちょ、ちょっとお待ちよ。今のは冗談だし、お前さん達の命を刈り取るためにやってきたわけじゃないから」

「………そうか」

 

 慌てた様子で弁明する小町の言葉を聞き、これまた一瞬で力を引っ込める龍人。

 これは色々な意味で厄介な存在だねえと、冷や汗を頬に伝わせながら小町は彼の顔を見やる。

 先程の人懐っこい雰囲気はどこへやら、彼がこちらに向けるのは明確な警戒心と敵意のみ。

 今はこれ以上何もしないが、少しでも仕掛けてくるのならば迎え撃つ、彼の黄金の瞳がそう訴えていた。

 

「小町、誤解を招くような物言いをしたあなたに非がありますよ。――部下が大変失礼を致しました、今回私があなた達の前に姿を現したのは……実を言うと、まったくの偶然でして」

「えっ?」

 

 やや疲れた口調で言った映姫の言葉に、紫は再び驚いた。

 閻魔である彼女がわざわざ現世に現われたのだ、何もないとは思えなかったが…どうやら彼女の用事に自分達は関係ないらしい。

 ではその用事とは一体何なのか、そこまで考え…紫は、映姫の視線が西行妖に向けられている事に気付く。

 

「気付いたようですね。ええ――実はこの西行妖に用がありまして」

「……この木を、どうするおつもりですの?」

 

 紫の声に冷たさが含まれ、予想通りの反応に映姫はため息をついた。

 本来ならば「あなた達には関係のない事です」と言って突き放し、自分達の目的を果たせばいいだけなのだが…当然、目の前の妖怪は納得しないだろう。

 そればかりか自分達の邪魔をしてくる可能性すら出てきかねない、彼女の能力を考えればここで余計な敵対心を抱かせるのは得策ではない。

 それに彼女達もまったくの無関係というわけでもないだろう、少なくとも西行寺幽々子の事を知っている彼女達は。

 なので、彼女は包み隠さず紫達に自分達の目的を話す事にした。

 

 

 

「――この西行妖を“冥界”へと持っていき、そこで西行寺幽々子を“亡霊”にします」

 

 

 

 

To.Be.Continued...




今回は少し短め、本来はこれくらいの手軽さの方がいいのかもしれませんがなかなか上手くいかないのです。
楽しんでいただけたでしょうか?
もしそうなら幸いです。

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