妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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吹雪の中から現われたのは、氷の妖精であった。
妖精とは思えぬ力を感じ、龍人はすぐさまその妖精に攻撃を仕掛けたのだった。


第60話 ~炎の不死人対氷の妖精~

「―――だりゃあっ!!!」

「――――っ」

 

 躊躇いなど見せない加減なしの拳は、氷精の腹部に深々と突き刺さった。

 見た目は女性ながらも、龍人は躊躇いなど見せずに攻撃したのは、相手から明確な殺意を感じ取ったからだ。

 いや、正確には殺意というよりも……無邪気さすら残る残酷さを感じ取ったと言った方が正しい。

 この氷精は紫達の命を奪う事になんの疑問も罪悪感も抱いていない、道端の小石を蹴るような感覚で他者の命を平気で奪う。

 だから躊躇いなど見せられなかった、だが………。

 

「いい―――っ!?」

「……痛いなあ、何すんのさ」

 

 パキパキという音を響かせながら、氷精に叩き込んだ龍人の拳が()()()()()()()

 瞬く間に拳を凍りつかせ、続いて腕を凍らせ、更には首元にまで迫ってきた。

 拙い、すぐに離れなければ、そう思うが拳が完全に氷精の身体と結合してしまいその場から抜け出せない。

 遂に顔辺りまで氷が伝い、このまま全身が凍りついてしまうと思った瞬間。

 

「あだぁっ!?」

「おおっ……?」

 

 氷精が悲鳴を上げながら吹き飛んでいき、同時に龍人を凍りつかせていた氷がみるみるうちに溶けていく。

 一体何が起きたのか、そう思う前に龍人は自分の凍りついた腕が赤い炎に包まれている事に気づく。

 しかしその炎は凍りついた腕を溶かすと同時に消え、他の部位に燃え広がる事はなかった。

 

「――龍人、油断し過ぎ。相手は氷の塊みたいな奴なんだから、単純に殴りつけてもこうなるだけだよ」

「妹紅……」

 

 龍人の隣に立つ妹紅、今の彼女からは熱いくらいの熱が放たれていた。

 その熱は炎に変わり、彼女の身体を包み込んでいく。

 しかしその中でも妹紅は平然としており、だんだんとその炎は彼女の背中へと集まっていった。

 

「ちょうどいいや、相手が氷の塊なら……私の出番だ」

 

 そう告げる妹紅の背中に、炎で形成された翼が現われる。

 その翼は神獣と謳われる――朱雀の翼を象っていた。

 凄まじい熱におもわず龍人は彼女の傍から離れ、そんな彼に妹紅は不敵な笑みを向ける。

 

「助けてくれた恩返しもしたいし、この里で暮らす事を許してくれた以上……ちゃんとここを守る義務がある。紫、ここは私に任せてくれるかしら?」

「……ええ、お願いするわ」

 

 境界の力を用いて目の前の氷精を叩き潰すのは簡単だ、しかしそれでは妹紅の考えを踏み躙る事になるし、この力は大きな量を一度に使うと色々と拙いのだ。

 なので紫は今回傍観に徹する事にし、彼女と共に戦おうとする龍人を呼び寄せた。

 

「龍人、ここは妹紅に任せましょう」

「………妹紅、油断するなよ?」

「大丈夫、これでも不老不死になってから何度も修羅場を潜り抜けてきたんだから」

 

 軽い口調でそう返しながらも、妹紅は決して氷精から視線を逸らす事はしなかった。

 相手をただの妖精だと見れば、その時点で敗北すると彼女自身がわかっているからだ。

 両足に力を込める、すると彼女の足に朱雀の炎が纏わりついた。

 一方、蹴られた氷精は雪の中で倒れていたが、何事もなかったかのように立ち上がりつつ、妹紅によって蹴られた右わき腹付近に視線を向けた。

 

「あちち……炎が使えるんだ……」

 

 溶けていた。

 蹴られた箇所が、足の形そのままに溶け完全に無くなっていた。

 人間ならば猟奇的な絵図ではあるが、妖精である彼女にとって特に気にしたものではなく、すぐさま周囲の冷気を取り込んで元に戻す。

 

――妖精は他の生物と違い“死”という概念が存在しない。

 

 元々が自然の一部なのだ、たとえバラバラにされようが粉微塵にされようがいずれは復活を果たす。

 とはいえ粉微塵にされれば痛いし何より復活までそれなりの時間を要するので、氷精としてもそれは御免被る。

 だから――自分を睨みつつ両足に炎を纏わせた少女を黙らせようと、氷精は彼女に向けて右手を翳した。

 

「フリーズランサー」

 

 名を告げ、氷精は右手に溜めた霊力を一気に開放させる。

 刹那、その右手から放たれたのは――巨大な氷柱。

 一つ一つがまるで槍のような鋭利さを持ち、撃ち出される速度も相まって当たれば風穴を開けられるは必至。

 その氷柱が合わせて十七、全てが妹紅に向かって撃ち放たれた。

 

「妹紅!!」

 

 龍人が叫ぶ、しかし妹紅は口元に笑みを浮かべながらその場から一歩も動こうとしない。

 そして、氷柱が妹紅の華奢な身体を貫こうとした瞬間。

 

「――灰燼と還れ」

 

 妹紅の身体から巨大な火柱が放たれ、氷柱全てを一瞬で蒸発させてしまった。

 これには氷精も驚き、それが圧倒的なまでの隙を生む。

 妹紅が動く、驚き次の行動に移らない氷精に嘲笑するような笑みを浮かべつつ、間合いを詰め。

 

「紅蓮脚!!!」

 その身体に、高熱を孕んだ脚を叩き込んだ―――!

 

 その一撃はまさしく必殺、悲鳴を上げる事もできずに氷精は冗談みたいな速度で吹き飛んでいった。

 瞬く間に氷精は人里から離れ、近くの山の斜面に叩きつけられながらも尚止まらない。

 何度も地面にバウンドし、錐揉み状態になりながらも止まらず……ようやく止まったと思った時には、氷精は人里から2つほど離れた山の中に倒れていた。

 

「げほっ……ごほっ……」

 

 激しく咳き込みながら、氷精は蹲り身体を痙攣させる。

 ……今の蹴りで氷精の胸辺りには風穴が開いていた。

 それを修復しながらも、氷精は身体全体に走る痛みを必死に耐えていると……。

 

「っ」

 

 上空から殺気を感じ、氷精は痛みに耐えながら後ろに跳躍。

 刹那、先程まで氷精が居た場所に妹紅の踵落しが叩き込まれ周囲の雪が一瞬で蒸発した。

 地面を滑りながら後退する氷精、まだ修復は終わっていないが反撃しなければこのまま押し切られる。

 そう判断し、氷精は両手に氷で作り出した剣を持ち妹紅に向かって踏み込んだ。

 

「とりゃあああああああああっ!!」

 

 二刀の氷の剣をめちゃくちゃに振り回す氷精。

 それに触れれば瞬時に凍りつくと理解し、妹紅は受けるのを止め回避を選択。

 氷の剣が振るわれる度に空気が冷え、周囲の木々が凍り付いていく。

 

「ふっ―――!」

「あえっ!?」

 

 右の剣を妹紅に振り下ろした瞬間、彼女は左足による後ろ回し蹴りで真っ向から氷の剣を受け止めた。

 脚に纏っていた炎により溶けていく氷の剣、すぐさま氷精は左の剣を妹紅に向かって振り下ろそうと試みる。

 それを見た妹紅は左足を地面に下ろしながら右足による蹴りを氷精の左手首に叩き込んだ。

 衝撃と痛みが氷精を襲い、その拍子に氷精の左手から氷の剣が離れてしまった。

 

「っ………!?」

 

 その場で高速回転をし、その勢いを込めた妹紅渾身の蹴りが氷精の腹部に突き刺さる。

 数本の木々をへし折りながら吹き飛ぶ氷精、妹紅はそれを見届ける事無くすぐさま追撃に入った。

 跳び上がり、氷精を追いながら右足を大きく天に向かって振り上げる妹紅。

 

(こう)(おう)(てん)(きゃく)!!!」

 先程よりも更に熱が込められた炎を纏わせ、それを氷精に向かって勢いよく振り下ろす―――!

 

「っ、チィ―――!」

 

 しかし不発、周囲の地面と雪をまとめて吹き飛ばすだけに終わり、妹紅の口からは悔しげな声が漏れた。

 間一髪難を逃れた氷精であったが、息は乱れ未だに修復の終わらない胸部を押さえながら、膝を突いていた。

 それを見て妹紅はゆっくりと息を吐き、纏っていた炎を消し去る。

 

「……もう降参しなよ、あんたの負けだ」

「うぐぐ……まだまだ私は負けてないよ!!」

「その身体でよく吼える……いくら死なないって言ってもあんまり痛めつけたくはないのよ、おとなしくしててくれない?」

 

 同じ女…というと少々語弊があるが、見た目が可愛らしい少女を痛めつけるというのはなかなかに良心が痛むのだ。

 それにこの氷精には訊かなければならない事もある、だが相手はこっちの心中を理解してくれないのかまだ戦うつもりのようだ。

 ……これはもう四肢を消し飛ばさないとおとなしくならないかもしれない、そう思った妹紅は気乗りしないながらももう一度両足に炎を纏わせる。

 

「あたいは誰にも負けないよ! この寒さで強くなってるんだから!!」

「よく言うわよ、負けてるじゃない」

「負けてない!!!」

 

 叫ぶようにそう返し――氷精は全身全霊を込めた一撃を繰り出す準備に入った。

 残りの霊力を全て開放し、周囲の冷気を己の中へと取り込んでいく。

 勝負に出るようだ、ならばと妹紅も両足の炎の勢いを上げていった。

 

「あたいの必殺技を受けてみろ!!」

(中身は子供なんだけど、力は妖精の概念を逸脱してるっていうのが厄介ね……)

 

 妖精は悪戯好き、しかし力は弱いからこそ命が失われる事態に陥る事はあまりない。

 だがこれだけの力を持つ妖精が悪戯に走ったら……そう思うと、ますます目の前の存在を野放しには出来ない。

 再び妹紅の背中に朱雀の翼が現われ、氷精の霊力と妹紅の妖力が場に充満していき。

 

「くらえっ! グレートクラッシャー!!!」

 

 先手は氷精、自身の数倍はある氷槌を生み出し真っ向から妹紅に向かって振り下ろした。

 しかし妹紅は動かない、まともに受ければその華奢な身体など拉げてしまうというのに。

 諦めたのか、口元に勝利を確信した笑みを浮かべながら――氷精の槌が、妹紅の身体を叩き潰してしまった。

 周囲に飛び散る赤い血と肉片、それを見て氷精の笑みがますます深まっていく。

 

「はーっはっは!! なによ偉そうな事言っておいて、やっぱりあたいってば最強ね!!」

 

 右手をぐっと天に向かって挙げる氷精。

 自分は勝った、勝ったのだ。

 勝利が氷精に自信を与え、彼女は次なる獲物として先程見た龍人達の元へと戻ろうとする。

 ……だが、彼女は知らなかった。

 自分が命を奪った相手の異質さを、そして勝利が自分に与えたのは自信ではなく…過信だという事を。

 

 

「――やっぱり死ぬと痛いわね、当たり前なんだけど」

 

 

「え―――」

 

 誰の声だ?

 キョトンとする氷精の身体を、声の主はしっかりと掴み上げ。

 

「次は、不死も殺せるようにならないと、ねっ!!!」

 

 無茶苦茶な事を言いながら、左足に高熱の炎を纏わせ。

 いまだに状況を理解していない氷精の身体に、容赦のない炎の蹴りを叩き込んだのであった―――

 

 

 

 

 

 

「――はい、ご苦労様」

「いーえ、どう致しまして」

 

 倒した氷精を担いで人里に戻ろうとした妹紅の前に、スキマから出てきた紫が現われる。

 労いの言葉を掛ける紫に、妹紅は気だるげに返事を返しつつ地面に座り込んだ。

 紫が来たのなら急いで戻る必要もないだろう、それに……まだ身体が治りきっていない事を思い出す。

 このまま戻ったら間違いなく龍人や慧音に詰め寄られる、特に慧音には説教をされそうなので全部治してから戻る事に決めた。

 

「……本当に不死なのね、妹紅」

「まあね。見ていて気持ちの良いものじゃないから今は私を見ない方がいいわよ?」

 

 そう言って苦笑する妹紅の身体は、普通の人間が見れば卒倒する程の状態になっていた。

 何せ一度強大な氷槌で叩き潰されたのだ、四肢も頭部も復元を終えているが……所々の皮膚は無く骨や筋肉が剥き出しになっている。

 更には臓器も表に出てしまっており、このまま帰れば色々な意味で大惨事になってしまうだろう。

 

「……ねえ妹紅、どうして氷精の一撃を敢えて受けたの?」

「なんだ、覗いてたの?」

 

 趣味悪いわねと妹紅は笑うが、紫はくすりともせずに妹紅を見やる。

 それを見て妹紅もすぐさま笑みを引っ込ませ、気まずそうに視線を逸らした。

 彼女は蓬莱人、不死の身体を持ち決して死ぬ事はできない。

 だがかといって先程の攻撃は彼女ならば充分に防ぐなり避けるなりできた筈だ、そして今の妹紅の態度でわざと一撃を受けたという推測は確信へと変わった。

 それが紫には理解できず、同時に許容できるものではない。

 

「………怒らない?」

「あら、怒るような理由なのかしら?」

「うー……怒るかもしれない、現に慧音には怒られた事があるから。でも、私にとってはちゃんとした理由なんだからね?」

「わかったわ、怒らないから……話しなさい」

「うっ、暫く会わない内に恐い顔を作れるようになったのね」

 

 やれやれといった様子で溜め息をついてから……妹紅は、紫の問いに答えを返した。

 尤も、彼女の返答は紫にとって納得のできるものではなかったのだが。

 

「痛みが欲しかったのよ、私は死ねない身体だから……“生きている”と実感できる痛みを感じないと、自分が死んでいるのか生きているのかわからなくなるから」

「…………」

 

 なんだそれは、ふざけているのか?

 最初に頭の中に浮かんだのは、そんな言葉であった。

 痛みを感じたかったから、わざと殺されるような真似をするなど理解できない。

 当然納得などできないと反論しようとして……けれど、紫は何も言えなくなった。

 

 死ねない身体、百の年月すら生きられぬ人間から彼女は不死の肉体へと変貌してしまった。

 故に彼女は“死”への概念が薄れ、わからなくなった。

 だから彼女は痛みを求める、常人には理解できぬ考えだと理解していても…これが不死である彼女にとっての“生”の謳歌なのだろう。

 

「――ごめんね紫、私もこんな方法が正しいものじゃないってわかってるんだけどさ」

「別にあなたが謝る事ではないわ妹紅、それに私はその考え方が間違っているとも思えないから」

 

 納得はできないけどね、そう続ける紫に妹紅は苦笑を浮かべながらも、紫の言葉に感謝していた。

 他者には決して理解も納得もできない壊れた考え方を、間違いではないと言ってくれたのが嬉しかったから。

 少しだけ、妹紅は蓬莱人になった自分を好きになれた気がした。

 

「とりあえず、このお騒がせ妖精は一度屋敷に連れて行くとして……目が醒めたらどうしてやりましょうか?」

「まずは里のみんなに謝らせないとね、犠牲者が出なかったとはいえ氷塊で門が壊れちゃったんだから」

「そうね、龍人達も心配しているでしょうしこのまま屋敷に帰りましょう」

 

 スキマを開き、屋敷へと繋げる。

 そして紫は妹紅と彼女に担がれている氷精と共に、八雲屋敷へと戻っていったのであった。

 

 

――自分達を見つめている存在に、気づかないまま。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




うちの妹紅さんは蹴り技主体の戦闘スタイルでいくつもりです。
深秘録での妹紅さんの蹴り技がカッコよかったので。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。

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