妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

63 / 127
人と妖怪が共に暮らす幻想郷にて、紫達は歩みを進めていく。
かつての友人である藤原妹紅との再会を果たし、彼女達はまた新たな絆を築いた……。


第59話 ~吹雪の後に~

『――――さーーーーーむーーーーーいーーーーーーー!!!!』

「……あの子達、何をしているのかしら」

 

 目の前すらまともに見る事のできない程の猛吹雪の中、動く影が2つ。

 1つは龍人、そしてもう1つは美鈴である。

 凍てつく冷気と雪が容赦なく吹き荒れるというのに、2人は先程から寒い寒いと連呼しつつも本組み手を行っていた。

 龍人と美鈴曰く、「こんな厳しい環境の中でならより一層修行になる!」との事。

 ……阿呆である、当然紫は暖かな部屋の中でお茶を飲みつつ外の阿呆2人を冷めた目で見つめていた。

 

「……御身体を壊さなければいいのですが」

「龍人と美鈴は無駄に頑丈だから大丈夫よ。それより藍、2人に替えの服と暖かなお茶でも用意してあげて頂戴」

「畏まりました、すぐに――」

 

『もう無理ーーーーーーーーーっ!!!』

「わあっ!?」

「寒っ!?」

 

 2人の情けない悲鳴と共に、部屋の中に外の吹雪が入ってきた。

 せっかく暖かな空間だった部屋が瞬時に凍てつき、紫は抗議の声を上げようとしたのだが…2人はそれよりも早く動き。

 

「ひっ!?」

「ああ……藍、もふもふだ……」

「もふもふ……もふもふ……」

 

 一目散に、藍の黄金色の美しい五本の尻尾の中に潜り込んでしまった。

 当然藍は驚き素っ頓狂な声を上げてしまう、外の猛吹雪に晒された2人の身体は冷たくぐっしょりと濡れている。

 そんな2人が遠慮なく尻尾の中に飛び込み抱きついてきたのだ、冷たさと軽い痛みで驚くのは当然であった。

 尤も、藍に襲い掛かったのはそれだけではないようだが。

 

「あっ、くぅん……りゅ、龍人様、も、もう少し、あっ、優しく……」

「…………」

 

 藍の顔に赤みが帯びていく。

 息も荒くなっていき、表情も恍惚なものに変わっていっている。

 美鈴は途中でそれに気づいたのか、僅かに頬を赤らめつつ藍の尻尾から離れてのだが、気づかない龍人は尚も藍の尻尾を弄んでいた。

 ……このままでは拙い、色々な意味で。

 そう思った紫は大きく溜め息を吐きながら、右手に妖力を込めつつ立ち上がった。

 

――数分後。

 

「――もぅ、あんなに綺麗だったのにこんなに濡れちゃって」

「紫様自ら私の尻尾を手入れするなんて、その……」

「これもまた主人の仕事よ、だってこんなにも暖かくて柔らかくて綺麗な黄金色の尻尾なのだもの、いつだって素敵なままで維持したいと思うでしょ?」

「……ありがとうございます、紫様」

 

 優しい手つきで自身の尻尾の毛繕いをしてくれる主人に、藍は心からの感謝の言葉を告げた。

 表情も穏やかなもの、だったが……その顔もすぐさまなんともいえない微妙な表情に変わり、彼女の視線は外へと向けられる。

 外は先程と変わらない猛吹雪に晒され、その中で首から下が完全に地面に埋もれている龍人の姿があった。

 

「さ、さみぃぃいぃぃぃぃぃっ!!!」

「……紫様、あれはやり過ぎでは?」

 

 藍の尻尾に狼藉した龍人に、紫はきついお仕置きを施した。

 まずしっかりと妖力を込めた拳骨をこれでもかと彼の頭に叩き込み、すかさずスキマを用いて彼を氷点下になっている外へと放り出し、更に首から下を地面に埋めてしまった。

 いくらなんでも可哀想である、そう思った藍は恐れ多いとは思いつつも紫に進言する。

 

「いいのよ、龍人は頑丈だから。それにあんなに気安く女の身体に触れる事は駄目だって事を身体でわからせないと」

 

 彼の場合、口で言っても理解しない事がある。

 だからああやって強引に判らせた方が良い場合もあるのだ、ほんの少しだけやり過ぎだとは思うが。

 

「…………私は、別に嫌ではありませんでしたけど」

「藍、あなたまさか龍人に……」

「い、いえいえそんな! 龍人様は私にとって紫様と同じく主人のようなものです、そ、そのような事は……」

「そのような事って、どういう事かしら?」

「あ、ぅ……」

 

 紫の言葉に、藍は何も言わず頬を赤らめ俯いてしまった。

 その反応を見て紫は疲れたように溜め息をつきつつも、戒めの言葉を藍に告げた。

 

「藍、女の妖狐は男に惚れやすいのは知っているけど……」

「ほ、惚れっ!? で、ですから違います! それを言うなら紫様だって龍人様の事が……!」

「らんー? それ以上言ったら……手元が狂って尻尾を引き千切ってしまいそうになるから、それが嫌なら黙っていましょうね?」

「…………ハイ、ワカリマシタ」

 

 おもわず片言の返事を返してしまう藍。

 だってしょうがないだろう、背後に居るために表情は見えないが……間違いなく今の紫の顔は直視できない恐ろしいものに変わっていると、声だけで判断できた。

 ここはおとなしくしているのが自分の為だと瞬時に判断し、藍は物言わぬ石像になれと己に言い聞かせる。

 聞き分けの良い式に紫は満足そうな笑みを浮かべつつ、再び毛繕いを開始したのであった。

 

「……あの、龍人さんをそろそろ中に入れてあげなくてもいいんでしょうか? さっきまで聞こえてた声が聞こえなくなってるんですけど」

『――――えっ?』

 

――少女救出中。

 

「…………死ぬかと思った」

「ご、ごめんなさい……」

 

 これでもかと衣服と毛布に埋もれながらも身体を震わせている龍人を見て、紫もさすがに謝罪の言葉を言う他なかった。

 ……後ろからジト目で睨んでくる藍と美鈴の視線が痛い、精神攻撃に弱い妖怪に対してその態度はないだろうと言ってやりたかった。

 とはいえ今回は甘んじて受けなければなるまい、なので紫は何も言わず龍人に向かって深々と頭を下げ続ける選択肢しか選ぶ事ができなかった。

 

「それにしてもさ……最近、ずっと吹雪いてるよな」

 

 ようやく寒さから開放されたのか、身体の震えを止め毛布を取り払った龍人が言う。

 それに伴い紫も頭を上げ、視線を外に向けた。

 ――先程と変わらぬ、激しい吹雪が舞っている。

 

「幻想郷の冬って、いつもこうなんですか?」

「いや……俺達も二百年ぐらいここに居るけど、今回のは初めてだな」

 

 確かに吹雪いた事は、過去に何回もあった。

 しかしそれは一晩だけの時が殆どであり、今回は…既に四日間もの時間、吹雪いている。

 龍人の言う通り、今回のような事は初めてだ。

 

「……龍人、吹雪が止んだら人里に行ってみましょう」

「おう。美鈴はどうするんだ?」

「あ……えっと、いいんでしょうか?」

「勿論、人里のみんなは人間でも妖怪でも優しいからな。美鈴だってすぐに気に入るさ」

 

 心優しい美鈴の事だ、きっとすぐに人里の者達に慕われ愛されるだろう。

 そして美鈴もまた人里の者達と仲良くなり…また新たな絆が生まれてくれる。

 その絆が更なる絆を生み……いずれ世界すら繋げられる絆になってくれるかもしれない。

 そうなってくれたら、龍人は嬉しいと思った。

 

――それから、二日後。

 

「…………」

「これは……」

 

 およそ六日振りに人里へと赴いた紫達は、この吹雪によって被害を被った人里を見て愕然とする。

 吹雪によって倒壊した家屋、雪に埋もれた建物、更には今回の吹雪によって怪我人が発生したのか、人里のあちこちから喧騒が響き渡っていた。

 想像以上の被害に一瞬顔をしかめながらも、紫はすぐさま歩を進め阿爾の元に向かう。

 阿爾はいつもの稗田家の屋敷ではなく、里の診療所で見つかった。

 

「紫さん、龍人さん!」

「阿爾、被害の方は?」

「潰れた家屋の下敷きになっている者達が居るようで……」

「龍人、里のみんなと協力して救出の手伝いを……」

 

 龍人にそう指示を出す紫だったが、既に龍人と美鈴の姿はなかった。

 どうやら彼女が指示を出す前に行ってくれたようだ、美鈴もその手伝いに行ってくれたのだろう。

 2人の行動の速さに感謝しつつ、紫は藍と共に里の者達の治療を開始した。

 凍傷や壊死しかけた細胞を治療札や永琳から預かった薬を用いて治療を施していく。

 

(さすが永琳の薬ね、壊死しかけた細胞まで再生させるとかどういう原理なのかしら)

「ありがとうごぜえます八雲様、わし達なんぞの為に……」

「お気になさらないでくださいな、困った時はお互い様ですから」

 

 にっこりと微笑む紫、それを見て治療されていた老人は涙ぐんでしまった。

 感謝してくれるのは嬉しいが、そこまで感謝されると困ってしまう。

 藍も同様なのか、拝み倒され困りつつも口元はすっかり緩んでしまっている事を紫は見逃さなかった。

 後でからかう材料ができたと内心ほくそ笑みながら、紫は藍と協力し治療を続けていった。

 

「念の為、後で永琳を呼んでおきましょう」

「ありがとうございます紫さん、藍さん、本当に助かりました!」

「気にしないで頂戴、それに……助けられない命は助けられないもの」

「あ…………」

 

 紫の言葉に、阿爾の表情が曇る。

 ……今も、潰れた家屋の下敷きになっている者達が居る。

 当然龍人達が救出しようと動いてくれているが、もう手遅れな者も居るだろう。

 しかしこれも自然の摂理、仕方がない…という言葉では済ませられないかもしれないが、生きとし生ける者達にとって避けられぬものだ。

 だが、仕方がないと思っても、紫の胸に僅かな痛みが走った。

 

「それにしても、今年は異常な程の吹雪でしたね……。それだけじゃなく、()()まで降ってくるなんて思いませんでした」

「…………氷塊?」

「阿爾殿、氷塊とは……?」

「里のあちこちに氷塊が落ちているそうなんです、殆どが小さかったり大きくても大人の拳大ほどのものなのですが…里を囲っている壁や門を破壊する程の巨大な氷塊も振ってきたらしくて……」

 

 それが家屋に直撃していたら被害が更に増えていたでしょうね、想像したのか阿爾の身体がぶるりと震える。

 周囲の地面に視線を向ける紫、なるほど確かに雪に紛れて大小さまざまな大きなの氷塊が見えた。

 その内の1つを手に取る、すると……紫はある事に気づき、阿爾に声を掛けた。

 

「阿爾、その巨大な氷塊が降ってきた場所に案内してくれないかしら?」

「えっ? ええ……それは構いませんが……」

「藍、あなたは龍人達と合流して……丁重に弔ってあげなさい」

「……畏まりました」

 

 一礼し、その場を去っていく藍。

 その姿を見送ってから、紫は阿爾の案内で里の一角――防衛用の壁がある場所へと赴いた。

 そこは木製の壁に紫と里の霊能者が協力して作成した札を貼り付け、外から侵入しようとする妖怪を撃退する作りになっているのだが……。

 既に防壁としての機能は完全に失われており、その原因となっている巨大な氷塊が破壊された壁に突き刺さっていた。

 

「私も報告だけでしか聞いていませんでしたが……大きいですね」

 

 比較的小柄でありながら、阿爾が見上げる程に氷塊は大きかった。

 まるで水晶のように透き通った美しい氷塊だ、しかし……この氷塊からは本来無い筈の()()()()を感じられる。

 氷塊に手を触れる紫、外の空気も相まって凍りつくような冷たさを感じながら…紫は顔をしかめた。

 

「……霊力の残滓を感じられるわ」

「えっ……この氷塊からですか? じゃあ、この氷塊は……」

「でもこの氷塊は人間が作り出したものじゃないわ。霊力といっても人間のものとは違う……おそらく、【妖精】の霊力でしょうね」

「妖精……?」

 

 ――妖精。

 大自然の具現、自然現象そのものの正体と呼ばれる、妖怪とはまた違うベクトルに存在する人外。

 手の平に乗ってしまうような小さなものから、大きくても十を満たない人間の子供のような容姿を持ち、天真爛漫で悪戯好きの西洋に伝わる存在だ。

 妖怪という人外の事を書いている阿爾も、妖精という種族の事は知っていた。

 しかし実際に出会った事はなく、この幻想郷にも妖精は存在しない為に、紫の言葉には驚きを隠せない。

 

「ここは人間と妖怪、陰と陽とも言うべき他種族が共に生きる場所。故にここには自然と多種多様な種族が集まる一種の“場”が形成されているのよ」

 

 説明しつつも、紫自身先程自分が放った言葉に違和感を覚えていた。

 ほぼ間違いなくこの氷塊は妖精によるものだろう、人間とはまた異なる波長の霊力からもそれが伺える。

 だがやはり解せない、妖精というのは一部を除いて力は弱く人間でも大人であれば簡単に捕らえたり退治したり出来るほどの力しかない。

 だというのにこれだけの氷塊を生み出したというのは通常の妖精としての概念を逸脱している、どうやら幻想郷に現れた最初の妖精は上記の“一部”に該当するようだ。

 おまけに、余計な事までわかってしまい紫は大きな溜め息を吐き出してしまう。

 

「……とにかく、きっとこれを作り出した妖精はまた現れるわ。

 阿爾、申し訳ないけど暫く屋敷に滞在してもいいかしら? これ以上この問題を放っておけば里への影響が大きくなってしまうから」

 

 今回の事で、人間達が人外に対する考え方を変えてしまう者も現われるだろう。

 そもそも幻想郷に生きる人間達は妖怪のような人外に対する恐怖心や差別的考えが欠落している、本来の関係に戻るだけと言えばそれまでだが…それが大きくなりすぎては、また新たな問題も発生する。

 ここは人と妖怪が共に生きる世界だ、その均衡をできる事なら壊したくはない。

 あまりにも互いに踏み込みすぎるのも考えものだが、距離を置き過ぎるのも宜しくないわけで。

 なかなか難しいものだと、紫は再び溜め息を吐いたのであった。

 

 

 

 

 夜になった。

 闇の世界と化した人里の道を、紫は龍人、妹紅、美鈴の3人と共に歩を進めていく。

 聞こえてくるのは積もった雪を踏み鳴らしていく音だけ、幸いにも昨日のような吹雪にはならなかったが、気温は大分下がっており龍人が寒そうに身体を震わせていた。

 

「情けないわね龍人、男の子でしょ?」

「しょ、しょうがねえだろ……寒いもんは寒いんだよ、というかお前等は寒くないのか?」

 

 呆れる妹紅にそう返しつつ、龍人は平然と歩を進めている3人の問いかけた。

 龍人とは違い、女性陣はいつもと変わらぬ服装だというのに普段通りの様子で歩みを進めている。

 紫や美鈴はまだわかるものの、妹紅の服装ではどう考えても寒い筈だ。

 

「妖術で身体の周りを高熱で覆っているから、寒くないのよ」

「私は全身に気を巡らせて寒さを和らいでいますので……」

「い、いいなあ……その方法、俺にも教えてくれよ! はぁ……藍が居れば尻尾の中に埋もれるのになあ」

 

 現在ここには居らず、竹林から連れてきた永琳と共に里の者達の治療を行っている藍の尻尾を思い出し、龍人は大きく溜め息を吐き出した。

 情けない彼の発言に妹紅は肩を竦め、美鈴は呆れはしないもののなんともいえない苦笑を浮かべる。

 緊張感の欠片すら今の龍人には感じられず、先頭を歩いていた紫はさすがに黙ったままではいられず苦言を放った。

 

「いい加減にしなさい龍人、妖精とはいえおそらく今回の吹雪で相当力が増しているのよ。油断しないで」

「だって寒いしさー……うぅっ、今日は布団に入っても寒そうだなー」

「半分妖怪の血が混じってるのに、軟弱だなー」

「んー……なんでだろうな、確かに前はこんな寒がりじゃなかったんだけど……」

(……そういえば、そうだったわね……)

 

 確かに昔は、今のように寒い寒いと連呼するような事はなかった。

 ……若干の違和感が紫の中で生まれる。

 しかしそれもすぐに霧散してしまった、何故なら……周囲の気温が急速に下がり始めたからだ。

 元々氷点下だった気温は更に下がり、吐いた息が凍りつきそうだ。

 このまま気温が下がり続ければ家屋の中に居る里の住人達にまで影響が及ぶ、故に。

 

――自分達の前に現れた、身体から凍てつく冷気を放つ妖精を黙らせなければ。

 

 しかし、と紫は現われた妖精の容姿を見て内心驚いていた。

 先述の通り妖精は大きいものでも十を満たない人間の子供のような容姿だ、しかし目の前の妖精の少女は成熟した大人の肉体を持っていた。

 白のシャツの上から青いワンピース状の衣服で身を包み、ウェーブがかった薄めの水色の長い髪に青い瞳。

 背中には氷で作られたであろう十枚の羽根が生えており、雪の上だというのに素足のまま立っている。

 

「……お前等、妖怪だろ?」

 

 少女が紫達に問いかける、外見とは違い幼い声色だった。

 質問には答えず、紫達は無言のまま身構えた。

 相手は妖精とはいえ、内側から感じ取れる霊力の高さは決して油断できるものではない。

 やはり目の前の妖精は氷に関する妖精のようだ、この猛吹雪で力を随分と増してしまっているらしい。

 

「……まあいいや。あたいのこの力――アンタ達で試させてもらうよ!!!」

 

 妖精が叫ぶ、同時に強烈な冷気が紫達に襲い掛かった。

 おもわず顔を庇い動きを止める紫達であったが、その中で龍人だけが妖精に向かって踏み込み。

 

 その身体に、容赦のない右の拳を叩き込んだ――

 

 

 

 

To.Be.Continued...




この妖精の正体とは!?
とは言いつつも判る方なら速攻でわかってしまいますね。
楽しんでいただけたのなら幸いに思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。