妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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妹紅と共に保護された少女、上白沢慧音が目を醒ました。
そして紫達は、彼女から自分の過去を聴く事に。


第58話 ~再会~

――上白沢慧音は、とある里で(きょう)()()の両親の間に生まれた。

 

 幼い頃から知的好奇心に溢れ、また知能も高く両親の知識を瞬く間に吸収していった。

 そんな彼女に両親は喜び、里の者達からも好かれ慧音の人生は幸せだった。

 いつか自分も両親と同じ郷土史となり、いずれは他地方の歴史も紐解いてみたいと思いながら成長していき……けれど、その幸せは突如として終わりを迎える事になる。

 

《ほぅ……娘、どうやらお前の身体は随分と特殊な作りのようだな》

 

 それが、彼女の幸せを奪う始まりの言葉だった。

 満月の夜、誰も居ない筈だというのに毎回慧音の耳に何者かの声が聞こえるようになったのだ。

 不気味に思った彼女はすぐさま両親に相談し、両親も見張りを雇うなどして対応したのだが、見つける事ができなかった。

 それでも満月の夜になると、不気味な声が慧音に囁きかけてくる。

 

《我の力、欲しくはないか?》

《お前は特別だ、お前の身体は我の力を取り込む事ができる》

《我を受け入れろ。そして我の力を取り込め!!》

 

 やがてその声は満月の時だけでなく、毎夜のように聞こえるようになってしまった。

 目に見えて彼女は元気を無くし、両親や里の者達もそんな彼女を心配したが……状況は一向に改善しない。

 困った両親が遂に祓い屋を呼ぼうとした際――声の主が、慧音の前に現れてしまった。

 

――(ハク)(タク)、それが慧音に囁きかけていた正体だった。

 

「白沢ってなんだ?」

「人語を解し万物に精通する程の知能と知識を持った聖獣よ、徳の高い為政者の前に現れ己が知識を与えると言われているけれど……それがどうして人間であったあなたの元に現れたの?」

「……その白沢は、もうすぐ自分の命が尽きる事を私に話してきました」

 

 聖獣といえども永遠に生きられるわけではなく、けれど白沢はただ黙って死ぬわけにもいかなかった。

 せめて自分の力と知識を他者に与え、自らの存在を後の世に遺したいと思ったのだ。

 それは身勝手な願いでしかなく、けれど死を前にした白沢にそれを冷静に考える思考は残されていなかった。

 そんな中、白沢は上白沢慧音という自分の力を取り込める特殊な体質の人間に出会ってしまった。

 

――そして、慧音は自分の意志など関係なく白沢の力を得る事になってしまう。

 

「白沢は自身の力を私に与え……そして、私は化物に変わりました」

 

 満月の夜、妖の力が一番活性化するその夜に――慧音は両親の前で白沢の姿へと変わってしまった。

 頭部には二本の角が生え、髪の色は緑に変わり、尻尾も生えたその姿はまさしく妖のそれであり、けれど彼女の心は人間のまま変わる事はなかった。

 

 しかし――たとえ彼女の心が変わらなくても、周りの者の心が変わらないわけではない。

 人とは違う姿となった娘を、彼女の両親は驚き、怯え、そして拒絶した。

 話を聞いてほしいと事情を説明しようとする彼女の言葉に耳を傾けず、そればかりか彼女を化物だと罵る始末。

 

 両親だけではない、今まで自分を愛し支えてきてくれていた里の者達まで彼女を拒絶し、完全に孤立するのに時間は掛からなかった。

 白沢の姿になるのは満月の夜だけであったが、それでも周りの目は変わらず彼女を化物としてしか見る事はなかった。

 

 誰も彼女の言葉を聞こうとはせず、慧音の心は瞬く間に磨耗していき……そんな彼女に追い討ちを掛けるかのように、長から追放処分を下される事になる。

 ただ見た目が変わっただけ、しかも変わるのは満月の夜だけだというのに、里の者達は一方的に彼女を拒絶し里から追い出したのだ。

 慧音が追い出される直前まで、まるで呪詛のように彼女を化物だと罵るその姿を今でも鮮明に思い出せる。

 

「――それから程なくして、同じく旅をしている妹紅と出会い、行動を共にする事になったんです」

「…………そう、だったの」

 

 自身の事を話し終えた慧音に、紫はどんな言葉を掛けてあげればいいのかわからなくなった。

 矮小な人間に対し怒りを覚えると同時に、幻想郷の外では人間と妖怪の関係はまるで変わらないのだと失望する。

 ある程度の納得はできる、だが慧音の話も碌に聞かずに彼女を拒絶し追放するなど……決して許される事ではない。

 場の空気は当然の如く重苦しいままであり、そんな中――龍人が立ち上がり慧音へと近づき、彼女の頭をそっと右手で撫で始めた。

 

「……頑張ってきたんだな、本当によく頑張ったな」

「…………」

「俺じゃきっとお前の辛さなんてわからないと思うけど……できれば、人間を嫌いにならないでほしいんだ。

 お前を拒絶して傷つけた奴らだけが、人間の全てじゃないからさ」

 

 難しい話だというのは、龍人にだってわかっている。

 しかし、人間である慧音が同じ人間を憎み嫌うというのは……きっと、悲しい事だ。

 そんな危惧が龍人の中で生まれていたが、次の慧音の言葉でそれが杞憂である事を彼は理解した。

 

「――大丈夫、です。凄く悲しくて辛かったけど……1人になった私の傍には、妹紅が居てくれましたから」

 

 そう言って、慧音は妹紅に向かって嬉しそうに笑う。

 ……確かにあの時の事を思い出せば身体は震え、涙も出てきてしまう。

 だけど慧音の傍には妹紅が居てくれた、自身を支え、守り、共に在ってくれた。

 過去の痛みも、苦しみも、いずれ乗り越える事ができる。

 

「そっか……よかったな慧音」

「はい、妹紅に会えて本当によかった……」

「ちょ、ちょっと慧音……恥ずかしいよ……」

 

 顔を赤らめ、頬を掻く妹紅。

 こういった真っ直ぐな好意は素直に受け止められないのか、視線を逸らし少々困り顔を浮かべている。

 だが口元にはしっかりと笑みが浮かんでおり、それに気づいた全員が彼女を微笑ましそうな視線を向けるのであった。

 

「そ、そういえば紫、頼みたい事があるんだけど!」

「あら、あからさまに空気を変えたいみたいだけどあまり良い手じゃないわね」

「違うわよ! ――ちょっと連れて行ってほしい所があるの、あなたの能力ならどんな所でも行けるでしょう?」

「どんな所でもというわけではないけど、一体何処に行きたいのかしら?」

 

「――わかるでしょう紫、今この幻想郷で私が会いたいと思う奴なんて、1人しかいないわ」

 

 強い口調、その声には確かな怒りの色が感じ取れた。

 それで紫は瞬時に理解し、とある場所へとスキマを開く。

 

「わかっているとは思うけど、騒動は起こさないでね?」

「それは相手の態度次第よ」

 

 険しい顔つきのままそう言って、スキマに入っていく妹紅。

 若干の浮遊感を感じながら彼女はある場所へと降り立った。

 周囲には天まで聳え立っているかのような竹が所狭しと生え、遠くからは獣の鳴き声と血の臭いが漂ってくる。

 妹紅がやってきた場所は【迷いの竹林】であり……そんな彼女を、1人の少女が静かに出迎えた。

 長く美しい艶のある黒髪に、見るだけで魅了される程の美しい顔立ちと気品を醸し出すその少女を見て、妹紅は知らず知らずの内に右手で握り拳を作っていた。

 

「……久しぶりね」

「…………」

「永琳から聞いていたけど、本当に『蓬莱の薬』を服用して蓬莱人になっているなんて……罪深い子」

「…………」

 

 少女が話しかけても、妹紅は何も反応できないでいた。

 今、妹紅の内側から溢れ出そうとしているのは……目の前の少女に対する怒り。

 ギリッ、と歯を食いしばりながら、妹紅は射殺さんばかりの鋭い瞳を少女――蓬莱山輝夜へと向けた。

 そのあまりに強く恐ろしい眼力を真っ向から受けても輝夜の表情は変わらず、それが引き金となって妹紅は輝夜に向かって間合いを詰める。

 僅か一息で妹紅は輝夜の眼前へと踏み込み、右足を彼女の腹部へと貫く勢いで叩き付けた。

 

「っ!? が、ぶ――――っ!!?」

 

 凄まじい衝撃と激痛が輝夜に襲い掛かり、口から多量の血を吐き出しながら吹き飛び、竹を薙ぎ倒しながらもまだ止まらない。

 妹紅が放ったのはただの蹴りではない、右足に尋常ではない高熱を孕んだ必殺の一撃だった。

 輝夜を殺すために本気で放った妹紅の蹴りは、輝夜の腹部に風穴を開け、内臓を燃やし尽くし、常人では耐え難い激痛を彼女に与え続ける。

 数十メートルという距離を吹き飛び続け、地面に叩きつけられた時には輝夜の身体の大部分の骨は砕かれ、彼女の命は尽きてしまっていた。

 しかしすぐさま輝夜の身体は再生を始める、蓬莱人である彼女は死ぬ事のない不死の身体を持っているのだ。

 

「――おじいさんとおばあさんは、最期まであなたの名前を呼んでいたわ」

 

 パキパキという音を響かせながら骨の再生を試みている輝夜に、妹紅は言った。

 

「2人は私にあなたを恨むなと言っていたわ、だから……今の一撃で終わりにしてあげる」

「げほっ……ふ、ふふっ……優しいのね、相変わらず」

「……正直、あなたを恨んでいたし憎んでもいた。

 でも、上手く説明できないんだけど……相も変わらず吃驚するぐらい綺麗で、変わらないあなたを見て、安心したの」

 

 でも、やっぱり許せない点もあったから一回殺したんだけど、笑いながら妹紅は言う。

 そんな物騒な言葉を投げかけられても、輝夜が浮かべるのは子供じみた無邪気な笑みであった。

 

「あー……いたた……いくら不老不死でも、痛いものは痛いのね」

「でも、その“痛み”こそが不死の私達にとって何よりの“生”だと思わない?」

「ええ、まったくその通りよ。()()()()もよくわかっているじゃない」

「……そのもこたんって、もしかして私の事?」

「当たり前じゃない、可愛げのないあなたに可愛らしい愛称を付けてあげたのよ、感謝しなさい」

「冗談じゃないわ、そんな恥ずかしい愛称を定着させようとしないで」

「可愛いからいいじゃない、も・こ・た・ん」

「……いいわ、もう一回殺してあげる」

 

 言うと同時に、先程と同じ炎の蹴りを輝夜の顔面に向かって放つ妹紅。

 しかし妹紅の蹴りは虚しく空を切り、彼女の蹴りが外れると同時に風切り音が周囲に響き……妹紅の首が胴から離れた。

 宙に跳んだ首が地面に……落ちる前に、妹紅の身体が彼女の首を掴みそのまま元の場所に戻し、再生を始める。

 

「……吃驚した」

「あら? まだ死に慣れてないの?」

「いつもは全身を野犬に食べられたり、灰になったり、餓死したりだったから今回のような死に方は初めてね」

「遅れてるわねー、もこたんは」

「死に方に遅れも進みもないでしょうに」

 

 そんな恐ろしくも不気味な会話を交わしながら、身体を再生させていく輝夜と妹紅。

 隣同士で座り込み、無邪気な笑みを浮かべながら話す輝夜に少し呆れながらも暖かな相槌を返す妹紅。

 先程まであった息の詰まりそうな重苦しい空気は既になく、2人はただひたすらに二百年ぶりの会話を楽しんでいた。

 

「それにしても……自分で考えておいてなんだけど、もこたんって愛称は妙にしっくり来るわね」

「……お願いだから、そのおかしな愛称を広めないでよ?」

 

 念のため釘を刺した妹紅であったが、輝夜は「はーい」という軽い返事しか返さない。

 本当に大丈夫なのかしら、なんだか不安になる妹紅であったが……後日、輝夜によって「もこたん」の愛称は人里に広められてしまい、皆が親しみを込めて彼女をその愛称で呼ぶようになってしまった。

 その直後、迷いの竹林内で大きな火柱が上がり危うく火事になりかけたのはまた別の話である。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




楽しんでいただけたのなら幸いです。

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