彼女は蓬莱の薬を飲み不老不死となっていたが、紫達は互いに再会できた事を喜び合った。
一方、彼女と共に居た少女、慧音は未だに目覚めないままであったが……。
「――化物め!!」
――違う。
「人間だと偽りやがって……化物が!!」
――違う、偽っていたわけじゃない。
「おぞましい……出て行け!!」
――どうして? 私は、化物なんかじゃないのに。
「――お前なんか生まなきゃよかった」
――お母さん、どうしてそんな事言うの?
「お前なんか俺達の子じゃない、さっさと消えろ!!」
――私、いらない子だったの?
『――お前は我の力を扱える人間だ』
――いらない。
『感謝しろ、我の力……お前に与えてやる』
――いらないよ、そんな力なんていらない!!
――戻して、私を人間に戻してよ!!
『出て行け、化物!!』
――私、化物なの?
『出て行け!!』
――化物のまま、生きなきゃいけないの?
――人間として生きられないのなら、化物でしかないのなら、私は。
『あんたが化物? 馬鹿言っちゃいけないよ、あんたの目の前に本当の化物が居るっていうのに』
「っ、は、ぁ……!」
目を醒まし、同時に勢いよく上半身を起き上がらせた。
荒い息を繰り返し、所々青みがかった銀髪を持つ少女は周囲を見渡し……ここが自分の知らない場所だという事を確認する。
(ここ、何処……? どうして、私……)
記憶を遡り、見慣れぬ部屋で眠っていた今の状況に陥っている経緯を思い出そうとする。
と、入口の襖が開かれ1人の少女が部屋へと入ってきた。
入ってきたのは白髪の美しい少女、名を藤原妹紅といい――少女にとって命の恩人であり、短い間ながらも共に旅をしてきた大切な友人だ。
目を醒ました少女を見て妹紅は一瞬驚き、その顔をすぐさま綻ばせ彼女の元へと駆け寄る。
「慧音、よかった……目を醒ましたんだね」
「…………妹紅、ここは何処? 私達、一体どうしたの?」
「心配しなくても大丈夫よ、ここは私の古い友人達が住む屋敷。倒れてた私達を助けてくれたの」
「…………」
どうやら、自分は助かったらしいと少女――
だが同時に、
友人である妹紅が助かったのは素直に嬉しかった、でも……。
「ちょっと待っててね、慧音が目を醒ました事をみんなに伝えてくるから!」
そう言って、急ぎ足で部屋を出て行く妹紅。
暫しそのままの体勢で待っていると、やがて妹紅は数人の少年少女達を連れてきた。
その内の1人に生えた黄金色の狐耳と五尾の尻尾を見て、慧音の表情が強張る。
「慧音、恐がらなくて大丈夫。この人達……って言ったらちょっと変だけど、彼等はとにかく敵じゃないし慧音を傷つける輩でもないよ」
「…………」
妹紅に優しい口調を聞いて僅かに警戒の色を解く慧音であったが、その瞳には確かな怯えと不安の色が見受けられた。
それを見てなんともいえない表情を浮かべながら、妹紅は後ろの3人、龍人達に目線で「ごめん」と謝罪の意を見せる。
勿論そんな事を一々気にする龍人達ではない、妹紅を見て「大丈夫」と同じように目線でそう返した。
「とりあえずもうすぐ昼飯だし、もし食えるなら一緒に食わないか?」
「ぁ、えっと……」
龍人の言葉に、慧音は困ったように眉を潜めてしまう。
ちょっと軽率だったか、自分の行動に軽く反省する龍人であったが、そんな彼に妹紅が助け舟を出した。
「慧音、警戒する気持ちはわかるけど本当に大丈夫よ。それに身体も衰弱しているしまずはしっかりと食べないと」
「…………はい」
「決まりね、でも慧音はさっきまでずっと眠っていたし……」
「でしたら食べやすい粥を用意しよう」
「ありがとう藍、私も手伝おうか?」
「大丈夫だ。妹紅殿はその少女の傍に居てやればいい」
そう言って、藍は部屋を後にする。
それに続くように龍人と美鈴も部屋を出て行き、場には妹紅と慧音だけが残された。
「……妹紅、あの人達……妖怪、ですよね?」
「え、ああ、うん。龍人と……あの場に居なかったけど紫の話は前にしたでしょ?
それ以外の、狐の妖怪の方は紫の式神である八雲藍で、もう一方の赤髪の方は紅美鈴っていってここで居候している妖怪よ」
「あの男性が、妹紅が前に話してくれた龍人……」
成る程、確かに以前妹紅が言ったように優しそうな少年だと慧音は龍人の顔を思い出しながらそう思った。
しかし、それでも慧音の中からどうしても彼等に対する警戒の色が消えてくれない。
失礼な態度を見せてくれたと慧音自身もわかっている、だがやはり妹紅以外の他者の目を見ると……。
「少しずつ慣れていけばいいのよ、慧音」
「妹紅……」
「龍人達はさっきの慧音の態度をまったく気にしていないし、逆に慧音が申し訳なく思う方が困ってしまうわ。
でも彼等はあなたの事を聞いても決してあなたを傷つけないし否定しない、それだけはわかってちょうだいね?」
「…………」
妹紅の言葉に返事は返さず、けれど慧音はこくんと頷きだけは見せてくれた。
それを見て、妹紅はにっこりと優しい微笑みを慧音に向けたのであった。
■
『いただきます』
「…………」
手を合わせいつものようにいただきますと言ってから、食事に入る龍人達。
それを見て慧音も慌てて合わせてから、藍の作ってくれた粥を口に入れ租借してから呑み込んだ。
……暖かくて、とても美味しい。
身体だけでなく心まで暖かくなっていくような気がして、慧音はおもわずほっと安らいだ溜め息を零す。
「うめえだろ? 藍に掛かればただの粥でも凄く美味くなるんだよなー」
「あ、はい……とても、美味しいです……」
「龍人様、大袈裟です。こんな事で褒められなくても……」
「……藍さん、尻尾が凄い事になってますよ?」
しれっとした態度で言い放つ藍に、少し小さな声でツッコミを入れる美鈴。
だって仕方ないだろう、龍人に褒められた藍の尻尾がブンブンと左右に揺れてさっきからビシビシと美鈴の身体を叩いているのだから。
正直結構痛いのだ、まあモフモフしてるから若干の気持ちよさもあるが即刻やめていただきたい。
「…………」
優しく暖かな雰囲気、それが今この部屋を満たしている。
自然と安らぎを感じるこの空間は、慧音にある記憶を思い起こさせた。
それは――自分の両親の記憶、もう二度と取り戻せない日々の記憶。
『――化物め!!』
『――お前なんか生まなきゃよかった』
「――――っ」
……思い出したくない記憶も、思い出してしまったようだ。
慌てて頭の中から消し去ろうとするが、まるで呪いのように纏わりつき……消えてくれない。
(思い出したくなど、ないのに……!)
「――慧音、大丈夫よ」
「ぁ…………」
妹紅に引き寄せられ、慧音は優しく彼女に抱きしめられた。
優しく頭を撫でられながら、「大丈夫」と耳元で妹紅に囁かれ、だんだんと慧音は落ち着きを取り戻していく。
その光景にキョトンとする龍人達であったが、何も言わず黙って見守る事に。
……数分後、落ち着いた慧音の身体を離し、妹紅は龍人達の方に向いて深々と頭を下げた。
「食事中にごめん」
「いいよ別に。――慧音、辛そうだけど大丈夫か?」
「あ……はい、大丈夫です!」
助けられ、眠る場所や食事まで用意してもらっておいて、これ以上迷惑を掛けるわけにはいかない。
そう思った慧音はすぐさま龍人の問いにやや過剰な反応で返すが……龍人はそんな慧音を見て溜め息を吐き出した。
「無理すんなよ、別に俺達はお前が迷惑だなんて思ってないし、お前がよければいつまで居たって構わないんだ」
「…………」
「辛いなら辛いって吐き出せばいいし甘えればいい、ここにはそれを否定する奴なんてどこにもいないんだからな」
「ぁ…………」
顔を妹紅に向ける慧音、すると彼女は「だから言っただろう?」と言わんばかりの笑みを浮かべていた。
……彼等は、自分を受け入れてくれる。
当たり前のように、上白沢慧音という存在を受け入れようとしてくれていた。
「…………ありがとう、ございます」
嬉しくて、でも胸が一杯になっていたから、感謝の言葉も涙混じりのものになってしまった。
それでも龍人達が見せてくれたのは、安心させるような満面の笑み。
それが余計に嬉しくて、慧音はおもわず妹紅の胸に飛び込みそのまま泣いてしまったのであった……。
■
「ただいまー…………って、何これ?」
とある事情で人里に行っていた紫であったが、屋敷に戻って開口一番、上記の言葉を口にした。
とはいえ彼女が驚くのも無理はない、昼食を食べているだろうと思い居間へとスキマで赴いたら、昼食をほったらかしで全員が慧音を慰めている光景が広がっていたのだから。
一体何が起こったというのか、軽く混乱する紫の姿に最初に気がついたのは……藍であった。
「あ、おかえりなさいませ紫様」
「ただいま……それで、この状況は何?」
「実はですね――」
藍に事の詳細を聞いた紫は、とりあえず納得しつつ苦笑した。
自分もその場に居たかったなーと思いつつ、紫はまだちょっと涙目の慧音へと話しかけ始めた。
「はじめまして、上白沢慧音」
「え、あ……」
紫に話しかけられ、慧音は驚きながら妹紅の後ろへと隠れてしまった。
「…………」
(紫様、ショック受けてる……)
まあ確かに、あのような態度を見せられてはショックも受けるだろう。
というか若干涙目になっている、どんだけ精神的ダメージを受けたというのか。
「大丈夫だぞ慧音、紫は確かに怒ると恐いしすぐ拳骨してくる乱暴者だけど、基本的に優しいから――いでぇっ!?」
「龍人、それ全然フォローになってないから」
余計な事を言う龍人にしっかり拳骨を落としてから、再度慧音へと視線を向ける紫。
……気のせいか、先程よりも警戒されている気がするが、めげずに再び話しかけた。
「私は八雲紫、この屋敷の主で……妖怪よ」
「……か、上白沢、慧音、です……」
(……あらかさまに警戒されてる……)
そんなに自分は恐い顔をしているのだろうか、またしても内心ショックを受ける紫。
できれば今すぐに鏡で顔を確認したい所ではあるが、話さなければならない事があるのでそちらを優先する事に。
「上白沢慧音、それと妹紅。あなた達……これから行く宛は?」
「…………」
「正直、無いな。……でも、できれば慧音だけでもここに住まわせてやってほしい所だけど」
「妹紅!?」
「それなら大丈夫よ、もう人里にはあなた達の事は話してあるから」
『えっ?』
同時に声を出す慧音と妹紅。
息ぴったりな2人に苦笑しながら、紫は先程の言葉の意味を説明する。
「2人とも、身体を治してから人里で暮らせばいいわ。既に住居も用意したから」
「えっ……」
「い、いいのか? 私は人間じゃなくなってるのに……」
「あら、人里といっても幻想郷は人妖関係なく暮らしている場所なのよ? 不老不死の人間くらい受け入れてくれるわ」
「げ、幻想郷!?」
その名を聞いて、妹紅は驚きの声を上げる。
何故なら、妹紅がいつか慧音と共に辿り着きたいと思っていた場所だったからだ。
風の噂で人と妖怪が共に生きる世界だと聞いていた、そこならば自分達を受け入れてくれると思っていたが……。
「ただ、その為には上白沢慧音に訊かなければならない事があるの」
「えっ……?」
「上白沢慧音、あなたはどんな妖の血をその身に宿しているのかしら?」
「――――っ!!?」
紫の言葉を聞いて、慧音はビクッと身体を大きく奮わせた。
――そう、慧音は正確には人間ではない。
ほんの僅かではあるものの、彼女の中には人間ではない血が混じっている。
しかしだからといって、人里の者達は慧音を受け入れないわけではない。
ただどんな妖怪の血を持っているのか、それを知らなければならないのは当然であった。
それが最低条件だ、彼女には申し訳ないが素性を話してもらわねば。
「…………」
慧音の身体が震えている。
その態度で、彼女が己の中にある妖の血を恐れ、憎んでいるというのがすぐにわかった。
「……別にすぐに里に移住しなくてもいいのよ」
彼女の心中を察し紫はそう言ったが、慧音はすぐさま首を横に振った。
ここに居る者達は自分を受け入れようとしてくれている、そして幻想郷の者達もだ。
ならば、こちらもそれ相応の態度を見せなくては、礼儀に欠けてしまう。
だから――慧音は、紫達に己の中に宿る妖の正体を明かした。
「――私の中には、
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楽しんでいただけたでしょうか?
もしそうなら幸いです。