そんな中、龍人が近くの山に狩りに行った際、行き倒れになっている2人の少女を発見する。
永琳によって治療が施される中、紫達は彼女から片方の少女がかつて都で別れた藤原妹紅である事を伝えられる……。
「ふ、藤原妹紅………!?」
「妹紅って……いや何言ってんだよ永琳、妹紅は人間なんだからもうとっくに死んでるだろ!?」
永琳からの言葉に、紫と龍人は当然ながら驚愕の反応を見せた。
当たり前だ、この白髪の少女がかつて都で友人となった藤原妹紅などと…信じられるわけがない。
しかし永琳の表情は変わらず、冗談の類を言っているわけではないと2人はすぐさま理解した。
「人間ではなくなっているのよ。蓬莱の薬……かつて私が開発した不老不死の薬を、藤原妹紅は飲んでしまっている」
「でも、どうしてその禁薬を……」
「竹取の翁と別れる時、姫様は彼等に蓬莱の薬を手渡したの。それを飲んだのでしょうね。
そして彼女は不老不死――蓬莱人となり、死ねなくなってしまった」
この白髪の髪も、蓬莱の薬によるものなのだろう。
……また、永琳の罪が増えてしまった。
「………うっ………」
「っ」
身じろぎをし、白髪の少女が目を開けた。
瞳の色は……深紅、やはり人間だった頃の妹紅とは似ても似つかない。
だが、同時に紫は目を開けた少女を見て、彼女に妹紅の面影を感じていた。
「………夢、かしら。とても懐かしい人達が見える」
「夢ではないわよ藤原妹紅、私の事は覚えているかしら?」
「えっ………」
深紅の瞳が大きく開かれ、少女の視線が紫達へと向けられる。
「……………紫、龍人?」
「――――」
名を呼ばれた瞬間、紫は認めざるをえなかった。
この白髪の少女は間違いなく藤原妹紅、かつて友人となった人間の少女だと否が応でも理解してしまった。
髪や瞳の色は違えども、自分に対して向けてくるその視線の色は……かつての彼女と同じだったのだから。
「……妹紅、なのね」
「…………うん。でも驚いた、いつかまた会えるかもしれないと思った時はあったけど…こうして実際に再会すると、驚いちゃうわね」
そう言って白髪の少女――藤原妹紅は苦笑する。
だが驚いたのは紫も同じであった、まさか二百年以上経った今、人間である彼女と再会できるなど誰が思おうか。
しかし同時に解せない点があった、何故人間である彼女が今もまだ生きているのか…ではない。
その理由は先程永琳から説明された、解せないのは……何故彼女が不老不死になってしまったのかだ。
「っ、そうだ
「おい無茶すんなよ、慧音って……お前の隣で寝てるコイツの事か? それなら大丈夫だぞ、永琳が治療してくれたから」
「…………慧音、よかった」
隣に眠る少女の姿を見て、安堵の息を零す妹紅。
どうやらこの慧音という少女は妹紅にとって大切な存在のようだ、彼女の反応を見ればわかる。
「……私と別れてから何があったのか、お互いに話さない?」
「それはいいけれど……まだ身体が完治していないでしょう?」
「大丈夫。不老不死の私は死なないの、それはそこに居る月の者ならわかるわよね?」
視線を永琳に向ける妹紅、対する永琳は何も言わないが皮肉めいた妹紅の口調に軽く睨みつけた。
……とりあえず、ここで妹紅を休ませても他ならぬ彼女自身が不満そうなので、紫はゆっくりとこの二百年で何をしていたのかを妹紅に話す事に。
それを黙って聞いていた妹紅であったが、紫が話し終えた後の彼女の表情は予想通り驚きに満ち溢れていた。
「………本当に、色々な事があったのね」
「ええ。――今度は貴女が教えて頂戴、どうして不老不死の身体になったのか……今まで何をしてきたのか」
「…………」
妹紅の表情が、悲しげに歪む。
だがそれもすぐに消え……妹紅は、この二百年の間に自分の周囲で何が起こったのか、静かに話し始めた。
「――輝夜達が都から居なくなった後、私はおじいさんとおばあさんと一緒に暮らしていたわ。
でもおじいさんとおばあさんは輝夜が居なくなってから目に見えて元気が無くなって、四年後に体調を崩してそのまま……」
「…………」
「2人ともそれだけ輝夜を愛していたって事よ。だからこそ……居なくなってしまった事による心への傷が大き過ぎた」
今でも鮮明に思い出せる、生きる気力を喪った竹取の翁夫妻の姿を。
妹紅とて何もしなかったわけではない、どうにか2人を元気付けようとしたが……2人は「ありがとう」と心からの感謝の言葉を告げるだけで、何も変わらなかった。
そして2人が失意の内に息を引き取った姿を目の当たりにして、妹紅は輝夜に対し憎しみを抱くようになってしまった。
「お門違いもいい所だけどね、でもあの時の私は子供過ぎたから…輝夜に対する憎しみでいっぱいになってしまった」
「…………」
永琳の表情が、曇っていく。
妹紅だけでなく竹取夫妻の人生すら狂わせてしまった、その罪が彼女の身体に重く圧し掛かる。
「それから程なくして、輝夜が残した「蓬莱の薬」が帝に命によって処分される事が決まったの。不老不死の秘薬なんてこの世にあってはならないっていう理由でね。
――私もその使いの一員として同行したわ、輝夜の残したものだったから最後まで見届ける義務があると思ったから」
そして妹紅は、岩笠という男とその部下達と共に「蓬莱の薬」を処分するためにとある山頂を目指して出発した。
登山は何の問題もなく順調に進み、妹紅もそのまま無事に終わると信じて疑わなかった。
使いのリーダーである山笠にも良くしてもらえたし、これが終わったらこれからどうしようかなと考えていた時に――それは起こってしまった。
「人間って自分に無いものを何が何でも欲しがってしまうのよね、身体だけじゃなく心も弱いから」
まるで自分自身に言い聞かせるように、自嘲めいた笑みを浮かべながら妹紅は言う。
――突然だった。
何の前触れも無く、突如として山笠の部下の1人がいきなり「蓬莱の薬」を服用しようとしたのだ。
当然その者はすぐさま山笠達によって取り押さえられた、だが……不老不死というある意味で人類の夢は、人の心を狂わせてしまう魔力を秘めているようだ。
1人、また1人と「蓬莱の薬」を奪おうと骨肉の争いが起こり、それはやがて悲惨な殺し合いに発展した。
周囲は血で赤く染まり、まさしくそれは地獄絵図だったと妹紅は語る。
永遠に生き、永遠に自らが抱く欲望を叶える為に使いの者達は互いに争い合い殺し合った。
当然その矛先は妹紅にも向けられたが、彼女は山笠が身を挺して庇った為難を逃れ――たった1人、その地獄から生還した。
「――本当に、あの時程人間が醜くて弱い生き物だと思った事も無かったし、自分がそんな“人間”である事が恥ずかしくてしょうがなかった」
そんな思いと、目の前で人間達が醜く殺し合う光景を見たせいで、妹紅の心は一度壊れてしまった。
結果――彼女は人間では居たくないという思いに縛られ、目の前にあった禁薬に手を伸ばしてしまう……。
「初めはすっごく後悔したよ、何せ不老不死になっただけじゃなくて髪と瞳の色がこんな風に変わっちゃったんだから。
それから私は都に帰ることはせずに流浪に旅に出て……沢山死んで、でもその度に生き返って…今に至るってわけ」
「……随分と軽い口調で話すのね」
「情けない話をしているからね、こんな口調でなきゃ説明できないよ。――でも今は後悔してないかな、だってまた友達に会えたんだから」
そう言って笑う妹紅の表情に、一片の陰りも見当たらない。
彼女は本心から言っていた、不老不死になってよかったと、またあなた達に会えてよかったと。
二百年以上経っても、彼女からは変わらぬ友情を感じられた。
それが嬉しくて、気がついたら紫は自然と笑みを浮かべていて、隣に座る龍人は「ありがとな」と妹紅に感謝の言葉を告げたのであった。
「――長生きって、するもんだな」
隣に座る彼が、そんなちょっと笑ってしまうような事を言ってきた。
あの後すぐに妹紅は眠り、永琳を永遠亭へと送った後、私と龍人は縁側で座り藍が用意してくれたお茶を啜っていたのだが、いきなり龍人が上記の言葉を放ち私はつい噴き出してしまう。
「いきなりどうしたの?」
「いや、また大切な友達と再会できたからさ、そう思っただけだ」
「………そうね。でも」
「でも、なんだ?」
「……なんでもないわ」
でも、彼女はこれからずっと生き続けなければならない。
不老不死は寿命の短い人間にとっての夢、だがその夢は叶えられないからこそ憧れる夢なのだ。
死なない、永遠に生き続けられる……ではなく、
その事実はどれほどの苦痛であり拷問なのか、きっと私でも理解できないだろう。
友人がその苦痛をこれからも味わい続けなければならないと思うと……胸が痛んだ。
「紫、大丈夫か?」
「えっ?」
「なんか辛そうだぞ、何かあったのか?」
「…………」
ああ、私ってなんて単純な女なのかしら。
龍人が心配してくれた、それだけで…心が躍る。
彼が私を見てくれる、それだけで胸が高まる。
この気持ちの正体を私は知っている、でも彼にはまだ何も言わない。
言ったところで彼には理解できないだろうし、もう少しこのままでもいいだろうと思ったから。
「紫?」
「……大丈夫よ龍人、本当に心配性なんだから」
「紫には言われたくねえよ、いっつも俺の事心配してるじゃねえか」
「当たり前よ。貴方って危なっかしくて目を離せないんだから」
「なんだよー、俺そんな子供じゃねえぞ」
あらら、拗ねちゃった。
でもね龍人、そういう態度はまるっきり子供のそれよ?
頬まで膨らませちゃって……ちょっと可愛いと思った。
もう少しからかってやりたい衝動に駆られたが、あまりやると嫌われるので自重する事に。
ごめんなさいと素直に謝れば、彼はすぐにいつもの笑みを向けて許してくれた。
うん、やっぱり龍人にはいつだって笑っていてほしいものね。
……彼の肩に頭を乗せる、でも彼は何も言わず黙ってその場から動かないでいてくれた。
こんな所、藍や美鈴には見せられないわね……。
「…………」
「…………」
視線を感じる、それも2人分の視線をだ。
言うまでもなくその視線の正体は藍と美鈴であり、2人とも何処となく羨ましそうな視線を向けてきている。
……見せられないと思った矢先にこれだ、まあ、今更止めるつもりはないが。
2人の視線は完全に無視し、私は暫し自分の身体を龍人へと預ける。
――ここで肩に手を回して抱き寄せてくれたら、合格だったのだけれどね。
To.Be.Continued...
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