紫は改めて人という種族に嫌悪感を抱き、人に幻想を抱いていた龍人は強いショックを受けてしまう。
そんな中、2人の前にある大妖怪が姿を現す……。
「…………?」
それは、ある日の事。
龍人と龍哉が夕食の調達に行き、1人留守番を任された紫は……感じた事のない妖力を感知した。
(この妖力……強い……)
妖力の大きさだけならば、上級妖怪以上の力がある。
それがわかり、紫の身体に緊張が走る。
明確な敵意は感じられないものの、真っ直ぐこちらに向かってくる強大な妖力をこのままにはしておけない。
そう思った紫は家を飛び出して。
「――なんじゃ。感じた事のない妖力があると思ったら……小娘、そこの家で何をしておる」
既に来訪者――見慣れぬ女性は、紫のすぐ傍まで迫っていた。
「………っ」
身構える紫、いつでも戦闘に入れるように妖力を展開した。
「これこれ、わしはお前なんぞと喧嘩するつもりなどない。わしはただこの家の者に用事があってだな……」
「何者かわからない以上、はいそうですかと言って通すと思っているのかしら?」
強気の口調でそう言い放ちながらも、今の紫に余裕の色は感じられなかった。
……目の前の女性は、自分よりも強い。
右手に大きめの白い徳利を持ち、赤み掛かった茶色の髪を持つこの女性は……紛れもない大妖怪だ。
内側から感じ取れる妖力もそうだが、何より女性の身体と同じくらいの大きさを誇る巨大な尻尾と雫型の獣耳が、女性の種族が“化け狸”だと示していた。
――妖怪の中でも、化け狸という種族はかなり高位に位置する妖怪だ。
しかもこの女性はその化け狸の中でも頭1つ抜けた力を感じられる。
単純な力ではもちろん敵わず、境界の力を用いようとも単純な力量差で消滅させる事もできないだろう。
「――娘御、わしはこの家に住む者とは旧友なんじゃ。危害を加える事などせん」
「……………」
「はぁ……言って聞かぬ阿呆じゃな。ならば――」
女性の瞳が、険しくなる。
同時に強大な妖力も本格的に溢れ始め――しかし、すぐさま引っ込んでしまった。
「――おい“マミ”、何してんだお前」
「先に喧嘩を売ってきたのはこの小娘じゃ。龍哉」
緊迫した空気が霧散し、それと同時に龍哉と龍人が場に姿を現す。
どうやら狩りを終えて帰ってきたようだ、2人はそれぞれ猪や妖怪魚を背負っている。
「あ……“マミゾウ”ばあちゃん!!」
「おおっ、龍人。お主また大きくなったのう!」
「うぶっ……」
嬉しそうに微笑みながら、龍人をギュッと抱きしめるマミゾウと呼ばれた女性。
彼女の豊かな胸の中に顔を埋められ、龍人は苦しそうに手足をバタバタさせている。
しかしそれに気づかないのか、マミゾウは尚も龍人を抱きしめ続けており、苦しそうな龍人を見ていられず紫が間に割って入った。
「ちょっと、苦しがっているわよ!」
「おおっ? こりゃ失礼、久しぶりに会ったものじゃからついな」
「ぷはっ……」
「また一段と色男になったのう龍人や。わしは嬉しいぞ」
「当たり前だよ。俺はいつかとうちゃんやばあちゃんより強くなるんだから!」
「それは頼もしいの。じゃが……まだまだ未熟、もっと腕を磨け」
わしわしと少々乱暴に龍人の頭を撫で回すマミゾウ。
だが龍人は嫌がるどころか嬉しそうに頬を綻ばせ、2人の間には穏かな雰囲気が流れていた。
「…………」
どうやら自分の勘違いだったようだ、自らの浅はかさを自覚し紫の顔が僅かに赤く染まる。
この2人のやりとりを見ればマミゾウの言った事は真実だとわかる、だけど……紫は少しだけ、マミゾウが気に入らないと思ってしまった。
理由は彼女にもわからない、わからないが……無礼な態度に対する謝罪はしなければ。
「……悪かったわ。疑ったりして」
「よいよい。わしは気にしておらんから簡単に頭を下げるな、弱みを見せては自分の首を絞める事になるぞ?」
「ご忠告、痛み入るわね……」
ああ、やはり目の前の化け狸は気に入らないと紫は改めて思った。
マミゾウは間違いなく大妖怪と呼ばれる程の力を持つ妖怪だ、それは認めよう。
しかし、自分をまるで何の力もない童女のような扱いで接するその態度は、腹立たしい。
とはいえ龍人達の知り合いに噛み付くつもりはない、なので紫はその苛立ちを内側で収める事にした。
「おいマミ、お前何しに来たんだ?」
「何しに来た、とは辛辣な物言いじゃな龍哉。せっかく極上の酒を土産として持ってきてやったというのに。
お前がそのような態度では、この酒はわしだけで楽しもうかの」
「悪かった悪かった。けどいきなり何も言わずに現れたから気になっただけだ」
「久しぶりに龍人の顔が見たくなったんじゃ。それと……お主に訊きたい事もある」
「…………」
「………?」
違和感が、紫の中に生まれる。
マミゾウの表情は先程と変わらず飄々としたものだ。
しかし、話しかけられた龍哉の表情が僅かに強張った事に気づいたため、違和感に気がついた。
「……龍人、メシの時間になるまでちょっと紫と一緒に遊んで来い」
「えっ?」
「あまり遠くには行くなよ? わかったな?」
「うん……」
有無を言わさぬ物言いに、しかし龍人は何も言えず頷きしか返せなかった。
急にどうしたのだろうと思ったのだが、龍哉の瞳が「何も訊くな」と訴えている。
気にはなる、しかし父を困らせたくないという子供心が疑問を放つという選択肢を選ばない。
「紫、行こう?」
「……………」
「龍人の事、頼むな?」
「ええ、わかったわ」
龍人に連れられ、紫は何も言わずにその場を後にする。
正直、彼女も龍人と同じく突然の龍哉の態度を問い質してやりたいと思った。
だがそれは龍人が望む事ではないし、彼女もまた龍哉の瞳を見て問いかけるのを断念したのだ。
家から少し離れ、2人は大木の幹の背中を預け座り込んだ。
「……あの妖怪とは、どんな関係なの?」
「ばあちゃんはとうちゃんの古い友人らしいんだ。面白くて優しくて、強い大妖怪なんだ!」
「…………そう」
「? 紫、マミゾウばあちゃんと何かあったのか?」
「いいえ、なんでもないわ」
先程の事を話せば、色々と面倒だ。
そう思った紫は適当に言葉を濁し、会話を終わりにした。
一方――龍哉とマミゾウは家に入り、向かい合うように座り込んで酒を交わしていた。
「――おっ、いい酒だな」
「当たり前じゃ。お前は良い酒を持ってこんと煩いからな」
「そう言うなよマミ、たまにしか来ないんだから」
「ふん、まあよい。ところで龍哉……お前、龍人に何をした?」
「……………」
やはりきたかと、龍人は内心ほくそ笑んだ。
マミゾウは龍人の事を大切にしてくれている、だからこそ……彼の変化に気づいたのだろう。
そして、問いかける彼女の顔は「話さなければ許さん」と告げていた。
「別にたいした事じゃねえ。ちょっとばかり人間の汚い一部を見ただけだ」
「……お前、まさか龍人を人間が住む場所に連れて行ったのか?」
苦い表情になるマミゾウに、龍哉は「ああ、そうだ」とあっけらかんとした口調で返す。
それを聞いて眉を潜めるマミゾウであったが、何も言わず酒を飲み干した。
「意外だな。紫みたいに俺を責めないのか?」
「責めた所でお前が反省するとは思えん、それに……遅かれ早かれあの子が見る現実じゃ」
だからマミゾウは何も言わない、まだ早いとは思うが。
「しかし紫……先程の小娘は一体何者じゃ?」
「龍人のヤツが助けた恩でな、ここに住まわせてやってんだ。――それに、厄介な能力を持って生まれたんで、鍛えてやってる」
「ほぅ……成る程、お前が厄介というのなら相当なものなのじゃろうな。尤も――それだけとは思えんが」
「…………わかるか?」
当たり前じゃ、そう返し注いだ酒を口に含むマミゾウ。
……やはり目の前の化け狸には、隠し事などできないようだ。
そう思った龍哉は、あくまで口調を変えず……ある事実をマミゾウに告げた。
「―――あまり、
「――――」
酒が入った盃を持った手が止まる。
暫し硬直した後、マミゾウは目を見開きながら龍哉へと視線を向けた。
「おい……それは、どういう意味じゃ?」
声が震える、今の言葉が信じられていないようだ。
珍しい狼狽したマミゾウの姿に、龍哉はニヤッと口元に笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「仕方ねえさ。それに思ったよりも保ったと思うぜ?」
「……龍人はどうする?」
「紫が居るさ。アイツはまだ小娘だが龍人よりかは世の中を知ってる、それに……お前だって居るだろ?」
「お前……」
「マミ、これは俺がこの世界に
だからこそ俺はお前にこの事を話し、龍人を支えてくれるであろう紫を受け入れた。全ては龍人の為だ、アイツには……この世界で幸せになってほしいからな」
「龍哉………」
全ては龍人の為、その為ならば龍哉はどんな事だって受け入れるだろう。
それはまさしく大きく暖かな愛情、息子の幸せを望む父親としての愛情であった。
「マミ、龍人には言うなよ?」
「……わかっておる。わしがそれぐらいわからぬと思っておるのか?」
「だな。お前さんならわかってくれると思ってたよ」
(……たわけが)
身勝手な男だと、マミゾウは思う。
しかし――もはや未来は変わらないだろう、目の前の男を見ればわかる。
だからマミゾウは何も言わない、その時が来るまで……ただ待つだけだ。
「ところでマミ、外の世界はどうなっている?」
「変わらんよ。人と妖怪の関係は一部を除いて殺し殺される関係……それは、一生変わらぬのかもしれんな」
「まあそれもまた運命さ。変わってないならいいんだが……“
「……実はな。“
「へぇ……」
人狼族――見た目は人間だが、狼の獰猛さと身体能力を兼ね備えた妖怪である。
人間の間でも知れ渡っている妖怪であり、天狗と同じく妖怪の中では珍しく群れを作る一族だ。
そして……通常の妖怪よりも強く、人間の肉を好んで食べる。
そんな人狼族が、近頃表立って活動している姿を確認した――部下の妖怪狸から聞いた話だ。
「“五大妖”の一体――人狼族の【刹那】が動くか……目的は何だ?」
「さて……それはわしにはわからん。しかし“五大妖”の一体が動くという事実は、妖怪達にとってあまり良いものではないのは確かだ」
あれだけの大妖怪が動くという事は、世界のパワーバランスに影響を及ぼす。
妖怪だけではなく、人間にすらその影響は及ぶだろう。
妖怪でありながら人間を好む珍しい妖怪であるマミゾウにとって、その事実は許容できるものではない。
「……まあいいや。その時になってから考えればいいよな」
「楽観的じゃなお主は……まあよい、一理あるからな」
そう言いながら、マミゾウは残った酒を飲み干し立ち上がった。
「どうした?」
「風呂に入ってくる。無論龍人とじゃ♪」
「……頼む」
ひらひらと手を振り、マミゾウを見送る龍哉。
そして、マミゾウが家から出て1人になってから。
「頼むぜマミゾウ。龍人達を守ってやってくれな」
ぽつりと、そんな呟きを零した―――
■
「――あー、良い湯じゃな」
「ばあちゃん、酒くさいよー」
「我慢せい、いずれは浴びるように飲む事になるんじゃからな」
龍人達の家の近くには、天然の温泉が湧いている。
マミゾウは先程龍哉に言った通り、龍人を連れて温泉を楽しんでいた。
……そして何故か、紫も一緒である。
一緒に入ろうとマミゾウに誘われ、無論断ったのだが……強引に服を剥ぎ取られてしまったのだ。
酒を飲みながら温泉を楽しむマミゾウ、空に浮かぶ星達は今日も変わらず美しかった。
「……………」
「どうした? そんな隅っこにおらんでこっちゃこい」
隅の方で縮こまっている紫に、マミゾウは不思議そうな視線を向ける。
一方、紫は先程からマミゾウを睨んでおり、彼女が何故自分を睨んでいるのかわからずマミゾウはますます怪訝な表情を浮かべていた。
「……どうして、私まで入らないといけないのかしら?」
「裸の付き合いというヤツじゃ。別に構わんじゃろう?」
「紫ー、そんな隅っこに居ないでこっち来いよ!」
「……………」
どうやら龍人は、マミゾウ側らしい。
もういい、どうせ抵抗しても無駄だと紫は諦め、わざとらしく溜め息をつきながら2人の元へと近寄っていく。
「飲むか?」
「いりませんわ」
マミゾウと視線を合わせようともせず、きっぱりと断る紫。
それに特別腹を立てた様子もなく、マミゾウは酒を飲み干してから……龍人を後ろから抱き寄せた。
「ばあちゃん?」
「龍人、龍哉の阿呆から聞いたぞ。人間に会ったそうじゃな?」
「……………」
僅かにピクッと身体を奮わせる龍人。
わかりやすい子じゃ、マミゾウはそう思いながら…優しく、龍人を後ろから抱きしめる。
「人間が自分の思っていたよりも汚れた存在で、驚いたか?」
「……それ、は」
「よいよい。そう思ってしまうのも致し方あるまいて、わしとて過去に何度も人間を見限ろうと思ったからのう」
「…………」
「……紫、お前も人間の穢れた面を見たからこそ、人を信じる事ができないのだろう?」
「当然よ。信じる価値があると思うの?」
はっきりと、それが真理だと言わんばかりに言い放つ紫。
それを見てマミゾウは苦笑しながらも、言葉を続ける。
「お主等はまだまだ世界に目を向けておらん。視野が狭い子供じゃ」
「ばあちゃん……?」
厳しい口調、初めて見るマミゾウのその姿に龍人は驚いてしまう。
「よいか龍人、紫、確かに人間はわし達妖怪を恐れ、また強い力を持つものを排除しようとする。しかしそれが人の総てではない、己の決め付けだけで物事を計るのは愚か者のする事じゃ。そんな愚か者になるでない」
「……妖怪でありながら、随分と変わった考えなのね。人の本質は紛れもない悪よ?」
「たわけ。それこそが愚かしい行為だとわからんのか小娘、たかだか15年程度しか生きていない餓鬼が……世界を知ったつもりか?」
「っ」
キッと、マミゾウを睨む紫。
だがそんな睨みなど何の意味も無いと言わんばかりに、マミゾウは冷たい視線を紫に向けた。
……場の空気が重いものに変わっていく。
両者の睨み合いは暫し続き、間に挟まれた龍人は居心地の悪さを感じつつもおとなしくする事しかできない。
「人総てが悪ではない。それを忘れてしまえば……平和な世界は訪れぬ」
「人総てが……悪ではない」
「龍人や、これから先もお前は人間の汚い部分を見る事になるだろう。それは決して逃れられぬ事じゃ。だがそれから逃げてはならぬ、お前がこれから先、この狭い世界の外へと飛び出すのなら……わしの言った事を、忘れるな」
「…………」
マミゾウに優しく抱きしめられ、龍人は心地良さそうに目を閉じながら…何度も彼女に言われた言葉を反復させる。
人総てが悪ではない、もしそれが信実であるのならば……あの時自分が見た人間が人間の本質と決め付けるのは間違いだ。
……確かに、視野が狭いと言われても仕方ないかもしれない。
「少しずつでよい、まだまだお主達は若いのだからな」
「うん、わかったよばあちゃん!」
「うむうむ、龍人は相変わらず素直で良い子じゃ!!」
「うぐ……く、苦しいよばあちゃーん!」
「…………」
戯れ、楽しげな空気に包まれる龍人とマミゾウとは違い…紫の表情は強張っていた。
(人は私達妖怪を迫害してきたわ……それが悪ではない?)
同じ妖怪、それも大妖怪と呼ばれる力を持つマミゾウからそのような言葉を放たれるとは思わなかった。
彼女は自分達よりも遥かに長い年月を生きているというのに、人間が悪ではないと思っているのだろうか?
(でも………)
マミゾウを見ていると、彼女が本当に人間に対し友好的な感情を持っている事がわかる。
(もう少し、ちゃんと考えるべきなのかしら……?)
今まで紫は、自分を退治するもしくは利用しようとする人間としか会った事がない。
それに対する怒りや憎しみは、決して消える事はないだろう。
だがもしも――マミゾウの言ったように、自分を受け入れてくれる人間が居るとするならば。
会ってみたいと、見てみたいと紫は思ったのだった。
「……ふぅ、さて…そろそろ上がろうかの」
「ばあちゃん、寝る前に色々お話してよ!」
「もちろんじゃ。紫もどうじゃ?」
「…………そうね。せっかくだから聞かせてもらおうかしら」
「上から目線じゃな。お主」
「ふふっ、実際に上から見てるもの」
「なんじゃとー?」
がおーっと、両手を上げて紫に襲い掛かるマミゾウ。
それを笑顔を浮かべながら、紫は軽々と逃げ。
――自分達を囲っている存在に、気がついた。
「っ!!」
「……なんじゃ、あのまま去るのなら見逃してやったのじゃがな」
紫は身構え、マミゾウは心底呆れたように肩を竦めつつ湯から出る。
「……誰だ?」
「龍人、服を着ろ。敵じゃぞ」
「敵って……なんで!?」
「そんなの襲い掛かってくる輩に―――聞けばよかろう!!」
「ギャッ!?」
茂みを揺らしながら襲い掛かる一体の影。
影が3人の襲い掛かる前にマミゾウが素早く術を発動させ――影の上に巨大な岩が突如として現れ、影を容赦なく押し潰した。
グシャリという鈍い音が響き、肉片と赤黒い血が地面を汚していく。
「ここで潰せば温泉が汚れてしまうな」
「ばあちゃん着替え早っ!?」
既に着替えを終えているマミゾウに、驚く龍人であったが。
「龍人が遅いだけよ」
紫もまた、いつもの導師服に着替え終えた後であった。
「紫も早っ!?」
「っ、裸のまま私の正面に立たないで!!」
「あいたぁっ!?」
裸のまま紫の正面を向いてしまい、思いっ切り平手打ちをお見舞いされてしまう龍人。
「夫婦漫才をしておる場合か、それより龍人は早く服を着なさい」
そんな2人のやりとりに少々呆れつつ、マミゾウは周囲に展開している存在を瞬時に分析する。
(数は……今一体潰したから、残りは八体じゃな。それにしても……)
「……マミゾウ、半分は任せられるかしら?」
「待った待った、俺が着替えるまで待って!!」
「龍人、お前はそこで遊んでおれ。それと紫、ここはわしに任せておけばよい」
「だけど、相手はそれなりにできる相手よ?」
「それなり程度が有象無象に湧こうが……わしには指一本触れられんよ」
そう言いながら、マミゾウは懐から何かを取り出す。
それは――何の変哲もない緑の葉っぱであった。
それを八枚取り出し、それぞれを両手の指の間に挟み込むマミゾウ。
一体何をするつもりなのか、彼女の行動が理解できず怪訝な表情を浮かべる紫に、マミゾウはニヤリと笑みを見せてから。
「大妖怪の力というものを、見せてやる」
そう言い放ち、マミゾウは指に挟んだ葉を一斉に投げ放つ。
無論そんな事をすれば、葉は重力に従い落ちる――事はなく、まるで意志を持っているかのように飛んでいき森の中に消えていった。
「……ちょっと、何を」
「先に仕掛けようとしたお主達が悪い。わし達もただ黙ってやられるわけにはいかんのでな、では―――」
―――消えよ、目障りじゃ。
冷たくそう言い放ったマミゾウは――印を結び、容赦なく“それ”を発動させた。
瞬間、周囲につんざくような爆音が響き渡る。
突然の音に紫はおもわず両手で耳を塞ぎ、そのすぐ後に……血の臭いが充満し始めた。
一体何をしたのか、マミゾウに問いかけようとした紫であったが、当の本人は無言のまま歩を進め始め……近くの木の裏側を覗き込み、あるモノを引っ張り上げた。
それは――茶色の毛を赤黒く染め上げた、一匹の狼。
見た目はただの狼に見えたものの、その狼からは妖力を感じ取れ……紫は正体を瞬時に理解する。
「まさか……人狼族?」
「だが下っ端じゃろうて、人の姿になれない所を見るとな」
「……あれ、もう終わったのか?」
ここでようやく着替えを終えた龍人がやってきた。
彼をやや呆れた様子で見てから、紫は改めて人狼族の狼へと視線を向ける。
「随分大怪我を負っているけど……あなた、何かしたの?」
身体の一部は文字通り皮膚ごと吹き飛んでしまっており、息も絶え絶えなその様子は、もう永くないとすぐに判るほどだ。
「他は一撃で始末した。一匹残したのは……このようなくだらぬ事をした事情を聞いてやろうと思ってな」
「……一体、何をしたの?」
「先程の葉に術を掛けて投げ放っただけじゃ。わしが印を組めば葉が爆発する術をな」
「…………」
えげつなく、それでいて強力な術を放ったようだ。
あれだけ小さな葉でも下級とはいえ妖怪の強固な身体を抉るだけの破壊力を持ち、しかも小規模な爆発だけで留める。
そんな術を組める妖怪などそうはいない、やはりマミゾウは大妖怪と呼べる力を持つ妖怪だ。
「おい、それでわし達を襲った理由はなんじゃ? いくら下っ端とはいえ人狼族であるおぬし等がわしとの実力差を見誤るなどという愚行は犯すまい。
誰の命令で動いている? 答えてもらうぞ?」
だからこそ目の前の狼だけ加減して生かしたのだ、白状するまでは決して殺さない。
龍人達に向けていた優しい眼差しは既になく、凄まじい眼光で狼を睨むマミゾウ。
たったそれだけで、狼は萎縮しマミゾウに逆らうという気概を完全に削られてしまった。
「……ばあちゃん、恐っ」
「ま、待て龍人。これはあくまで妖怪としてであってお前のマミゾウばあちゃんが恐いわけではないからな!?」
「そういうのいいから、さっさと尋問して頂戴」
「っ、紫……覚えておけ」
ジト目で紫を睨んでから、マミゾウは再び掴み上げている狼に視線を向け。
……既に、狼が絶命している事に、気がついた。
「何……!?」
加減を間違えた? 一瞬そう思ったマミゾウであったが、そうではない。
狼の額を貫く、銀に光る細い棒状のようなものが見えたからだ。
「っ、マミゾウ!!」
「チィ―――!」
紫の声と、マミゾウが息絶えた狼を投げ捨てその場を離脱するのは、同時であった。
刹那、マミゾウが立っていた場所に数百という物体が降り注ぐ。
それは先程の狼の命を奪ったものと同じ、銀色に光る――“髪”であった。
無論ただの髪ではない、妖力によって硬質化されたそれは鉄塊すら容易く貫き砕くほどの破壊力を有していた。
着地と同時に、マミゾウは近くの大木を見上げる。
彼女の視線の先――大木に生えた太い枝の上に、誰かが立っている。
それはマミゾウの視線を向け、枝から飛び降り…彼女達と対峙した。
「っ、貴様は………!」
目の前に降りてきたのは、銀光を放つ長い髪を持った1人の男。
その男を見た瞬間、マミゾウは目を見開き驚愕した。
当たり前だ、何故ならその男は。
「――よもや、オレ自らが直接出る事になるとはな。気に食わん」
「―――――」
「? 紫、ばあちゃん。コイツの事知ってるのか?」
紫もマミゾウと同じく目を見開き固まってしまい、龍人は怪訝な表情を浮かべながら問いかけた。
「龍人、紫と共にこの場を離れろ!!」
「えっ……?」
「いいから早くせい! こやつは………」
数多く存在する妖怪の中でも、特に強大は力を持つ大妖怪。
その大妖怪の更に上を行く5人の存在……その者達を、“五大妖”と呼ぶ。
圧倒的な力を持つその者達は、戦うだけで世界が荒れるとまで言われており。
そして――今、紫達の前に姿を現した男こそ。
“人狼族”の大長にして、“五大妖”の1人――“
To.Be.Continued...
マミゾウさんの正確な年齢がわからないため、ここでは紫さんよりかなり年上という設定になっております。