一度立ち止まり平和な時を過ごす彼女達であったが、おもわぬ出会いを果たす事となる………。
第55話 ~蓬莱人の幻想入り~
――深々と、雪が降っている。
季節は冬、幻想郷に冬が訪れ大地は銀世界に変わっていた。
その美しい景色を眺めながら、紫は八雲屋敷の縁側に座り暖かいお茶で身体を暖める。
本当ならば室内でお茶を飲みたい所なのだが、今回ばかりはそうはいかないのだ。
視線を中庭に向ける紫、広がるのは一面の銀世界…だけではなく、暴れ回る2人の妖怪。
「まったく、よくやるわね……」
少し呆れを含んだ声色で呟きつつ、お茶を一口啜る。
そんな紫の視線の先では、中庭でぶつかり合う藍と美鈴の姿があった。
拳や蹴りで近接攻撃を放つ美鈴に対し、妖力弾や札を用いて遠距離攻撃を放つ藍。
両者の戦いは拮抗しており、2人の周囲の地面は大きく陥没していた。
これは喧嘩をしているわけでも命の奪い合いをしているわけでもなく、最近この八雲屋敷で恒例となりつつある修業の光景である。
藍の主人としてその光景を見守っている紫であったが、正直こんな寒い中でしてほしくないというのが本音だ。
早く終わってくれないかしら、そう思う紫の願いが届いたのか――両者が同時に勝負に出た。
「狐火―――!」
「っ、かぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
藍の両腕を包むように現れる、妖力で形成された炎。
それを見て美鈴は大きく後ろに跳躍し、両腕にある力を溜めていく。
それは
(あ、これは危ないわね)
右手を上に翳し、己と屋敷全体に結界を張る紫。
次のぶつかり合いの余波をまともに受ければ屋敷が倒壊するからだ、そして紫が結界を張ったと同時に――両者は最後の一手を放つ。
「火拳――
「
藍の炎の拳と、美鈴の虹色の拳がぶつかり合う。
両者の激突の際に巻き起こった衝撃は2人の周囲の地面に積もった雪をまとめて吹き飛ばし、その余波は八雲屋敷にまで及んだ。
しかし屋敷は紫が張った結界によって傷一つ付かず、当然ながら紫自身にもその衝撃は届かない。
互いに睨み合いながら後退する藍と美鈴、両者の闘志は微塵も衰えておらず、2人は再び衝突しようとして。
「そこまでにしておきなさい、やり過ぎは身体に毒よ?」
そう言いながら3人分のお茶を用意した紫の声で、鍛錬は終了を迎えたのだった。
「――どうかしら? もう今の生活には慣れた?」
「え、あ、えっと……」
縁側から室内に移動し、お茶を飲みつつまったりとした時間を過ごす紫達。
そんな中、紫はちびちびと熱めのお茶を啜る美鈴に上記の問いかけを投げかけた。
対する美鈴は紫の問いかけに一度驚き、そのまま俯いてしまい答えを返す事はなかった。
(……やっぱり、まだ無理か)
月から地上に帰還し、美鈴をこの八雲屋敷に迎えてから既に十日が経った。
しかし彼女から紫達の警戒心が完全に解かれる事はなく、話しかけても今のような反応が返ってきてしまう。
だが無理もないと紫は理解している、彼女は少し前までずっと野良妖怪達に心も身体も傷つけられてきたのだから。
――彼女は、紅美鈴は自分が何の妖怪なのかを理解していない。
気がついたら今の姿になっていて、見た目が人間の少女だった為か、彼女は幸運にも近くの里の人間に保護された。
そこで彼女はある家の養子となり、血が繋がっていないというのにそこの人間達から惜しみない愛情を注いでもらえたそうだ。
育ての親は武術家だったらしく、先程の勁の力もそこで習い彼女は普通の人間の少女と同じようにすくすくと成長していった。
それから五十年が経ち、今の姿のまま成長していない彼女が妖怪だと周りの者から認識されても、彼女を迫害する者はその里には居なかったらしい。
幸せだった、育ててくれた親の死に目もきちんも見届ける事ができた。
その平和がずっと続くと彼女は、そして彼女を受け入れた里の誰もが信じて疑わなかっただろう。
――だが、そんな小さな平和は簡単に崩れ去ってしまった。
ある日、彼女が狩りの為に少しの間里から離れていた際……野良妖怪達によって里は崩壊した。
無残にも喰い散らかされた家族同然の者達を見て、美鈴は激昂し彼等を滅しようと勇ましく戦いを挑んだが……多勢に無勢、結局は敗北しそのまま彼女は野良妖怪達の隷属になってしまった。
それからというもの、彼女はずっと地獄の中で生き続け、数々の恥辱や痛みを野良妖怪達に与えられる事になってしまう。
それでも彼女は死を選ばなかった、妖怪と知っても尚自分を受け入れてくれた者達の死を無駄にしたくなかったから。
……そのような生き方を強いられてきたのだ、寧ろ警戒し怯えながらも自分達に歩み寄ろうとしてくれている美鈴に、紫は感謝すらしたくなった。
「無理をする事はないわ、ここにはあなたの敵は居ない。あなたを傷つける者は存在しない」
「…………」
「恐いのなら無理をして歩み寄ろうとしなくていいの、今はゆっくりとその身体と心を癒す。それだけに専念しなさい」
優しい声、暖かな言葉を美鈴に向ける紫。
……言いながら、内心紫は自分の甘さに苦笑していた。
ここまでする義理などないというのに、これではまるで龍人のようではないか。
でも仕方がないのだ、紫自身……今の美鈴を放ってはおけないと思ったから。
(龍人の甘さが移ってしまったわね……)
だが気分は決して悪いものではなく、寧ろ暖かなものであった。
妖怪は総じて自分勝手、他者を力でねじ伏せる闇に生きる存在。
だというのに今の自分はどうだ? 助ける必要など無い筈の他者に手を伸ばす愚か者ではないか。
「…………あ、あの」
「………?」
「…………ありがとう、ございます」
「…………」
まあ、でも。
嬉しそうに笑みを浮かべながら、心からの感謝の言葉を告げる美鈴を見て。
愚か者でもいいかと、紫は思ったのであった。
「ら、藍、少し人里に行ってくるわね?」
「はい、いってらっしゃいませ」
言うやいなや、さっさとスキマを展開し逃げるようにその場を後にする紫を見て、藍は微笑ましそうな笑みを浮かべ彼女を見送った。
どうやら式には自身の心中を理解されてしまったようだ、気恥ずかしさから紫の顔が赤く染まる。
……やはり龍人とは違い、自分はあんなにも純粋な感謝と好意を向けられるのは恥ずかしく思えてしまうようだ。
少々子供めいた自分の態度に再び恥ずかしさを募らせながら、紫は人里へと降り立った。
「八雲様、こんにちは」
「あ、八雲様!!」
「――ごきげんよう、皆さん」
里に降り立った紫に、周囲を歩いていた人間や妖怪達が声を掛けていく。
それを紫は美しく、けれどどこか妖しい魅力を孕んだ笑みで返すと、一部の男達が一斉に視線を逸らした。
その態度に怪訝な表情を浮かべるもすぐさまそれを消し、紫は近くに居た人間の若者に声を掛ける。
「龍人が何処に居るのか、知りませんか?」
「えっ? りゅ、龍人さんですか!? あ、えっと……す、すみません! ぞ、存じ上げませんです!!」
「…………?」
話しかけた際の青年の反応は、ひどくおかしいものだった。
顔を赤らめ、しどろもどろで言葉遣いも少々おかしい。
しかし自分が妖怪だから恐れているという雰囲気でもない、ではこの態度は一体何なのか。
別に不快感があるわけではないが、不可思議なのは間違いなく紫はちょこんと首を傾げた。
その姿を間近で見て、青年の顔が真っ赤に染まる。
「? お顔が赤いようですが、もしや風邪を引いてしまったのでは?」
「あ、や、ち、違います大丈夫です失礼しますうぅぅぅぅぅっ!!!」
「あ………」
一気にまくし立て、青年は逃げるように紫の元から去っていってしまった。
あまりに失礼な態度だったが、青年の反応があまりにも変だったので紫の中で不快感は生まれず、ただただ怪訝な表情を浮かべるばかり。
一方、そのやりとりを見ていた者は全員苦笑を浮かべていた。
……紫は気づかない、自身の美しさに魅了され青年は緊張していた事に。
当初は妖怪でありたまにしか姿を現さない為か、紫は龍人と違い里の者達から警戒心を向けられていた。
しかし彼女自身がよく里に姿を現す事になり、更に龍人のような優しく穏やかな気質を見せるようになってから、警戒する者は少なくなっていた。
警戒しなくなったと同時に彼女の美しさに魅了される者達も増え始め……先程の青年もそのせいであのような反応を見せたのだ。
(人間は、やはり根本では妖怪を受け入れないのかしらね……)
結果、紫はそう結論付けてしまう始末。
彼女の心中を聞けば全員が否定するだろう、しかしここには心を読める
仕方ない、龍人は自分で捜す事にしようと思った矢先――捜し人の気配が自分の元へと向かってきている事に紫は気がついた。
紫の口元に自然と笑みが浮かぶ、本人は気づいていないようだがそわそわと落ち着きも無くなっていた。
「あ、龍人―――」
やがて龍人の姿が見え、紫は彼の名を呼んだが……すぐさま口を閉ざし表情を険しくさせた。
彼に何かがあったわけではない、だが彼の表情が鬼気迫るものに変わっていたからだ。
一体どうしたのか、こちらに向かって走ってくる彼に駆け寄る紫。
そこで漸く彼女は彼の表情の意味を理解した。
――2人の少女が、彼によって背負わされている。
どちらも薄汚れており、土や泥に塗れているだけでなく所々に傷や打撲痕が見られた。
それに表情を見るにかなり衰弱も激しいようだ、呼吸もかなり弱く処置を施さなければ命に関わるかもしれない。
「龍人、彼女達はどうしたの?」
「本格的な冬が到来するのに里の備蓄が少なくなってきたから、近くの山に狩りに行ってたんだ。
そしたら、雪の中でこいつらを見つけてさ……紫、永琳を呼んでくれねえか?」
「わかったわ」
すぐさま頷きを返し、紫はスキマを開き彼と共に中へと入る。
一度龍人を屋敷へと連れて行ってから、紫はそのまま永遠亭へと赴く。
そして永琳に事情を説明し、治療を快く引き受けてくれた彼女と共に再び屋敷へ。
「―――大丈夫よ。点滴も投与し続ければ死ぬ事はないわ、身体に刻まれた傷自体はたいした事無かったから」
そして彼女によって的確で且つ紫達が見た事のない器具を用いての治療が終了した時には、既に日が暮れた後であった。
「ふぅ……永琳、ありがとな」
「構わないわ。でもすぐに私を呼んだのは正解ね、今の里の医療レベルじゃこの患者の治療はできなかったでしょうし」
「そんなに酷い傷だったのか?」
「たいした事ないって言ったでしょ? でもかなり衰弱していたから、持ち堪えるには栄養剤や強心剤を打ち込む必要があったの」
「???」
「今の人間には開発できない薬だと思ってくれればいいわ」
言いながら、使用済みの器具を片付けていく永琳。
完全に理解する事はできなかったが、とにかく無事だという事なのだろう。
龍人はとりあえずそう自己完結を済ませる一方、紫は永琳にある願いを投げかけた。
「永琳、もしあなたが良ければなのだけど……あなたの医者としての技術を、里に教える事はできないかしら?」
「……気持ちはわかるけど無理よ、今の医療レベルでは理解できないわ」
「…………」
はっきりと告げられ、紫は何も言えなくなった。
永琳の優れた医療技術を里の者達にも伝えられれば、もしもの時にも対応できると思ったのだが……。
「それよりも……この少女は一体何者なのかしら?」
「何者って言われてもな、俺が見つけた時は気を失っていたから知らねえよ」
「……それにしても、この子達からなんだか人間ではない気配を感じるわ」
改めて眠っている2人に視線を向ける紫。
1人は青のメッシュが入った長い銀髪、もう1人はまるで雪のように白く長い髪を持つ。
少なくとも周囲の人間にこのような色の髪を持つ人間は居ない、それに人間以外の気配を彼女達から感じるが、妖怪とは違う気配だ。
(でも、何故かしら……この白髪の少女、何処かで見た事があるような……)
そう思ったが、記憶を辿っても白髪の少女の知り合いは存在しない。
「…………」
「? 永琳、そんな恐い顔してどうした?」
「恐い顔は余計よ。――まさかとは思ったけど、間違いないみたいね」
「間違いないって……永琳、この少女達と知り合いなの?」
「それほど親しいという間柄ではないし、知っているのは白髪の方だけよ。それに……あなた達もよく知っているわ」
「えっ……」
すると永琳は、紫達にとって馴染み深い名を口にする。
その名は、もう二度と聞くはずのないものだった筈であり。
同時に、別の驚愕が彼女達に襲い掛かる事になった。
「――彼女は
To.Be.Continued...
今回から再び間章へと突入します。
色々な原作キャラを登場させる予定なので、ちょっと長くなりそうですが最後までお付き合いくださると嬉しく思います。