妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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戦いは終わり、紫達は自分達の帰るべき場所へと帰還する。

新たな友人、そして仲間を引き連れて……。


第四章エピローグ ~地上への帰還~

「――――成る程、今回も大変だったんですね。紫さん」

「ええ、でも……実りのあるものだったわ」

 

 暑くなり始めた日差しが、稗田家の屋敷に降り注ぐ。

 その中で執筆しつつ紫と会話をするのは、この屋敷の主である二代目稗田家当主、稗田阿爾だ。

 彼女は現在月から帰還した紫達から、月で起こった戦いを聞きそれはそれは楽しそうに筆を進めていた。

 そんな2人の傍には、新たに『幻想郷縁起』に記載される事になった永琳と輝夜の姿も。

 

「月に兎が居るとは聞いた事がありますが、まさか私達のような人が存在するとは思いませんでした!」

「無理もないわ。もう数億年以上前に月の民は地上を捨てたのだから」

「数億……途方も無いですね」

「……普通に信じるのね。わたし達が月人だって事も、月での話も」

「色々な意味で普通じゃない空気を纏っていますからね、それに紫さんのお知り合いの方なら信用できます!」

「…………一応、褒め言葉として受け取っておくわ」

 

 阿爾のあんまりといえばあんまりな言葉に、顔を引き攣らせる輝夜。

 見た目は見目麗しい人間の少女だが、中身は見た目通りではないようだ。

 しかしその甲斐あってか、既に阿爾と永琳達はお互いに気を許し合っている。

 

「――さて、改めまして。幻想郷へようこそ、八意永琳さん、かぐや姫様……いえ、蓬莱山輝夜さん。

 私達は、そしてこの幻想郷はあなた方を受け入れます」

「ありがとう」

「ありがとね、こっちこそよろしく!」

 

 暖かな阿爾の言葉を受けて、永琳も輝夜も満面の笑みを浮かべる。

 この瞬間、彼女達はこの幻想郷の一員になり、紫も嬉しくなって口元に笑みを浮かべていた。

 と、阿爾の視線が中庭に、正確には中庭に咲く花達を愛でている幽香へと向けられる。

 幽香の傍にはじっと彼女の姿を観察している龍人と、月で彼と戦いそのまま地上へとついてきた赤髪の少女の姿もあった。

 

「あの少女も妖怪なのですか?」

「ええ、地上の妖怪を月に置いたままというわけにはいかなかったし、龍人が放っておけないみたいだから連れて帰ってきたのよ」

 

 永琳の薬と、少女自身の生命力によって既に傷は完治している。

 だがあの野良妖怪達に虐待に近い事をされてきたのか、少女は紫と龍人以外の者には警戒と怯えの色を見せていた。

 人間である阿爾に対してもそれを見せるのだから、相当なものなのだろう。

 こればかりは時間が解決するのを待つしかない、なので紫は阿爾に少女の事を『幻想郷縁起』に記すのは待ってほしいと告げた。

 少女の境遇を知った阿爾は当然承諾し、わかってくれた彼女に紫は感謝の意を示す。

 

「――――さて、と」

 

 花達を一度丁寧に撫でてから、幽香は立ち上がった。

 

「それじゃあ、私はそろそろ行くわ」

「? 幽香、行くって何処へだ?」

「別に目的地を決めているわけではないけど、一箇所に留まるのは嫌いなのよ」

 

 月から地上に帰ってきた以上、もうこの場所には用は無い。

 元々幽香は愛でるべき花達を求めて旅をしている妖怪だ、この幻想郷に留まる理由が既に存在していない以上、こうなるのは必然であった。

 

「そっかー、お前って結構危ないヤツだけど、居なくなると寂しくなるなー」

「私は清々するけどね、アンタは半妖の癖に図太いというか……色々な意味で強過ぎるのよ」

「???」

 

 幽香の言葉の意味が判らず、首を傾げる龍人。

 そんな彼を無視し、幽香は紫へと視線を向け口を開いた。

 

「じゃあね、精々この半妖のお守りをしてあげなさい」

「……また会える日を楽しみにしていますわ」

 

 皮肉めいた口調で、けれど本心からの言葉を放つ紫。

 それをどう受け止めたのか、幽香は小さく笑ってから跳躍し屋敷から飛び去っていってしまった。

 あっという間に幽香の姿は見えなくなり、少しだけ……ほんの少しだけ、紫は寂しくなった。

 

「姫様、私達もそろそろ……」

「そうね。じゃあ紫、龍人、私達も行くわ」

 

 立ち上がる永琳と輝夜。

 

「ああ、またな?」

「暇なら遊びに来なさい、こっちも暇を持て余しているから」

「暇なら人里で働けよ、人手不足だから」

「あら、それは良い考えね。龍人、姫様でも出来そうな仕事を見繕ってくれる?」

「ちょ、ちょっと永琳……私は姫よ?」

「極潰しは要りませんから」

 

 きっぱりと、輝夜にとって残酷な言葉を放つ永琳。

 それを聞いて輝夜の表情が凍りつき、そんな彼女を見て紫と永琳はくすくすと笑った。

 どれだけ働きたくないんだこの姫様は、まあ気持ちは判ってしまうけれど。

 ……尤も、永琳は決して冗談で言ったわけではないようだが。

 

「そ、その話はまた追々という事で!!」

「あ」

 

 言うやいなや、輝夜は逃げ出すように屋敷を飛び去っていってしまった。

 やれやれと肩を竦め、「それじゃあ」と言って永琳も輝夜の後を追うように屋敷を後にする。

 騒がしかった屋敷が静かになり、そして紫達も自分達の屋敷に帰る事にした。

 

「阿爾、私達もそろそろ戻るわね」

「はい、それではまた」

 

 龍人を呼び、屋敷に繋がっているスキマを開く。

 阿爾に一度手を振ってから、紫達は八雲屋敷へと戻っていった。

 

「お帰りなさいませ紫様、龍人様」

 

 屋敷に戻ると、いつも通り藍が紫達を出迎える。

 そう、いつも通り、紫にとっての“いつも通り”が漸く戻ってきてくれた。

 

「ふぅ……」

 

 大きく息を吐き出す、ここで紫はやっと今回の戦いが終わりを迎えてくれたように思えた。

 

「そういえば紫、よかったのか?」

「? 何がかしら?」

「ほら、体力と妖力が戻って早々に幻想郷に帰ってきたけどさ……月のみんな、俺達の為に宴を開こうとしてくれてたじゃねえか」

 

 だというのに、戦いが終わり二日が経ち、気力体力共に戻ったと同時に紫と永琳はすぐに帰ろうと言い出したのだ。

 これには宴を楽しみにしていた龍人は不満を漏らし、月夜見達も同様の反応を見せた。

 だが結局月人達が呼び止めても聞き入れず、こうして幻想郷に戻ってきてしまったのだ。

 

「いいのよ。私達は地上の民で向こうは月の住人、必要以上に関わりを持ってはお互いの為にならないの」

 

 月は穢れを嫌い、そして自分達は穢れの中で生きる者達。

 今回のような件を除けば本来交わる事など無かった関係なのだ、紫も永琳もそれがわかるからこそ早々に戻ってきたのだ。

 そして、おそらくもう今回のような事が起こらなければ関わる事もないだろう、それもまた互いの為だ。

 そう説明する紫であったが、案の定龍人の浮かべる表情は不満のそれだった。

 他者との関係を大切に思う龍人ならばこの反応も致し方ないが、こればかりはわかってもらわなければ。

 

「……月の料理、楽しみだったんだけどなあ」

「ごめんなさいね。藍の料理で我慢して頂戴」

「うーん……まあいっか、生きてりゃいつかまた会えるだろうし」

 

 そう言って、龍人はこの話題をおしまいにする事にした。

 

「それよりさ、この子どうする?」

 

 龍人の視線が、先程から彼の背中に引っ付くように隠れている赤毛の少女に向けられる。

 視線を向けられ、一瞬だけびくっと身体を奮わせる少女。

 

「そうね……龍人はどうしたい?」

「そりゃあ暫くここに住まわせてやりたいさ、今は身体じゃなくて心を休ませてあげないと」

「ええ。――でも働かざるもの食うべからずよ、それはわかるわね?」

「…………」

 

 紫に言われ、無言のままこくりと頷きを返す赤毛の少女。

 

「ならまずはこの家の雑用をしてもらうわ、詳しい事は藍に聞きなさい」

「でも無理をする必要なんかないからな? 俺達はお前に酷い事なんて一切しないから、安心して暮らしてくれ。

 ここで暮らす以上はお前は俺達の“家族”になる、遠慮する事なんかないからな?」

「ぁ……」

 

 龍人に頭を撫でられ、赤毛の少女は僅かに笑みを浮かべた。

 まだぎこちなく少し無理をしているように見えるが、やっと確かな笑顔を見せてくれた。

 

「そういえば、お前名前はなんていうんだ?」

 

 今の今まで名前を聞いていなかった事に気づき、龍人は訊ねる。

 名前があるならこれからそれで呼ばなければならないし、名前が無いのなら名付けてあげなくては。

 龍人に訊かれ、少女は小さめな声でけれど少し誇らしげに、自らの名を口にした。

 

「――美鈴(めいりん)、わたしの名前は……(ほん)美鈴(めいりん)です」

 

 

 

 

「――――刹那様、只今戻りました」

「……士狼、テメエ今まで何処に行ってやがった?」

 

 冷たく暗い洞窟の中で、男の絶対零度の如し冷たい声が響き渡る。

 その声を一身に受けた青年、今泉士狼は主である大神刹那に睨まれぶるりと身体を奮わせた。

 恐怖で主の顔が直視できず、士狼は俯いたまま懐から小瓶を取り出し刹那に捧げる。

 

「……何だ、これは?」

「月の都にて手に入れた霊薬で御座います、これを飲めば主の怪我も治るかと……」

「月だと? ――そうか、何処に行ってやがったと思ったらテメエ月なんぞに行ってやがったのか。それも勝手に同胞を連れて」

「お怒りは尤もだと理解しています、どのような処罰も受ける所存です。ですが我が主、まずはこの霊薬で傷を癒してください」

「フン……そんな薬なんぞに頼る必要なんかねえんだよ、余計な事はするな士狼。テメエはオレの言葉に従ってればいい」

「…………申し訳ありません」

「その薬は勝手に使え。――話は以上だ、消えろ」

「はっ」

 

 一礼し、洞窟の外に出る士狼。

 夜空が辺りの山々を照らす中、その暖かな光とは対照的に士狼の顔には影が差していた。

 

(わかっていた事だ、今回の事は完全に俺の独断であり主の望む事ではなかった)

 

 だから、あのような反応が返ってくるのを士狼は予想できていた。

 できていた、が……実際にあのような冷たい反応だけしか返ってこないというのは、彼の心を傷つけていた。

 しかし彼はすぐさまその傷に蓋をする、主が正しいのだと、自分が勝手な事をしたのだと己に言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

To.Be.Continued...




今回で第四章は終わりです、ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
あっさりと地上に戻ってきましたが、本編でも紫の発言とあまりダラダラ月でのやりとりを続けたくないという理由からこうなりました、ご了承ください。

次回からは間章となり、何人か原作キャラを出したいと思います。
少しでも楽しんでいただければ何よりでした、また次回も読んでくださると嬉しく思います。

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