妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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月で過ごしながら、紫達は各々の力を引き出していく。
――そして遂に、妖怪達が本格的な動きを見せ始めた。


第51話 ~妖怪達の侵攻~

「――おい、いい加減にしろ!!」

「いい加減にするのは貴様等だ、今は攻め入るべきではないというのがわからんのか!!」

 

 怒声が場に響く。

 怒鳴り合うのは妖怪達の群れ、月に侵略を企てた妖怪達だ。

 

「月人達の力は想像以上だった。闇雲に攻めても無駄だ!!」

「そうだ。あの朧ですらあの女が居なければ命を落としていたのだぞ!?」

「知った事か!!」

「オレ達の力をもってすれば、月人なぞ物の数ではない!!」

「それは浅はかな考えだ!!」

「なんだと!? 月人の前に貴様等を喰ってやろうか!?」

「やれるものならやってみせろ!!」

 

 言い争いはますます激しくなっていく。

 その光景を人狼族の青年、今泉士狼は溜め息混じりに見つめていた。

 ……どちらの言い分も尤もであり、間違いではない。

 このまま月への侵略を進めないままでは内部崩壊するのは必至。

 ただでさえ妖怪達は月人という“餌”を前にして立ち止まっているのだ、耐えられる筈がない。

 

「――落ち着いてくださいませ、皆様」

 

 怒声の飛び交う中でも、よく響く澄んだ女性の声。

 その不気味ながらも不可思議な魅力が孕んだ声を聞き、全ての妖怪達がある一点へと視線を向ける。

 妖怪達の視線の先には、声の主である赤い髪を持つ美しい女性が穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「苛立つ気持ちは判りますわ、目の前の餌を前にしてお預けなど納得できないでしょうね。

 それも全てワタシの指示によるものでした、なので責めるのならばワタシ1人にしていただけますか?」

 

 そう言って、赤髪の女性は申し訳なさそうに妖怪達に向かって頭を下げる。

 その姿、動作の一つ一つが美しく、先程まで怒りを露わにしていた妖怪達もおもわず見惚れ小さく喉を鳴らした。

 場の空気が殺伐としたものから変わっていく事を確認してから、赤髪の女性は言葉を続ける。

 

「ですがそれももう終わりです。準備が整いましたので――存分に暴れてくださいませね?」

「……ほう、つまりやっと好き勝手していいって事か?」

「ええ、散々待たせてしまったのですから、当然の権利ですわ」

『おお……っ!!』

 

 女性の言葉に、妖怪達は歓喜の声を上げる。

 それを見て女性は優しくにこやかな笑みを浮かべていた。

 

(……女狐め)

 

 心の中でそう吐き捨てながら、士狼は女性に睨むような視線を向ける。

 

――妖怪達は気づいていない、自分達が赤髪の女性の言葉だけで無様に操られている事に。

 

 女性の強力な“言霊”によって、都合の良いように誘導させられているとまったく気づいていないのだ。

 しかしそれも仕方のない事なのかもしれない、それだけ女性の力は強大であり未知数だ。

 こっちとしても目的さえ果たせればあの妖怪達がどうなろうと知った事ではない。

 元々人狼族以外の妖怪達に協力を求めたのも、邪魔をしてくる者達の露払いをしてもらう為だ。

 

「ああ、そういえば……今度は“あの子”も投入してみたらどうでしょうか?」

「あのガキか? それはいいが……使い物になるのか?」

「勿論なりますとも。何故ならあの子は――――――なのですから」

 

 

 

 

「――ぁ、あ、ぐっ……」

「紫様!!」

「ぐ、うぅ……」

「お、おい八意! 本当に大丈夫なのか!?」

 

 ベッドに横たわり、苦しげな息と声を放つ紫。

 そんな主の姿を見て、藍は慌てた様子で永琳へと声を掛ける。

 しかし、この現状を生み出した永琳が次に放った言葉は、藍に怒りを抱かせるものであった。

 

「大丈夫なわけがないでしょう。だからこそこうやって一瞬の隙も見逃さないように見張っているんじゃない」

 

 そう言い放ちながら、永琳は苦しむ紫に透明な液体が入った注射を数本刺す。

 

「ど、どういう事だ!!」

「文句なら私ではなくあなたの主に言いなさい。――あんな無茶をすれば、こうもなるわ」

 

 言って、永琳は苦しんでいる紫を軽く睨みつける。

 この現状を生み出したのは確かに永琳だ、だが発端は紫によるものであった。

 

――貴女の薬で、私の身体を強化してほしい。

 

 この言葉が、今の状況の始まりであった。

 紫が龍人達と別行動をして永琳の研究室へと足を運んだ理由、それは彼女のあらゆる薬を精製できる知識と能力を用いての自らの強化であった。

 妖怪にも効力のある薬を作れる彼女ならばきっと自分の肉体を強靭にする薬を作れる筈、紫の目論見通りそれは可能だった。

 

――しかし、どんなものにも“代償”というのは存在する。

 

「単純な肉体強化だけじゃない、精神的な傷に弱い妖怪特有の弱点に対する耐性に妖力の絶対量の増幅、その他器官の頑強さの向上……それだけの強化を薬で行おうとすれば、強烈な副作用に苛まれるのは当然。

 しかも紫の身体は妖怪としてもまだ若い、苦しむのは当然よ」

 

「なっ!? そ、それがわかっていながらお前は紫様に薬を与えたというのか!?」

「ら、藍、永琳を……責めるのは、ぐっ、間違い、よ……」

「っ、紫様!!」

 

 永琳に詰め寄ろうとした藍であったが、弱々しく制止の声を上げる紫の言葉を耳に入れ、自らの主に詰め寄った。

 

「紫様、何故このような無茶を……」

「はぁ、はぁ……別に、最初はこんな事を、するつもりは、はぁ、なかったんだけど、ね……」

「ならば何故!?」

 

「……永琳、侵略に来ている妖怪達の中に、明らかに…次元の違う相手が、くっ……居る事に、気づいてる……?」

「…………ええ、紫もそれに気づいているからこんな無茶を思いついたのでしょう?」

「ふふっ……まあ、ね……」

「? 紫様、それは一体どういう事ですか?」

 

 2人の会話についていけず、藍は混乱する事しかできない。

 そんな彼女に紫は説明しようとするが、永琳に止められ代わりに彼女が藍に会話の意味を教える事にした。

 

「この月の都には地上からは決して干渉できない結界が張られている、たとえ境界を操る紫の能力でもそれは叶わない。――だとしたら、どうやってあの朧という妖怪はこの月の都に侵入できたと思う? それも侵入する直前まで月夜見にすら気づかれずに」

「……そういえば」

 

 たしかにそうだ、この月の都には藍の主である紫の能力ですら干渉を許さない程の結界が張られている。

 だというのに月に侵略を企てる一派の一員である朧はこの都に侵入してきた、如何に強大な力があろうとも不可能である筈の事をやってのけたのだ。

 

「無理矢理結界を突破したわけでもない、そもそもそんな事は地上で“五大妖”と呼ばれる大妖怪であっても不可能よ。月夜見が生み出した結界はたとえ私や豊姫達であっても容易には破れない。

 だというのに破りもせずに結界を越えてきた、それはつまり……向こうには大妖怪すら超えた力を持つ存在が居るという事」

 

 それに気づいた瞬間、紫はすぐさま今の自分の力では対処できないと悟り、この方法を思いついた。

 何せいつ攻めてくるかわからないのだ、そしておそらく……次は総力戦となる。

 何故そんな事がわかるのかは紫自身もわからない、ただ何故か……それがわかってしまった。

 

 時間がない、だからこそこのような無茶な方法を試してみるしかない。

 ……それに考えたくない事だが、これだけの事をしても届かない……そんな不安も紫の中で生まれ始めていた。

 

「ぐっ、あ……」

「紫様、大丈夫ですか!?」

「はぁ……大丈夫よ、だから……あなたは少し休みなさい」

「ですが……!」

「はいはい。式の貴女が取り乱したら余計に負担が掛かるのよ、それくらいわかりなさい」

「…………」

 

 おもわず永琳を睨みそうになってしまう藍であったが、すぐさま己の浅はかさを思い知り、そのまま研究室を出て行ってしまった。

 その光景に永琳はつい苦笑を浮かべ、紫も自らの式に対して溜め息が出てしまった。

 

「良い子ね、ちょっと心配性な所はあるけど」

「……あの子は、生真面目過ぎる、から、ね……」

「貴女も辛いなら喋らずに静かにしていなさい」

「…………そうするわ」

 

 大きく息を吐いてから、目を閉じる紫。

 まだ身体中から痛みが発しているが、幾分かは楽になってくれた。

 漸く永琳の薬が紫の身体に馴染んできたようだ、これならば思っていた以上に早く元に戻るかもしれない……。

 

 

「――そんな事をしても無駄なのに、さすが浅はかな女ですわね」

 

 

「――――っっっ!!?」

 

 気づいた時には、遅過ぎた。

 眼前に迫る銀光、秒を待たずに自らの首を撥ねると理解しているのに、紫には何もできず。

 

「っ、くっ――!?」

 

 けれど銀光は紫には届かず、突風が吹き荒れ爆音が響き渡った。

 

「え、永琳!!」

「紫、あなたはまだ寝てなさい。そんな身体じゃ戦えないわ、“あれ等”の相手は私がするから動けるようになったら龍人達の所に向かいなさい」

 

 口早に言って、永琳は先程の突風によって開いた大穴から外へと出る。

 その先に待っていたのは、八尺近い長さを誇る刀を持った赤髪の女性と、そんな女性に付き従うかのように立っている、白髪の少女。

 ……永琳にとって初めて会う相手ではない、尤も――会いたくない類の相手だったが。

 

「…………アリア・ミスナ・エストプラム」

「覚えてくださって光栄ですわ【月の頭脳】、八意永琳様」

「成る程ね。私の結界ですら易々と越えるあなたならば、月の都の結界など無いに等しい」

「それは買い被り過ぎですわ。なかなかに苦労しましたから」

 

 赤髪の女性――アリアはそう言ってくすくすと笑う。

 相変わらず得体の知れない女だ、永琳は音も無くその手に弓と矢を取り出した。

 

「――月を捨てたあなたが、月の為に戦うと?」

「別に月の為に戦うつもりは無いわ。ただあなたという存在を生かしてはおきたくないだけ」

「あら恐い。――ですが、それはワタシも同じ事ですわ」

 

 刹那、アリア達と永琳の周りの世界が文字通り歪み始めた。

 その変化に気づいた永琳であったが、時既に遅く。

 

――まるで初めから存在していなかったかのように、永琳達の姿がこの場から消えてしまった。

 

 

 

 

「――た、大変です依姫様!! ち、地上の妖怪共が突如として月の都に現れました!!」

「えっ――!?」

 

 稽古を続けていた依姫達の耳に、玉兎の焦りに満ちた報告が響き渡る。

 

「ど、どうしましょうか!?」

「ど、どうして妖怪達が月の都に!?」

「――とにかく迎撃するわ、急いで準備を!!」

『り、了解です!!』

 

 わらわらと散っていく玉兎達、それを見送ってから依姫は急ぎ豊姫の部屋へと急ぐ。

 部屋に辿り着くと、外の様子に気づいたのか豊姫と彼女の部屋に遊びに行っていた龍人とレイセンの姿が見えた。

 

「お姉様、龍人、レイセン!!」

「依姫様、外の様子が……」

「ええ。――地上の妖怪が月の都に現れたそうです、それも大量に」

「えっ!!?」

 

 その言葉にレイセンの表情が驚愕と恐怖に包まれ、そんな彼女を豊姫は安心するように声を掛ける。

 

「レイセン、大丈夫よ。……依姫ちゃん、玉兎達に指示は?」

「もう伝えました。私達も出ます」

「お願いね。私は月人の皆さんを避難させるから」

 

 言って、豊姫はすぐさま自らの能力を用いて一瞬でこの場から消えた。

 さて自分達も行かなくては、そう思った依姫であったが……先程から明後日の方向に向いたままの龍人に気づき、思わず声を掛けた。

 

「龍人、どうしたのですか?」

「…………」

「龍人、戦うべき時が来たのです。わかりますね?」

「……あ、ああ」

 

 漸く反応を見せる龍人だが、心此処に在らずといった様子だ。

 今更怖気づいたとは思えないが、いつもの彼らしくない反応に依姫は困惑する。

 

「どうしたのですか?」

「……向こうから沢山の妖怪の気配を感じるんだけど、その中に……なんていうのかな、懐かしいというか……不思議な気配を感じるんだ」

「???」

 

 それを聞いて、ますます依姫は困惑してしまった。

 だがいつまでもここに留まってはいられない、侵略者である妖怪達から月の都を守らねばならないのだ。

 

「――依姫、手分けして妖怪達の相手をしよう」

「えっ?」

「敵が居るのは一箇所じゃないんだろ? だったら分担して鎮圧した方が効率がいい筈だ」

「それはそうですが……いえ、わかりました」

 

 確かに龍人の言い分は尤もだ、分担して妖怪達の相手をする方が良い。

 尤も、龍人はそれだけが目的ではないのだろう、先程彼が感じた不思議な気配とやらの正体を知りたいという理由も含まれている。

 ……少し心配だ、なので依姫はレイセンにある指示を出した。

 

「レイセン、あなたは龍人と行動を共にしなさい」

「えっ、ですが……」

「二度はいいません。――龍人、ご武運を」

「ああ、依姫も気をつけてな」

 

 勿論です、そう言って依姫は屋敷を飛び出していく。

 

「レイセン、俺達も行くぞ!!」

「うん!!」

 

 続いて龍人とレイセンも屋敷を飛び出し、ある場所へと一直線に向かっていった。

 が、その前に月人達の悲鳴を耳に入れ龍人達は方向転換。

 

「う、うわあああああああああっ!!?」

「っ、やめろおおおおおおっ!!!」

 

 目の前に広がる光景――月人であろう男性に襲い掛かる、緑の肌を持つ三つ目の妖怪を確認した瞬間、龍人はその場に介入した。

 男性に迫る爪の一撃を右手で弾き、残る左手で妖怪の腹部に拳を叩き込む。

 くぐもった悲鳴を上げながら妖怪は吹き飛び、近くの家屋を破壊しそのまま見えなくなってしまった。

 

「大丈夫か!?」

「あ、ああ……すまない」

「すぐに避難をしてください!! 月王宮へ急いで!!」

 

 レイセンに言われ、月人の男はすぐさまその場を走り去る。

 改めて周囲を見渡す龍人、周囲に人の気配は無く既に避難を終えた後のようだ。

 先程の男性は遅かったものの、月人の対応の早さに舌を巻きながら――龍人はこちらに向かってくる複数の気配を静かに迎え入れた。

 

「おっ? なんだ、まだ逃げてないのが居たか」

「おいちょっと待て、こいつは玉兎とかいう妖怪兎に……半妖だぞ」

「なんで半妖がこんな所に……いや、こいつが多分龍人とかいう龍人族のガキだな」

 

 現れたのは多数の妖怪、どれも人型であるものの醜悪に肥えた肉体は見るだけで不快感を煽っていく。

 それに浮かべる下卑た笑みも拍車を掛け、レイセンはあからさまに表情を歪ませた。

 

「……なあ、お前達が侵略者か?」

「だとしたらなんだ?」

「…………このまま黙って帰る、っていうのは無理か?」

 

 答えがわかりきった質問をしている、それは龍人自身もわかっていた。

 だがもしもこのまま引き下がってくれるのなら……そんなありえもしない願いを抱いてしまい、返ってきたのは――嘲笑であった。

 

「しょうがねえよな……」

 

 覚悟ならできている、友人の故郷であるこの月を侵略するというのなら……目の前の妖怪達は、倒さねばならない敵だ。

 身構える龍人とレイセン、そんな彼らを相変わらずの下卑た笑みを浮かべながら見つめつつ、妖怪達はある少女を2人の前に連れてきた。

 その少女は見た目では年端もいかぬ少女だった、腰辺りまで伸ばした赤髪のストレートヘアーと側頭部を編み上げ黒いリボンで纏めている。

 

 なかなかに可愛らしい容姿を持っているが、青がかった灰色の目からは生気を感じられず、また身に纏う衣服も衣服というよりはボロ布で無理矢理身体を隠しているといった方が正しいほどのみすぼらしい姿だった。

 

「オラッ、さっさと戦えや!!」

 

 妖怪の一匹が、少女に向かって怒声を放つ。

 その声にビクッと身体を震わせながら、少女は龍人達に向かって身構える。

 

「……おい、戦う気の無いヤツを戦わせるのか?」

「同情かい? 優しいねえ、ならそのままおとなしくやられろや」

「…………」

 

 目の前の少女を見やる龍人、身構えてはいるものの戦意はまるで感じられなかった。

 寧ろこちらに対して申し訳なさそうな視線を向けている、拍子抜けしそうになるが……戦わないわけにはいかない。

 

「レイセン、あの子の相手は俺がする」

「わかった。――でも、あの子」

「わかってる、だから……なんとかするさ」

「――――っ」

 

 少女が掛ける、大地を蹴り龍人に向かって拳を放った。

 予想以上の速度に驚きつつも、龍人は左腕でその拳をガードし少女の身体を弾き飛ばす。

 

「…………そうか、さっきの不思議な気配の正体はお前だな」

 

 それと同時に彼は、その気配が一体どんなものなのかも理解した。

 この少女は妖怪だ、だが同時に……()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「――お前、妖怪だけど……“龍人族”の力を持ってるな?」

 

 

 

 

To.Be.Continued...




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