妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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朧との戦いに勝利し、ほっと息をつく紫達。
当初の予定を済ますために、彼女達は次に月の使者のリーダーを務めている月人、綿月姉妹に会う事にした………。


第49話 ~綿月姉妹~

 石畳の床を、真っ直ぐ歩いていく。

 現在紫達は永琳に連れられ、ある場所へと向かっていた。

 朧との戦いが終わり、玉兎と自分達の治療を終えた紫達は、そのまま永琳に連れられ都の中を歩いていく。

 

「…………」

 

 周りの視線が集中している、それに若干の不快感を覚えつつも紫は無視した。

 既に月夜見と玉兎達によって月の民にも、紫達地上の者が協力者となって侵略に来た妖怪と戦うという情報は伝わっている。

 しかしだ、いくらその情報が耳に入ったとしてもおいそれと月の民がそれを受け入れる道理には繋がらない。

 

 事実、向けられている視線の中には明らかな警戒の色が見え隠れしている。

 あからさまな敵意すら向けられる始末であり、仕方ないとは思いつつも不快だと思ってしまうのも致し方ないものだろう。

 けれど紫は決してそれを表には出さない、あくまで受け流す事に徹し……不快感を顔に出そうとしている藍を無言で制した。

 

「ところで永琳、これから何処に行くんだ?」

「綿月姉妹の屋敷よ。――見えてきたわね」

 

 永琳の言葉通り、前方に巨大な屋敷と門が見えてきた。

 その大きさに龍人は驚き、そうこうしている間に屋敷の門の前まで辿り着いていた。

 

「――止まれ。この屋敷に一体何用だ?」

 

 門の前に立っていた2人の鎧姿の男達が、紫達の前に立ち塞がる。

 彼等はここの門番なのだろう、厳しい表情を浮かべながら紫達に右手に持つ筒状の物体を向けてきた。

 この物体は一体何なのだろう、そう思っているとその物体の先端から剣状の物体が出現した。

 

「わっ、すげー……それってもしかして剣なのか?」

「レーザーブレード、高熱と高振動によって抜群の切れ味を誇る光の剣。兵士達の標準装備よ」

「ふーん……?」

「質問に答えろ、お前達は一体……」

「月夜見から聞いていないかしら? 八意XXと地上の妖怪達がこの屋敷に訪ねてくると」

「や、八意様!? こ、これは大変失礼を致しました!!」

 

 慌ててレーザーブレードの刃を収め、永琳に向かって深々と頭を下げる門番達。

 それを一瞥し、永琳は歩みを進め門を開く。

 すぐさま彼女の後を追う紫達、門を抜けると……そこに広がるのは、巨大な庭園であった。

 生命の息吹がひしひしと感じられる緑の芝生、所々に咲いた花々は見る者の目を楽しませる。

 

「……月の花を見たのは初めてだけど、綺麗なのね」

「幽香から見ても綺麗に見えるのか?」

「ええ、本当に綺麗……後でこの花達の種を貰えないか聞いてみようかしら」

「いいなそれ、幻想郷に咲かせたらきっとみんな喜ぶぞー!」

「その時は私が咲かせてあげるわ。あなた達じゃ上手く咲かせられないかもしれないし」

「いいのか? 助かるよ、幽香!」

「…………」

 

 どうも、あの戦いの後から幽香と龍人の仲が良くなった気がする。

 相変わらず幽香の言動にはどこか棘を感じるものの、半妖の龍人に対する物腰は明らかに柔らかくなっていた。

 

「……風見幽香の奴、なんだか龍人様に対する態度が変わったと思いませんか?」

「藍もそう思う? ――でも彼はどんな存在とも仲良くなるから、別段おかしい事ではないでしょうけど」

「……ですが、私は正直風見幽香という存在は好きになれません。あの妖怪は龍人様に悪影響を及ぼしそうで」

「滅多な事を言うものではないわよ藍、それにそんな事を言っているけど要するに幽香と龍人が仲良くなっているのが気に入らないだけでしょう?」

「…………否定は、しません」

 

 心中を見破られたからか、藍の顔に赤みが帯びる。

 そんなやりとりをしつつ、紫達は屋敷の中を永琳についていく形で歩いていった。

 

「ねえ永琳、その綿月姉妹というのは一体どんな人物なの?」

「姉の方は綿(わた)(つきの)(とよ)(ひめ)、おっとりとした平和を好む優しい子よ。でもその頭脳は私に次いで高く私の知識を瞬く間に吸収していったわ。

 妹は綿(わた)(つきの)(より)(ひめ)、剣の達人で月人の中でも類まれなる武の才能を持って生まれた子、でもちょっと生真面目過ぎるのが玉に瑕かしらね」

「あなたがそこまで褒めるのだから、相当なものなのでしょうね」

「ええ。まがりなりにも私の一番弟子ですから」

 

「…………ん?」

「? 龍人、どうしたの?」

 

 突然立ち止まったと思ったら、道から外れ龍人は走り出してしまった。

 また勝手な事をして、溜め息をつきつつも紫は龍人を呼び止めようとして……永琳に止められてしまう。

 

「永琳?」

「いいじゃない。どうせこの後の話は龍人にとって退屈になるでしょうから、この屋敷を好きに見学させてあげましょう」

「じゃあ私も別行動をとらせてもらうわ、月に咲く花達を見てみたいから」

 

 言うやいなや、先程通り過ぎた庭園へと向かっていく幽香。

 当然止めようとする紫であったが、またしても永琳に止められてしまった。

 勝手な行動をする龍人達に、紫はなんだか頭が痛くなっていった。

 とはいえ永琳が止めるという事は問題ないという事だろう、紫はそう判断しておとなしく永琳の意見を尊重する事にした。

 決して幽香を止めるのが面倒になったというわけではない、ええ決して。

 

 暫く歩みを進め――やがてとある部屋へと辿り着いた。

 その部屋の扉の前に立つ永琳、すると自動的に扉が横に開き彼女は中へと入っていく。

 驚きつつもそれに続く紫と藍、中に入ると――1人の少女が紫達を出迎えてくれた。

 

「――お久しぶりです八意様、およそ二百年ぶりですね」

「ええ、まさかまた会う事になるとは思わなかったわ。豊姫」

(……この少女が、綿月豊姫。か)

 

 確かに永琳の言ったように、おっとりとして物腰が柔らかそうな印象を受ける。

 永琳と向かい合って浮かべている笑顔は、可愛らしくもあり美しくもあり、見ていると心が落ち着く不思議な魅力があった。

 

 ……少し幽々子に似ていると、紫はふとそう思った。

 再会を懐かしむような会話を暫し永琳と交わしてから、豊姫の視線が紫達に向けられる。

 

「――月夜見様から話は聞いています。ようこそ地上の妖怪達、私は豊姫。綿月豊姫と申します」

「八雲紫よ、そしてこっちは私の式である藍」

 

 互いに名を明かす豊姫と紫。

 しかし、互いに向ける視線に友好的な色は存在していない。

 紫はただ純粋に豊姫という月人に対する警戒心を向け、対する豊姫は地上の妖怪である紫に友好を築くつもりはないという意思表示を見せていた。

 やはりこのような反応を見せてくるか、内心ではわかっていたものの豊姫の態度はあまり気持ちのいいものではなかった。

 

「――大丈夫よ豊姫、彼女は信頼できる妖怪よ。だからその目はやめなさい」

「…………わかりました、八意様」

 

 永琳に諭され、豊姫は紫に向けている視線を幾分か柔らかいものに変えた。

 

「協力者に対して向ける瞳ではなかったわね、ごめんなさい」

「いいのよ。あなた達月人にとって私達は侵略に来た地上の妖怪と大差ない、無条件で信用しないのは当たり前よ」

「……聡明ですね。それになかなかに器が大きい」

「褒め言葉と受け取っておくわ、ところで……あなたには妹が居たと聞いたのだけれど?」

「依姫ちゃんの事? あの子なら今は玉兎達の稽古を――」

 

 豊姫がそこまで言い掛けると、突如として地面が揺れ始めた。

 揺れ自体はすぐに収まったものの、続いて爆発音のような轟音が聞こえ、再び地面が揺れた。

 

「これは……まさか敵襲!?」

「音の発生源から察するに……玉兎達の訓練場から聞こえたわね」

「っ、豊姫、行ってみましょう!!」

「ええ、そうしましょう!」

 

 部屋を飛び出し、豊姫の案内で訓練場へと向かっていく紫達。

 訓練場といっても庭の一角であり、すぐに辿り着いた。

 そこには玉兎達がへたり込んでおり、すぐそばでは戦闘音が響いていた。

 

 朧の襲撃が終わり油断してしまったかもしれない、そんな事を考えつつ紫は戦闘音の中心へと視線を向け……目を丸くした。

 豊姫や藍も紫と同様に目を丸くさせ、永琳は()()を見て肩を竦め呆れの表情を見せていた。

 だがまあ、それも仕方がないだろう。

 

――何せ戦っているのは、龍人と豊姫の妹である、綿月依姫だったのだから。

 

 

 

 

 時間は龍人が突然紫達から離れた頃まで遡る。

 永琳の後ろを歩いていた龍人であったのだが、ふとあるものに気づいたのだ。

 それはとある“力”、妖力でも霊力でもない……どちらかといえば、【龍気】に近い力だ。

 龍人族の血を引いている龍人だからこそそれに気づき、気になった彼はその力の持ち主を見たくなり、好奇心のままに勝手な行動に出てしまった。

 もしかしたら同族がこの月にいるのかもしれない、そんな期待めいた感情を抱きながら龍人はとある場所へと足を踏み入れる。

 

 そこは庭の一角、辺りには桃が実った木が生え揃い、その付近で玉兎達が何か武器のようなものを持って訓練を行っていた。

 けれど龍人は玉兎達には目もくれず、彼女達の訓練を厳しい表情で見守っている1人の女性に視線を向けた。

 

 薄紫色の長い髪を黄色のリボンを用いてポニーテールにして纏め、赤い瞳からは凄まじい覇気を感じ取れる。

 やや長めの長刀を地面に刺し、玉兎達を見つめるその姿は厳しい鬼教官を思わせた。

 そして、その少女から龍人は先程自分が感じた力が宿っている事に気づき、暫し視線を向けていると――気配に気づいたのか、少女がこちらに視線を向けてきた。

 

「……何者ですか?」

 

 凛とした声、おもわず身を引き締めてしまいそうになり、龍人はおもわず口ごもってしまう。

 

「どうしました? 質問に答えないというのなら、こちらもそれ相応の対応をしなければなりませんが」

「ぁ、わ、悪い……俺は龍人。地上の半妖だ」

「地上の? いえ、それよりも……龍人、といいましたね? 確か月夜見様から八意様と共にこの屋敷に訪れる地上の民が居ると聞きましたが」

「ああ、それで間違いないよ。訓練の邪魔をしてごめんな? お前から【龍気】に近い力を感じたからつい……」

「その龍気というものが何なのかはわかりませんが、貴方が本当に月夜見様の仰っていた龍人だという証拠を見せてはくれませんか?」

「証拠?」

「ええ。この月の都に侵略を企てている妖怪達ではないという確たる証拠を、見せてくれませんか? 名を名乗っただけでは、信用できませんので」

「証拠、って言われてもな……何を見せたら信じてくれるんだ?」

「…………そうですね」

 

 顎に手を置き暫し思案する依姫、すると彼女は何を思ったのか地面に刺していた刀を鞘から抜き取り、その切っ先を龍人に向け始めた。

 

「龍人という地上の半妖は龍神様の力の一部を分け与えられた(りゅう)(じん)の血を引いていると聞きました、なのでその力を見せてくれれば……信じましょう」

「えっと、つまりお前と戦えばいいのか?」

(りゅう)(じん)の力を見せてください、それが何よりの証拠となりましょう」

「……よーし、俺としてもお前みたいな強い奴と戦えるのは好都合だ」

 

 腕を回し、準備運動を始める龍人。

 

「何故、私と戦うのが好都合だと?」

「だってお前って凄く強いんだろ? 見ればわかる、俺なんかよりもずっとずっと強いって。

 そんな奴と戦えば、きっと俺は今よりも強くなれる。だから戦えるのは好都合なんだ」

「…………」

 

 真っ直ぐな瞳、穢れた地上の民にしては澄んだ……否、些か澄み過ぎているといえる瞳。

 それを向けられ、依姫は口元に小さな笑みを作る。

 剣士としての自分が、目の前の少年と戦える事が嬉しいと訴えている。

 

「全力で行くぞ、えっと……」

「――私の名は綿月依姫。好きなように呼んでください」

「じゃあ依姫、行くぞ!!!」

 

 

――そして、場面は紫達の時まで戻る。

 

 

「――何やってんのあの子は!!」

 

 おもわず大声でツッコミを放ってしまう紫。

 

「あらあら、依姫ちゃんってばお茶目さんね」

「いやいやいや、お茶目とかそういう次元の話じゃないから!!」

 

「落ち着きなさい紫、別に殺し合いをしているわけじゃないんだから大丈夫よ。大方依姫が龍人が信頼できる者かどうか試しているのでしょうね、あの子はああやって戦いの中で相手の事を知ろうとするから」

「何その傍迷惑な確かめ方!?」

「紫様、なんだかお顔が物凄い事になっているので本当に落ち着いてください!!」

「はー、はー、はー……」

 

 藍に宥められ、どうにか紫は落ち着きを取り戻していく。

 しかし頭を抱えたい状態なのは変わらない、一体何がどうなったら協力関係になる筈の月人と戦う事態に発展しているのか。

 

「でも本当に放っておいて大丈夫よ。――もうすぐ勝負がつきそうだから」

 

「っ、くぅ……っ!」

「…………」

 

 永琳がそう言った瞬間、苦悶の声を放ちながら龍人が大きく依姫に吹き飛ばされた。

 肩で大きく息を繰り返す龍人、一方の依姫は刀を両手で構えながら息一つ乱れていなかった。

 この時点で両者の力の差は明白である、しかし龍人の口元には楽しげな笑みが浮かんでいた。

 

「はぁ、はぁ……ホントに強いな、依姫」

「貴方もなかなかですよ龍人、しかし――(りゅう)(じん)の力を見せてはくれないのですか?」

「わかってるさ。――今見せてやる!!」

 

 右手に持っていた長剣を投げ捨て、左手で右手首を掴みそこに力を込めていく。

 その手に集まるのは高圧縮された【龍気】、宣言通り彼は龍人族の力を依姫に見せようとしていた。

 

――依姫の表情が、変わる。

 

 予想を超える龍人族の力を瞬時に悟り、彼女の表情から目に見えて余裕の色が消えていた。

 しかし慌てず騒がず、依姫は持っていた刀を天に掲げ――己が能力を発動させる。

 

「いくぞ、依姫!!」

「――来なさい龍人。その力に敬意を評し、貴方に極光の力を見せてあげましょう」

「奥義――――」

 

 龍人に集まる力が臨界に達した瞬間、彼は一気に依姫との間合いを詰める。

 それと同時に依姫の力も臨界を迎えそして。

 

「――――龍爪撃(ドラゴンクロー)!!!」

「――【天照大御神(あまてらすのおおみかみ)】よ。我が名我が命に応えよ、その究極の光――極光の力を以て彼の者に祝福と裁きを与えよ!!」

 

 龍人の龍爪撃が放たれると同時に、依姫を中心として視界が焼かれる程の光が溢れていった。

 すぐさま目を背ける紫達、この光をまともに見れば心すら焼かれると本能が察知したが故の行動だった。

 その光はすぐに消えず、数秒間周囲を白一色に染め上げ……それが収まり、紫達が目を開いた時には。

 

「……見事。その力はまさしく龍神様の一部、それを正しく扱える貴方を信じましょう――龍人」

「くっそー……全然歯が立たねえ」

 

 悔しそうな表情を浮かべ、依姫に手を差し伸べられている龍人の姿を、視界に捉えた。

 

「ありがとな依姫、俺の事を信じてくれて」

「貴方の力はただ真っ直ぐなものでした。だからこそ信じるに値すると判断したのですよ」

「へへっ、これから宜しくな?」

「ええ、短い間ではありますが……宜しくお願いします、龍人」

 

 固い握手を交わす龍人と依姫。

 龍人は相変わらず人懐っこい笑みを浮かべ、対する依姫も柔らかな笑みを浮かべていた。

 その光景を見て、永琳と豊姫は少なからず驚きを見せる。

 

「……依姫ちゃんのあんなくだけた笑顔を見るのは久しぶりね、しかもそれを向けている相手が地上の民なのだから余計に驚いたわ」

「面白いでしょ? 見ていて飽きないのよ、龍人は」

「成る程……八意様が気に掛けるのも、わかる気がします」

 

「…………」

「――紫様、どうかなさいましたか?」

「……いいえ。ただ……龍人は色々な意味で驚かせてくれるって、思っただけよ」

 

 月人は、地上の民を快く思わない。

 穢れを嫌い月へと移住した月人にとって、その穢れを持つ地上の民は忌むべきものなのだから当たり前と言えよう。

 

 だというのに、龍人はその月人とああも容易く信頼関係を築いてしまった。

 自分では絶対にできない事を、彼は平然とやってのけるのが本当に驚きで……同時に、少し恐くもあった。

 彼はどんな存在とも関係を築けてしまう、けれどそれは彼にとって諸刃の剣でもある。

 

「……腹減ったー」

「じゃあ屋敷に戻って、美味しい桃でも食べましょうか?」

「桃!? 食べる食べる!!」

「……お姉様、また熟れる前の桃を勝手に取ったのですか?」

「いいじゃないの依姫ちゃん。八意様、龍人、いきましょう?」

「ええ、そうね」

 

「おう! 月の桃って地上のより美味いのかな?」

「甘くて柔らかくて、食べたらきっと綻んでしまうでしょうね」

「楽しみだなー! 紫、藍、行くぞー?」

「あ、は、はい!!」

「…………ええ」

 

 考え過ぎだ、杞憂に終わるに決まっている。

 何処か自分に言い聞かせながら、紫は龍人の元へと向かっていった。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




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