妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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月の都に現れた大妖怪、朧。
圧倒的な力の前に片腕を失った幽香の代わりに、紫が朧に立ち向かっていく……。


第48話 ~怒りの砲撃~

――鋼のぶつかり合う甲高い音が、戦いの場を支配する。

 

「っ、はああああっ!!!」

「ぬうぅぅ……!」

 

 大太刀に分類されるであろう巨大な刀を片腕に一本ずつ、二刀流を駆使して攻撃を繰り出す美しい美女。

 その太刀筋は美しさはなく無骨なもの、けれど戦いにおいては最適な剣戟であった。

 それを刀一本で受け止めるのは、刀の付喪神でありながら強大な力を持った大妖怪、朧。

 上下左右、あらゆる角度から放たれる紫の剣戟を確実に受け、弾き、返す刀で反撃していくが。

 

「っ!!」

「むう……」

 

 確実に胴を薙いだ。

 その筈だというのに、刀を持っている朧の手には手応えが微塵も感じられなかった。

 斬撃が紫の身体に触れる瞬間、その部分が沢山の目が浮かんでいる黒い空間に変わってしまうのだ。

 当初は驚き、やがて朧はこの現象が紫の能力によるものだと理解し、寡黙な表情を僅かに歪ませる。

 

「っ、くぅう……っ!!」

「むっ……」

 

 一際甲高い音を響かせながら、両者は大きく後退する。

 現在の2人の距離はおよそ七メートルほど離れている、紫と朧にとってはとるにたらない距離ではあるが、両者は互いに相手に踏み込もうとはしない。

 紫は今までの攻防で乱れた息を正すために、対する朧は単純に紫の能力の出鱈目さに驚いていた。

 

「……いやはや、厄介な御方に出会ってしまったもんだ」

「…………」

「内側から溢れている強大な妖力に、その刀も厄介ですが……何よりもその能力、まさしく出鱈目としか言いようがありませんなあ」

「褒め言葉と受け取っておくわ」

 

 乱れた息が元に戻る。

 闇魔と光魔を持つ手に力を込め、紫はまず牽制を仕掛けた。

 瞬時に紫の周囲に展開されるスキマ、その数十八。

 何か仕掛けてくるか、そう判断した朧はその場で迎え撃とうと身構えた瞬間。

 

「――飛光虫ネスト!!」

 

 紫がスキマに妖力を送り、そのスキマから貫通力と速度に優れた光弾が撃ち放たれる――!

 

「面妖な……!」

 

 放たれた攻撃に対しそう呟きながら、朧は持っていた刀を一度鞘に収めると同時に抜刀の構えを取った。

 

「一閃!!」

 

 そして神速の如き速さで抜刀し、刀から放たれた剣圧が質量を持ち飛ぶ斬撃へと変化する。

 飛光虫ネストの光弾を文字通り切り裂きながら、その斬撃は一向に威力を衰える事無く紫の身体を両断しようと迫っていく。

 

「くっ……!」

 

 自身の前に巨大なスキマを展開させる紫。

 斬撃がそのスキマへと入ると同時に閉じ、難を逃れたが――既に眼前には朧の刀が迫っている!!

 

「往生してもらいましょうか!!」

「――くぁっ!!」

 

 一刀両断される未来を回避しようと、紫はがむしゃらに剣を振り上げた。

 その甲斐あってか朧の刀を受ける事に成功し、けれど充分な力が入っていなかったからか、弾き飛ばされてしまう。

 更に間合いを詰めようとする朧、バランスを崩し対応できない紫であったが……両者の間を割って入るように第三者が乱入した。

 

「っ、幽香……!?」

「負け犬は、とっとと消えてもらいやしょうか。今いい所なんでさあ」

「私が負け犬、ですって……!? ふざけた事を言うな!!」

 

 朧の言葉に怒りの声を放ちながら、幽香は残る左手で持った日傘の切っ先を朧に向ける。

 そして日傘に込めていた妖力を一気に開放し、エメラルド色の砲撃が撃ち放たれた。

 

 ……またそれか、芸のない。

 あからさまに失望の色をその顔に宿しながら、朧はいとも簡単に迫る砲撃を左右二つに切り裂き無力化してしまった。

 

「――――」

「そんな精神状態で放つ攻撃なんざたかが知れてるってものでさあ、負け犬は負け犬らしく……とっとと消えてもらいやしょう!!」

 

 朧が迫る、しかし幽香は動けない。

 自分の一撃を一度ならず二度までも防がれた、それもああも簡単にだ。

 その事実は幽香の心を完膚なきまでに叩き潰し、彼女に戦う意志を完全に奪い去ってしまった。

 

 振り下ろされる、朧の斬撃。

 それを、幽香は他人事のように見つめながら。

 

「――何をやっているの、幽香!!」

 

 斬撃を受け止めた紫の怒声を、耳に入れた。

 

「くっ……きゃあっ!?」

 

 斬撃を受け止めた紫だったが、充分な力が入っていなかったため呆気なく弾き飛ばされてしまう。

 今度こそ、幽香を守る者は居なくなり、朧は再び彼女に向かって刀を振り下ろす。

 

「っ、ぐっ!!」

「…………えっ」

 

 鮮血が舞い、幽香の顔に数滴血が付着する。

 しかしそれは彼女の血ではなく……彼女を守るために朧の刀をその身に受けた、龍人の血であった。

 彼女を守ろうと割って入ったが、身体で受ける以外の余裕が無かったのだろう。

 朧の斬撃は彼の左肩から右腰辺りまでバッサリと切り裂き、彼は苦悶の表情を浮かべたままその場で膝をついてしまった。

 

「――朧ォォォォォォォッ!!!」

 

 瞬間、紫は激しい怒りを露わにしながら朧の名を呼び、自身の能力を開放する。

 境界を操る能力の全開放、それに伴い彼女の瞳が金から血のように赤黒く不気味なものに変化した。

 それと同時に彼女に襲い掛かる絶大な不快感と痛み、能力の全解放による反動が瞬時に発動してしまったが、怒りに満たされた今の彼女には関係なく。

 

「――紫、やめろ!!」

「っ、龍人……!?」

 

 しかし、痛みに耐えながら自分を制止する龍人の声を耳に入れ、紫は我に返った。

 

「ぐっ……いってぇ……」

 

 呼吸をするだけで痛みが走る、それを我慢しながら龍人は俯いている幽香へと声を掛けた。

 

「幽香、何やってんだ。死にたいわけじゃ……くっ、ねえだろ……?」

「…………」

 

 幽香は何も答えない。

 自らの力がまるで相手に通用しないという事実が、彼女の心をへし折っていた。

 妖怪は人間よりも遥かに肉体的強度が優れている、けれど反面精神的な防御力は脆い。

 なまじ強い力を持っている者ならばなおさらその傾向は強く出てしまう、今の幽香はまさしくその状態に陥っていた。

 

 普段の自身に満ち溢れた表情も、見るも無残で弱々しいものへと変わっている。

 強い力を持つが故に、幽香はまるで無力な少女のように何もできなくなって……。

 

「――そんな程度じゃないだろ、幽香」

「…………」

 

 何処か、小馬鹿にするような龍人の声を耳に入れ、幽香は顔を上げた。

 

「紫や俺に守られたままなんて、お前らしくねえな。それとも……本当に()()()()()だったのか?」

「――――」

 

 瞬間、幽香の目は見開かれその瞳には今まで以上の生気に満ち溢れた。

 ふざけるな、今この半妖は何と言った?

 侮辱された、幽香にとって小さく弱き存在という認識を持つ半妖にだ。

 その事実は彼女の心を瞬時に蘇らせ、凄まじい憤怒はそのまま妖力へと変わっていった。

 

「――――じゃないわよ」

(ん……?)

「――ふざげんじゃないわよ。半妖風情が!!」

 

 激情が言葉となって幽香の口から放たれ、それと同時に彼女の姿が消えた。

 否、消えたのではない、ただ彼女は今までとは比べ物にならない速度で動き、朧との間合いを詰め。

 ミシミシという軋んだ音を響かせながら膨張する左腕で、朧の身体を殴り飛ばしていた。

 

「ご、っ…………っ!!?」

 

 血反吐を吐きながら、宙に殴り飛ばされる朧。

 ……見えなかった、彼女に殴られるまでまるで反応できなかった。

 その事実と受けたダメージにより、朧の身体は一時的に行動不能に陥ってしまい。

 彼が再び動く前に、幽香は次の一手を繰り出していた。

 

「――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 突き出される左手、そこから放たれたのは――幽香の得意とする巨大な砲撃。

 しかしその規模、破壊力は先程のものよりも遥かに強大だった、しかもそれは……放った幽香ですら驚いてしまうほどの。

 違うのだ、今撃ち放っている砲撃は幽香が今まで放てたどの一撃よりも強大だった。

 

 故に幽香は驚いていた、これだけの破壊力を持つ砲撃を何故放てるのか疑問に思いながら、朧の身体が砲撃の中に消えていくその姿を見つめていた。

 ……それから数秒後、砲撃は収まり幽香は自身の身体に襲う脱力感から両膝をついてしまった。

 

「……すっげえ」

「…………」

 

 その光景に龍人と紫は、驚く事しかできなかった。

 だがいち早く我に返った龍人は、痛む身体を無視しながら幽香の元へと駆け寄る。

 

「やったな、幽香!!」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 顔を上げる幽香、すると視界に嬉しそうに笑う龍人の顔が映った。

 何を暢気な事を言うのだろう、先程の侮辱の言葉を思い出し、おもわず怒鳴ってやろうと思ったが。

 

「――やっぱ、幽香は強いな」

 

 彼のそんな言葉を聞いて、幽香はその怒りを霧散させてしまった。

 

 先程の言葉は、自分のへし折った心を奮い立たせるためのものだったのだろう。

 彼にそんな考えがあったのかはわからない、しかし事実として彼の言葉によって自分はまた戦う意志を取り戻す事ができた。

 更に今の戦いで力も増した、意図したものではないかもしれないとはいえ……彼の言葉で自分は助かったのだ。

 それは認めなくてはならない、それと同時に感謝もしなければならない、が。

 

「――は、半妖風情に褒められた所で、嬉しくないわよ!!」

 

 残念、幽香は素直に感謝を示す事が難しい女性だったようで、つい怒鳴り声でそんな事を言ってしまう。

 幸いにも龍人は別に気にする事はなく、そのままレイセンや玉兎達の元へと向かっていき、幽香はもう少し柔らかい返事を返せばよかったなと軽い自己嫌悪に陥ってしまった。

 

「レイセン、大丈夫か!?」

 

 藍によって治療を施されたレイセンに声を掛ける龍人。

 傷は癒えているものの失血している為か、レイセンの顔色は悪い。

 しかし命の危機は回避できたようだ、それがわかり龍人はほっとするが……彼女の表情が気になり、つい問いかけてしまった。

 

「……レイセン、どうかしたのか?」

「ぁ……う、ううん、なんでもない……」

 

 そう言って笑うレイセンだが、その笑みはあきらかにぎこちないものだ。

 怪我を負ったからというわけではないらしい、なので龍人は暫く無言でレイセンを見つめていると、観念したのかぽつりと呟くように吐露した。

 

「…………私最低だなって、そう思っただけ」

「えっ、なんでだ? レイセンは仲間達を守ろうとあの朧とかいう妖怪と戦ったじゃねえか」

「でも逃げようとした、恐くなって……自分の命が惜しくなって、仲間達を見捨てて逃げ出したの」

 

 情けなくて、恥ずかしくて。

 それだけではない、あんなに馬鹿にしていた地上の妖怪に命を助けられて、今だってこうして治療を施されている。

 自分の器の小ささを思い知らされて、涙すら出てきそうだ。

 だというのに、目の前の少年は変わらず自分を心配してくれている。

 あんなにも侮辱し小馬鹿にした自分にもだ、その事実はますますレイセンに己の矮小さを自覚させていく。

 

「なーんだ、そんな事か」

「なっ、そんな事かって……」

「殺されそうになって、恐くなって、それで逃げる事の何が悪いんだ? 自分の命を優先する事にどんな間違いがあるっていうんだ?」

「そ、それは……でも……」

「起きた事は戻せない、それでも後悔するなら次は逃げないように頑張ればいいだけだ。レイセンならそれができるさ」

「…………龍人」

 

「誰だって命の奪い合いをするのが恐いって思うさ、思わないのは……命の大切さを理解できない奴だけだ」

「……龍人も、戦いが恐いって思う事があるの?」

「そりゃああるさ、というかいつだって恐い。自分の命が奪われるのも、相手の命を奪うのも、恐いに決まってる。

 ――でも、恐くて逃げ出しそうになった時、後ろにはいつだって紫達が居てくれるからな。だから前を向いて戦えるんだ」

 

 1人じゃないから、どんな奴が相手でも戦える。

 そう告げる龍人を見て、レイセンは後悔ばかりする自分がひどく滑稽に思えた。

 起きた事は戻せない、ならば……後悔ばかりするのではなく、次に繋げる為に前を向く。

 すぐにはできないかもしれないが、確かに彼の言う通りだ。

 

「…………龍人、ありがと」

「へへっ、どういたしまして!」

 

 ぎこちなく、けれど龍人に対してレイセンは初めて笑顔を見えた。

 対する龍人も、レイセンに向けて満面の笑みを返す。

 

「…………」

「嫉妬かしら?」

「どうしてすぐそういう風に捉えるのかしら?」

 

 いつの間に現れたのか、上記の言葉を放つ永琳に冷たく言い返しながらも、紫は笑みを浮かべあう龍人とレイセンの姿をじっと見つめていた。

 別にレイセンと龍人が楽しそうに話している姿を見て嫉妬しているわけではない、ただ……あれだけ地上の者に厳しい態度を見せていたレイセンの心を変えてしまった龍人を見て、驚いているだけだ。

 そう、驚いているだけ、他意は……無い。

 

「彼は、ある意味では恐ろしい能力を持っているわね」

「…………」

「彼には人間も妖怪も月人も、何もかもが関係ない。何の区別も差別もなく接することができる、そんな事はそうそうできるものじゃないわ」

「……そうね」

「だからこそ心配なのでしょう? そんな彼の心を簡単に利用しようとする輩が現れるかもしれないと」

「…………」

 

 紫は何も答えない、だがその無言は肯定の証だった。

 しかし彼のこの考え方はこれから先も変わらないだろう、それに変わってほしくないと紫は強く望んでいる。

 彼が居たから変われた者が居た、救われた者も居た、だからこそ彼はいつまでも今の彼のままで居てほしい。

 

 だから紫は改めて決意する、彼のこの考え方を利用する者から彼を守っていこうと。

 彼を守る事が、きっと幻想郷の…ひいては人と妖怪の関係に変化を齎すと、信じているから。

 

 

 

「――彼を守る理由、それだけではないでしょうに」

 

 ……永琳のその言葉は、再び無視する事にした。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




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