妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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龍哉と共に、人間の街へと赴いた紫と龍人。
そこで2人は人間が妖怪に向ける憎しみの感情を向けられ。

そして彼女達は、人の脆さを思い知る事になる………。


第5話 ~龍気~

「――おいてめえら、隠れてないで出てきやがれ!!」

 

 粗野で乱暴な怒声が、街に響く。

 現在、街の中には住人ではない男達が集団で馬を走らせていた。

 彼等こそこの街を荒らしている賊達であり、全員がみすぼらしい格好ではあるものの、その数はおよそ三十と下賤な賊にしては数が多くまた統率した動きで馬を動かしている。

 今回も前と同じように暴力で自らの欲望を果たそうとしているようだが……いつもと違う街の様子に、賊達も表情を訝しげなものに変えていた。

 

「妙だな……なんで誰も出てこねえんだ?」

 

 いつもならばちょっと脅かせばおどおどとした様子で現れるというのに、一向に姿を見せない。

 その事実に違和感を覚えつつも、所詮は賊なのか深くは考えずに先程と変わらぬ怒声を放ち続ける。

 

「ん………?」

 

 そんな中、先頭を歩いていた男達が馬を止める。

 一体どうしたのか、苛立った表情を見せながら後続の男達が前方に視線を向けると……自分達に立ち塞がるように立っている、2人の子供の姿があった。

 

「……紫、あれが賊かな?」

「そうみたいね。あの欲にまみれた下賎な目に醜悪な姿……普通の人間以上に醜いわ」

 

 賊達の前に立ち塞がったのは、龍人と紫。

 紫は汚物を見るかのような視線を賊達に向け、龍人は一歩前に進んでから……賊達へと声を掛けた。

 

「お前達が、この街を襲っている盗賊達か?」

「……なんだ、このガキは?」

「おかしな格好しやがって……街の人間じゃねえな」

「へへ、でも見ろよ……どっちも高値で売れそうな外見じゃねえか」

「……っ」

 

 ニタニタと笑みを浮かべる賊達に、紫は瞳に憤怒の感情を宿らせる。

 平気で他者を売り物にしようとするその醜い考え、本当に人間は下らない存在だと紫は再認識した。

 一方、龍人は表情を変えずに更に賊達に問いかける。

 否、問いかけではなく……彼は賊達にある提案を投げ掛けるのだが。

 

「――もう、この街を襲うのは止めてくれないか? みんな迷惑してるんだ」

 

 その提案は、到底受け入れられるものではない愚かなものであった。

 

「龍人………」

 

 彼の言葉を聞き、紫は驚きすぐさま呆れた表情を彼に向ける。

 己の欲を満たすために他者を蹂躙するような獣に、彼は一体何を言っているのか。

 賊達から返ってくるであろう反応を予期し、紫が両手で自らの耳を塞ぐと。

 

「――ぎゃはははははははははっ!!!!」

「ひゃはははははははっ!!!」

 

 予想通り、賊達は下品な笑い声を一斉に放ち始めた。

 キョトンとする龍人、どうして笑い出したのか本気で理解できていないのだろう。

 賊達は暫し笑い続け……やがて龍人に視線を向け、返答を返す。

 

「おい小僧……お前、本気で言ってんのか?」

「? ああ、俺達はこの街の人にお前達を追い出してほしいって頼まれてるんだ。だから……」

「そうかいそうかい………おかしらー、どうしますかー?」

(お頭……?)

 

 賊の1人が、後方に向かって声を掛ける。

 すると……他の賊とは違い毛並みが整った馬に乗った、1人の男が現れる。

 黒髪を後ろで束ね、立派な鎧に身を包み右手に槍を持つその姿はどこかの大名に仕える武士を思わせる風貌だ。

 しかしその瞳には他の賊達と同じく己の欲を満たす事を優先している獣の色を宿しており。

 同時に、男の内側から滲み出る力の奔流が――男が人間ではないと語っていた。

 

「…………妖怪」

「えっ……紫、今何て言った?」

「あのお頭と呼ばれている男、人間じゃなく妖怪よ」

「ほう……? よく見破ったと思ったが……てめえも妖怪みたいだな、小娘」

 

 紫を睨むように見つめる男。

 だが紫は動じない、龍哉との鍛練によって鍛えられた彼女に男の眼力は通用しなかった。

 

(弱くはない……けど、中級妖怪には届かないわね)

 

 相手から感じられる妖力により、紫は瞬時に相手と自分の戦力差を見破る。

 油断しなければ苦労せずに勝てる相手だ、すぐに始末してやろうと思った紫だが……その前に、男にある問いかけをした。

 

「妖怪が人間と共に賊なんて、落ちぶれるとここまで憐れになるのね」

「なんだとてめえ………!」

「言ってくれるじゃねえか小娘。誰が落ちぶれてるって? この(てん)()(まる)様に向かって随分と生意気な口を叩くんだな」

「大層な名前の割にたいした事の無い妖怪ね。まあそんなだから下賤な人間と一緒に居るのでしょうけど」

「下賤、ねえ……。確かにこいつらは群れてなきゃ何もできねえ奴等かもしれねえが、そんな奴等を引き連れて好き勝手するのは、楽しいもんだぜ?」

「………下衆が」

 

 吐き捨てるように紫は呟き、一気に戦闘態勢になろうと妖力を解放しようとするが……。

 

「なあ、お前がこの賊で一番偉いのか?」

 

 龍人の声が聞こえ、出鼻を挫かれてしまう。

 

「そうだが、お前は何だ小僧? 見た所妖力を感じられねえから妖怪じゃなさそうだが……」

「俺は妖怪だ、今は弱いけどいずれは大妖怪って呼ばれる程の妖怪になる男だ!!」

「……それで? お前は一体何が言いてえんだ?」

「このままこの街を出てってくれないか?」

「龍人、貴方まだそんな事を言っているの……!?」

 

 あまりにも愚かな言葉を並べる龍人に、さすがの紫も口を出さざるおえなかった。

 無意味な提案である事が理解できないのか、いやだからこそこのような提案を賊に対して言っているのだから理解していないのだろう。

 だがこの状況では彼の行為は無駄、無意味に過ぎず。

 

「……成る程、こいつらが笑ってやがったのはそういうわけか」

 

 口元に歪んだ笑みを浮かべ、天牙丸は一気に妖力を解放させた。

 

「小僧、俺達はテメエのくだらない話を聞いている程暇じゃねえんだ。わかるな?」

「……出て行くつもりは、ないのか?」

「テメエみたいな半端者が放つ奇麗事は虫唾が走りやがる、それにお前等みたいのを雇った街の連中も気に入らねえ……。

 ――おいお前等、今日は遠慮しなくていいぞ。好きに暴れ回れ」

「お頭、いいんですかい?」

「オレ達を嘗め切った見せしめだ。邪魔なヤツは殺し女は犯せ、お前等だってその方が楽しめるだろ?」

 

 無常にも、悪魔の提案を投げ掛ける天牙丸。

 だが賊達にとってその提案は拒否する理由などあるわけがなく、嬉々として聞き入れる。

 

「っ、おい! やめろお前等!!」

「やめてほしいなら止めてみろ、まあ……テメエみたいなクソガキにできるとは思えねえがな」

「……なら、惨たらしい死を与えてあげましょうか?」

 

 もはや一片の慈悲すら与えない、いや元々与えるつもりなどないが。

 今度こそ紫は妖力を解放し賊達を根絶やしにしようとして……第三者の登場により、再び不発に終わってしまう。

 

「――ったく、もしやと思ったが……何甘い事ぬかしてんだ、龍人」

 

 そんな声が場に響き――龍人達の前に、空から棒状の物体が二本落ちてきて、地面に突き刺さる。

 棒状の物体、その正体は……二本の刀であった。

 三尺四寸(約100cm強)の刀身を持つ“大太刀”に分類される刀、それぞれ白と黒の鞘に収められたそれは声の主である龍哉から投げられたものだった。

 

「とうちゃん……」

「さっさとそれ使って片付けちまえ。こんな程度の妖怪と賊なら一撃で仕留められるだろ?」

「……………」

 

 だが、すぐに龍人は刀を拾うとはせず、その表情に僅かに躊躇いの色を見せる。

 ……やはり予想通りだ、そう思った龍哉は溜め息をつきつつ。

 

「――よく聞け龍人。そいつらを野放しにしていたら……この街の連中はみんな殺される。それだけじゃねえ、女は犯され男は切り刻まれ無惨な殺され方をされるんだ。そして……紫も同じ目に遭うんだぞ?」

 

 この先の未来を、無機質な声ではっきりと口にした。

 

「―――――」

 

 目を見開き、身体を奮わせる龍人。

 そして、彼は地面に刺さっている刀をそれぞれの手で抜き取り――構えた。

 白い鞘に入っていた刀の刀身は濡れているかのような霞仕上げの美しい白銀の光沢を見せ、黒い鞘に入っていた刀は対照的に闇のように黒い刀身と鈍い光沢を放っていた。

 

「龍人、“アレ”使ってもいいぞ?」

「…………わかった」

「龍人……?」

 

「――チッ、鬱陶しいガキだ」

 

 自分と戦う気になっている龍人を見て、天牙丸は忌々しげに表情を歪ませる。

 突然現れた男に対しても腹が立ったが、自分と戦おうとしている龍人は心底気に入らない。

 

「紫、お前は手を出すなよ?」

「は……?」

「思ってた以上に相手が弱い、これなら龍人の練習相手にはちょうどいいからな。手は出すな」

「何を……」

 

 何を言っているのだろう、この男はという視線を龍哉に向ける紫。

 確かに天牙丸は妖怪としては中の下くらいの力しかない。

 しかしかといって決して弱い妖怪というわけではなく、自分よりも劣る龍人では苦戦する可能性だってある。

 下手をすれば大怪我を負うかもしれないというのに、彼の父親である龍哉はたった1人で息子を戦わせようとしていた。

 当然ながら紫は抗議しようとするが、龍哉の視線は既に龍人と天牙丸に向けられており、紫の言葉など聞くつもりはないと訴えていた。

 

(冗談じゃないわ。龍人1人にやらせるわけにはいかない………!)

 

 龍哉の言葉を無視し、一気に妖力を解放させる紫。

 

――瞬間、龍人も“力”を()()()()()

 

「――“(らい)龍気(りゅうき)”、昇華」

「えっ―――」

 

 力ある言葉を放つ龍人。

 すると――紫は不思議な感覚に陥った。

 

(なに、これ……? 龍人の周りに何かが集まり始めた……?)

 

 だが紫にはその正体が何なのかわからず、彼女の疑問が解けぬまま変化が訪れた。

 ――バチバチと爆ぜる音が、龍人の持つ刀から放たれ始める。

 

「………雷?」

 

 そう、紫の呟きは正しく……二本の刀の刀身に、雷が宿っていた。

 幻術の類でも幻でもない、()()()()が刀を這っている。

 この現象に、紫だけでなく天牙丸も驚き戸惑っていた。

 やがて雷は刀身だけでなく龍人の身体にも纏わり始め、その姿に紫はある事を思い出す。

 

(これ……龍哉が“紫電”を使っている時と、同じ状態……?)

 

「――なあ。このまま出てってくれないか?」

「……なんだと?」

「俺……お前を殺したくないよ。たとえ悪いヤツでも」

「龍人……」

「とことん嘗めてくれるな小僧……この天牙丸様が、テメエみたいなガキに負けると思ってんのかあああああっ!!!」

 

 馬から跳躍し、龍人に槍の切っ先を向けながら落下していく天牙丸。

 他の賊達はニヤついたままその場で待機し、安心しきっている。

 当たり前だ、妖怪である自分達の頭があんな小僧に負けるわけがない、そう思っているからこそ賊達は気にもしない。

 数秒後には槍の餌食になって終わり、商品が減るのは痛いがもう1人の少女を売れば充分だ。

 そんな下賤な考えを持つ賊達だが――彼等は大きな間違いを犯している事に、気づかない。

 

――そして、勝負は一瞬で着いた。

 

「―――ごめん」

 

 謝罪の言葉を放ちつつ――龍人の姿が場から消える。

 

(っ、速い―――!)

 

 普段の彼からは考えられないスピードだ、目で追えない訳ではないがその速さは驚愕に値するものだった。

 視線を上に上げる紫、落下してくる天牙丸に向かって龍人は両手に持つ刀を横薙ぎに振るい――たったの一太刀で勝負を決めた。

 先に地面に着地したのは龍人、剣を振るった格好のまま彼は動かない。

 遅れて着地する天牙丸、だったが……既に彼の命の灯火は尽きた後であった。

 

「っ、ご――が………ああああああああっっっ―――!!?」

 

 着地した瞬間、彼の身体に凄まじい電撃が駆け巡り、身体が黒い灰になりながら地面に倒れる。

 それで終わり、天牙丸という妖怪の生涯は呆気なく幕を閉じていた。

 

「………う、く」

「っ、龍人!?」

 

 膝を突き倒れそうになる龍人に、我に返った紫はすぐさま駆け寄った。

 

「……大丈夫。ちょっと疲れただけだから」

「……貴方、今一体何をしたの?」

 

 何かしらの術を発動させたのは間違いないだろう。

 しかし今まで龍人は特別な術など紫の前で使った事はなかった。

 

「ああ……ちょっと自然から力を分けて貰ったんだ」

「自然から?」

「自然界には様々な力が漂ってる。普通ならそれを扱う事はできないんだけど……俺はその自然界の力を自分のものにできる能力があるんだ。

 その力を俺は“(りゅう)()”って呼んでる。さっき使ったのは“雷龍気”、自然の力を借りて自分の中で雷の力に変換させるものだ。とうちゃんの“紫電”もこの“雷龍気”を使って発動させているんだ」

「……………」

 

 その説明に、紫は再び驚愕した。

 自然界に漂うエネルギー、それは個人の存在が生成できるものとは比べものにならないほどの密度と量を誇る。

 それを自分の力に変換できる能力、まさしく天地を分ける力と言っても過言ではない。

 

(そんな強大な能力を、龍人は持っているなんて……)

「――おいお前等、まだ仕事が終わってねえのに何安心してんだ?」

「えっ……?」

 

 龍哉の声を聞き、2人は視線を彼へと向け……驚愕する。

 ……周囲に散らばる、肉片に血。

 龍哉の周りに散っているそれは、紛れもない賊達の成れの果て。

 

「とうちゃん、なんで……」

「なんで殺したのか、か? 甘い事言ってんじゃねえぞ龍人、こいつら……頭がやられた瞬間、逃げようとしやがった。

 それだけじゃねえ、このまま放っておけばこの街と同じような犠牲が出る所だったんだ」

「で、でもだからって……」

「龍人、お前は人間に対してどうも幻想を抱いているようだが……人間っていうのは、お前が思っているような綺麗な存在じゃない。――現に見てみろ。周りの連中を」

「えっ………」

 

 言われて龍人は、周囲を見渡す。

 ……それで気づいた、自分達の戦いを街の住人達が覗き見ていた事に。

 それだけではない、そんな街の者達が向けてくる視線は……恐れと、穢れた存在を見るかのような淀んだ視線。

 どうしてそんな視線を自分達に向けるのか、龍人には分からず…龍哉がその疑問を答える。

 

「あいつらは俺達が恐ろしいんだろうよ。助けてもらったってのに薄情な連中だ」

「……………」

「龍人、人間は妖怪に比べれば肉体の頑強さも寿命の長さも違う。

 だからこそ奴等は自分達より強い存在を恐れ、遠ざけようとするんだ。

 無論それは正しい選択だ、誰だって自分の命を奪う事ができる力を持った奴を近づけようとはしないからな」

「俺達は、そんな事……」

「だが連中はそれが分からない。龍人、優しさだけで何かを成し遂げる事なんざ……できねえんだよ」

「………」

「……紫、俺は長から今回の依頼の報酬を受け取ってくる。それまで龍人を頼む」

「ええ……わかっているわ」

 

 言われなくても、紫は龍人の傍に居るつもりだ。

 ……こんなにもショックを受けている彼を、1人にするわけにはいかない。

 今にも泣きそうな彼を、放っておく事なんてできるわけがないのだから―――

 

 

 

 

「――貴方は、一体何がしたいの?」

 

 報酬を受け取り、自分達の住処へと戻ってきた紫達。

 行きと違い一言も話さなかった龍人を部屋で休ませてから、紫は龍哉へと詰め寄った。

 その表情は怒りの色を宿しており、事実彼女は龍哉の行動に怒りを感じていた。

 

「子供の龍人に命の奪い合いをさせて、挙句の果てに汚い現実を見せて……彼は今ひどく傷ついているわ!」

「だろうな」

「っ、それがわかっていながら………!」

「言った筈だぞ紫、いずれ遅かれ早かれアイツは外の世界に行き、そこで見たくもない現実を見ると」

「だからって、あんな言い方をしなくてもよかったじゃないの! まるで龍人の優しさを否定するようなあんな言い方……親のやる事じゃないわ」

 

 責め立てる紫の怒声にも、龍哉はまったく堪えない。

 それが紫には益々許せなくて、できる事なら今すぐにでも折檻して土下座させてやりたいとさえ思ってしまう。

 

「――アイツの力は、いずれ戦えない弱き者達の支えとなり守る盾となる。だからこそ今の内に力の使い方を覚えさせた方がいいんだよ」

「必要ないわ。彼はずっとこの山で暮らせばいい、弱い人間を守る必要なんてどこにあるっていうの!?」

「他ならぬアイツ自身がこの山で一生を過ごすという選択を選ばねえよ。そしてアイツは外の世界に旅立ち…蹂躙されるだけの存在を助けようと手を差し伸べる事になる。

 そして正しき事をしている筈だというのに恐れられる……いずれ、アイツが越えなければならない問題だ」

「………っ」

 

 再び龍哉を睨む紫だが、その言葉を否定する事はできなかった。

 確かに龍人の性格を考えると、彼はきっと戦えぬ者達の為に自分の力を使おうとするだろう。

 そして今回のように理不尽な恐怖心を向けられ……心を傷つける。

 ……そんな事、到底許容できるわけがない。

 

「龍哉、もう二度と龍人に今回のような依頼を受けさせないで」

「さーて……どうだかねえ? 龍人がやるって言うなら止められないぜ?」

「っ、もしもまた龍人を不必要に傷つけたら……たとえ父親でも、許さないわ」

 

 少女とは思えぬ凄まじい殺気を込めた視線を向けてから、紫は自室へと戻っていく。

 その眼力に少々驚きながら、龍哉はポリポリと頭を掻き……闇に支配された外へと歩いていった。

 星の美しい光はあるものの、木々が生い茂る山の中ではその温床は微々たるもの。

 とはいえ人外である龍哉には関係のない話であり、そもそも遠出をするつもりはない。

 

(……ちと優しすぎるな龍人は、予想以上だ)

 

 考えるのは、今回の依頼の事。

 龍人の反応はある程度予想できていたものだったが、彼の甘さともとれる優しさは想像以上であった。

 よもや敵である賊にすらその優しさを向けるとは……これではいつか、彼は自分自身の優しさに殺されるだろう。

 それだけは避けねばならない、その為には一刻も早く彼には経験を積んでもらわねば。

 

(それに、姿は現さなかったが……誰か見ていたな)

 

 気配の遮断は見事であったが、龍哉は確かに感じ取っていた。

 ――何者かが、街での出来事を覗いていた。

 正体は結局分からず向こうも仕掛けてこなかったので追う事はしなかったが、あれだけの気配遮断ができるという事は相当の実力者なのは明白。

 今の龍人や紫ではまったく歯が立たない、それだけの力は有しているだろう。

 

(………急がねえと、な……。もう、時間がねえ……)

 

 空を見上げながら、龍哉は僅かに身体を震わせる。

 しかしそれは寒さに震えているわけではなく………。

 

 

――身体に走る激痛に耐えている震えであった。

 

 

 

 

To.Be.Continued...


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