友人である永琳と輝夜の故郷を守ろうとする龍人の力になるため、紫と藍、暇潰しの為に無理矢理同行した幽香は月へと辿り着く。
到着して早々、レイセンは仲間である他の玉兎達の危機を察知し、龍人は彼女を連れてその場所へと急行する……。
――月の大地の上を飛行する龍人と幽香、そして龍人に引っ張られているレイセン。
「ちょ、ちょっと勝手に………!」
「仲間が危ないんだろ!? だったら助けるぞ!!」
「そ、それはそうだけど……」
「――見えたわ」
幽香の言葉に、龍人とレイセンは前方へと視線を向ける。
視線の先には変わらぬ月の大地が広がり、けれどその中で複数の妖怪達とレイセンと同じような服装の玉兎達が戦っている光景が視界に映った。
それと同時に鼻腔に響く、鉄錆の臭い。
更に大地に倒れ伏したまま動く様子の無い玉兎達を見て、龍人の頭は一瞬で沸騰した。
速度を上げ、戦場のど真ん中に飛び込むようにして着地する龍人とレイセン。
その際に起きた爆音により、妖怪も玉兎も一時戦闘を止め視線を龍人達に向けた。
「お前等……死にたくないなら地上に帰れ!!!」
放たれる龍人の怒声。
それがそのまま言霊と化し、周囲の者達全てに恐怖と衝撃を与えた。
威嚇に近いそれを受けて、一部の妖怪と玉兎はその場にへたり込み、けれど妖怪達全ては止まらなかった。
「なんだテメエは……玉兎とかいう兎じゃねえな?」
妖怪の一体が龍人を睨む。
筋骨隆々の肉体、内側から放たれている妖力はそこらの下級妖怪を大きく上回っている。
大妖怪とは呼べないものの、それなりに力のある妖怪のようだ。
他の妖怪達もその殆どが人型の妖怪であり、並よりも上の力を感じられた。
「誰だかしらねえが、オレ達の邪魔をするっていうなら……テメエも喰ってやろうか?」
「男なんぞ喰っても面白くねえが、テメエが連れてる玉兎も…中々美味そうじゃねえか」
下卑た笑い声を上げる妖怪達、その瞳には明らかな情欲の色が見えている。
レイセンの顔が歪む、恐怖からではなく嫌悪感からだ。
この妖怪達は自分達を食らうと言った、だがそれはそのままの意味だけではない。
それがわかったからこそ、レイセンは妖怪達に嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
「――あら、じゃあ私の相手もしてくれるかしら?」
上記の言葉を放ちながら、幽香が妖怪達の前に降り立つ。
瞬間、妖怪達は幽香の姿を見て驚愕と恐怖の表情のまま固まってしまった。
「げえっ!? お、お前はまさか……風見幽香!?」
「な、なんでお前がここに居るんだよ!? き、聞いてねえぞ!!」
「ふーん、私の事を知っているのね。ところで……私を前にして逃げないのは、相手をしてくれるという意味かしら?」
幽香が笑う、妖怪らしく相手に恐怖と絶望を与えるために。
その笑みは先程の龍人の言霊よりも強力なのか、対峙する妖怪達の誰もが戦意を喪失していた。
情けない妖怪達を見て幽香はつまらなげに顔を歪ませ、けれど次の瞬間にはサディスティックな笑みを浮かべる。
自分と戦って楽しませてくれないのならば、せめてその命を昇華させて自分を楽しませてもらわねば。
右手に日傘を持ち、その先端を妖怪達の群れに向ける。
込められるは強大な妖力、高圧縮されたそれは瞬く間に臨界へと達し、日傘の先端が光に満ち溢れていく。
そこで漸く憐れな妖怪達は気づく、次に放たれる一撃は自分達の命を容易く奪うものだと。
だが理解しても全てが遅すぎた、最後の悪あがきとばかりに幽香から背を向けて逃げようとする妖怪達の姿もあったが……その滑稽な姿すら、今の幽香を愉しませる材料に過ぎない。
口元に隠しきれない笑みを浮かべながら、幽香は日傘に込めた妖力を開放した。
――刹那、放たれたのは――全てを呑み込むエメラルドの光であった。
月の大地を削りながら放たれた光は、瞬く間に妖怪達を呑み込み、凄まじい衝撃と熱が妖怪達の身体を壊していく。
爆音の中でも響く妖怪達の断末魔の叫び、その声を心地良いBGMとして愉しみながら、幽香は光を放出し続け。
「――最期の滑稽な姿は、なかなかに愉しめたわ」
残酷な言葉と共に、彼女は日傘を下ろす。
……光に包まれた場所には、既に何も存在していない。
妖怪達の肉体も、魂ごと消滅してしまったのではないかと思えるほどに残っていない。
あまりにも圧倒的、幽香の力を間近で見て龍人は驚き……同時に尊敬した。
あれだけの力を持ちながらも、彼女はそれを持て余す事無く使いこなしている。
それは並大抵の妖怪ではできない芸当、だからこそ龍人は幽香に対し尊敬の念を送っていた。
「み、みんな、大丈夫!?」
「……レイセン?」
「レイセン、いつ帰ってきたの!?」
傷だらけの玉兎達に駆け寄るレイセン、玉兎達も駆け寄ってきたのが自分達の仲間であるレイセンだとわかり、再会と助かった事を喜んだ。
しかしその喜びはすぐさま困惑のそれに変わり、玉兎達の視線が龍人達に向けられる。
その視線に込められていたのは警戒と敵意、まあ彼女達からすれば龍人達は得体の知れない存在だ、そのような態度になるのは至極当然と言えよう。
なので龍人はなるべく恐がらせないように心がけながら、玉兎達に話しかけようとして。
「――龍人、貴方はすぐそうやって突っ走るのだから! その癖を止めなさいと言ったでしょう!!」
彼等に追いついた紫の怒声が、龍人の動きを止めてしまった。
「あ、紫」
「紫、じゃないわ! まったく……私達にとってここは未開の地なのだからもっと慎重に動かないと駄目でしょう? それに幽香も、勝手な行動をとるのはやめて頂戴!」
「そこまで束縛される謂れは無いわ。何なら力ずくで黙らせてみる?」
「…………」
ビキッと、紫の額に青筋が浮かぶ。
一触即発……になるかと思いきや、紫は大きく溜め息をつくだけでそれ以上幽香に突っかかることはせず、龍人に駆け寄っていった。
ここで彼女と争っても無意味だと判断したからだ、紫の態度に幽香はつまらなげに舌打ちを放つ。
「龍人、次からは気をつけてね?」
「う、うん……ごめんな紫、次は勝手な事しない」
「宜しい、わかってくれればそれでいいの」
「……ね、ねえレイセン。あの銀髪の女性……も、もしかして」
「や、八意様……? 八意様なの……?」
「そ、それにあの御方は蓬莱山様では……?」
永琳と輝夜を見て、玉兎達が口々にはやし立てる。
この2人は月にとってお尋ね者であり裏切り者、しかしそれ以上にこの2人は玉兎達にとって、否、月人にとって有名であり、憧れであり、また畏怖の存在でもあった。
下っ端の玉兎では出会う事すら恐れ多い、そのような認識を抱いているのだ、本物の2人を見て冷静でいられる玉兎はこの場には居なかった。
玉兎達の視線を一身に受けながらも、軽々とそれを受け流しつつ永琳は玉兎達に声を掛ける。
「あなた達の部隊は、これで全部かしら?」
「はひぇっ!?」
「現存している戦力は、あなた達で全てなのかと訊いているの」
「は、はひ……そ、そうです……」
永琳に声を掛けられたからか、それとも単純に彼女の声色が恐ろしかったのか。
それはわからないがどうにか彼女の問いに答えた玉兎の声は震えに震え、よく見ると身体も震え出していた。
その情けない姿に頭を抱えそうになってしまう永琳だが、玉兎というのはそういうものだと思い出し気にしない事に。
このまま放置しても構わないがそれもどの道面倒に繋がると判断し、玉兎達も連れて月の都に戻ろうと考える永琳。
と、永琳の視線が自分達から少し離れた場所に移動していた龍人へと向けられる。
――彼の視線の先にあったのは、玉兎達の亡骸。
それを悲痛な表情を浮かべながら見つめている彼を見て、永琳はおもわず声を掛けるのを躊躇ってしまった。
なんて悲しい顔をするのだろうか、近づくだけで壊れてしまいそうなほどの儚く見える。
誰も彼に話しかける事ができず、すると――龍人は突如として玉兎の亡骸を持ち上げ始めた。
「……龍人、何をしているの?」
彼の行動の真意がわからず、紫が問いかけると。
「……こいつらも、月の都に連れて行く。ちゃんと弔ってあげないと」
悲しみと怒りが交じり合ったような声で、上記の返答を返された。
「龍人……」
「こんな冷たい大地に寝かしておいたままじゃ可哀想だろ、もっと暖かくて……花が咲く綺麗な土に埋めてやらないと」
「…………そう、ね」
藍に視線を送る紫、それを見た式は主の指示をすぐさま理解。
無言で頷きを返した後、両手と尻尾を使って龍人と同じように玉兎達の亡骸を持ち上げ始めた。
「紫、藍……」
「弔ってあげましょう、自己満足かもしれないけど私もこのままにしておくのは忍びないわ」
「……ありがとな、2人とも」
「――永琳、手伝ってあげなさい。わたしも手伝うから」
「姫様……」
「止めるのは無しよ永琳、わたしが自分の意志で手伝いたいって思っているのだから、止めるのは許さない」
そう言うと、輝夜も龍人達を手伝い始め、永琳は困ったように笑ってからそれに続いた。
――その光景を見て驚くのは、玉兎達。
当たり前だ、あの永琳と輝夜にこのような事をさせてしまっているのだ、恐れ多いなどという次元ではない。
しかし誰も口を挟めなかった、本来ならばあの2人を止めなくてはいけないと玉兎達の誰もがわかっているのに、止められなかった。
そんな中、レイセンは他の玉兎達と同じくその顔を驚愕に染めながらも、どうしても問いかけたい事があり龍人へと声を掛ける。
「………どうして」
「ん?」
「どうして、地上の者が私達玉兎の死を憐れむの? 悲しむの? そんな事をして一体何になるというの?」
そう、それがレイセン、否、玉兎達には理解できなかった。
地上の穢れた者達は野蛮で下等な生き物達、そのような認識を持っているからこそ信じられなかった。
一体何が目的なのか、どんな裏があってこのような事をしているのか。
疑いは疑問を呼び、けれどその問いに対する答えは……レイセン達にとって理解できないものであった。
「――生き物が死んでいて、弔おうとするのがそんなにおかしい事なのか?」
「そうじゃない。私達玉兎は月にとって奴隷であり駒であり消耗品、最下級の立場である兎なの。
そんな私達の死を憐れんだり悲しんだりする事自体変なのに、しかも悲しんでいるのが穢れた地上の民なのが理解できないって――」
「レイセン、怒るぞ?」
「っ!!?」
怒気を孕んだ呟きに近い龍人の声を聞いて、レイセンの全身が凍りついた。
自分達を駒だの消耗品だの言うなと、彼の瞳が訴えている。
「戦いが起こる以上、死は免れない。でも……こいつらだって死にたくて死んだわけじゃない。
だからせめて弔ってあげたいと思うのは当然だし、俺にとっては地上の民とか玉兎とか月とか立場とか関係ないんだ」
「関係、ない……」
「誰かが死ねば悲しいし、弔いと思うのは当然だと俺は思ってる。自己満足かもしれないけど……俺はこいつらをちゃんとした大地に眠らせてやりたいんだ」
だから連れて行くと、龍人は当たり前のようにそう返した。
その言葉と瞳に嘘偽りは存在しない、レイセン達ですら理解できるほどそれは真っ直ぐだった。
だからこそ紫達は龍人の意志を尊重してあげたいと、彼の手伝いをしてあげたいと思ったのだ。
尤も、幽香だけは興味なさそうに遠目から眺めるだけで何もしようとはしていないが。
「……ねえ、レイセン」
仲間の玉兎の1人が、レイセンに話しかける。
「あの地上の妖怪……一体何なの?」
「……わからない、でも」
でも少なくとも、これ以上彼に対して警戒心を抱く必要は無いという事だけは、わかった気がした。
――作業を終え、皆に負担を掛けまいと玉兎の亡骸を全て龍人が背負う事になった。
「よし、じゃあ――」
出発しよう、龍人がそう言葉を続けようとした瞬間、
「え―――」
最初に皆が感じ取ったのは、一瞬の浮遊感。
しかしそれを自覚した時には、目の前に映る光景がまったく別のものに変わっていた。
(これは……!?)
最初に自分達に何が起きたのか理解したのは、紫であった。
移動させられたのだ、あの一瞬で、これだけの人数をいとも簡単に。
先程感じた浮遊感も、瞬時に転移させられた際に発生したものだろう、何よりもだ。
何よりも、自分達の前にある玉座のような立派な椅子に座る1人の女性から、異質な力を感じられたのも理解に繋がる一因であった。
――紫達が連れてこられた場所は、だだっ広い空間であった。
天井は高く、そこに吊るされているのは宝石のように輝く照明達。
床は鏡のように磨かれた美しい石で作られており、紫達の姿を映し出している。
金色の刺繍が施された赤い絨毯は高級感を漂わせ、けれど決して行き過ぎな類ではない。
見た事のないデザインで作られたその部屋は、紫も実物では見た事の無い西洋じみたものを感じられる。
状況が状況ならばおもわず見惚れてしまいそうな美しさを誇っているが、紫はさり気なく龍人を守るように一歩前に出て玉座に座る女性を見やる。
――美しい女性だった。
雪のように白く長い髪、瞳は翡翠色の輝きを見せている。
権力者を誇示するような装飾多々な服に身を包んでいるが、女性の容姿と雰囲気がそれを感じさせない。
自然な美しさだ、同姓であっても魅力的に映るその姿は女神を思わせ、しかし同時に内側からははちきれんばかりの力を感じられる。
「――ようこそ、地上の民達。まずは歓迎致しましょう」
女性が口を開く、落ち着いた物言いと透き通るような声が耳に心地良い。
「お前、誰だ? ――ってあれ!? 玉兎達がいねえ!?」
女性に問いかけた龍人であったが、ここで彼は自分が背負っていた玉兎の亡骸、そしてレイセンを含む玉兎達の姿がない事に気づく。
慌てる龍人を宥めるように、女性は優しい口調でその疑問に答えを返した。
「玉兎達は都に送りました。仲間を丁重に弔うようにという指示も出しています、なので安心してください」
「送ったって……じゃあ、お前が俺達をここに連れてきたのか? お前、一体何者なんだ?」
「ふふふ、そう慌てないでくださいな。――こちらも懐かしい顔を見たのですからね」
そう言って、女性は永琳と輝夜へと視線を向ける。
「久しぶりですね八意、蓬莱山、またあなた達に会えるとは思いませんでした」
「そうね。私もまた会うとは思わなかったわ、
「
月夜見、そう呼んだ女性に柔らかな笑みを見せる永琳と、恭しく頭を下げる輝夜。
どうやら永琳と輝夜にとって旧知の仲のようだ、紫がそう思っていると月夜見の視線が彼女達に戻される。
「地上の民達、わたくしの名は月夜見。この月の都の統率者を勤めさせて頂いております」
恭しく頭を下げ、自らの名と立場を紹介する月夜見。
その態度に紫はおもわず面食らってしまう、月人にとって地上に生きる者達は穢れた存在だと認識している筈だというのに、彼女からはそういった面は見られないからだ。
何か裏があるのだろうか、そう勘繰ってしまう中、月夜見の言葉に龍人が反応を返す。
「よろしくな月夜見、俺は龍人っていうんだ!」
「ええ、知っていますよ龍人。あなた達が月に来てからずっと見てきたのですから」
「えっ……?」
「わたくしは月の全てを見通す事ができる。あなた達が地上から月にやってきた事も知っていましたし、その時の会話も全て聞いていました」
「相変わらず良い趣味ね、月夜見」
「それが月の女神と呼ばれるわたくしの仕事なのですから、そういった物言いは少々引っ掛かりますね、八意」
軽く永琳を睨む月夜見、けれどその睨みは仲の良い友人が行うようなおふざけの入ったものだった。
永琳も苦笑しつつごめんごめんと謝罪の言葉を返す、そのやりとりだけで2人の仲の良さが見て取れた。
「………それで、私達をこんな所にまで連れてきた理由は何かしら? 始末するためというのなら……こっちにも考えがあるのだけど?」
先程まで沈黙を貫いていた幽香が口を開く、それと同時に彼女は右手に持っていた日傘の切っ先を月夜見に向けた。
挑発するように殺気を放つ幽香に、けれど月夜見はその美しい笑みを微塵も崩さない。
「始末するなんて…そのような事をするのでしたら、わざわざこの月の都の中枢である“月王宮”に連れてくると思いますか?」
「……腹立たしいわね。その余裕、私なんか相手にするまでもないという事かしら?」
「いいえ。ですが今は無用な争いをしている場合ではないのです、あなた達とてこの月に来たのは我々の住処を侵略するためではないでしょう?」
「…………」
暫し月夜見を睨んでから、幽香は大きく溜め息を吐きながら日傘を下に降ろす。
毒気を抜かれてしまった、どうも彼女を見ていると今の自分の行動が滑稽に思えてならなくなったのだ。
「――龍人、わたくしの前に来てくださいな」
「? わかった」
突然呼ばれ、怪訝な表情を浮かべながらも月夜見に向かって歩を進める龍人。
互いに手が届く距離まで近づき、月夜見は玉座から立ち上がり、じっと彼の瞳に視線を向ける。
「…………」
「…………」
翡翠色の瞳が、捕らえるように龍人に向けられる。
何かを見定めるような視線に若干の不快感を抱きながらも、龍人は月夜見から視線を逸らす事ができなかった。
……どれくらい、そうしていただろう。
「―――成る程、やはり嘘偽りなどありませんでしたか」
そんな呟きを零しながら、月夜見は龍人から視線を外し再び玉座へと座り込んだ。
「………何がしたいんだ?」
当然ながら、龍人の浮かべる表情は疑問と困惑が混ざり合ったもの。
「申し訳ありません。少し確かめたい事がありましたので」
「確かめたい事?」
「龍人、あなた達がこの月に来た目的は他の妖怪と違うのでしょう? では目的が一体何なのかを確かめるためにあなたの心を少し見させてもらいました。――あなた達は、我々月人に協力するために来てくれたのですね?」
「……すげえ、よくわかったな」
「伊達に長生きはしていませんから。それで……見返りは何を求めるのですか?」
「見返り?」
「わざわざ無関係なこの争いに干渉しようというのです、当然見返りがあっての事でしょう?」
(……ああ、成る程)
今のやり取りで、紫は月夜見が自分達をこの場所に連れてきた理由を理解する。
要するに彼女は、自分達が月人達にとって有益になる存在かどうか見極めたいと思ったのだ。
身も蓋もない言い方をすれば役に立つかどうかを知りたいというわけだ、そして当然自分達にとって益にならないのであれば……。
どうやら月夜見に対し下手な言い訳も嘘も通用しないだろう、しかしだ……月夜見は一つミスを犯した。
完全に問いかける相手を間違えているという点だ、だってそうだろう?
「――見返りなんて考えてねえよ。俺はただ友達である永琳と輝夜の故郷が襲われてるから、力になりたいって思っただけだ」
彼の答えは、良い意味でも悪い意味でも常識から外れているのだから。
■
――場所は変わり、月の都にある墓地。
今日、新たに多くの墓が建てられ、同志である玉兎達が黙祷を捧げていた。
地上とは違い月には穢れはなく、その為玉兎を含む月人達に寿命の概念はほぼ存在しない。
しかしかといって不死というわけではない、斬られれば血は出るし心臓や頭を貫かれれば死ぬ。
死なないわけではないのだ、だが……死に難いが故か、皆“死”というものに対して何処か他人事のように考えている。
今とて月人達の為に戦った玉兎達を弔っているのだって一部の玉兎のみ、更に言えば同じ玉兎でも仲間を死を弔うという考えを持たない者達とて存在する。
――それが、レイセンには恐ろしいもののように感じられた。
「――はいおしまい! レイセン、疲れたし甘味所にでもいかない?」
「…………」
玉兎の1人が、レイセンに話しかける。
甘味所への誘い、いつもならば二つ返事で頷きを返すが……今はそんな気分にはなれなかった。
ちょっと用事があるの、短くそう告げ逃げるようにその場を離れるレイセン。
他の玉兎達の姿が見えなくなってから、レイセンは吐き気を抑えるように胸の辺りを右手で強く握り締めた。
(仲間が死んだ後なのに……すぐにいつもの調子に戻るなんて……)
だが、そんな光景などそれこそ何度も何度もレイセンはこの目で見てきた。
この月にとってあのような光景など当たり前、気にする必要も意味も存在しない。
……けれど、レイセンにはどうしても我慢できなかった。
おかしいと、間違っていると思ってしまうのだ。
(……私が、変なのよね)
このような考えを持つ玉兎など、自分だけだ。
そうだ、自分がおかしいだけで間違っていると思っているのは自分の勘違いで――
―――生き物が死んでいて、弔おうとするのがそんなにおかしい事なのか?
頭に浮かぶ、先程の龍人の言葉。
それは、心の何処かでレイセンが聞きたかった言葉そのものであり。
彼が本気で玉兎の死を悲しんでくれて、レイセンは嬉しかった。
自分のこの他の玉兎とは違う考え方が正しいと言っているような気がして、嬉しかったのだ。
……自然と、レイセンの口元に笑みが浮かぶ。
「――――」
だが、その笑みはすぐに凍りつき。
レイセンは、すぐさま仲間達が居た場所へと駆け足で戻り。
「――まだ、お仲間が残っていたようですなあ」
周囲の地面や墓石を、仲間の血で赤く染め上げ。
血を流し意識を失っている仲間の首を締め上げている、1人の男と対峙した。
To.Be.Continued...
楽しんでいただけたでしょうか?
もしそうなら幸いに思います。