妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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平和な幻想郷に生きる紫達。
かつての友人である輝夜を守る永琳との再会を喜びつつ、彼女達は幻想郷での平和な世界で生きていく。

……そんな中、彼女達の前に遠い来訪者が現れた。


第44話 ~玉兎の少女~

「――邪魔するわよ、阿爾」

「あ、いらっしゃい紫さん」

 

 今日も穏やかな空気に包まれた幻想郷。

 暖かな春の風が吹く中、紫は稗田の屋敷へと訪れていた。

 すぐさま紫を迎え入れ、使用人にお茶の用意をするよう指示を出す阿爾。

 

「この間はありがとうございました、紫さんと龍人さんのおかげで田吾作さんの足の具合も良くなったみたいで」

「いいのよ。こっちとしても収穫はあったから」

「それにしても凄いですね、折れた骨を一晩で治してしまうだなんて……一体何処であのような薬を?」

「……腕の良い妖怪の薬師が居るのよ、事情を話したら分けてくれたの」

 

 真実は違う、妖怪兎、因幡てゐの落とし穴によって足の骨を折る怪我を負った人間の田吾作の足を治した薬を作ったのは、竹林の奥に隠れ住む月人だ。

 しかし紫は真実を話したりはしない、月人、八意永琳との約束もあるし幻想郷の住人に余計な不安要素を抱かせたくないからだ。

 

「ところで阿爾、私の言った通りにしてくれましたか?」

「竹林の事ですよね? 勿論里の全員に伝達しましたよ、でもそれだけ恐ろしい場所なんですか?」

「ええ、私や龍人ならばいざ知らず、普通の人間が入れば間違いなく出られなくなりますし、その前に住み着いたはぐれ妖怪達の餌になってしまいますわ」

「……そんな所を根城にしているだなんて、妖怪兎って意外と逞しいんですね」

「狡猾だけが取り柄ですからね、あの種族は」

 

 などと話しながら、紫はまったりと時間を過ごす。

 今頃龍人はいつも通り里で人間達と共に汗水垂らして働いている事だろう。

 二百年ぶりに月からの来訪者と再会したが、幻想郷には変化は無い。

 変化がないという事は平和だという事だ、ただ……それは同時に進化を忘れているという事にも繋がる。

 

(進化をするために平和を逃すか、平和を守るために進化を捨てるか……どちらが正しいのかしら?)

 

 きっとどちらも正しいのだろう、そしてどちらも間違っている。

 そんな答えの出ない疑問を思い浮かべながらもすぐに忘れ、紫は用意された熱めのお茶を啜りほっと一息。

 ……年寄りじみているという考えが一瞬浮かんで、紫は慌ててその考えを振り払ったのは余談である。

 

「――あら、ここに居たの?」

「幽香……?」

 

 塀を文字通り飛び越えて中庭に現れた長い緑の髪を持つ妖怪、風見幽香。

 口ぶりからどうやら自分を捜していたようだ、一体何の用事なのだろうか。

 

「龍人が呼んでいたわよ。まったく……この私を小間使いにするなんていい度胸してるわね本当に」

「龍人が? それで何処に居るの?」

「里の北側の入口付近よ、それじゃあ確かに伝えたから」

 

 そう言って、幽香は再び塀を飛び越えていこうとして……服の裾を掴まれた。

 視線を下に向ける幽香、すると自分の服の裾を掴みながら自分を見上げている阿爾の姿が見えた。

 

「……何かしら?」

「風見幽香さんですよね? 是非とも幻想郷縁起完成のご協力を!!」

「は?」

 

 キョトンとする幽香を、「さあさあ」と言いながら引っ張っていく阿爾。

 その小柄な身体の何処にそんな力があるのか、妖怪である幽香を引っ張る姿は圧巻の一言である。

 幽香もその突然な事態に対処できず、気がついたら部屋の中で阿爾と向かい合う形で座り込んでしまっていた。

 

 どうやら阿爾の、というより稗田家当主の悪い癖が発動したようだ。

 阿爾は先代の阿一と違いおとなしめな少女だが、見たことの無い妖怪を見たらこのように目を輝かせて興味を抱く。

 幻想郷縁起を完成させるためとはいえ、やはり何度見ても変わった人間だと紫は思った。

 

「ちょ、何なのよアンタ……紫、助けなさい!」

「暇なら協力してあげなさい」

 

 スキマを開き、入っていく紫。

 

「っ、あいつ……!」

「さあまずはですね、あなたがどのような妖怪なのかを教えてください!!」

(…………本当に何なの、この人間)

 

 問答無用でぶっ飛ばしてやればいい。

 そう思った幽香だったが、阿爾の不思議な迫力によってそんな気概が削がれてしまい。

 結局、彼女は阿爾の長く多い質問に答える羽目になってしまったとか……。

 

 

 

 

「――あ、紫」

「龍人、急にどうしたの?」

 

 スキマを用いて、里の入口へと移動した紫。

 そこには龍人と里の人間が数名居り、紫のスキマを見てギョッとするが彼女の姿を確認するやいなや今度はほっとした表情を浮かべていた。

 まあスキマの中は沢山の目玉が見えるから不気味に思うのだろう、少なくとも目にして気持ちの良いものではない。。

 それはともかく、彼女の視界に龍人が抱きかかえている見慣れない物体が映った。

 

(妖怪、ね。それにあの耳……妖怪兎かしら?)

 

 彼が抱きかかえているのは、気を失っている妖怪の少女であった。

 薄紫の長い髪の毛、頭の上には長い兎のような耳が生えている。

 内側から感じる妖力でこの少女が妖怪なのはわかったが、それよりも紫は少女の服装に目がいった。

 着物ではない不思議な衣装だ、寝巻きとはまた違うが今まで見たことのないデザインだった。

 

「龍人、この妖怪は?」

「里の入口で倒れてたのを里の人が発見したんだ、こいつ…たぶん妖怪兎だろ?」

「そうだと思うけど……まあいいわ。――この妖怪は私達が保護しましょう、ご苦労様でした」

「いえ、八雲様、龍人様、よろしくお願い致します」

 

 この少女の処遇をどうしようか困っていたのだろう、紫の言葉に里の者達は安心したような表情を見せた。

 改めて妖怪少女を見る紫、気を失っているがたいした傷を負ってはいないようだ。

 直に目が覚めるだろう、とにかく一度八雲屋敷に連れて行こうとして。

 

『――紫、龍人、その兎を永遠亭に連れてきてくれないかしら?』

 

 突如として、頭の中でそんな声が聞こえてきた。

 

「…………永琳?」

『頭の中に直接話しかけているわ、あなた達以外の者にはこの声は聴こえていない。

 ――その兎は“月”に生きる【玉兎(ぎょくと)】という妖怪兎よ、悪いけど今すぐ連れてきてくれる?』

「……わかったわ」

 

 永琳の念話に小さく返事を返し、紫は視線を龍人に向ける。

 彼も今の念話の内容を聞き納得したのか、何も言わず頷きだけを返した。

 スキマを開き、龍人共に永遠亭へと一瞬で移動する。

 

 既に門前には永琳が彼女達を待っており、紫達は永琳の案内で客間へと足を運んだ。

 永琳が玉兎と呼んでいた妖怪少女を用意されていた布団の上に寝かせ、彼女と向かい合わせになるように2人は椅子に腰を降ろす。

 

「ごめんなさいね。無理を言ってしまって」

「いいえ。それより永琳、この妖怪兎……月から来たと言っていたけど」

「ええ、この妖怪兎は【玉兎】、月の都での労働力となっている妖怪兎よ。その変わった格好は玉兎達が着用する服だからすぐにわかったわ」

「でも永琳、永遠亭に居たのによくわかったな?」

「その場に居なくてもいくらでも見る手段はあるというものよ、まあその方法は教えてあげないけれど」

 

 含みのある笑みを浮かべる永琳、相変わらず底の知れない女性だ。

 と、勢いよく客間の扉が開かれた。

 

「紫、龍人!!」

「あ、輝夜!!」

 

 入ってきたのは、2人の大切な友達である月の姫、蓬莱山輝夜。

 輝夜の姿を見て龍人も紫も表情を綻ばせ、輝夜も満面の笑みを浮かべ2人に駆け寄っていく。

 

「紫は随分美人になったわねー、まあ私には敵わないけど。龍人は……変わらないのね」

「なんだよー! これでも結構強くなったんだからなー!!」

「…………」

 

 無邪気に、けれどとても嬉しそうに笑う輝夜。

 その笑顔を見ただけで、永琳は嬉しくなった。

 このまま旧友との再会を喜ばせておくのはいいが……残念ながらそういうわけにもいかない。

 

「――起きているのでしょう?」

「えっ?」

 

 寝ている筈の妖怪兎の少女に厳しい口調で声を掛ける永琳。

 暫し返事が返って来る事は無かったが……やがてゆっくりと、その妖怪兎の少女は起き上がった。

 どうやら隙を見てこの場を離れようとしていたようだ、妖怪兎の気まずそうな表情で理解できた。

 

「玉兎が、この穢れた地上に来た理由は何かしら?」

「……何故、私が月の兎だとわかったのですか?」

「私は八意XX、そしてこちらは蓬莱山輝夜、この名に聞き覚えがあるのなら何故あなたの事を知っているのか理解できるわね?」

「や、八意様に…蓬莱山様!? す、凄い……まさか本当にお会いできるなんて、さすが豊姫様の力は素晴らしい!!」

「…………豊姫?」

 

 何やら勝手に感激している玉兎の少女に、永琳は訝しげな視線を向ける。

 一方、完全に蚊帳の外状態となっていた紫は、ここで会話に割って入る事にした。

 

「それで、一体月の兎が地上に一体何の用なのかしら?」

「……地上の妖怪ね。地べたを這いずり回る事しか能が無い穢れの塊が、随分と偉そうな口を利くものね」

「…………」

 

 紫の問いかけで返ってきたのは、あからさまな侮辱が含まれた言葉だった。

 随分と言ってくれるではないか、首を跳ねてその皮を剥いでやろうかと思った紫であったが……その怒りは、次に放たれた永琳の言葉で霧散する。

 

「――彼女達は私の、そして姫様の大切な友人よ。その2人を侮辱するという事は私達と敵対するという事を、肝に銘じておきなさい」

「っ、は、はい……」

 

 その言葉は一瞬で玉兎の少女の身体に纏わりつき、恐怖によってその心すら凍りつかせた。

 強力な言霊だ、おそらくこれでも永琳は加減をしていると思われるが……圧倒的なまでの力量差に紫は気がつくと頬に冷や汗を伝わらせていた。

 

「永琳、流石に可哀想だしこれじゃあ話が進まないわ。――それであなたは何をしに地上へ来たの? 指名手配されている私達を捕まえようとしてるとか?」

「そ、そのような大それた事、兎程度の私にはできません。じ、実は……」

 

 事情を話そうとして、玉兎の少女の視線が紫達に向けられる。

 どうも自分達には聞かれたくない内容のようだ、少女の視線が紫達に「この場から消えろ」と訴えていた。

 しかし紫はその視線を軽く受け流す、こんな兎の睨みなど気にする必要は無いからだ。

 

「いいから話しなさい、話さないというのならここまでよ」

「…………わかりました」

 

 永琳に言われ、納得のいかない表情を浮かべながらも……玉兎の少女は己が目的を話し始める。

 

「――八意様、どうか月にお戻りになってはいただけませんか? そして綿(わた)(つき)様達と共に地上から侵略を企てた妖怪達を滅するために御力をお貸しください!!」

 

「…………」

「地上から、妖怪達が月に侵略……? それは一体どういう事なの?」

「お前達に話す必要は無い」

「いちいち無駄な反応をするのはやめなさい。……謀反人である私に助けを求める必要があるとは思えないわね。月の技術を用いれば地上の妖怪に遅れを取るなどという事は決して無い筈」

「も、勿論我々も当初宣戦布告をしてきた妖怪達を前にして同じ事を考えていました、ですが地上の妖怪達は我々が思っているよりも遥かに強力で……それに百年ほど前に月夜見(ツクヨミ)様の方針で強力すぎる兵器は破棄または破壊してしまい……」

「成る程、平和主義者な彼女らしいわ」

 

 しかし、それでも解せない話だと永琳は思った。

 月には、地上とは比べ物にならない高度な文明が存在する。

 それこそ極一部の者しか使えぬ魔法や特殊能力を、何の力も無い一般の存在が容易く使えるような強力な技術が存在しているのだ。

 

 いくら強力な兵器の殆どを破棄したとしても、全ての武器を破棄したわけでもなくそれだけでも充分に対処できる筈。

 だというのにこの玉兎の口振りからして戦況は月人達の不利になっている、解せない話だと思うには当たり前だと言えよう。

 

「つまりあなたは、豊姫の指示で私を月に連れ戻すために地上へ来たと?」

「はい。でもこんなにも早く八意様に出会えるなんて幸運でした!!」

「…………」

 

 どうやら、この玉兎は自分が月に戻ると思い込んでいるらしい。

 なんという楽観的で頭の悪い兎だろうか、尤も玉兎というのは大抵このような愚か者が殆どだが。

 この愚か者はまるでわかっていない、なので永琳ははっきりと玉兎の少女に現実を教えてやることにした。

 

「帰りなさい」

「………………えっ?」

「帰りなさいと言ったのよ、私ももちろん姫様も……二度と月には帰らないわ」

 

 

 

 

「…………」

「――ごきげんよう、調子はどうかしら?」

 

 無音の世界、草木一本生えぬ不毛の大地。

 ここは月の大地、地上――地球から遥か数十万キロメートル離れた惑星の大地に、1人の人狼族の青年が立っていた。

 青年の名は今泉士狼、人狼族の大長であり五大妖の1人でもある大神刹那の右腕にして人狼族随一の槍術使いである。

 そんな彼の前に現れたのは、美しくも儚く不気味な笑みを見せる、赤髪の女性。

 

「……何か用か?」

「労を労いにきたのですわ。先程の玉兎達との戦闘、お疲れ様でした」

「…………」

 

 士狼からの返答は無く、彼の態度がすぐにこの場から消えろと訴えている。

 嫌われたものですわね、内心ではそう思いながらもさして気にした様子もなく赤髪の女性は言葉を続けた。

 

「月の都への道はもうすぐ見つけられそうですわ。さすがに強固な結界ですわね」

「ならばさっさと見つけてはくれないか、こちらの被害も決して小さくはない。このまま犠牲を増やし続ければ侵略も成功しない」

「もちろんわかっておりますわ、龍哉によって負傷した自身の主の傷を癒すために、月にあるという万能の霊薬があなたにはどうしても必要ですものね?」

「……それがわかっているのなら、早くしてくれ。こちらと利害が一致しているからこそ協力しているんだぞ?」

 

 わかりましたわ、最後まで胡散臭い笑みを崩さないまま…女性は一瞬で場から消える。

 目にも留まらぬ速さで、気配の残滓すら残さずに消えた。

 赤髪の女性の得体の知れなさに恐怖しつつも、士狼もこの場を離れ待機している妖怪達の元へと戻っていった……。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




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