妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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幻想郷に突如として出現した竹林、その調査と里で悪さをする妖怪兎を捕まえるために進入した紫達。
その中で、彼女達はかつて都で出会った月人、八意と再会する……。


第四章 ~月面戦争~
第43話 ~八意永琳~


「――またいつか会えるとは思っていたけど、二百年程度で再会するとは思わなかったわ」

 

 そう言いながら客間へと案内した紫と龍人にお茶を出すのは、かつて月に暮らしていた女性、八意。

 再会を喜ぶように笑みを浮かべる彼女に、紫もまた同じような笑みを浮かべ言葉を返した。

 

「本当ね。輝夜は元気かしら?」

「勿論、ただ今は眠っていらっしゃるから……」

「わかっているわ、でもまさか八意達がこんな竹林の奥に暮らしていたなんて……」

(えい)(りん)よ。地上で生きる以上名前が無いと不便ですからね、今の私は八意永琳と名乗っているの」

「永琳ね、覚えておく…………龍人?」

 

 先程から、やけに静かな龍人に紫は視線を向ける。

 すると彼は、じっと永琳を見つめているではないか、一体どうしたというのか。

 

「あら、もしかして私に見惚れてしまっているのかしら?」

「歳を考えなさい、永琳」

「…………」

(あ、失言だったみたい……)

 

 冷静を保とうとしているようだが、顔が引き攣っている。

 意外と打たれ弱い永琳に驚きつつ、紫は心の中で謝罪しながら強引に話題を変える事にした。

 

「と、ところで永琳。ここに妖怪兎が居ると思うのだけれど……」

「妖怪兎? ええ、確かにここには多数の兎達が暮らしているけど……」

「実はね……」

 

 紫は永琳に、自分達がここに辿り着いた敬意、そして今までの事を話した。

 自分達は人と妖怪が共に暮らす幻想郷という隠れ里で暮らしている事。

 その里で、最近悪戯をする妖怪兎が現れ始め、里の者が怪我をした事。

 妖怪兎をこの竹林で目撃し、後を追ったらこの場所へと辿り着いた事。

 

「……成る程、そちらの事情は理解したわ」

 

 紫の話を聞いた後、永琳は疲れたように大きく溜め息をつき額に手を置いた。

 どうやら彼女も知らなかったらしい、もう一度溜め息をついてから永琳は紫達に向かって頭を下げた。

 

「知らなかった事とはいえ申し訳ない事をしてしまったわ、おそらくそれは私の弟子がしでかした不始末ね。――すぐに連れてくるわ」

 

 言って、永琳は客間から出ていってしまった。

 

「……龍人、先程から永琳を見ていたようだけど、どうしたの?」

「ん? ああ……俺、話には聞いていたけど永琳ってどんなヤツなのか見たのが初めてだったから」

「そういえば、あの時は眠っていたものね」

「アイツ、凄く強いな。もしかしたらとうちゃんより強いかも。そう思ったらついジッと見ちゃったんだ」

「龍哉より……?」

 

 確かに、永琳の力は底が知れないと紫も思う。

 だが元とはいえ龍神であった龍哉よりも強いというのは、些か信じられない。

 と、遠くから悲鳴のような声が聞こえてきた。

 悲鳴というよりも断末魔に近いかもしれない、一体どうしたのかと思っていると……永琳が戻ってきた。

 

「待たせたわね」

 

 そう言ってにこやかに笑う永琳の右手には、先程紫達が追っていた妖怪兎の少女が握り締められていた。

 頭の耳を乱暴に掴み上げられ、ぐったりとしているその姿はおもわず何があったのかと問いたくなるほどに悲惨な姿であった。

 

「この子は因幡(いなば)てゐといって一応私の弟子になる妖怪兎達の長よ。だけど悪戯好きで今回の事もこの子がやらかした事みたい。

 身内の恥を見せてしまって申し訳なく思うわ。――てゐ、あなたも謝りなさい」

「ぐへえっ!!?」

 

 ぽいっと、地面に少女、因幡てゐを乱暴に投げ捨てる永琳。

 投げ捨てられたてゐはプルプルと身体を震わせている、見ていて痛々しい事この上なかった。

 

「大丈夫か?」

「……酷い目に遭ったウサ」

「てゐ、私は謝りなさいと言ったのだけれど?」

「うぐ……こ、今回は悪かったわね」

 

 そっぽを向いて謝罪の言葉を放つてゐ、当然ながらそこに誠意の欠片も見られない。

 

「……永琳、お鍋と調味料あるかしら?」

「あるわよ。でもてゐは煮ても焼いても食えなそうだけど?」

「ちょちょちょ!? 平然と食う相談をしないでよ!?」

「じゃあ、それが嫌ならちゃんとお前の仕掛けた落とし穴に引っかかって怪我をした農家のおっちゃんに謝りにいくか?」

「…………わかったわよ」

 

 しぶしぶといった様子で承諾するてゐ、どうもまだ反省の色が見えない。

 

「そうだ。紫、農家のおっちゃんのお見舞いにコイツを使った兎鍋をご馳走するっていうのはどうだ?」

「いい考えね」

「わかりました! 誠心誠意謝らせてもらいますので、それだけはご勘弁を!!」

 

 とうとう土下座までし始めた、その滑稽な姿を見て永琳と紫は顔を見合わせて厭な笑みを浮かべ合う。

 と、永琳は懐から何かを取り出し紫に手渡した。

 それは小さな瓶状の物体、中には透明な液体が満たされている。

 

「これは?」

「骨折をしたという人間に飲ませてあげて、それを服用してから一晩経てば折れた骨が元通りになるだろうから」

「一晩で?」

「こんな程度の薬ならすぐに作れるのよ、これでも【月の頭脳】って呼ばれてた薬師なんだから」

「へえー……」

 

 にわかには信じがたいが、おそらくそれは真実なのだろう。

 薬の知識がない紫にも、この薬から“凄み”のようなものが感じられた。

 人間はおろか、妖怪が作る薬すら上回る効力があるのだろう。

 

「……あんた達、悪魔?」

「この薬を渡して謝ればいいだけだろ? 大体先に怪我を負わせたのはお前じゃねえか」

「そうだけどさ。わたしにとって悪戯は存在意義と言っても過言じゃないんだからしょうがないじゃない」

 

「――そういえば紫、あなた達どうやってこの“(えい)(えん)亭《てい》”に辿り着けたの? ここと竹林には姫様の能力を利用して他者からは決して感知できないようになっていたのに……」

「この屋敷に関しては偶然かしらね、彼女を追った際に僅かな綻びを見つけたから、能力を使って干渉したのよ。でも竹林は数日前に幻想郷の近くに突然現れたから、その存在は私達以外も知っているわよ?」

「……どういう事? 私の結界と姫の能力が正常に機能していないというの?」

「それはわからないわ。でも安心して、ここの事は勿論他言しないし、里の者達にもここには近寄らぬように警告をしておくから」

 

 というより、ただの人間がここに入れば間違いなくはぐれ妖怪達の餌になるのは明白である。

 それをわからせれば、自殺願望者でもない限り近づいたりはしないだろう。

 

「…………」

「信用できない?」

「いいえ。少なくともあなた達は信用できるわ、ただ……問題はそれだけではないのよ」

「……?」

 

 どうやら他に何か問題があるらしい、永琳の表情が強張っている所を見ると小さな問題ではないようだ。

 しかし、どうも現状では自分達に何かできるわけではないらしい、そう思った紫はそろそろお暇させてもらおうとてゐとじゃれている龍人へと声を掛けた。

 

「龍人、今日はもう帰りましょう」

「えっ、輝夜に会いに行かないのか?」

「眠っていると言っていたでしょう? せっかくの再会を喜びたい気持ちはわかるけど、また後日来ればいいわ」

 

「んー……了解。じゃあてゐ、明日の朝竹林の入口に来いよ? 来ないと本当に兎鍋にするからな?」

「わ、わかってるわよ……」

 

 龍人にキッと睨まれ、内心ビビりながらもおとなしく頷いておくてゐ。

 まあ、忘れてたフリをして適当に流せばいいだろう、この男は存外に甘そうだから……。

 

「てゐ、もし忘れてたフリをして適当に流したりしたら……死んだ方がマシだと思うような目に遭わせるから、そのつもりで」

「…………ハイ」

 

 因幡てゐ、狡賢さは妖怪の中でも上位であるが。

 月の頭脳と呼ばれた永琳には、勝てないのであったとさ。

 

 

 

 

「……ふぁぁ~……」

「あら、姫様。起きたのですか?」

 

 紫と龍人が永遠亭を後にしてから、1人の少女が寝ぼけ眼のまま永琳の前に現れた。

 少女の名は蓬莱山輝夜、この永遠亭の主人でありかつて紫達と友人関係を結んだ月の姫である。

 

「なんだか騒がしかったけど、兎達が悪さでもしたの?」

「いいえ。来訪者ですよ、それも……私達の知り合いが来ました」

「わたし達の知り合いって、まさか月の追っ手?」

「違いますよ。――八雲紫と龍人です」

「へー、紫と龍人が………………紫と龍人!?」

 

 目を見開き驚きの表情を浮かべる輝夜、その顔はすぐさま永琳に対する不満の色へと変化した。

 

「ちょっと永琳、どうして起こしてくれなかったのよ!?」

「姫様は寝たばかりでしたし、起こすのも可哀想かと思いまして」

「思わなくていいってば! あーもう、久しぶりに会えるチャンスが!!」

「まあまあ、また後日来ると言っていましたから、その時に再会を喜び合えば宜しいではありませんか」

 

「むー……まあいいわ。それで2人は元気だった?」

「ええ、力も増していましたし良い成長を遂げているようでした」

「ふーん………」

「…………」

 

 口元に隠しきれない喜びの笑みを浮かべる輝夜を見て、永琳も自然と優しい笑みを浮かべていた。

 都から逃げて二百年以上が経ったけれど、輝夜があのような笑みを浮かべるのは本当に久しぶりだからだ。

 今宵は本当に良い再会ができた、既に屋敷に戻っていった紫達に永琳は心の中で感謝の言葉を告げる。

 ……だが、この再会によって新たな問題が発生した。

 

(結局、私の結界と姫様の能力が正常に機能しなかった理由がわからないわね……)

 

 この永遠亭の竹林には、月の追っ手から逃れるために様々な術が施されている。

 入った者を迷わせる霧、他者に認識させない不可視の術、そして輝夜の能力による永遠の継続。

 だというのに、紫の話では竹林は幻想郷の住人に認知され、永遠亭に施されていた結界すら僅かとはいえ綻びが生じていた。

 そんな事は本来ならばありえない、施した術はまさしく永遠に解けないようになっているというのに。

 

(何者かの干渉を受けたのは間違いないけど……私に気づかれないようにそんな事ができる存在が、この地上に居るというの?)

 

――何かが、起きようとしているのかもしれない。

 

 そんな懸念が、永琳の中で生まれ始めたが。

 

(まあ、いいか)

 

 考えるのが面倒になったのか、勝手に自己完結させ永琳は思考をあっさりと切り替えたのだった。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




少し短めになりました、更新速度を少しでも上げるために今までより少し短い話がこれからも増えるかと思います。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。

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