さて、今回の物語は………。
「~~~~~~♪」
「…………」
ザクッ、ザクッ、という土を耕す音が響く。
鼻歌を歌いながら鍬を持ち畑仕事に精を出すのは龍人、その近くでは同じく鍬を持ちながらもなんともいえない表情を浮かべている幽香の姿があった。
前の花見の時から八雲屋敷にて厄介になっている幽香だったが、龍人から「働かざるもの食うべからず」と言われ、半ば強引に畑仕事を手伝わされている。
……はっきり言って不快である、何故自分が人間達の仕事の手伝いをしなければならないのか。
それに、遠巻きから自分を眺める人間達の視線も鬱陶しいことこの上ない、いくら道端に落ちてる小石程度の認識であっても、こうもあからさまでは不快にもなるというものだ。
「幽香、手が止まってるぞー」
「……どうして私がこんな事をしなければならないのかしら?」
「言ったろ、働かざるもの食うべからずだって。それにここの農家のおっちゃんは誰かの悪戯で足を怪我しちまって仕事ができねえんだ」
「だからって、妖怪である私が人間の仕事をしろと? 笑い話にもなりはしないわ」
「どうせ暇だろ? やることないなら口より手と足を動かしてくれよ」
「…………」
ビキッと、幽香の額に青筋が浮かぶ。
ああ確かに暇だとも、だがそういう問題ではないのだ。
“妖怪”の自分が“人間”の役に立とうとするなど、無駄で無意味で無価値な事。
「……人間が妖怪を恐れ、妖怪は人間を見下し、餌としか見ない」
「………?」
「それが両者の関係だって事は俺だって知ってるさ。だけど……だからってそれが正しいわけじゃない。
それに、そんな関係を続けていたら、いつか取り返しのつかない事になる。人間と妖怪……どちらかが完全に滅びるまで互いを憎みあう事になるかもしれない」
そんな未来など、龍人は認められない。
だから少しずつ歩み寄ってほしいと思っているのだ、たとえ何十年何百年と経とうとも……。
その果てに、互いに歩み寄る未来が来ればそれはどんなに。
「――くだらない未来ね。そんなもの」
「…………」
「人と妖怪の関係は未来永劫変わらない、変わるわけがないのよ。
残念ね。あなたの事は割と気に入ったんだけど、そんなくだらない妄言をほざくのなら……期待外れもいい所だわ」
幽香は告げる、冷たい口調で、蔑むように。
しかし龍人は反論しない、幽香の言っている事は間違っていないと知っているから。
未来永劫、両者の関係は変わらないのかもしれない、事実里の者達の中でも自分や紫に対し友好的ではない人間だって居る事を龍人は知っている。
どんなにこちらが歩み寄っても、相手は決してこちらに信頼を置こうとはしない。
一方通行な思いは、幽香の言う通りくだらないものへと成り下がってしまうかもしれない。
「――焦ったって、しょうがないさ」
「えっ……?」
「そう簡単にお互いの関係が変わるだなんて俺だって思ってないさ、それに幽香の言う通り未来永劫変わらないかもしれないとも思ってる。
でもだからって諦めたら勿体無いだろ? だから……焦らず、ゆっくりやっていくさ」
「…………」
そう言って笑う龍人の顔は、とても穏やかで……優しい色を宿していた。
まるで全てを包み込む森のような大きさと暖かさを感じ、幽香はその笑みから視線を逸らせない。
くだらない、実にくだらない妄言を放っている筈だというのに、どうしてこんなにも美しく純粋な笑みを浮かべられるのか……。
「あ、あの……」
「ん……?」
下から声が聞こえ、視線を下に向ける幽香。
そこに居たのは小さな人間の少女、脅えた表情を自分に向けており、それを見た幽香の顔が不快げに歪んだ。
「ユズ、どうした?」
幽香の顔を見てますます脅える少女、ユズに声を掛ける龍人。
するとユズはおずおずと2人に両手で持っていた何かを見せてきた。
それは笹の葉で包まれた球体の物体、幽香はその正体がわからなかったが、龍人はすぐさま笑みを浮かべユズの頭を優しく撫でた。
「握り飯を持ってきてくれたのか、ありがとな」
「う、うん……あの、そっちの、妖怪さんも……」
「ああ。もちろん幽香も食うよ」
「は? ちょっと、誰がそんなもの……」
抗議の声を上げようとした幽香であったが、その時には既に龍人は走り去っていくユズに手を振っていた。
おもいっきり龍人を睨みつける幽香、しかし龍人は動じない。
「いいじゃねえか。少しは動いて腹が減ったろ?」
「人間の食べ物を食べたところで、意味は無いわ」
「食べる楽しみがあるじゃねえか、生きているのに楽しみが無いとつまらないだろ?」
適当な石の上に腰を降ろし、握り飯を食べ始める龍人。
食べながらもう一個の握り飯を投げられ、キャッチする幽香だったが表情は不機嫌さを隠そうともしていない。
当たり前だ、畑仕事にこの握り飯……幽香にとって無意味な時間を過ごしているのだから。
いや、無意味というよりは、人間の役に立ってしまっているというのが、ただ腹立たしい。
「さっきのユズだって、幽香に歩み寄ろうとしてくれたから、握り飯を持ってきてくれたんだぞ?」
「今だけよ。無知な子供だからこその無謀な行動、半端な知識を得れば周りの人間と同じものに成り下がるわ」
「そんなの育ってみないとわかんねえよ、人間全部がああなわけじゃないさ。
それより食えよ、美味いぞー」
「……夢物語も、そこまで頑なだと気味が悪いわね」
「気味が悪くて結構。元々受け入れられるような道じゃねえっていうのはわかっているし、それに……この道は1人で歩んでいるわけじゃない」
だから、前を向いて歩いていけると言って、龍人は笑った。
……またあの笑み、全てを包むような優しく暖かな笑みだ。
見た目も中身も少年だというのに、今の彼は普段とは正反対で……目が離せない。
そこまで考え、幽香は頭を振って思考を切り替える。
自分は一体何を考えているのか、大きく溜め息をついて、彼女の視界に先程の握り飯が映った。
「…………」
食べる必要など、ない。
妖怪は人間の食事を必要としない、が。
気がついたら、幽香は手を動かして……握り飯を口の中に含んでいた。
「…………」
「美味いだろ?」
「…………さあ」
素っ気なく返しながらも、咀嚼を続ける幽香。
それを見て、龍人は苦笑を浮かべそれに気づいた幽香の顔が僅かに赤らんだ。
「な、何よ……何か言いたい事があるのなら言えば?」
「別になんでもねえよ。でもお前って、結構面白いな」
「っ、こいつ……!」
「うおっ!?」
顔を高潮させた幽香に殴りかかられ、間一髪回避する龍人。
「……ちょうどいいわ。あなた半妖だけど
「ちょっと待て、お前って結構力がある妖怪だろ? そんなお前が暴れたら里がめちゃくちゃになる」
「そんなの私には関係ないわねえ……」
口元に歪んだ笑みを浮かべつつ、幽香は妖力を開放させる。
瞬間、周囲の空気が軋みを上げ、龍人は溜め息をつきながら残りの握り飯を一口でほおばりつつ、幽香を止めようとして。
「――はい、そこまで」
上記の言葉と共に、幽香の首筋に闇魔の刀身が添えられた。
「……紫」
「里で暴れられては困るのよ。龍人も彼女を怒らせるような言葉は慎みなさい」
「俺は何も言ってねえよ」
「まあいいわ。幽香、お願いだから無駄な争いは控えてくれないかしら?」
「私があなたのお願いをきく必要があるとでも?」
「いいえ。でも……賢い幽香なら、拒否すればどうなるのかわかるわよね?」
グッと、闇魔の刀身を握る力が強くなった。
どうやら本気のようだ、つまらなげに溜め息をついてから幽香は妖力の放出を止める。
紫もそれを確認してから闇魔をスキマの中に入れ、里の地面へと降りた。
「紫、何かあったのか?」
「ええ、たった今貴方達のせいでね」
「そうじゃなくて、わざわざ里に来た理由……他にあるんじゃないか?」
「……よくわかったわね。実は里に時々悪戯を仕掛けてくる妖怪の正体がわかったから、少しお灸を据えようと思っているの」
「へえ、それでどんな妖怪だったんだ?」
龍人が問う、それを聞いた紫はすぐさま彼の問いに答えを返した。
「――妖怪兎よ。最近里の近くに出現した“竹林”で目撃されたらしいわ」
■
――幻想郷の近くには、まるで森のような広さがある竹林が存在する。
しかしこの竹林は昔からあるものではなく、ある時突然に、何の脈絡もなく姿を現した。
故に紫は阿爾からの依頼でこの竹林を調査しようとしたのだが、その阿爾から里で悪戯を行っている妖怪が所謂“妖怪兎”だと聞き、更にその妖怪兎が竹林の中へと入っていったのを見たという報告を受けたそうだ。
話を聞いた紫はすぐさま調査を開始しようと、現在龍人と共に竹林の中を飛んで移動していた。
「にしても……こんなに巨大な竹林がいきなり現れるなんて、そんな事あるのか?」
「一気に成長したとは考えにくいわね、だとすると……この竹林は元々ここにあったという事よ、でも誰もそれを認識できなかった」
「紫でもか?」
「ええ。――相当強力な結界か、それとも魔法の類か。それはわからないけど……この竹林には相当の実力者が居るみたいね」
「……藍と幽香も連れてくればよかったかな」
今、この場に藍と幽香は居ない、2人とも八雲屋敷で待機している。
幽香はともかく藍は調査の手伝いの為に連れてきたかったのだが、調査の間幽香を1人にしておきたくはなかったのだ。
なので藍は彼女を監視する役目を担ってもらっている、里の者から仕掛けなければ幽香も何もしないとは思うが、念のためだ。
「今頃、喧嘩をしていなければいいけど」
「してる、だろうな。幽香は人をからかうのが好きだし、藍は真面目すぎるから……」
幽香が紫や龍人に対する暴言を放ち、それを聞いた藍が憤慨する。
容易に想像できる光景だ、それを思い浮かべて紫はおもわず苦笑してしまった。
「あの子は真面目すぎるのよね、私達の役に立とうと躍起になってるから」
「でもさ、藍は紫の式なのにどうして俺まで主人だと認識しているんだ?」
「あの子と正式に式としての契約を結んだ際に、私達の血肉を与えたでしょう? だから藍は貴方の事も主人として認識しているのよ。
まあそれを差し引いても、主人である私の友人であり家族である貴方を主人だと思うのは当然かもしれないけどね」
龍人と話しながら、紫は周囲に意識を向ける。
見えるのは大きく伸びた竹ばかり、だが下級とはいえ妖怪の気配を至る所から感知できる。
どうやら既にこの竹林は下級妖怪達の根城になっているようだ、陽の光も通りにくいこの空間ならば当然ではあるかもしれないが。
「ん……? 紫、あれは……」
少しだけ声を落として龍人が紫に声を掛け、ある方向を指差す。
その方向へと視線を向ける紫、そこに居たのは竹林を走る小さな少女。
しかし頭に生えた人とは違う白く大きな耳がその少女を人間ではないと示しており、更にその耳は兎の耳にそっくりであった。
「見つけたわ……龍人、気配を殺して追いかけるわよ」
「おう、わかった」
すぐさま少女を追いかける紫と龍人、勿論気配を極力抑え、少女との距離を充分に離し感知されないようにしながら尾行を開始した。
「あいつ、走るの速いなー」
「兎はああ見えて結構俊敏なのよ、地上での機動力が高いのも頷けるわ」
油断をしていると、あっという間に見失ってしまいそうだ。
「あいつが里で悪戯を繰り返してる犯人だとしたら、どうするんだ?」
「灸を据えてやるわ、それでも反省しないのなら……鍋にでもしましょうか」
「兎って美味いのか?」
「美味しいらしいわよ。妖怪兎が普通の兎と同じ味なのかは知らないけど」
などという物騒な会話をしながらも、2人はつかず離れずの距離を維持しながら妖怪兎の少女を追っていく。
途中、妖怪兎の少女は立ち止まり周囲に視線を向ける場面があったものの、気づかれぬまま2人はある場所へと辿り着いた。
そこは変わらず竹達に囲まれた場所、だがぽっかりと竹が生えていない空間が存在していた。
妖怪兎の少女がそこに近寄っていき――突如として、その姿が初めから存在しなかったかのように消えてしまう。
「これは……!?」
「消えちまった……」
2人は急ぎ妖怪兎の少女が消えた場所へと降り立つ、だがそこには少女が居た痕跡すら残っていなかった。
空間に歪みが存在しないか、紫は能力を開放する。
すると、僅かに、本当に気づけない程の僅かな歪みを発見する。
この場に居なければ気づけなかっただろう、その歪みに右手を添える紫。
瞬間、バチッという衝撃が紫に襲い掛かり、彼女は顔をしかめながらその場から離れた。
「紫!?」
「大丈夫よ。――――えっ!?」
「な、なんだこれ!?」
目を見開き、驚愕する2人。
一体何が起きたのか、先程まで何も無かった空間に、突如として大きな屋敷が現れたのだ。
目の前には木製の門、その先には中庭が存在する和風の屋敷が広がっている。
「なんでいきなり屋敷が……」
「ここに特定の存在以外の者に認識させない術が展開されていたのでしょうね、それも私の能力を用いても気づきにくい程の高度な術が」
……これ以上この先に進む事は得策ではない、紫はそんな認識を抱き始めていた。
これだけの高度な術は見た事がない、境界を見て操作する自分の能力ですら、近くで見なければ小さな綻びすら発見できなかったのだから相当だ。
少なくとも大妖怪クラス、否、それ以上の存在がこの屋敷に居るのは明白であった。
自分と龍人だけでは危ない、せめて藍……あるいは幽香の力を借りなければ危険だ。
そう判断した紫はすぐさま龍人に引き返すように告げようとして、その前に門が重苦しい音を響かせながら開き出した。
身構える2人、すぐにでも攻撃を仕掛けられるように準備を終え、門の中から現れたのは――1人の女性。
「なっ――!?」
「………?」
その女性を見た瞬間、紫は二度目の驚愕に襲われていた。
彼女のそんな姿を見て龍人も面食らい、そしてそれは……現れた女性も同じであった。
「…………これはまた、意外すぎる来訪者ね」
驚きながらも、その口調には僅かに喜びの色が混じっている。
美しい銀髪を三つ網で纏め、美しくも力強い覇気を全身から放っているこの女性は、紫のよく知る人物。
「………………八意」
「ええ、久しぶりね八雲紫、そして話すのは初めてかしら。龍人」
かつて都で友人となった蓬莱山輝夜と共に月の追っ手から逃げているはずの月人の女性、八意であった―――
To.Be.Continued...
次回から新章突入です。
少しでも楽しんでいただければ幸いに思います。