妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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豪鬼を倒し、戦いを終わらせた紫達。
傷つき疲れ果てた彼女達に待っていたのは、勝利を祝う宴であった……。


第39話 ~山の宴~

――妖怪の山が、喧騒に包まれている。

 

 山の頂上近くに存在する、鬼達の里。

 その中で、妖怪の山に暮らす天狗や河童、鬼といった妖怪達が大騒ぎをしていた。

 ある者は浴びるように酒を飲み、ある者はただひたすらに騒ぎ立ち……しかしその誰もが、その顔から笑みを零し心から宴を楽しんでいる。

 

「――ふむ、旨い」

「けほっ……これは酒というより、毒ね」

 

 咳き込みながら、鬼の酒を飲み感想を呟く紫。

 その隣で巨大な盃に入った酒を飲み干した絶鬼が、紫の感想を聞き口元に笑みを浮かべる。

 

「小娘には、まだこの酒の旨さがわからぬか」

「限度というものがあるのよ。ただ強いだけの酒なんて毒と同じじゃない」

「カッカッカ、子供よのう」

 

 豪快に笑う絶鬼、右手に持つ盃には既に新たな酒が注がれている。

 既に常人の数十、いや数百倍もの量を飲んだというのに、まるで酔った様子を見せない絶鬼。

 酒豪として知られる鬼の中でも規格外だ、肩を竦めつつ紫は別の酒を手に取った。

 

「お主には、それぐらいがちょうどいいじゃろうて」

「これでも充分強い酒だと思うけどね」

 

 鬼や天狗の作る酒は、人間が作る酒とは比べ物にならないほどに強いものだ。

 妖怪が飲むのだから当たり前かもしれないが、まだ妖怪として若い紫にはやや強すぎる。

 

「うおーい紫ー、飲んでるかー?」

 

 陽気な声で紫へと擦り寄るのは、萃香。

 既に出来上がっているようで、頬だけでなく顔全体に赤みを帯びている。

 

「萃香、気持ちはわかるけど飲み過ぎてまた巨大化しないでね?」

「細かい事気にするなよ華扇! 本当にお前さんは頭が固い鬼だねえ」

 

 そんな事を話しながらやってきた華扇と勇儀の手には、鬼特製の酒が入った盃(しかも一升枡である)が握られていた。

 ……場が一気に酒臭くなった、自然と紫の表情が苦々しいものに変わる。

 

「あなた達の尻拭いをさせられれば、嫌でも細かくなるわよ」

「うへえ、藪蛇……」

「……それにしても、山の宴というのは本当に騒がしいのね」

 

 よくもまあここまで騒げるものだと、逆に感心してしまうほどだ。

 

「騒ぐのは当然さ。――この戦いで死んでいった者達の、弔いも兼ねているんだからさ」

「…………」

「不謹慎かい?」

「いいえ。あなた達にとってこれが正しいものなのでしょう?」

 

 死んだ者達が、楽しい気分のままあの世へと旅立てるように、騒ぎに騒ぎ立てる。

 それもまた一つの弔いの形、それがわかるから紫とてこの宴を楽しもうとしていた。

 

「ところで、龍人は何処へ行ったんだい?」

 

 一緒に飲もうと思ってるんだけどねー、そう呟きつつキョロキョロと視線を泳がせる萃香。

 と、彼女はすぐさま龍人の姿を見つけたのだが……。

 

「ありゃ……なんだいあれは?」

 

 彼の置かれている状況を見て、苦笑を浮かべた。

 

――龍人が、沢山の天狗達に囲まれている。

 

 その中心で、一心不乱に料理を食べ続けている龍人。

 そんな彼に、周りの天狗達は彼に向かって何かを話しかけている。

 一体何を話しているのだろう、気になった紫達は聞き耳を立てようとして。

 

「――だーっ、もう! 落ち着いて食えないって!!」

 

 立ち上がり、逃げるようにその場を離れ紫達の元へと駆け寄ってきた。

 

「ったく……」

「龍人、どうしたの?」

「人がせっかく美味いもん食ってんのに、あいつら色々と煩いんだ」

 

 不満げにそう言いながら、紫達の所にあった料理を食べていく龍人。

 彼にしては珍しい態度だ、一体どんな事を言われたのか余計に気になった。

 

「一体何を言われたの?」

「それがさ。「うちの娘を貰ってはくれないか?」とか意味がわかんない事を口々に言ってくるんだ、本当に何なんだよ」

「…………」

 

 龍人の言葉を聞いた瞬間、紫はおもわず未だに遠目から龍人を見ている天狗達を睨みつけた。

 

「成る程ねえ……まああの戦いで龍人が半妖とは思えない力を持っているってわかったし、何より(りゅう)(じん)の血も引いてるんだ。強い子孫を残すために、子種を得たいって魂胆だろうね」

「こ、子種……」

 

 勇儀のストレートな物言いに、頬を赤らめる紫。

 

「おや? 言葉を聞いただけで顔を赤らめるなんて初々しい反応だね、もしかして経験が無いのかい?」

「あ、あるわけないでしょう!」

「こいつは意外だ。てっきり龍人と()()()()()経験をしているかと思ったんだけどねえ」

「っ」

 

 キッと勇儀を睨みつける紫だが、彼女はからからと笑うのみ。

 当たり前だ、先程よりも頬を赤らめた状態で睨まれた所で恐ろしいどころか微笑ましいだけなのだから笑ってしまうのも当然であった。

 

「って事は……龍人も経験がないのかい?」

「んぐ……経験って、何のだ?」

「……これはまた。お前さんもう十五なんだろう? 本当にわからないのかい?」

「だから、何がだよ?」

 

 訝しげな視線を向ける龍人に、勇儀は苦笑しつつ肩を竦める。

 どうやら本当にわからないらしい、珍しい事もあるものだ。

 ……これはからかい甲斐がありそうだ、口元にいやーな笑みを浮かべる勇儀。

 

「そうかそうか……だったら龍人、あたしが手取り足取り教えてあげようか?」

「えっ?」

「ちょ、ちょっと勇儀!!」

 

「いいぞいいぞー、なんだったら私も一緒に教えてあげようかー?」

「萃香まで、何を言っているの!!」

「そ、そうよ勇儀、萃香。そ、そういった事は好き合った者同士で行う神聖な……」

「華扇。そんなんだからアンタは百年以上経っても生娘のままなんだよ」

「ぐっ……!」

 

 痛い所を突かれたのか、押し黙る華扇。

 

「絶鬼、見てないでこの酔っ払い達を止めて頂戴!」

「いいじゃないか。龍人も十五なのだろう? そろそろ女を抱く悦びを経験してもいい頃だ」

「…………」

 

 なんだか頭が痛くなってきた、両手で頭を抱えたくなった紫だったが、今はそれどころではない。

 

「教えるって、何を教えてくれるんだ?」

「決まってるだろう? ……今まで経験した事のない悦びさ」

「優しくしてあげるよ龍人、だから安心して……私達に身を任せてね?」

 

 そうこうしている内に、勇儀と萃香が少しずつ龍人ににじり寄っている。

 あの目は本気だ、酔っ払っているからなのかそうでないのかはわからないが、彼女達は本気で龍人と行為に及ぼうとしている。

 それがわかった瞬間、紫の脳裏に明確な怒りが沸き上がった。

 その理由が何なのか考察する前に、彼女は龍人の手を掴み無理矢理立たせる。

 

「おおっ?」

「龍人、行くわよ」

「行くって……おわあっ!?」

 

 彼の言葉を待たず、紫は素早く彼を連れてこの場を後にする。

 後ろから勇儀達の声が聞こえたが、今はその声がひどく煩わしいと思い無視した。

 

「……おやおや、恐いねえ」

「勇儀、萃香、からかいが過ぎるわよ?」

 

 紫の怒りを感じ取ったのか、やや強い口調で苦言を放つ華扇。

 萃香はごめんごめんとあまり反省の色が見られない謝罪の言葉を放ったが、勇儀は黙って手に持っていた盃を口に付ける。

 

「勇儀、まさか本気だったのか?」

「…………さて、ね」

 

 絶鬼の問いに曖昧に答えつつ、勇儀はふっと笑う。

 ……その笑みは、何処か残念そうに見える笑みだった。

 

 

 

 

「――おい、紫ってば!!」

「…………」

 

 すぐ後ろで、龍人の声が聞こえる。

 だが今の紫にはその声に応える余裕が無い、彼の声を無視して歩を進め続けた。

 やがて宴の席から離れ、喧騒が遠くから聞こえるぐらいまで離れてから……紫は漸くその足を止めた。

 視線を後ろに居る龍人へと向けると、やはりというか彼の表情は不満げなものに変わっていた。

 

「……ごめんなさい、龍人」

「どうしたんだよ? まだ食ってる最中だったのにさ」

「…………ごめんなさい」

 

 一体、どうしてしまったのだろう、自分で自分の行動が理解できない。

 ただあの時、無性に腹が立ったのだ。

 龍人に妖艶な笑みを浮かべながら寄っていく勇儀達も、自分が何をされようかわかっていない龍人も。

 けれどその理由がわからなかった、どうして自分はあそこまで腹立たしいと思ったのか……。

 

「もう戻ろうぜ? まだ食い足りないし」

「あ……」

 

 足早に戻ろうとする龍人、それを紫は……無意識の内に右手を伸ばし彼の服を掴んで止めてしまった。

 

「紫?」

「…………」

 

 訝しげな視線を向けてくる龍人、ほんの少しだけ怒っているように見えた。

 しかしそれも仕方ない事だろう、彼にとって今の紫の行動は理解できないのだから。

 対する紫も自分が何をしているのか、何をしたいのか理解できなかった。

 ただ……龍人に、あの場には戻ってほしくないと思っているという事だけは、理解できた。

 ……少しだけでいいから、2人で静かに時を過ごしたいと思ったのだ。

 

「……今日の紫、なんだか変だな」

「…………」

「……ま、いっか」

 

 そう言って、龍人は紫の手を掴んで近くの岩場へと座り込む。

 

「メシは後で食えばいいし、話でもしようぜ?」

「龍人……」

 

 ほら早く座れよ、急かされ彼の隣に座り込む紫。

 何気なく空を見上げると、星々が優しく地上を照らしていた。

 

「綺麗だなー……」

「遮るものが少ないからでしょうね」

 

 今にも零れ落ちそうな、満天の星空。

 宴の喧騒は遥か遠く、程よい静寂が紫を包む。

 

「…………」

 

 隣には龍人、そしてこの静寂。

 それが、紫にはただ心地良く……幸せだと思えるものだった。

 

「紫、これからどうする?」

「えっ?」

「ほら、妖怪の山での用事は済ませただろ? 次は何処へ行こうか?」

「ああ……そういう事ね。というか、まだ妖忌の用事が終わってないでしょう?」

「あ」

 

 今思い出した、そう言わんばかりの龍人の反応に苦笑してしまう紫。

 彼が聞いたらきっと怒るだろう、ちょっと見てみたいと思ってしまった。

 

「まあ妖忌の用事が終わった後は……どうしようかしら」

 

 正直、考えてはいない。

 一度幻想郷に戻って今回の事を阿一に話してあげようとは思っているものの、その後の行動はまだ決めていなかった。

 

「龍人はどうするつもりなの? 共に戦ってくれる仲間を捜すつもりでしょうけど……」

「うん、そう思ってたんだけど……暫くは、やめておく」

「えっ?」

「……今回の事で、自分が思ってる以上に弱いことがわかった。このまま外に旅へ出たらきっと通用しない、だからもう少し力をつけてから仲間を捜そうと思ったんだ」

 

 右手で握り拳を作りながら、龍人は言う。

 ……確かにと、紫は彼の言い分を理解できた。

 世界は広い、様々な妖怪が存在しその中には大妖怪と呼ばれる存在がおり……はっきり言って、今の自分達では到底敵わない。

 それに今はおとなしいが人狼族の事もある、一度立ち止まるという選択も一つの手だ。

 

「そうね……私もその方がいいと思うわ」

「紫はどうする?」

「私は貴方についていくわ。力が無ければ生き残る事はできないでしょうし」

「そっか! じゃあ、これからも一緒に居られるんだな!!」

「…………」

 

 本当に嬉しそうに笑いながら、龍人は上記の言葉を口にした。

 それに「そうね」と短く返しながら、紫は彼から顔を逸らした。

 ……顔が熱い、きっと頬は赤みを帯びているだろう。

 あんなに純粋な顔であんな事を言われれば、気恥ずかしいと思ってしまうのは当然だ。

 だというのに、隣の少年はいとも簡単にあんな事を言ってくる。

 それがなんだか悔しくて、紫は心の中で悪態を吐いた。

 

「ん……?」

「お……?」

 

 2人の視線が、ある場所へと向けられる。

 そこに居たのは、こちらに向かって……正確には紫に向かって走ってくる小さな生物。

 黄金色の耳と三又に分かれた尻尾を持った、まだ子供の妖狐。

 

「きゃっ!?」

 

 妖狐――藍はそのまま紫の膝へと飛び込むように着地した。

 

「藍……?」

 

 寝そべる藍、その態度は紫の膝から絶対に降りないと告げていた。

 

「ははっ、藍は紫が好きなんだなー」

「……もう、しょうがないわね」

 

 懐いてくれるのは嬉しいが、ほんの少しだけ気恥ずかしい。

 とはいえ紫は無理矢理藍を引き剥がそうとは思わなかった、そんな事をすれば可哀想だし、何より紫自身も藍と共に居るのは心地良いと思ったからだ。

 

「――まったく、いきなり走り出したと思ったらやはり紫の所に行ったのね」

「あ、華扇」

 

 呆れたような呟きを零しつつ現れる華扇、彼女の右肩には久米の姿もあった。

 

「ごめんなさい紫」

「いいのよ華扇、私も懐いてくれるのは嬉しいから」

 

 安らかな表情の藍の頭を優しく撫でながら、紫は言う。

 

「それにしても、藍は紫によく懐いてるよなー。紫って動物に好かれやすいのかな?」

「そういうわけではないと思うけど……」

 

 だが、確かによく懐いてくれていると紫も思った。

 まだ出会って間もないというのに、藍からは既に微塵も警戒心というものが感じられない。

 僅かな違和感を覚える紫に対し、華扇はその理由を話す。

 

「きっと、紫と藍は互いに妖力の波長が合うのでしょうね」

「妖力の波長が、合う?」

「時折そういった事があるの。だからこそ藍は出会ったばかりの紫に心を許しているし、紫も藍と共に居るのは心地良いと思っているでしょう?」

 

 人間で言う「気の合う者」のようなものだと、華扇は説明した。

 

「なあなあ藍、俺は?」

「…………くあぁ」

 

 龍人の問いに答えず、代わりに大きな欠伸をする藍。

 ……どうやら、龍人の事は紫ほど気に入ってはいないようだ。

 

「なんだよー……」

「ふふ、残念だったわね龍人」

「ちぇー……まあいっか、これから仲良くなればいいんだし」

 

 そうは言うものの、あからさまに龍人の表情は不満げなものに変わっていた。

 

「……紫、もしあなたがよければこれから藍をあなたの所に置いてはくれないかしら?」

「えっ?」

「藍はこの山の者ではないの、前に麓付近で傷だらけのまま発見されて私が面倒を見ていたのだけど……紫と一緒に居た方が、藍の為になると思ったのよ」

 

 それと同時に、藍という存在が紫にとって必ずプラスになるとも思ったのだ。

 

「いいじゃん紫、そうしろよ!」

「……私は構わないけど、あなたはどうなの?」

 

 頭を撫でつつ、藍に問いかける紫。

 すると藍は顔を上げ、紫へと視線を向けた。

 そしてこくこくと頷きを数回繰り返す、どうやら彼女も紫と共に居たいらしい。

 

「――なら、これからよろしくね藍?」

「きゅん!」

 

 一声鳴き、再び紫の膝に寝そべる藍。

 

「華扇、ありがとう」

「お礼を言う必要はないですよ。藍の事、お願いします」

 

 頭を下げる華扇、その態度で彼女が如何に藍を大切にしていたのか理解できた。

 だから、紫も決して茶化さずに真剣な表情で頷きを返したのだった。

 

「……腹減ったー」

「あれだけ食べてたのに?」

「全然足りないよー、もう戻ろうぜ?」

「そうですね。ですが龍人、勇儀と萃香には近づかない方がいいですよ? 厄介な事になりますから」

「へーい」

 

 立ち上がり、宴の場へと戻っていく龍人。

 紫と華扇も彼の後に続き、そして彼女達は再び楽しい宴へと身を委ねたのだった――

 

「そういえばさ、勇儀達は俺に何を教えようとしてたんだ?」

「……忘れなさい」

「なんで?」

「いいから、忘れなさい。いいわね?」

「あ……はい」

 

 

 

 

To.Be.Continued...




更新が遅れて申し訳ありません。
楽しんでいただけたでしょうか?もしそうなら幸いに思います。

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