妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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龍人と共に、己の力を磨いていく紫。
それから暫しの時が経ち、季節が冬に近づいた頃……紫と龍人は、龍哉と共にある場所へと赴く事になった。


第4話 ~人間達の街へ~

「寒くなってきたなー……」

「そうね。もうすぐ冬が訪れる季節になってきたもの」

 

 はぁーっと息を吐くと白い煙が出てくるほどに、外は寒くなっている。

 緑は無くなり、地面は落ち葉で満ち、確実に冬の到来を示していた。

 小屋の中は外の空気を遮断する結界が張られている為に寒くはないが、外に出るのは躊躇われるくらいにはなった。

 

(……もう半年が経つのね、龍人達に出会って)

 

 時の流れは早いものだと、外を見てはしゃぐ龍人を見ながら紫は思う。

 思えばこの半年は本当に安らいだ時間だった、同時に龍哉による凄まじい鍛練で何度か死に掛けたが忘れたい過去なので精一杯思い出さないようにした。

 だがそれに見合う力も付いてきた、この半年で紫の妖力は増えそこらの妖怪に囲まれたとしても十二分に勝てる力は身についていた。

 尤も、たとえいくら力が増しても龍哉に一撃も与えられなかったのは、妖怪としてショックではあるが。

 

「雪、降るかな?」

「さあ……でも降ったとしても微々たるものだと思うけど」

「ちぇーそっかあ……見てみたんだけどなあ、雪」

「? 龍人、貴方雪を見た事がないの?」

「うん、だって俺この山から一歩も出た事ないし」

「えっ……」

 

 何気ない口調で言い放った龍人の言葉を聞き、紫は驚いた。

 思い返せばこの半年、確かに彼はこの山を出た事はなかった。

 しかし一度もないとは……それはすなわち、彼はおよそ十三年間この山周辺だけで生活していたという事か。

 

「どうして、出ようとは思わなかったの?」

「とうちゃんがさ、「俺の許可なしに山を下りる事は許さん」って言うからさ。しょうがないよ」

「……………」

 

 龍哉曰く、外は危険だから育つまではここで暮らせと強く言われたらしい。

 確かに龍哉の言葉は正しいだろう、この山の外は確かに危険だと紫とてそう思う。

 しかしそれだけでこの山から出さないとは、紫には思えなかった。

 

「あー……でも外の世界を見てみたいなあ、紫に会ってますますそう思うようになったよ」

「……ここで静かに暮らす方が、きっと幸せよ?」

 

 妖怪としてそれはどうなんだという考えもあるが、紫は本心からそう思っていた。

 平穏程貴重なものはないと、逃げるばかりだった生活を抜け出してしみじみと感じるようになったのだ。

 しかし、好奇心旺盛な龍人は外の世界の未知の魅力に対する耐性は弱い、寧ろよく彼が我慢できると思えるほどだ。

 それだけ、龍人の中で龍哉の存在が大きいという事なのだろう。

 

「――それだけ見たいなら、行ってみるか?」

「えっ?」

 

 家の入口へと視線を向ける2人。

 そこには大きな徳利を肩に担いだ龍哉の姿が。

 

「とうちゃん、いいの!?」

「ああ。だが……俺の“仕事”を手伝ってもらうぞ?」

「仕事……?」

 

 ああ、と返しながら家に入り床に座り込む龍人。

 そして徳利の中にある酒を一口飲んでから、話の続きを口にした。

 

「俺は時々山を下りて人間相手に万屋の真似事をやってんだ。まあ万屋と言っても商店じゃないがな。

 それでな……つい最近、ここから十里程離れた所にある街の長から、ある依頼を受けたんだ」

「……人間に対して、妖怪であるあなたが交流をしているの?」

(? 紫……?)

 

 どこか棘のある物言いの紫に、どうしたのかと龍人は首を傾げる。

 

「なんでも最近盗賊の集団がやってきては食料や金品やらを奪っていくらしい、一度で全てじゃなく少しずつ摂取して長い間利用しようって魂胆なんだろうな」

「それをとうちゃんに倒してくれって?」

「ああそうだ。まあ俺にかかればそんなもん寝ながらでも倒せるが……お前達2人の修行の成果を試すにはちょうどいいだろ。

 というわけだ、龍人だけならともかく紫も居るしな。すぐ出発するから準備しろ」

「わかった!!」

「ちょ、龍人―――」

 

 呼び止めようとする紫だったが、その時には既に龍人は立ち上がり奥の部屋へと引っ込んでしまった。

 続いて聞こえてきたのはゴソゴソと何かを漁る音、どうやら彼の中では既に龍哉が請けた仕事を引き受ける事が決まっているらしい。

 そんな彼に額に手を置きながら大きな溜め息を吐き出す紫、それを見て龍哉はからからと笑っている。

 まるで龍人の行動の全てが自分の予想通りだと言わんばかりだ、それが紫には少し気に入らない。

 

「……龍人はまだ子供よ? それなのにそんな輩の相手をさせるの?」

「お前だってガキだろうが」

「私は少なくともこの世の闇の部分に触れて生きてきた、でも彼は……」

 

 龍人はただの十三の子供だ、力はともかく……その心は本当に澄んだものなのだ。

 そんな彼が汚いものを見て穢れるのは我慢ならない、だから紫は今回の事は反対だった。

 

「――いずれアイツは世界を見るためにこの山を出る、それが運命であり……何よりアイツ自身の為だ」

「運命……?」

「汚いものを見ないで成長はできねえよ、いずれは……否が応でも見なけりゃいけない時が来る」

「……でも、だからってまだ」

 

 早すぎる、そう言いかけた紫だったが……その前に準備を終えた龍人が戻ってきたので、口を噤んだ。

 

「お待たせとうちゃん、準備できた!!」

 

 そう言って現れた龍人の服装は、いつもの簡素な和服ではなくなっていた。

 動きやすさを重視した麻服、その下には黒のアンダーシャツを身につけており、下半身もズボンに変わっている。

 ……戦うための衣服だと、紫はすぐさま理解した。

 

「よーし、そんじゃ行くか。わかってはいると思うが龍人、1人で突っ走るなよ?」

「わかってるって、それじゃあ紫、とうちゃん、いっくぞー!!!」

 

 言うやいなや、飛び出すように家を出ていく龍人。

 

「……アイツ、本当に人の話を聞かないな」

 

 とはいえ龍人の行動は予想通りだったので、気にした様子もなく龍哉も家を後にする。

 残された紫もその後に続くが……その表情は納得できないと言葉に出さずに訴えていた。

 

 

 

 

「ゆーーーーきーーーーーーだーーーーーー!!!」

「はしゃぐな、煩い」

「だってさ、雪なんて初めて見たから……うおーーーーーーっ!!!」

「あー煩いガキだな、まったく」

 

 ちらりはらりと降る雪を見て、空を見上げながらはしゃぐ龍人。

 それを鬱陶しそうにしながらも、楽しげな様子の息子に龍哉は口元に笑みを浮かべていた。

 

 山を降りた3人は、急ぐ事無く目的の街へと向かってゆっくりと歩を進めている。

 途中で雪が降り始め、初めて見る雪に龍人は興奮を抑え切れず先程から踊るように歩いていた。

 なんとも子供らしい姿だ、一方――彼と同じ子供である筈の紫の表情は、先程から曇っていた。

 

「……まだ怒ってるのか?」

「呆れているだけよ。あなた龍人の父親でしょう? それなのにわざわざ危険な場所に彼を連れて行くなんて……」

「俺は提案しただけだ。行く事を決めたのはあくまでアイツ自身の意志、それをわざわざ止めるなんざできるわけがねえ」

「……あの子はあの自然溢れる山で一生を過ごした方がいい、せっかく約束された平和があるのに、わざわざこんな汚い世界に足を踏み入れる必要なんか」

「汚い、ねえ……。紫、この世界も結構捨てたものじゃないと俺は思うけどな」

 

「――汚いわ、この世界は」

 

 呪詛のような冷たさを孕んだ声で、紫は吐き捨てる。

 

「あの山はまるで別世界よ、それだけ綺麗な場所なの。

 あそこで生きていれば幸せに暮らせる、だけど外の世界で生きていく事になれば……辛い事や苦しい事が、龍人を襲うわ」

 

 だからこそ紫には理解できない、わざわざ龍人を外の世界に連れていく龍哉の真意が。

 平穏がどれだけ貴重かは龍哉とて分かっている筈、だというのに何故龍人をその平穏から遠ざけるような真似をするのか……。

 

「なんだ紫、お前……龍人に惚れたか?」

「茶化さないで。子を守るのが親の役目でしょう? なのにあなたは―――」

「言った筈だぞ。あの山を出て世界を見るのは……アイツの運命だ」

「っ」

 

 キッと、龍哉を睨む紫。

 だがそんな視線など無意味だと言わんばかりに受け流しながら、龍哉は言葉を続けた。

 

「アイツはいずれ多くの人間だけじゃなく妖怪も救ってくれる筈だ、そういう星の元に生まれてきたのだと俺は信じている」

「……どうして、そう思うのかしら?」

「それは――アイツが()()()()()()()()()()()()()

「…………えっ?」

 

 人間でも、妖怪でもない?

 それは一体どういう意味なのか、睨む事を忘れ龍哉を見つめる紫。

 そして龍哉は――龍人の驚くべき出生を紫に話した。

 

「――アイツはな、俺の本当の息子じゃないんだ。アイツは……妖怪の父親と、龍人の母親の間に生まれた特別な“半妖”……いや、この場合は“妖龍人”とでも呼ぶべきか」

「―――――」

 

 龍哉の言葉に、紫は目を見開いて進んでいた歩を止めた。

 龍哉が龍人の本当の父親では無い事も驚きだが、何より彼が“妖怪”と“龍人”のハーフだという事実の方が驚きだ。

 

――(りゅう)(じん)

 

 名の示す通り、あらゆる生物の頂点に立つ存在である“龍”の力を宿した人間の事だ。

 今では殆ど姿を見せなくなった龍、しかしその血と力は人間達の中に宿っている。

 かつて龍達は人間の脆弱さに同情し、自らの力の一部を宿した血を分け与えたらしい。

 今ではその血も薄れてしまい殆ど意味を成さないものになってしまったが……稀に、隔世遺伝によってその力を宿した人間が生まれる。

 それが(りゅう)(じん)と呼ばれる存在であり、生まれながらにして人間でありながら人とは比べものにならない力を持っているという。

 

「十三年前、俺はあの山で赤子の龍人と――既に事切れた妖怪の男と人間の女を見つけた。

 最初は龍人をただの半妖だと思ったんだがな……五年前に、アイツの身体から龍の力を感じ取れるようになった」

 

 目を凝らさなければ見えないほどに小さな力であったが、確かに龍人は龍の力を宿していた。

 妖怪でも人間でも半妖でもない、龍人は特別な存在としてこの世に生を受けた。

 

「紫、この世界は確かに醜いだろう。妖怪は人間を見下し自分達の腹を満たす餌としか見ず、人間はそんな妖怪を恐れ、恨んでいる。

 いずれ両者はぶつかり合い殺し合い……取り返しのつかない事態を引き起こすかもしれねえ。

 だがそんな妖怪と人間でも……愛し合い支え合う事ができる、龍人の存在がそれを照明しているだろ?」

 

 それ故に龍哉は龍人にこの広い世界を見てほしいと思っている。

 彼の存在が、いずれ殺伐とした人間と妖怪の関係を変えてくれるかもしれない……そう信じて。

 

「……そんな簡単に世界は変わらないわ」

「ああそうだ。あくまでこれは俺の願望であり実現しない可能性の方が高いだろうさ。

 けどな、たとえ夢物語だとしても、それが遥か遠き道だとしても……実現してほしいと願うのは、タダだろう?」

「――龍人を巻き込んでいる時点で、それは身勝手に過ぎないわ」

 

 結局、紫にとって龍哉の行動は身勝手以外の何物でもないとしか思えなかった。

 

「紫、とうちゃん、何やってんだよー、早く行こうぜー?」

「………ええ、今行くわ」

 

 龍人に呼ばれ、紫は再び歩を進め始める。

 だがその前にこれだけは言っておこうと、再び歩を止め龍哉へと振り返る紫。

 

「龍人の意思を尊重している事は認めるわ。でも……余計な期待や使命感を彼に押し付けないで」

 

 冷たくはっきりとそう言い放ち、今度こそ紫は龍人の元へと歩いていき。

 

「―――そのくらい、わかってるっての」

 

 龍哉はぽつりと紫に対して反論を返してから、2人の後を追ったのだった―――

 

 

 

 

「…………なんだ、これ」

「……………」

「おーおー……こいつはまた」

 

 ゆっくりと歩を進め、夕刻になった頃、龍人達は問題の街へと到着した。

 だがその中へと入った瞬間、彼等の視界に入ったのは……残骸となった家屋と荒れ果てた大地であった。

 

「調子に乗って暴れまわったんだなこれは」

「……血の臭いがする、それもそこら中から」

 

 人間とは比べものにならない発達した嗅覚が周囲の血の臭いを察知し、龍人の顔が曇る。

 つまり、この街の到る所で人や動物が傷つき、或いは死に至ったと―――

 

「…………っ」

「龍人……」

 

 拳を握り締め、僅かに身体を奮わせる龍人に気づき、紫も表情を曇らせた。

 だが彼女のそれはこの街に起きた惨状に対するものではなく……。

 

「――誰だ、お前達は!!」

「………?」

 

 後ろへと振り向く3人。

 するとそこには、自分達に簡素な槍を突き付けている数人の男の姿があった。

 それを皮切りに、家屋の影から人が現れ始め……龍人達は囲まれてしまう。

 この街の住人達だろう、しかし彼等が龍人達に向けている目には明らかな敵意の色が見られた。

 

「おいおい何だよこれは、俺達はあんたらの長の依頼で来てやったんだぞ?」

「黙れ! その証拠が何処にある!?」

「………はぁ」

 

 まったくもって呆れ返ると、侮蔑すら込めた溜め息を吐き出す龍哉。

 とはいえこの街の住人達は幾度となく賊に襲われているのだ、疑心暗鬼に陥っても致し方ない面もある。 

 尤も――かといってこの態度を許容するつもりなど毛頭ないが。

 

「――何をしておる?」

「っ、長………!?」

 

 男達の間を縫うように現れる一人の老人。

 皺が目立ち腰も曲がっている弱々しい外見だが、その眼力は周りの男達よりも強い。

 

「……おお、お主か」

 

 龍哉を見て僅かに微笑みを見せる老人。

 

「騒ぎにしちまって悪かったな」

「構わん構わん。寧ろ謝るのはこっちの方じゃ、お前さんの事は話しておったというのに……」

 

 ギロリと老人――長に睨まれ、気まずそうに視線を逸らす男達。

 と、長の視線が龍人と紫へと向けられる。

 

「この子達は……?」

「コイツは俺の息子の龍人だ、こっちは居候の八雲紫。まだガキだがそれなりに強い力は持ってるぞ?」

「ほう……ではこの子達も、妖怪かの?」

「まあ、な……」

 

『……………』

(……予想通り過ぎて、笑えてくるわね)

 

 妖怪と聞いた瞬間、周りの者達の視線が畏怖と憎しみの色を宿し始めた事に気づき、紫は内心周りの人間達に嘲笑を送った。

 この反応もまた今の世には当たり前の反応、そして人間と妖怪の間に深い確執がある証でもあった。

 

「じゃあ次に賊達が現れたら……な?」

「うむ、宜しく頼む」

「そっちも報酬、頼むぜ?」

「あいわかった。おいお主等、この者達を宿に案内せんか。失礼のないようにな?」

「は、はい………」

「よし龍人、紫、いくぞー?」

「うん、わかった」

「……………」

 

 まだ、人間達は自分達を睨むような視線を向けている。

 知らず紫は拳を握り締め、人間に対する不快感を深めていった……。

 

 

――その夜。

 

 

「――龍哉、どうしてあなたは人間を助けているのかしら?」

 

 宿に案内された3人は、賊の襲来を待ちつつ思い思いに過ごしていた。

 その中で紫は、先程から酒を飲んでいる龍哉に上記の問いかけを投げかける。

 

「んー? なんだよいきなり」

「妖怪であるあなたが人間を助ける……そんな事をして一体何になるの?」

「おいおい、確かにごく一部だが人間と良好な関係の妖怪だって居るんだぜ?」

「人間と良好な関係を築いて、それが一体何になるというのかしら?」

「……………」

 

 どこか怒りすら含んだ口調で、紫は言い放つ。

 その言葉の中に、人間に対する確かな怒りと憎しみを龍哉は感じ取っていた。

 

「無意味なものよ。たとえ良好に見えても一時的なだけ、どうせすぐに手の平を返してくるに決まっているわ」

「……お前、ガキのくせに嫌な事言うよな」

「事実を言っているだけよ。人間のような弱く情けない生き物に媚を売った所で、得どころか余計な問題が発生するだけ。

 現にこの街の人間達は妖怪である私達に対して確かな恐れと憎しみの感情をぶつけているじゃない、そんな相手を助けるなんて……無意味だわ」

 

 できる事なら、今すぐにもこの街を出て行ってやりたいくらいだ。

 ……紫は人間が嫌いだ、脆弱で群れてなければ何もできない情けない生物だと思っている。

 自分が妖怪だとわかった瞬間に、人間達は自分の命を奪おうと容赦なく襲い掛かってきた。

 その時の怒りは今でも鮮明に思い出せる、こちらは相手に対して何もしていないというのに…向こうは妖怪というだけで迫害する。

 そんな人間を、どうして嫌いになるなというのか。

 

「――龍人が居るからな、妖怪と人間が愛し合った結果が居るからこそ……俺は人間を嫌いにはなれねえ」

「たったそれだけ? ただそれだけの理由で―――」

「互いに憎しみをぶつけ、恐怖し、迫害すれば……待っているのは破滅だけだ。

 今の世は負の感情で溢れ返っている、このまま時代が進めばどちらの種族にも未来はないさ」

 

 だから、互いに手を取り合えるような未来が来てほしいと、龍哉は願っている。

 今ではなく未来を見据えているからこそ、彼は人間にも妖怪にも変わらぬ態度を見せているのだ。

 

「人間を好きになれと言うつもりはない、だがな紫……お前が憎しみを捨てない限り、いつかそれが他ならぬお前自身を蝕むぞ?」

「……………」

 

 龍哉の言葉に何も答えず、紫は部屋を後にする。

 その後ろ姿を見つめながら、龍哉は苦笑しながら肩を竦め、再び酒を口にしたのだった。

 苛立ちを隠そうともせず、乱暴な足取りで街を歩く紫。

 

「――紫、お前も散歩か?」

「…………龍人」

 

 そんな彼女の前に、散歩に出ていた龍人が現れる。

 

「当たり前だけど人間しか居ないんだなー、妖怪とか動物とかは何度か山の中で見た事があるけど、人間って意外と俺達と見た目が変わらないんだな」

「…………」

「けど俺を見るなりみんな逃げ出すのは失礼だよなー、俺なんにもしてないのに」

「……仕方がないわ。人間は弱い生き物だから妖怪である私達を恐れているのよ」

「ふーん……でも、どうせなら仲良くなりたいけどなあ」

「…………」

 

 なんて甘い戯言を言うのか。

 ある意味で子供らしい、けれど紫には理解できない願望だ。

 人間の大人よりも優れた力を持つというのに、何故自分より劣る相手を助け手を差し伸べようとするのか。

 何故歩み寄ろうとするのか、紫にはわからなかった。

 

「――おい、妖怪!!」

「? いてっ」

「っ、龍人!!」

 

 子供の声が聞こえ、龍人がそちらへと身体を向けると……彼の額に小さな石がぶつかり地面に落ちる。

 数人の子供が手に石を持ち、龍人達を睨んでいる光景が2人の視界に入った。

 

「おい、いきなり石なんか投げたら痛いだろ?」

「うるさい! 妖怪のくせに!!」

「妖怪は悪いヤツなんだ、この街から出て行け!!」

 

 口々にそう言い放ち、2人に向かって石を投げつけてくる子供達。

 

「――――っ」

 

 なんて醜悪な姿なのだろう、瞳に憤怒の色を宿しながら、紫は懲らしめてやろうと右手に妖力を込め。

 

「紫、攻撃したら死んじゃうぞ?」

 

 右手を子供達に向けて翳そうとして、隣に立つ龍人に止められてしまった。

 

「龍人、どうして止めるの!?」

「俺達がここに来たのはこの街で暴れてる賊の退治だろ? それなのに街の人間と争ってどうすんだ」

「仕掛けてきたのは向こうよ、手を出す事がどういう事なのか教えてあげるわ!!」

「ひぃっ……!?」

 

 紫に睨まれ、子供達は涙目になりながらその場に座り込んでしまう。

 見た目は十五程度の少女だが、その身に宿す力は人間の大人を遥かに超えているのだ、子供達が紫の眼力に驚き竦むのは当然と言えた。

 

「駄目だって、そんな事したら余計に仲悪くなるだろ?」

「だからといって許せと言うの? 下手に出た所で愚かな人間は調子に乗るだけよ!!」

 

 現に今とて、大人達は子供達を止めるばかりか、物陰から眺めているだけだ。

 その態度も本当に腹立たしく、紫の我慢も限界に達して―――

 

「っ」

「……………」

 

 しかし、突然2人は動きを止め……明後日の方向へと視線を向けた。

 もはや2人の意識は子供達には向けられておらず、その表情はどんどん険しいものへと変わっていく。

 

――大きな音が、こちらに向かってくる。

 

 これはおそらく馬の走る音、それも一頭や二頭ではない。

 

「……来たみたいだな」

「…………」

「いこう、紫!!」

「行くって……まだ人間達を助けようっていうの!?」

 

 理解できない、本当に理解できない。

 あの悪意を向けられて尚、どうして彼は人間達のために動くというのか……。

 

「俺は、この世の全ての人間を見たわけじゃないからな」

「えっ……」

「だから人間全てが嫌なヤツだって決め付けはしたくねえし……何より最初にこの街を襲ってる賊を倒すって約束をしてんだ、約束は守らないと駄目だろ?」

「―――――」

「嫌なら無理に助けなくてもいいさ、これはあくまでも俺の勝手な考えだから」

 

 そう言い残し、走り出す龍人。

 それを暫し呆然と見つめていた紫であったが……。

 

「―――ああ、もう!!!」

 

 舌打ちをしながら、すぐさま彼の後を追いかけた。

 人間がどうなろうと知った事ではない、だが……龍人は放ってはおけないからだ。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




少しでも楽しんでいただければ何よりです。
こういった嫌な感じのモブ人間は今後も出てくる可能性大なので、無理な方はこれ以上の閲覧を控える事をお勧めします。

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