妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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豪鬼を追い詰めた紫達。
しかし、豪鬼は自らの駒とした萃香を戦場へと投入する。

四天王、伊吹萃香の全力が紫達へと襲い掛かった………。


第37話 ~巨人の猛攻~

――地獄が、広がっている。

 

「うあああああっ!!?」

「きゃあああああ!!!」

 

 山に響き渡るは妖怪達の悲鳴。

 それと同時に聞こえるのは、身体を大きく揺らすほどの地響きの音。

 そして、その中心には――瞳から生気を感じられない、伊吹萃香の姿が。

 

「萃香!!」

「…………」

 

 紫が大声を張り上げても、今の萃香には届かない。

 ……既に彼女の心と意志は消えている。

 豪鬼の言葉は偽りではなかった、彼女は単純に操られているわけではない。

 本当に心を()()()()()()、伊吹萃香という存在はもうこの世には存在しない。

 どういった方法を用いたのかはわからない、だが紫には萃香の意志を感じる事ができなかった。

 今目の前で暴れている巨人は萃香ではなく、ただ豪鬼の命令に従う人形も同じ。

 ……だが、それでも。

 

「チィ――!」

「妖忌!?」

「お前の知り合いだろうが、向かってくる以上……斬らせてもらうぞ!!」

 

 言いながら妖忌は桜観剣に霊力を込めつつ、萃香に向かって突貫していく。

 二秒を待たずに込められた霊力は臨界を超え、桜観剣の刀身が大きく伸び光の剣と化す。

 

(だん)(めい)(けん)――(めい)(そう)(ざん)!!!」

 

 振るわれる必殺剣。

 大きく伸びた光の剣は、山のように大きくなった萃香すら真っ二つに斬れるほどに巨大化している。

 それが上段から振り下ろされ、萃香の命を奪う――筈であった。

 

「なに!?」

 

 驚愕の声は妖忌から。

 彼が今出せる最高の一撃は、萃香を斬る事無く――彼女の右手一本で止められてしまった。

 いくら巨大化しているとしても、いくら鬼の頑強な肉体があるとしても……彼の必殺剣がこうも容易く防がれるなど、もはや悪い夢だ。

 

「妖忌!!」

「くっ――ごあっ!!?」

 

 急いで離れようとした妖忌の身体が、萃香の左の拳を受け地面へと叩きつけられる。

 巨人の一撃は固い地面に易々と大穴を開け、その中では……全身から血を流し倒れる妖忌の姿が。

 

「こ、の……化物が……!」

 

 血を吐きつつ悪態を吐く妖忌だが、受けたダメージが大きく動く事ができない。

 

「萃香ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 妖忌に追い討ちを仕掛けようとする萃香に、今度は勇儀が迫る。

 彼女の動きに気づき、すぐさま萃香は標的を妖忌から勇儀に変更。

 

「だりゃあっ!!!」

「……っ!!?」

 

 勇儀の懇親の蹴りが、萃香の右足に叩き込まれる。

 それによりバランスを崩し、背中から地面に倒れる萃香。

 すかさず勇儀は萃香の右手付近に移動、大きくなった彼女の右腕を両手で掴みその剛力で掴み上げる。

 

「お……おおおおおおおおおおっ!!!」

「っ、っ……!?」

 

 そして、自身の十倍はあろう萃香の身体を力任せに投げ飛ばした――!

 

 爆撃めいた音を響かせながら再び地面に叩きつけられる萃香。

 山の地形が変わってしまったが、この状況ではそのような事を考えている余裕は無い。

 とにかく彼女を止めねば全滅する、そう思った勇儀は右手に妖力を込めていく。

 生半可な攻撃では彼女は止められない、かといって手加減する事はできない。

 命を奪うような事はしたくない、したくないが……殺す気でいかねば今の萃香は止められないのだ。

 

「勇儀、待って!!」

「紫、悪いけど萃香の命を考えている余裕なんか無いんだよ!!」

「わかってる。でも――」

「っ、伏せな!!!」

 

 紫の声に反応を返してしまったせいで、勇儀の攻撃が一瞬遅れてしまった。

 その間は萃香は起き上がり、勇儀……ではなく、紫目掛けて右の拳を振り下ろしてしまう。

 紫は反応できない、彼女もまた躊躇いによって萃香の攻撃が対処できないで居た。

 潰される……そう思った紫を庇うように、勇儀が前に出て。

 

「――()(じん)(ざん)()(とう)!!!」

 

 自身の妖力を込めた右の手刀で、萃香の拳を真っ向から受け止める――!

 

「きゃあ!?」

 

 衝撃と風圧が、近くに居た紫の身体を吹き飛ばした。

 

「ぐ、あぁ……!?」

「っ………」

 

 勇儀の口から苦悶の声が漏れ、萃香も表情にこそ出さないものの攻めるのを止め大きく後退する。

 

「勇儀、大丈――っ!!?」

 

 すぐさま駆け寄る紫であったが、勇儀の右腕があらぬ方向へと折れ曲がっているのを見て、絶句した。

 

「ぐ、萃香のヤツ……前よりも力が上がってる……」

「莫迦が、上がっているのではなくあれが本来の萃香の力だ」

「なんだって……!?」

 

 それは一体どういう意味なのか、勇儀と紫は上記の言葉を放った豪鬼へと視線を向ける。

 

「アイツはオレの人形になったと言っただろう、もはやアレに余分な感情など無い。

 ――故に、どんな痛みも苦しみも感じないという事だ」

 

 歪んだ笑みを浮かべ、豪鬼はそう言った。

 ……その言葉の意味を理解し、紫は再び絶句する。

 

 余分な感情など無い、痛みも苦しみも感じない。

 それは即ち、どれだけ自分の身体を痛めつけても関係ないという事。

 今の萃香は、自身の身体に襲い掛かる反動を気にせずに攻撃している、つまり……彼女の身体は今この瞬間にも壊れ始めているという事だ。

 自分の身体を省みる事ができないから、どんなに力を使おうとも関係ない。

 故に先程の攻防で勇儀は押し負けたのだ、だがそれは……。

 

「あなたは……萃香が死んでしまうというのに!!」

「それがなんだというんだ? そら、早く止めねば犠牲が増えるぞ?」

 

 言って、豪鬼は大きく後退した。

 高みの見物を決め込む気だ、その態度に煮えくり返りそうな怒りが沸いてくるが、今はそれどころではない。

 

(萃香を止めないと、でも……)

 

 今の彼女はまさしく鬼神、迂闊に攻めても返り討ちに遭うだけ。

 しかし紫にとってそんな事は重要ではない、重要なのは……。

 

「――仕方、ないね」

 

「えっ……」

「まだ豪鬼が控えてるんだ、このまま萃香を相手をしているわけにはいかないよ」

 

 言いながら、勇儀は左腕に妖力を集めていく。

 瞬く間に集まったその力は凄まじく、次の一撃が彼女の必殺の一撃になると理解できた。

 

「ま、待って勇儀!!」

 

 だが、それを萃香に放たせるわけにはいかないと、紫は勇儀を止めようとする。

 当たり前だ、彼女の次の一撃を受ければ萃香は……。

 

「紫、アンタだってあの子を助けられると思ってるわけじゃないだろ?」

「…………」

 

 その言葉に、紫は何も言えなくなる。

 

「このままあの子を放っておけば犠牲が増えるだけだ、その前に力ずくでも止める。

「だ、だけど……」

「鬼の誇りを踏みにじられたまま、豪鬼の傀儡になっているのは萃香だって我慢ならないさ。

 でもあたしじゃあの子を生きたまま止める事はできない、仕方がないんだよ!!」

 

 勇儀とて、こんな選択は選びたくはなかった。

 萃香は大切な友人、それを自らの手で討つなど……どうして選ばなければならないというのか。

 だが無理なのだ、萃香に施されたものがどんな術なのか判別する事はできないし、たとえそれがわかったとしても悠長に解除する事もできない。

 

 せめて絶鬼や沙耶がまともに戦えるのならばまだ手はあったかもしれない。

 それを望めない以上、もう――これしか手段はないのだ。

 

「…………」

 

 納得は、当然ながらできない。

 できない、が……紫はもう何も言えなくなった。

 

 ……助けられないと、わかったからだ。

 境界の力でも、萃香に施されたモノの正体が見えない。

 つまり今の自分では、彼女を救えない。

 友人である彼女を見捨てる、そんな選択は紫だって望んでいない。

 だが――現実はただただ非情なものでしかないのだ。

 

(仕方ない、のよね……)

 

 このまま萃香を放っておくわけにはいかない、ならばせめて、自分達の手で楽にさせてあげなくては。

 ごめんなさいと、紫は心の中で萃香に謝罪の言葉を送る。

 それは一種の逃げだったが、それでもそう思わずには居られなかった。

 そして、紫も勇儀と共に萃香へと向かおうとして。

 

「―――駄目だ、そんなの!!!」

 

 妖忌を助けていた龍人が、2人の前に立ちはだかった。

 

「龍人……」

「……おどきよ、龍人」

「嫌だ!!」

「仕方がないんだ。もう萃香を止めるにはこれしかない!!」

「龍人、私も勇儀もこんな選択を選びたいわけじゃない、だけど仕方のない事なのよ」

 

 現実は、夢物語とは違うのだ。

 助けられない命だってある、どんなに願ってもだ。

 仕方ないと、割り切らなければならない時だってあると、紫は優しく龍人にそう言って。

 

「――――けんな」

「えっ……?」

「――ふざけんな!!」

 

 初めて、彼から怒りに満ち溢れた怒声を放たれてしまった。

 

「龍、人……?」

「仕方ない? 割り切らなければならない時だってある? そんな理由で萃香を殺すっていうのかよ!?」

「っ、私達だってそんな事はしたくないわ!! でも今の萃香を止めるにはこれしかないの!!」

「龍人、アンタがそこまでして萃香を救おうとしてくれてるのは嬉しいよ、でもね……アンタはもう少し現実を見た方がいい。このままじゃ他の連中が萃香に殺されちまうんだ、同胞殺しをあの子にさせろっていうのかい?」

「そうじゃない、だけど俺は絶対に認めないぞ!!」

「龍人、いい加減に――――」

 

 

「――助けられる命を見捨てる理由に、“仕方ない”なんて使うな!!!」

 

 

『――――』

 

 その、言葉で。

 紫も勇儀も、その場で立ち尽くす事しかできなくなった。

 

「助けたいと思ったのなら、最後の最後まで諦めるなんてしていいわけがないんだ!! 俺は、絶対に諦めないぞ!!」

「…………龍人」

「……だったら、何か方法があるっていうのかい?」

「…………」

「方法が無いのにそんな甘い事をぬかしたのか。

 ――お前さんは甘過ぎるんだ、叫べばなんとかなるわけじゃない」

 

 そう、彼女の言っている事は正しい。

 龍人のそれは理想論、思うだけでは現実は変わらない。

 だから紫も、龍人の言葉には頷けなかった。

 ……だけど。

 

―――助けられる命を見捨てる理由に、“仕方ない”なんて使うな!!!

 

 この言葉が、頭から離れない。

 まるで刃のように、彼の言葉が紫の心に突き刺さっていく。

 理想論でしかない子供の叫び、現実を知らぬ愚か者の願いでしかないのに何故。

 

――何故、そう思う度に胸が痛むのか。

 

 自分には萃香を助けられない、救えない。

 それはわかりきった自明の理、現実はただただ現実しか与えないのだ。

 

―――俺は、絶対に諦めないぞ!!!

 

「…………」

 

 現実を見る事ができない者は、愚か者でしかない。

 助けられない命を助けようとするなど、間違っている。

 

(…………だけど)

 

 それを心から願える龍人は、紫にとって眩しく映った。

 愚かでしかない筈なのに、尊いように見えたのだ。

 

――その願いを守ってあげたいと、叶えてあげたいと。

 

――当たり前のように、気がつくと紫はそう思っていた。

 

(違う、私は……)

 

 気がつくと、ではない。

 自分はずっと、彼のこういった真っ直ぐな願いを守りたいと思っていた。

 甘過ぎる、子供のような彼の願い。

 それが紫にとって……ずっと闇の中で生きてきた彼女にとって、光のように眩く綺麗だったから。

 そんな願いを抱ける彼を変えたくないと、守りたいと思ったのだ。

 そして、自分も本当は。

 

(……私は)

 

 何を望む?

 何を願う?

 ……答えは、判りきっている。

 

「私だって……」

 

 できるのならば救いたいと、助けたいと思っている。

 当たり前だ、萃香は紫にとって大切な友人の1人。

 そんな彼女を、どうして見捨てられるというのか。

 ……ならばどうする?

 思いだけでは萃香は救えない、明確な手段が無ければ彼女を止める事は。

 

「…………」

 

 違う、手が無いわけじゃない。

 手段はある、この方法を用いれば……きっと萃香は元に戻る。

 最初から紫は見つけていた、彼女を救う手立てを思いついていた。

 だけど、それは……手段と呼ぶにはあまりにも。

 

(でも、これしかない……私の能力を、“開放”させれば……)

 

 能力開放、それは彼女が持つ【境界を操る能力】を限界まで使用可能にする、謂わば奥の手だ。

 前々から使えたわけではない、だがあの時――下賎な行いをした鬼達に対し怒りと憎しみを抱き支配されそうになった時、紫はこの技術を習得した。

 これを用いれば、自分よりも上位の存在の境界も自由に扱う事ができる、萃香を操っている術も文字通り消し去る事ができる。

 

 ……だが、力というのには必ず“代償”が存在する。

 能力開放は諸刃の剣、文字通り無敵となるが……心がそれに追いつかない。

 使えば死ぬ、肉体ではなく心が。

 それがわかっていて、どうして使おうという気になるというのか。

 

 暴走したあの時、紫の心は自分の能力に呑み込まれそうになった。

 龍人の声が、彼の温もりが無ければ戻れなかった。否、あの時戻れたのは単なる偶然が重なった結果に過ぎない。

 自分の能力はそれだけ凄まじく恐ろしいものだ、それを御しうる事は今の紫にはできず……その状態のまま開放すれば、今度こそ戻れない。

 心は呑み込まれ、ただただ破壊を繰り返す怪物に成り下がるだけ。

 自分自身も、彼の事も忘れてしまう……それが、紫には恐ろしかった。

 

――でも、それでも。

 

「――――龍人」

「紫……」

 

 それでも、紫は自分の心にこれ以上嘘を吐きたくなかった。

 彼の名を呼び、そっと……右手を差し出し、彼の左手を握り締める。

 

「お願い。暫くこのままで居させて……萃香を救うために」

「紫、アンタまで……」

「勇儀、お願い。私と龍人を信じてほしい」

「…………」

 

 強い眼差し、紫の金の瞳の中に確かな決意の色が見受けられた。

 そんな眼差しを向けられてしまい、勇儀は苦々しい顔になるだけでそれ以上何も言わなかった。

 自分を信じてくれた勇儀に感謝しつつ、紫は龍人の手を強く握り締める。

 すると、彼の方も握り返してくれて…視線を向けると、彼は優しく微笑んでくれた。

 

「――ありがとう、龍人」

 

 それだけで、たったそれだけで紫の心から迷いが消えた。

 胸の内にあるのはただ一つ、望まぬ暴走を続ける萃香を止めるという思いだけ。

 恐怖はこの場に置いていき、紫は一度祈るように目を閉じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あら、こんなに早くここに来れたの? “入口”は開いたとはいえ、早過ぎるくらいね。こんなの初めてじゃないかしら?」

「……………………え?」

 

 能力を開放した瞬間、そんな声が聞こえ。

 紫は、見知らぬ場所で立ち尽くしてしまっていた――

 

 

 

 

To.Be.Continued...




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