そして、鬼の若頭にして四天王最強の力が彼女達に襲い掛かった……。
「っ、ぐ……!?」
「うぁ……!?」
戦場と化した里の中で、一際激しい死闘を繰り広げている三者。
その内の二名――星熊勇儀と茨木華扇は、窮地に立たされていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「う、ぐ、ぁ……」
「……少しは腕を上げたようだが、こんなものか」
息も絶え絶えとなった2人を冷たく見つめながらそう言い放つ豪鬼からは余裕が感じられる。
彼の身体にも勇儀と華扇によって刻まれた傷があるものの、2人とは違い息も乱れておらず妖力の減少も見られない。
……彼は強い、同じ四天王でありながらその力は他の3人を大きく引き離している。
五大妖である絶鬼の力を強く引き継いだ彼は、その恵まれた才能を更に引き伸ばし鬼の若頭となった。
現に勇儀達は、まだ一度も彼に勝利した事はない。
「はー……はー……ったく、相変わらず化け物だねえ……」
「化け物? 違うな、鬼でありながらそんな程度の力しかないお前達が弱いだけだ」
「くっ……!」
「こんな程度の力でオレに楯突くとは……愚かしいを通り越して呆れるぞ?」
「……あたし達は、アンタのその傲慢さが心底気に入らないんだよ」
そう、この男は傲慢さが過ぎる。
自身の力に溺れ、部下である天狗達だけでなく同族の鬼すら見下し……己以外を決して信用しない。
それが勇儀達には許せなかった、この男の存在は妖怪の山の秩序そのものを滅ぼしかねないからだ。
「もう少し賢いと思ったが……我が妹ながら、泣けてくる」
「あたしも、アンタみたいな兄貴が居るなんて思いたくもないね!!」
「あなただけは許さない、たとえ私の命に代えても……!」
「オレを打倒する、か? ――そういった言葉はな」
豪鬼の姿が消える。
身構える勇儀達であったが、その行動は彼にとって無意味でしかなく。
「――実力を伴わせてから、言うのだな」
気配を感じさせないまま、豪鬼は華扇の右腕を自身の右手で逃がさぬように掴み。
「っ、あ――ぐううっ!!?」
左手の手刀で、彼女の右腕を容赦なく斬り飛ばしてしまった。
痛みに耐える華扇に、豪鬼は追撃となる蹴りを叩き込み彼女を吹き飛ばす。
「華扇!!!」
「あ、ぐ……ぎ、ぁ……」
「…………」
無言で斬り飛ばした華扇の右腕を粉々にする豪鬼。
「愚かな女よ。勇儀に味方するからこうなるのだ」
「あ、あんたって男は……!」
瞳に溢れ出さんばかりの怒りの色を宿らせ、豪鬼を睨む勇儀。
しかし豪鬼にとってそんなものは、小動物の威嚇も同意であった。
「そんな程度の力量で戦場に出るからこうなる。弱肉強食のこの世界で弱さは罪だ」
「この戦いは必要のない戦いだ! そしてこの戦いを引き起こしたのはアンタ達だろう!?」
「違うな。全ての元凶は、あれだけの力を持ちながらこのような狭き世界に閉じこもった星熊絶鬼の臆病さが招いたものだ」
「何だって……?」
「闘争こそ我々鬼の……否、妖怪の本質。だというのにあの男は、その本質から目を背け何の価値もない日々を過ごす始末。
その気になれば世界の全てを手中に収め、永遠に血湧き肉踊る戦いができるというのに……自らの意思でそれを拒否したのだ!!」
「――――」
その言葉に、勇儀は思考を停止させた。
……ふざけている、つまりこの男は。
「――そんな事の為に、アンタは謀反を起こしたっていうのかい!?」
「そんな事とはおかしな事を言うものだ、お前とて戦いに酔いしれる鬼だろう?」
「アンタと一緒にするんじゃないよ!!」
確かに、鬼という種族は喧嘩を含めた戦いが好きだ。
それは否定しない、だがこんな戦いを望んでいるわけがない。
無意味に命が奪われ、失われていく戦いなどどうして望むというのか。
「オレはこの山を手中に収め、いずれ世界の全てを手に入れる。
そして作るのだ、妖怪にとって最も恵まれた世界――闘争の世界を!!」
「……阿呆の極みだよ。そんな事ができると本気で思っているのかい?」
「できるとも。邪魔をする輩は人間だろうが妖怪だろうが等しく滅ぼせばいい、ただそれだけの話だ」
「こ、こいつ……!」
邪魔をする者は、全て殺す。
その考えは、決して許容できるものではなかった。
……もはや目の前の存在は、勇儀達の知る星熊豪鬼ではない。
ただただ力に溺れ、呑み込まれた愚か者だ。
「話は終わりだ、消えろ」
豪鬼が右手に妖力で生み出した光弾を浮かばせる。
そして、それで勇儀達を消し去ろうと彼は光弾を投げ放とうとして。
――上段から振り下ろされた斬撃を、左腕で受け止めた。
「なに……っ!?」
顔を上げる豪鬼、しかしその時には誰もおらず。
腹部に強い衝撃が走り、豪鬼の身体が吹き飛んでいった。
しかし彼にとってたいしたダメージは無く、すぐさま体勢を立て直しつつ自分に攻撃した相手を視界に捉え。
「――ガキ、だと?」
それが、まだ少年と呼べる存在だと理解し、驚愕した。
「龍人……!」
「勇儀、華扇、大丈…………っ!?」
右手に長剣を持ちながら、龍人は勇儀達へと視線を向け――固まった。
「華扇……!?」
「っ、だ、大丈夫……ですよ」
そう言って笑みを浮かべようとする華扇だったが、額には脂汗が滲み顔も引き攣っている。
何よりも、彼女の右腕が根元から無くなっている姿を見て。
「こ、の……何やってんだお前ぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
龍人の怒りは一瞬で頂点に達し、豪鬼へと向かっていった。
「龍人、下がるんだ!!」
「……なんだ、このガキは」
向かってくる龍人の力の小ささに、豪鬼は青筋を浮かべる。
彼にとって、このような“小物”が向かってくる事自体が屈辱と同意なのだ。
「――潰すか」
もはや、一秒たりとも視界に入れておきたくない。
右腕に鬼の剛力と妖力を込め、豪鬼は向かってくる龍人に向けてそれを容赦なく放つ。
それで終わりだ、たとえ防御が間に合ったとしてもその防御ごと砕く豪鬼の一撃はしかし。
「――――あ?」
龍人の姿が消えた事で、不発に終わった。
「だあっ!!」
「うお……っ!?」
刹那、豪鬼の胴に目掛けて銀光が奔る。
それを後ろに跳んで回避する豪鬼、しかしその時には既に龍人は豪鬼との間合いを詰めていた。
「――――!!?」
ズドン、という衝撃が豪鬼の全身に走る。
そのまま彼の身体は地面を削りながら吹き飛んでいき……けれど、それでも彼にとっては致命傷にはなりえない。
「…………」
なりえない、が。
今の一撃による肉体的なダメージが皆無でも、彼の精神には大きなダメージが刻まれていた。
(なんだ、このガキは……!)
とるに足らない子供、しかも多くの妖怪が忌むべき“半妖”だ。
だというのに、自分の攻撃が避けられただけでなく、反撃を受けてしまった。
――なんという屈辱か。
「小僧……テメエ、覚悟はできてんだろうなあああああ……!」
「うお……すげえ……」
溢れ出した豪鬼の妖力と殺気を受け、龍人はおもわず一歩後ろに後退してしまう。
(まったく効いてないのか……)
先程の一撃――豪鬼を殴り飛ばした左腕が痛む。
加減などしなかった、自分の腕力と妖力を乗せた全力の一撃だった。
だというのに、まったく効かないばかりか相手の怒りを買う結果にしかなりえなかったという事実には、驚愕せざるおえない。
(これが、最強の四天王……)
遥か格上の存在に、龍人は怖気づく……事はせず、口元に笑みを浮かべていた。
(どこまで通用する……? あとどれくらい……?)
今の自分なら、どれくらい耐えられる?
それを知れるいい機会だ、龍人にとって目の前の相手は極上の
勝てないのはわかってる、生き残れる確率なんて期待できる程あるわけがない。
だが、龍人にはわかっているのだ。
ここで死ぬのならばそこまで、ある程度戦えなければ生き残った所で限界なんてすぐに訪れる。
力不足なのは重々承知、大切なのは……その上でどこまで高みに上れるか。
「雷龍気、昇華!!」
出し惜しみも加減もできない、今の自分の全力で漸く相手に遊んでもらえる程度。
絶対に勝てない相手に自分ができる事、それだけを考え龍人は一瞬で全開の力を放出する。
「……オレと戦うつもりで居るのか?」
「違う、勝つつもりで戦うんだ!!」
「よく吼えた。――遊んでやる」
瞬間、豪鬼の姿が消える。
それと同時に龍人の姿も消え、結果が決まりきっている戦いが幕を開けた――
■
「う、うあああああっ!!?」
「な、なんでこいつらが……!」
豪鬼側の妖怪達の情けない悲鳴が響き渡る。
だがそれも致し方ないだろう、何故なら自分達が捕らえていた絶鬼側の妖怪達が牢から抜け出し、自分達に牙を向けているのだから。
元々豪鬼側よりも、絶鬼側の妖怪達の方が数が多かった。
しかし捕らえられていた全員が解き放たれた今、勝敗は既に決まったようなものだ。
現に牢から脱出した妖怪達の凄まじい勢いによって、豪鬼側の妖怪達の士気はかなり低下してしまっている。
無論抵抗する者達も居るが、そういった輩は妖忌や紫によって倒されていく。
そして一番厄介な若い鬼達は……絶鬼の眼力で、もはや抗う意思すら見せていない。
「うっ……」
「天魔様、大丈夫ですか!?」
「……大丈夫だ文、心配し過ぎだぞ」
僅かに呻いただけで泣きそうな顔になる文に苦笑しつつ、沙耶は彼女の頭を優しく撫でた。
(しかし……相当厄介な結界だったようだな)
自分の手を見ると、微かに震えている。
――今の沙耶と絶鬼には、殆ど力が残されていない。
その原因は、2人が入れられていた牢に施されていた結界にある。
あれは単純な力や能力を封じるだけでなく、少しずつ入れた者の力そのものを奪っていく効力があったようで、沙耶も絶鬼も戦闘に参加する事はせず相手に威嚇するだけに留めていた。
紫が2人から感じられる妖力が小さいと思ったのも、結界によって力を奪われていたからだ。
とはいえ、もはや勝敗は決した。
謀反を起こした妖怪達は黙らせたし、残るは豪鬼ただ1人。
(しかし……)
豪鬼だけ、だが……その豪鬼が厄介だ。
まだ妖怪として生まれて三百年弱、鬼としては若い部類とはいえ内に秘められた力は絶大だ。
正直な話、力が十全だとしても自分では勝てないと沙耶はそう思っている。
「――天魔、終わったわよ」
「っ、お、おお……お前は」
「紫、八雲紫よ。とにかく全員黙らせることができたわ」
「そうか。では後は――」
「うわああっ!!?」
「っ、龍人!?」
吹き飛ばされ地面に倒れている龍人に駆け寄る紫。
彼の傍には勇儀と華扇も吹き飛ばされてきたようで、龍人と同様に地面に倒れていた。
「茨木様!?」
「いかん、すぐに華扇を安全な場所に運び治療をしろ!!」
「は、はい!!」
華扇の状態を見て、すぐさま部下の天狗に指示を出す沙耶。
2人の鴉天狗が華扇を持ち上げ、飛び去っていった。
(これで彼女は大丈夫ね……)
だが、あまり状況は芳しくないようだ。
「……吼えただけの事はあるぞ小僧。思っていたよりも楽しめる」
龍人と勇儀の2人が大きく傷ついているというのに。
そんな彼らと戦っていた豪鬼には、殆ど傷らしい傷が刻まれていないのだから。
「……豪鬼、まだわからぬのか?」
「絶鬼? 何故貴様が……いや、よく見たら裏切り者達も……牢から抜け出したようだな」
今気づいたとばかりに、周囲に視線を向ける豪鬼。
既に、彼の周りには絶鬼側の妖怪達が彼を囲むように展開している。
「豪鬼様……いや、豪鬼!! お前の企みもここまでだ!!」
「絶鬼様の息子でありながら謀反を起こすなど……何を考えているのですか!?」
「もはやあなたについていった部下達も捕らえた、観念していただきたい!!」
「…………」
戦いは、終わりだ。
如何な豪鬼とはいえ、数百を超える山の妖怪達と敵対すればどうなるのか……わからない筈もあるまい。
――だというのに、何故。
「――仕方ない、な」
何故、豪鬼の口元から笑みが消えないのか。
「…………」
その姿が、あまりにも不気味に映り紫はおもわず身体を震わる。
「ぐ、いってえ……」
「龍人、大丈夫!?」
「ん? ああ……やっぱり強いなアイツ、全然敵わねえや」
言いながら、立ち上がり身構える龍人。
少しも戦う気概を失っていない、彼らしい姿に紫の表情が自然と綻んだ。
「豪鬼、もうよせ。お前の野望は決して叶いはしない」
「時代に取り残された老人は黙っていろ。それだけの力を持ちながらその力を使わない臆病者はな」
「豪鬼、貴様……!」
「強がりはよせ沙耶、お前も絶鬼もあの結界で殆ど力が残っていないだろう?
――それにしても、まさかお前達のような部外者……それもとるに足らないガキ共に邪魔をされるとは思わなかったぞ」
豪鬼の視線が、紫達に向けられる。
その眼力に、たじろいでしまいそうになってしまった。
だが、そんな紫の右手を龍人は左手で優しく握り締める。
大丈夫だ、彼の手の温もりがそう言ってくれた気がして、紫の心を強くしてくれた。
「豪鬼、闘争だけの世界には何も残らない。ワシはこの二千年の間にそれを理解したのだ。
戦いに明け暮れ、他者の命を蹂躙する……その繰り返しでは、得られるものなど何も無いと」
「それがどうした? 戦いに明け暮れる事の一体何が間違っているというんだ?」
「豪鬼……」
「妖怪の本質は闘争だ、それを忘れた老いぼれにこの山の支配者たる資格は無い。
そして、そんな老いぼれについていく貴様等も同様にこの時代には必要ない存在だ」
だから殺すと、豪鬼は全員に絶殺の意志を込めた視線を向ける。
その視線で萎縮してしまう者も居たが、自分達の優勢さを思い出し誰一人としてこの場から逃げたりはしなかった。
……尤も、それは。
「出ろ、出番だ」
儚く都合の良い、願望だったのかもしれないが。
「っ!?」
「紫、どうしたんだ?」
「……空間の境界が、変わる?」
「えっ?」
「何かが来るわ、みんな気をつけて!!」
紫が叫ぶように皆へと告げた瞬間。
豪鬼の真横の空間が裂け、大きな口が開いた。
「あれって……紫のスキマにそっくりだ」
「私はスキマを開いてはいないわ、豪鬼の能力なの……?」
「いや……豪鬼にあんな能力は無い筈だよ」
「じゃああれは……」
そうこうしている内に、その口から何かが降り立ってきた。
現れたのは小さな少女、しかしその頭には捩れた二本の角が生えており……。
「す、萃香!?」
「…………」
現れたのは、今まで姿を見せなかった伊吹萃香であった。
それが豪鬼の声に反応して姿を現した、その事実に一同は驚愕する。
「萃香、アンタ……何をしているんだい!?」
「…………」
勇儀が声を掛けるが、彼女からの反応は無い。
「無駄だ。こいつはもうオレの傀儡と化した、無駄な心も既に無い」
「傀儡、だって……!?」
「こいつは華扇と違って従わせる材料が無かった。だから心を砕き傀儡にした、ただそれだけの話だ」
面倒そうに、信じ難い事を説明する豪鬼。
心を砕いた、それはすなわち……勇儀達の知る伊吹萃香はもうこの世には居ないと同意。
その事実に勇儀はわなわなと拳を震わせ、かつてない怒りを露わにした。
「貴様……自分が何をしたのかわかってるのかい!?」
「言った筈だぞ、この世は弱肉強食の理でできていると。
この女は所詮弱者でしかなかった、ただそれだけの事ではないか?」
「こいつ……!」
「――遊びは終わりだ。萃香、全員を殺せ」
豪鬼が指示を出した瞬間、萃香は動きを見せた。
妖力を開放し、彼女は自身の能力を発動させる。
そして――勇儀達の目の前に“巨人”が姿を現した。
「っ、みんな離れな!!」
巨人――山のように“巨大化”した萃香を見て、すかさず勇儀は周囲の者達にそう叫んだ。
あれは萃香の能力、【密と疎を操る能力】の応用によって生み出された戦法だ。
己の肉体そのものを巨大化させ、元々あった鬼の怪力と巨大化した事によって増大した質量によって相手を叩き潰す、単純でありながら最も恐ろしい戦い方だ。
単純な腕力なら勇儀が勝る、しかし今の萃香相手ではその力すらも上回れてしまう。
「目に映るものは全て壊せ、今のお前ならばできる筈だ」
無慈悲な命令が、豪鬼から下された瞬間。
萃香は光の無い瞳で周囲を見渡してから、巨人の腕を振るい始めた―――
To.Be.Continued...
楽しんでいただけたでしょうか?
もしそうなら嬉しく思います。