妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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あまりにも醜い。
鬼達が見せてきた醜悪さを見て、紫は守れなかった幽々子の事を思い出してしまう。

その結果、彼女の中に芽生えていた怒りや憎しみの感情が湧き上がっていき……彼女の力が、暴走を始めた。


第34話 ~戦いの終わり、束の間の休息~

――風が、吹き荒れていく。

 

『――――!!?』

 

 その場に居た全員の視線が、一点――八雲紫へと向けられた。

 風の中心に立っている紫であったが、なんだか様子がおかしい。

 いや、それ以前に……この禍々しくも強大な妖力は一体なんだというのか?

 

「ゆ、紫……?」

 

 その瞳に恐れの色を宿しながらも、龍人は紫に声を掛ける。

 

――近づくな。

 

「っ」

 

 内なる声が、龍人に警鐘を鳴らした。

 今の彼女に近づけば命は無いと、直感的に龍人は理解する。

 

「……紫、一体どうしたんだ?」

 

 だがそれでも、龍人は自らの意思で紫に近づいていった。

 死の恐怖はすぐそこまで迫っている、今の彼女は危険だと既に直感でなくても理解できた。

 理解できた、が……それと同時に、紫をこのままにはしておくわけにはいかないとも理解したのだ。

 

 紫から溢れ出している妖力、その質が今までとは違うものになっている。

 怒り、憎しみ、悲しみ、そういった負の感情に満ち溢れ、既に呪いに近いものへと変化し始めていた。

 それにこの強大な妖力の量、今の彼女の許容量を遥かに超えてしまっている。

 こんなものを放出し続ければ……彼女の肉体が保たない。

 それが龍人にはわかるから、彼は恐怖心に抗いながら紫を止めようとするが。

 

「――――醜い」

 

 今の紫には、龍人の声すら届かない。

 

「え――」

 

 彼女は何を呟いたのか、それを考えるよりも速く。

 

「――あ……?」

 

 間の抜けた声が、愚かな鬼の若者の1人から放たれた。

 

「なっ――!?」

「ぎ――ぎいいいいいいいいいっ!!?」

 

 龍人の驚愕に満ちた声と、鬼の断末魔の悲鳴が放たれたのは同時であった。

 ……何が起きたのか、その場に居た誰もが理解できない。

 どうして、誰も何もしていないのに。

 

――鬼の若者の1人の右腕が、()()してしまっているのか。

 

 まるで初めから存在していなかったかのように、綺麗さっぱり右腕が消えている。

 激痛が襲い掛かっているのか、その若者は尚も断末魔の悲鳴を上げ続けていた。

 他の二体の若者は、突然の事態に思考が追いつかないのか、目の前で苦しんでいる仲間の無様な姿を眺めることしかできないで居た。

 

「……まさか、紫……」

 

 もう一度、龍人の視線が紫へと向けられた瞬間。

 

「ぎ――!? がああああああっ!!?」

「あぎいいいっ!!?」

 

 残りの鬼達からも、断末魔の悲鳴が放たれた。

 

――2人目は右足を、3人目は左腕が消えてしまっている。

 

 それを見て、龍人は確信する。

 この瞬間、場に居た誰も一歩も動いていない。

 だというのに3人の鬼達は身体の部位が欠損するという事態に陥っている。

 このような芸当ができる存在など、ここには1人しか居ない。

 

「――紫、お前がやったのか?」

「…………」

 

 紫は答えない。

 龍人の問いを無視し、ゆっくりと苦しんでいる鬼達の下へと向かおうとしている。

 

「紫、一体どうしたんだ!?」

 

 そんな彼女の肩を両手で掴む龍人。

 

「っ、ぐ……!?」

 

 瞬間、彼の身体に衝撃が走り吹き飛ばされてしまった。

 

「いって……」

「……醜い」

「おい、紫!!」

「醜い、醜い、醜い……!」

 

 まるでうわ言のような呟きを零しつつ、紫は歩みを止めようとしない。

 その異様な姿に、この場に居た誰もが動く事ができないで居た。

 ……全員が恐怖している、八雲紫という少女の事を。

 鬼や天狗といった妖怪の中でも上位に位置する存在が、まだ子供と言える紫の事を…心の底から恐怖していた。

 

「ぎ、おおおお……」

「……痛い? 痛いでしょうね」

 

 苦しむ鬼達を冷たい視線で見下ろしながら、紫は人差し指を鬼達に向け軽く振るう。

 

「ぎ、いいいいいいいいいっ!!?」

 

 瞬間、鬼達の身体が2つに分かれた。

 

――紫は境界の力で、鬼達を圧倒していた。

 

 肉体の境界を操作し、少しずつ少しずつ……身体を分解しているのだ。

 しかもできるだけ苦痛が増すやり方で、意識の境界も操作し気絶する事もショック死させる事もせずに、ただただ苦しめるために鬼達を生かしている。

 なんという残酷な手だろうか、しかし今の紫に一片の慈悲も存在していない。

 目の前の存在を死ぬまで苦しめ続ける、それだけしか考えていなかった。

 だから紫はひと思いに命を奪う事はせずに、鬼達の肉体を削るという手段を用いている。

 

「が……ひ、ぅ……」

 

 叫び続けたせいか、鬼達の喉はとうに潰れていた。

 それでも全身に走る痛みに耐え切れず、声にならない悲鳴を上げ続ける鬼達。

 だが死ねない、紫の能力によって死ぬ事を許されない。

 殺してくれと既に放てぬ声で懇願するが、紫は――美しくも残酷な笑みを浮かべるのみ。

 

「醜いわね、鬼といっても……所詮は汚らしい妖怪。本当に醜いわ、どいつもこいつも……命を軽んじる輩ばかり、そんな存在にどうして生きる価値があるのかしら?」

「ひ、ひ……」

「ふふ、ふふふふ……こんな小娘に圧倒されるのはどんな気持ちかしら? ねえ、どんな気持ちなの?」

 

 正気を失った瞳、赤黒く変色した濁りきった瞳のまま、紫は笑う。

 同時に感じたのは――圧倒的なまでの優越感。

 鬼という強大な存在を、自分の指先一つで自由にできるという事実は、紫から正気を奪っていく。

 力に溺れ、堕落し、戻れぬ領域に手を伸ばす。

 妖怪としての精神と本能が、彼女の意識を変えようと蠢いて。

 

――自分の足に引っ付く、今にも崩れ落ちそうな妖狐の姿を視界に捉えた。

 

「…………」

「……きゅ、ぐ……」

 

 か細い声を放ちながら、妖狐は紫の足から離れようとしない。

 その姿が、まるで紫の行いを止めようとしているように見えて――彼女には、酷く不快に映った。

 

「―――邪魔よ」

 

 冷たく言い放ち、紫は妖狐に向かって能力を発動させる。

 ……既に彼女は正気ではない、助けなければならない筈の妖狐の命すら簡単に奪おうとしてしまうほどに堕ちてしまっていた。

 そして紫は無慈悲に、躊躇いなく小さき妖狐の命を奪おうとして。

 

「いい加減にしろ!!」

「っ……!?」

 

 その前に、龍人の拳が紫の身体を吹き飛ばし、妖狐の命を長らえさせた。

 

「…………」

「紫、お前……自分が何をしようとしたのか、わかってんのか!?」

「…………」

「助けなきゃいけないこの子を、殺そうとしたんだぞ!?」

「…………」

 

―――煩い。

 

「私の、邪魔を、するから……」

「……変だよ紫、一体どうしちまったんだ?」

 

 今の彼女は、龍人の知る紫ではなかった。

 外見だけではない、内面も龍人にはまるで違って見えるのだ。

 

「俺の知ってる紫は、優しくて暖かくて……こんな事をする女の子じゃない。

 お前、今自分がどんな顔をしてるのかわかってるのか? 今のお前……凄く恐く見える」

「…………」

 

 悲しみを帯びた龍人の瞳が、紫へと向けられる。

 それを見て――紫は、ふと我に返った。

 

―――邪魔をするなら、消してしまえばいい。

 

「っ」

 

 内なる声が、囁きかける。

 その声に従いそうになってしまい、龍人に能力を発動しようとして。

 

「ダメ……!」

 

 自分自身を止めようと、その場で蹲った。

 

 

―――抗わなくていい。

 

―――自分の邪魔をするなら、全て消し去ってしまえ。

 

―――私にはその力がある、全てを支配できるほどの力が。

 

 

「黙りなさい………!」

 

 囁く声に、紫は叫んだ。

 自分の能力は自分のものだ、どう使おうとも自分の勝手だ。

 そして、こんな能力の使用は決して認められない。

 

 

―――自分の心に嘘を吐くな。

 

―――全てを解き放てば楽になる。

 

―――だから。

 

 

「煩い、煩い……!」

 

 内から聞こえる声に、もはや不快感以外の感覚が浮かばない。

 今すぐに消えてほしい、そう思っているのに……紫は完全に抗えずに居た。

 このままでは、また声に従って自分は――

 

「紫!!」

「っ、ぁ……」

 

 ふわりと、暖かな感触が紫の身体を包み込む。

 そこで紫は、龍人に身体を抱きしめられている事に気がついた。

 少し強めに、けれどこちらが痛くならないようにしてくれている優しい抱擁。

 暖かな彼の体温と匂いが、紫の身体だけでなく心すらも包み込んでいった。

 

 ……紫の心から、黒い感情が薄れていく。

 声も、もう聞こえない。

 

「…………」

「…………龍人」

 

 紫に名を呼ばれたので、龍人は少しだけ彼女から離れ……瞳の色がいつもの金色に戻っている事を確認した。

 

「……よかった。いつもの紫だ」

 

 優しくて暖かな色を宿す金の瞳。

 それを見て、龍人は心から安堵したように顔を綻ばせた。

 

 

 

 

「――しっかしまあ、派手にやられたもんだね」

 

 上記の呟きを零しつつ、勇儀は盃に注いだ酒を一気に飲み干した。

 

「っ、げほっ……喉が焼けそうだ……」

 

 勇儀が飲んでいるのと同じ酒を飲んだ龍人が、しかめっ面になりながら咳き込んだ。

 鬼の酒は強いという話は聞いていたが、これは予想以上だと思いつつも、彼はもう一度その酒を口にんで……再びげほげほと咳き込んでいた。

 

「無理しない方がいいよ?」

「大丈夫。――それより、酒盛りなんかしてていいのか?」

 

――玄武の沢での戦いは、一先ず終わりを告げた。

 

 しかしまだ全てが終わったわけではない、だというのに勇儀は怪我人の治療を終えた後、突如として宴会を開いたのだ。

 これにはさすがの龍人も呆れたのだが、意外にも山の妖怪達は宴会に乗り気であり……既に夜が訪れ、思い思いに楽しんでいる。

 まあ英気を養うという思惑もあるし、何よりこのような状況で豪鬼達に戦いを挑んでも返り討ちに遭うのだから、龍人としても反対するつもりはなかったのだが。

 

「…………」

「……紫が、心配かい?」

 

 勇儀の静かな問いに、龍人は頷きを返す。

 ……暴走してしまった彼女は、消耗した妖力を回復させるために眠りに就いている。

 怪我らしい怪我は負っていないが……龍人が心配したのは、彼女の心の方だ。

 自分のやった事で負い目を感じてなければいいが……。

 

「そんなに心配なら、様子を見に行ったらどうだい?」

「でも、紫は今眠ってるだろ?」

「それでもだよ。顔を見るだけで安心する事だってあるさ、大切に思ってるなら尚更さね」

「…………」

 

 持っていた盃を地面に置き、龍人は立ち上がった。

 

「ごめん勇儀、ちょっと紫の所に行ってくる」

「ああ。行ってきな」

 

 言うやいなや、まるで飛び出すように龍人は行ってしまった。

 その後姿を眺めつつ、勇儀は微笑ましそうに顔を綻ばせた。

 

「素直な子だねえ……可愛いくらいさ」

 

 本当に紫が大切なのだろう、彼の態度を見るとそれがよくわかる。

 

「――あれ? 龍人さんは何処に……?」

 

 キョロキョロと辺りに視線を動かしながら、文が勇儀の前にやってきた。

 

「龍人なら紫の所に行ったよ。だから射命丸、邪魔するだけ野暮ってもんだ」

「そうですか……」

 

 少しだけ残念そうに表情を曇らせる文、せっかく彼の為に飲みやすい酒を持ってきたというのに……。

 

「せっかくだ。ちょっと付き合いな射命丸」

「えっ…………」

「なんだい? あたしの酒に付き合えないってのかい?」

「あ、あはは……」

 

 しまった、そう思っても既に遅し。

 周りの天狗や河童達もさり気なく勇儀から離れて飲んでいるし、助けは期待できない。

 ……仕方ない、覚悟を決めよう。

 そう思いながらも、文は一刻も早くこの場から逃げたいと思ったのだった。

 

 ――その後、勇儀に付き合った結果。

 まだ酒に慣れていないせいもあったのか、僅か数分で文はダウン。

 そして、勇儀は次なる犠牲者を求め宴会の中心へと赴くのであったとさ。

 

 

 

 

「あっ……」

 

 当初、龍人は紫が眠っている家屋へと向かおうとしていた。

 しかし、別の場所から彼女の妖力を感じ取り、すぐさまそっちへと赴いた。

 そこは沢の傍にある岩場、小川のせせらぎだけが場に響く静かな場所だった。

 宴会の喧騒も僅かにしか聞こえず、その中央で――紫はただ黙ったまま、じっと空を眺めていた。

 

――その姿に、龍人は魅了された。

 

 空は雲が少なく、三日月や星がよく見える。

 それらの光を受けている彼女の姿は、ただただ美しかった。

 金糸の髪は僅かに輝きを見せ、空を見上げている彼女の横顔から目を離すことができない。

 話しかける事も忘れ、龍人はその場で立ち尽くし彼女を見つめ続けていると。

 

「…………龍人?」

 

 気配を察知したのか、紫が龍人に視線を向け声を掛けてきた。

 

「……あ、あれ?」

 

 いつもの彼女の顔と声だ。

 さっきの幻想的な姿ではない、龍人がよく知る八雲紫が目の前に居た。

 

「? 龍人、どうかしたの?」

 

 そんな彼に怪訝な表情を向けてくる紫。

 なんでもない、慌ててそう返しながら龍人は紫の隣へと移動する。

 

「ちゃんと寝てないとダメだろ?」

「大丈夫よ。それに今は月の魔力を浴びているから問題ないわ」

「月の魔力?」

「月は妖怪にとって力の塊、その光を浴びれば肉体の損傷を治し、失った妖力を元に戻す事ができるのよ」

 

 尤も、三日月ではその恩恵もあまり多くない。

 満月の夜が尤もその恩恵を受けられる時だ、しかしそれでも今の紫にとっては三日月でも充分だった。

 成る程、確かに今の彼女の顔色は良いと龍人は納得する。

 

「……きゅー」

「あら……?」

「おっ……?」

 

 鳴き声が聞こえ、その方向へと視線を向ける2人。

 視線の先には、気持ち良さそうに身体を伸ばしながら月の光を浴びている妖狐の子供の姿があった。

 あの妖狐は華扇が飼っている妖狐だ、先程まで衰弱していたがどうやら元気になってくれたらしい。

 妖狐の姿に2人がほっと胸を撫で下ろしていると、向こうもこちらに気づいたのか視線を向けてきた。

 ……だが、妖狐は紫を見てその顔に僅かな恐れの色を宿す。

 

「…………」

 

 妖狐の反応にショックを受ける紫だったが、無理もないとすぐさま理解する。

 何せ自分はあの子の命を奪おうとしてしまった、ならば恐れてしまうのも当然だ。

 

「――大丈夫だ。この子はお前に何もしないよ」

 

 だから心配するなと、安心させるような声色でそう言って、龍人は妖狐に手招きする。

 しかし恐怖心が消えてくれないのか、妖狐の子は一向に2人の元へと近づいてくれない。

 

(らん)、何をしているの?」

「きゅ……?」

「あ、華扇」

 

 妖狐の子の背後から現れたのは、彼女の主人である茨木華扇。

 彼女の傍にはあの時の大鷲の子供が、寄り添うように飛んでいる。

 華扇も龍人達に気がつき、妖狐の子を抱きかかえながら彼等の元へと歩み寄った。

 

「どうしたのですか? 宴会は……」

「ちょっとな。それより華扇、この子に名前ってあったのか?」

「ええ、この子の名前は藍。因みにこの大鷲の名前は()()といいます」

「へえ……よろしくな久米、藍も」

 

 華扇の肩に乗った久米の頭を撫でる龍人、すると気持ち良さそうに久米の目が細められた。

続いて妖狐の子――藍の頭を撫でると、これまた気持ち良さそうな表情を浮かべる。

 

「……この子達と、またこうして一緒に過ごせるなんて思いませんでした。

 龍人、紫、あなた達のお陰です。なんとお礼を言えばいいのか……」

「気にすんなよ、なあ紫?」

「…………」

「紫……?」

 

 見ると、紫は気まずそうに華扇から視線を逸らしている。

 彼女の態度に首を傾げる龍人であったが、一方でその態度の理由がわかっている華扇は、視線を逸らしたままの紫に諭すような口調で口を開いた。

 

「――先程のような力の暴走は若い妖怪ならば誰もが一度は通る道です。気にする必要も負い目を感じる意味もありません」

「…………」

「我々妖怪は精神に依存する生物です。故に人間よりも怒りや憎しみといった負の感情に己自身を呑み込まれ易い。特にまだ精神が成熟していない若い妖怪ならば尚の事です」

 

 だから気にするなと、華扇は優しい口調で紫に言った。

 だが紫の表情は晴れない、気にするなと言われても他ならぬ彼女自身が己を許せなかった。

 助けなければならない命を殺めようとした事実は、決して消えない。

 しかもその原因が自分の未熟さが引き起こしたのだ、決して許せる筈がないのは道理であった。

 

「紫、いつまでも自分自身を責めたって何も変わらないぞ?」

「龍人……」

「起きた事は戻せない。だったら次こんな事にならないようにすればいいだけだろ?

 それにまた今回みたいな事になったとしても……俺が止めてみせる、だからさ……元気、出してくれよ?」

「…………」

 

 ……ああ、本当に情けない。

 いつも笑っていてほしいと願っているのに、自分のせいで今の龍人の顔は悲しみの色に覆われてしまっている。

 自分は一体何をしている?

 いつまでも悩んだ所で、彼の言う通り起きた事は戻せないのだ。

 ならば――もう二度と今回のような醜態は晒さないと心に決めればいい。

 今よりも強く、彼に心配されないように強くなればいいではないか。

 

「……ごめんなさい龍人、また私の悪い癖が出てしまったみたい」

 

 あなたはすぐに悩むのが悪い所ね、かつて友である蓬莱山輝夜にもそう言われた事があった。

 

「いいって。紫にはいつも助けてもらってるんだ、たまには俺だって紫の力にならないと!」

「…………」

 

 彼はわかっていない、いつだって傍に居るだけで紫にとっての力になる事に。

 だけどそれを紫は言ったりしない、だって…そんなの恥ずかしいではないか。

 

「きゅ……」

「えっ……」

 

 足に軽い感触、視線を下に向けると…藍が紫の足に擦り寄っていた。

 

「どうやら、藍もわかってくれたみたいですね。紫がとても優しい子だと」

「…………」

「抱いてあげてください。藍も喜びます」

「え、ええ……」

 

 華扇に言われ、少し躊躇いつつも……紫は藍を抱きかかえる。

 フワフワとした黄金色の美しい毛並み、とても暖かく心地よい感触であった。

 藍も紫に抱きかかえられ、リラックスしたような表情になっている。

 

「藍も、紫が気に入ったようですね」

「……きゅー」

 

 主人の言葉を肯定するように、藍が一声鳴いた。

 和やかな空気、この場に居た誰もが穏やかな表情を浮かべる中。

 

「――華扇」

 

 場の空気を一変させるような勇儀の声が、響き渡った。

 

「…………」

 

 何も言わず、勇儀へと振り返る華扇。

 

「……わかっているようだね」

「ええ、わかっています」

 

 そう告げる華扇の瞳には、何かを決意したような色が宿っている。

 

「勇儀、華扇に何か用なのか?」

 

 緊迫していく空気に若干顔をしかめながら龍人が問うと、勇儀は。

 

「――華扇のこれからの処遇を決める、ついてきてもらうよ」

 

 そう言って、有無を言わさぬ表情のまま華扇の腕を掴み上げた。

 

 

 

 

To.Be.Continued…




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