妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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玄武の沢での戦いは続く。
山の四天王の1人、茨木華扇と戦う事になった紫達。

彼女の真意がわからないまま、両者は激突を繰り返していく……。


第33話 ~醜き者達、呑み込まれる心~

「――らあっ!!」

「っ」

 

 勇儀の拳が、華扇を襲う。

 その一撃はただの拳であっても一撃必殺、まともに受ければそれだけで戦闘不能に陥るだろう。

 しかし、華扇はその必殺である筈の一撃を完全に受け流し、そればかりか勇儀が一撃放つ度に反撃の一撃を彼女の身体に叩き込んでいた。

 

「ぐ、お……っ」

 

 まるで風に揺れる一枚の羽を殴っている気分だと、全身に走る衝撃に顔をしかめながら勇儀は思った。

 こうして華扇とまともに戦うのは初めてだが、改めて彼女の恐ろしさを認識した勇儀。

 自分のように力任せの戦法ではない、あらゆる攻撃を受け流し、弾き返し、反撃する。

 

「ぐ……っ!?」

 

 華扇のカウンターによる一撃を更に受け、後退する勇儀。

 すかさず間合いを詰めたのは――龍人。

 

「し……!」

 

 斬撃が、上下左右から華扇を襲う。

 

「くっ、は、っ……!」

 

 一撃の重さは勇儀に劣る、しかし速さと正確さは上回る攻撃だ。

 これには華扇も受け流すだけで精一杯、反撃する事はできないでいた。

 

「もうやめろ、戦いたくなんかないんだろう!?」

「…………」

 

 まだ言うか、尚もそんな事を言ってくる龍人を華扇は強い視線で睨みつける。

 

「っ、はあっ!!」

「が……っ!?」

 

 上段から放たれた斬撃を、華扇は剣の腹を右腕で弾き飛ばし軌道を変え。

 すかさず左の拳を龍人の身体に叩き込み、彼の身体を吹き飛ばした。

 

「っ!?」

 

 背後から殺気。

 直感じみたものを感じ、華扇は真横に跳躍。

 刹那、先程まで彼女が居た場所に紫が放った斬撃が振り下ろされた。

 

「…………」

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 息を大きく乱しながらも、華扇の身構えた姿に隙は見つからない。

 そればかりか……。

 

(何か仕掛けるようね……なら、相手が動く前に!!)

 

 手に持っている光魔と闇魔でたたっ斬る、そう思った紫は華扇との間合いを詰め。

 

「――縛」

「っ、きゃ……!?」

 

 突如として紫の周辺の地面から黒い鎖が飛び出してきた。

 一瞬反応が遅れながらも紫はスキマを展開し、その中へと逃れようとして――鎖の一本が、彼女の左足に絡みついてしまった。

 

「奪……!」

「しま……っ、あぐっ!?」

 

 華扇の力ある言葉が放たれた瞬間、紫の身体に凄まじい倦怠感が襲い掛かる。

 更に彼女の内側にある妖力が、左足に絡みついた鎖に奪われていく感覚が……。

 

「セイッ!!」

 

 バキン、という甲高い音と共に、鎖が勇儀の蹴りによって打ち砕かれる。

 それにより紫は難を逃れたものの、自分の中の妖力の大半が失われている事に気がついた。

 

(今のは……奪気(だっき)呪印(じゅいん)ね。こんな妖術まで扱えるなんて……!)

 

 束縛した相手の妖力や霊力を奪い、自分のものにする高等妖術だ。

 紫の高い妖力の殆どを奪い、華扇の肉体に再び活力が戻っていく。

 

「紫、大丈夫か!?」

「え、ええ……大丈夫、よ」

 

 駆け寄ってきた龍人に心配をかけたくなくて、紫は無理矢理笑みを浮かべる。

 しかし思った以上に妖力を奪われてしまい、その笑みは誰が見ても無理をしているように映ってしまった。

 

「…………」

 

 龍人の表情が変わる。

 彼は初めて華扇に、明確な敵意の色を宿した視線を向けた。

 

「……それでいいのです。私とあなた達は敵同士……どちらかが倒れるまで、戦うしかありません」

「華扇!!」

 

 勇儀が華扇との間合いを詰め、右足による回し蹴りを彼女に叩き込む。

 それを弾きつつ華扇は後退、再び間合いを離された。

 

「――本当に、いいんだな?」

「――――」

 

 それは、まるで地の底から響くような声だった。

 自分を睨む龍人を見て、華扇は身構えこそするものの……身体は完全に萎縮してしまっていた。

 ありえない、鬼である自分があのような小さな少年に萎縮するというのか?

 驚愕と恥辱を覚えながらも、華扇の身体の震えは止まってくれなかった。

 恐いと、心から恐ろしいと華扇は龍人を見てそう思ってしまう。

 

「もう一度訊くぞ? お前、俺達と戦いたくて戦ってるわけじゃないんだろう?」

「…………」

「そんな奴と俺は戦いたくない。何か事情があるならここは――」

「っ」

 

 もうこれ以上、彼の言葉を聞いてはいられない。

 聞いてしまえば戦意を喪失してしまう、だから華扇は龍人を殺す勢いで攻撃に移った。

 狙うは彼の心臓、一突きで決めようと華扇は右手の指先に高圧縮させた妖力を乗せ、そのまま彼の身体を貫こうとして。

 

「――龍鱗盾(ドラゴンスケイル)

 

 その一撃を、片手一本で止められてしまった。

 

「な――」

 

 目の前の光景が信じられず、華扇の動きが止まってしまう。

 それはあまりにも愚か、その隙を――勇儀は決して逃さない。

 

「っ……!?」

 

 ミシミシと、華扇の骨が軋みを上げる。

 凄まじい衝撃に口からはポンプのように血が吐き出され、骨だけでなく臓器にも多大なダメージが襲い掛かった。

 

「が、ぶ……っ」

 

 その場で膝を付き、華扇は左手で勇儀の拳が叩き込まれた右脇腹を庇う。

 

「…………ふぅ」

 

 彼女の一撃を受け止めた掌を見つめながら、龍人は安堵を含んだため息を漏らす。

 

――今の技の名は龍鱗盾(ドラゴンスケイル)、かつて龍人が意識を失ったまま使用した技だ。

 

 超高圧縮させた【龍気】を身体の部位に付与させ、圧倒的な防御力を生む彼が用いる唯一の防御技だ。

 かつてアリアとの戦いで、彼は意識を失いながらこの技を使用したと紫から聞いていた。

 無論彼は龍気をそのような方法で使用した事はない、だが……彼の頭が、既に身体がこの技の使用方法を既に理解していた。

 だからこそ彼にとって初めて使う筈の技だったが、まるで使い慣れているかのように簡単に成功してくれたのだ。

 

「――終わりだよ、華扇」

「ぐ、ぅ……」

 

 勇儀の一撃があまりに甚大だったのか、目の焦点が合わぬまま華扇は勇儀達を見上げる。

 

「……豪鬼に付いた以上、アンタはあたし達にとっての敵だ。悪いけど……」

 

 拳を握り締める勇儀。

 

「勇儀、やめてくれ」

 

 しかし、そんな彼女を龍人が止めた。

 

「…………気持ちはわかるよ龍人。けどね……これは仕方のない事なんだ」

「仕方のない事で、命が失われるっていうのか?」

 

 そんな事は許さないと、龍人は視線で訴える。

 

「“ケジメ”なんだよ龍人、これは組織立って存在している妖怪の山のルールなんだ。

 ここで華扇に何の咎めも無ければ、それを不満に思う者が出てきちまう。そうなれば無用の問題を抱える羽目になるんだよ?」

「無条件で許せなんて俺だって言わない。だけど命を奪う事は無い筈だ」

「これだけの事に加担したんだ。それ相応だとあたしは思ってる」

「友達なんだろ? その友達を殺すっていうのか?」

「…………」

 

 真っ直ぐ過ぎる言葉と視線が、勇儀の胸に鋭い痛みを走らせる。

 ……わかっている、彼の言いたい事は痛いほどに勇儀だってわかっているのだ。

 だが自分は【山の四天王】、この妖怪の山を統治する側の妖怪である以上、私情を捨てなくてはならない時だってある。

 たとえそれが――本当に正しい事なのか判断に迷ったとしても、だ。

 

「龍人、勇儀の言っている事は正しいわ」

「紫まで……!」

「ここから先は山の問題よ。私達が口出しできる権利は無いわ」

 

 だからわかってと、紫は彼を説得しようとするが。

 

「嫌だ」

 

 龍人の考えは変わらず、彼は拒否の意を示した。

 

「龍人……」

「もうこれ以上、命が消える所なんて見たくない。それに華扇にだって俺達と戦わないといけない事情があった筈だ!」

「…………」

 

 ああ駄目だ、彼を説得する事は自分にはできないと紫は思い知った。

 ここまで頑ななのは、彼の優しさと甘さも勿論あるだろう。

 だが何よりも、自分の手から零れ落ちてしまった命達の事を思い出してしまっているから……。

 

「なあ勇儀、どうにか華扇を殺さずに許してくれないか?」

「…………」

「勇儀!!」

 

「――いいのです。もう……いいのですよ」

 

「華扇……」

「ありがとうございます。敵である私にそのような慈悲をくださるなんて……」

「――悪いね、華扇」

「いいえ。――全て自分の意思で行ったこと、どうして今更後悔できると?」

「…………」

 

 拳に、妖力を込めていく勇儀。

 ……せめて苦しまぬように、一撃で楽にさせてやらねば。

 

「駄目だ!!」

「…………」

「龍人、やめなさい!」

 

 華扇を庇うように、龍人は勇儀と対峙する。

 

「……龍人、どきな」

「嫌だ。殺すっていうなら……俺がお前をぶっ飛ばすぞ!」

「…………」

 

 仕方ない、抵抗する彼が悪いのだ。

 何処か自分に言い聞かせるように思いながら、勇儀は龍人ごと華扇の命を奪おうと拳を振り上げ。

 

「――なんてザマだ。華扇」

 

 心底彼女を侮蔑したような声が、場に響き。

 紫達の前に、口元に歪んだ笑みを浮かべた男の鬼が三体現れた。

 

 まだ若い鬼だ、内側から感じられる力は確かに強力だが……勇儀や華扇には遠く及ばない。

 はっきり言って、彼等が敵だったとしても勇儀に一蹴されるのは明白である。

 だというのに、彼等の口元には余裕の笑みが変わらず浮かんでいるのが、不気味に思えた。

 

「今更あんた等みたいな雑魚が一体何の用だい?」

「へ、へへ……余裕ぶっていられるのも今の内だぜ、勇儀!!」

(よく言う……)

 

 虚勢を張っているのが丸分かりである、見てて憐れに思えるくらいだ。

 

「おい華扇! わかってるよなあ? お前が負ければ……こいつらがどうなると思う?」

 

 言いながら、鬼の一体が華扇にあるものを見せた。

 

「っ」

 

 瞬間、華扇の目は見開かれその顔に絶望の色が宿る。

 

――鬼が見せたものは、大鷲と妖狐の子供であった。

 

 掴み上げられぐったりとしたその様子から、相当衰弱しているのがわかる。

 一刻も早く適切な処置を施さなければ命に関わるかもしれない、だが……それよりも紫には気になる事があった。

 何故華扇は、あの大鷲達を見てあのような表情を浮かべているのか……そして同時に、華扇だけでなく勇儀も何故か驚愕の表情を見せているのはどういう事なのか。

 妖力を奪われ衰弱しながらも、紫はその理由を考えていると。

 

「――そうかい。そういう事だったんだね、華扇」

 

 勇儀の、何かを納得したような呟きを、耳に入れた。

 刹那、勇儀の表情が憤怒の色に変わり、彼女の怒りを表すように凄まじい妖力が溢れ始めた。

 キッと鬼達を睨む勇儀、その眼光を受けてすっかり萎縮した様子を見せる鬼だが、まだ余裕の色が見受けられた。

 

「鬼の誇りを忘れて、矮小な人間と同じ卑怯な手を使うなんて……恥を知りな!!」

「へっ、卑怯? 勝てば官軍ってやつだぜ!!」

「貴様等……!」

「勇儀、あの動物達は一体何なの……?」

 

 今にも鬼達に向かっていこうとする勇儀に問いかける紫。

 その声を聞いて多少冷静さを取り戻したのか、勇儀は数回自身を落ち着かせるために深呼吸を繰り返してから。

 

「――あの子達は、華扇の大切な家族なんだよ」

 

 紫の問いに、答えを返した。

 

「家族……?」

「あの子達は華扇が使役している動物達でね。でも華扇にとっては単なる主従関係じゃなく……れっきとした家族なんだよ」

 

 その家族達が、何故彼女の傍に居らず鬼達の所に居るのか。

 その理由は簡単だ、そして華扇がどうして自分達と敵対する道を選んだのかも、漸くわかった。

 

「華扇、アンタ……あの子達の命を握られているんだね?」

「…………」

 

 華扇は何も言わない。

 ただ黙って勇儀から視線を逸らし、顔を俯かせている。

 だがその態度は無言の肯定、そんな彼女を見て勇儀は再びその顔を怒りの形相へと変えた。

 

「覚悟はできてるんだろうね……?」

 

 その眼光はただただ恐ろしく、見るだけで死を連想してしまいそうな程。

 しかしそれを前にしても、鬼の若者達は怯まない。

 

「いいのか勇儀? ちょっとでも動けば……()()()?」

「っ……」

 

 その言葉を聞いて、勇儀はその場から動く事ができなくなった。

 ……目の前の愚か者を始末する事など、造作も無いことだ。

 しかしそれを行えば、確実に大鷲と妖狐の子供の命は消える。

 たとえ全速力で間合いを詰めたとしても、間に合わない距離だからだ。

 拳を痛いほど握り締めながらも、勇儀は鬼の若者達を睨む事しかできない。

 

「そういう事だ。……おい華扇、わかってるな?」

「っ」

「――勇儀を殺せ。そうすればこいつらの命は助けてやる」

「――――」

 

 それは、悪魔の囁きだった。

 ……嘘に決まっている、たとえ勇儀の命を奪ったとしても彼等はあの子達を返してはくれないだろう。

 華扇とてそれはわかっている、このような事をする輩が約束を守ってくれる筈は無い。

 だが、それをわかっていたとしても――今の華扇に、選択肢は無かった。

 

「…………」

 

 震える手で拳を作り、ゆっくりと勇儀へと振り返る華扇。

 

「……そうだね。アンタにはそれしか選べないだろうさ」

 

 明確な殺気を向けられているが、勇儀は穏やかな声で呟き、その場に座り込んだ。

 

「華扇、いいよ」

「――――」

「アンタがあの子達をどれだけ大事にしているかわかっているつもりさ、自分自身を裏切ってまであたし達と敵対したぐらいなんだ。

 ――友を救えないで何が四天王だ。あたしはそんな情けない女になるつもりはないよ」

 

 だから殺せと、勇儀は変わらず穏やかな声で華扇に言った。

 

「勇儀!!」

「来るんじゃないよ龍人! 他の奴も動くな!!」

 

 駆け寄ろうとした龍人や周りの者に、勇儀は怒鳴りつけその動きを止めた。

 

「だけど……!」

「わかっておくれ。あの子達は華扇にとって……とても大切な家族なんだ」

「…………」

 

 家族、そう言われて――龍人は何も言えなくなった。

 大切な者を奪われる苦しみ、無力感、それを知っているからこそ…何もできない。

 

(俺は……どうして、こんなにも)

 

 弱いのかと、龍人は自らの弱さを心から嘆いた。

 もしも自分に力があるのなら、この状況を打破できるというのに……。

 嘆く龍人だったが、彼の傍に居る紫は……目の前の光景を見て、心に影を堕とし始めていた。

 

 

(……………………醜い)

 

 

 なんて醜い存在なのだろうか。

 力で敵わないから、このような卑怯な手を平然と使ってみせるその醜悪さ。

 更にそれで優位に立ったからといって、自分の力だと勘違いする愚かさ。

 その全てが、紫にとって醜く――怒りを買うものだった。

 沸騰しそうな、否、マグマのように噴火しそうな怒りは彼女の中で際限なく湧き上がっていく。

 怒りはすぐに憎しみへと変わり、その憎しみは――紫自身に変化を齎す。

 

(醜い、醜い、醜い………)

 

 彼女は気づかない、自身の金の瞳が赤黒く変色していっている事に。

 彼女は気づかない、自身の妖力が今までの比ではない程に高まっている事に。

 

(醜い、醜い、醜い、醜い………!)

 

 怒りが、憎しみが彼女に囁く。

 全てを消し去れと、蹂躙しろと。

 お前にはそれができると、彼女を入ってはならない領域へと連れて行こうとする。

 普段の彼女ならば、その声に耳を傾けることは無かっただろう。

 しかし今の彼女では、大鷲と妖狐の子供の姿を――守れなかった幽々子の姿と重ねて見てしまっている彼女では、決して抗える事はできず。

 

 

――紫は、自らの意志で己の能力を暴走させた。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




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