妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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星熊勇儀と共に、妖怪の山で起こっている謀反を止める事になった紫達。
絶鬼側に付いた妖怪達と合流するために、紫達は【玄武の沢】へと向かう事に。

しかし――その【玄武の沢】に、豪鬼の手の者が進行を始めていた……。


第32話 ~勇儀の力~

――まさしくそれは、“嵐”であった。

 

「――ぶっ飛ばされたい奴から、かかってきな!!」

 

 そう言い放つのは、まだ若いながらも【山の四天王】と呼ばれる鬼、星熊勇儀。

 かつての仲間である妖怪を前にしても、敵と判断した彼女に躊躇いの感情は存在しない。

 

「はあっ!!!」

 

 加減も遠慮も考えず、彼女はただひたすらに拳を振るっていく。

 単純で、小細工などはまるで感じさせない攻撃。

 だがそれで充分、鬼の剛力に妖力を付加した一撃は小細工など無くとも強力すぎる一撃なのだから。

 

 彼女が拳を、蹴りを放つ度に、敵の妖怪達は悲鳴を放ち、文字通り吹き飛んでいく。

 数十という天狗を前にしても彼女は決して怯まず、自ら向かっていくその姿は周りの者達の士気を知らずに上げていった。

 絶鬼側の妖怪達も、勇儀の戦う姿を見て戦意を向上させ戦いに参加していっている。

 当初は豪鬼側が圧倒的な優勢だったが……勇儀という存在の介入によって、完全に逆転してしまっていた。

 

「……恐ろしいものね」

 

 その光景を見つつ、紫は襲い掛かってきた白狼天狗を光魔の斬撃で切り伏せる。

 

「あれが鬼の力かー……本当に凄いな」

 

 紫と背中合わせにしながら、龍人も勇儀の暴れっぷりを見て驚きを隠せないでいた。

 

「彼女は鬼の中でも相当の実力者よ。それを差し引いても鬼という種族があらゆる妖怪の中でも強い力を持っているのは間違いないわ」

「……遠いな。強くなる道は」

 

 しかも、今の勇儀の力まで追いついたとしても……倒すべき相手には尚、届かない。

 

「それでも強くならなければならない、そうでしょう?」

「勿論!! いくぞ、紫!!」

 

 長剣を右手に、龍人は地を蹴った。

 

「わかっているわ」

 

 紫もその後に続き――2人は乱戦になった戦場へと足を踏み入れる。

 

「く、くそ……話が違うぞ!!」

 

 豪鬼側の鴉天狗の1人が、悲鳴に近い怒りの声を上げる。

 そう、彼にとって……否、彼らにとってこの状況はまったくの想定外であった。

 沢に居るのは、絶鬼という臆病風に吹かれたかつての山の支配者に付き従う事を決めた、軟弱な天狗や河童達に過ぎない。

 それ以外の天狗や殆どの鬼は豪鬼の理念に共感し、その数も力の質も絶鬼側よりも大きい筈だ。

 

 だというのに、星熊勇儀の介入によって簡単に戦況は覆された。

 彼女だけではない、彼女と共に現れた見知らぬ者達もまた大きな力を持っている。

 刻一刻と豪鬼側の妖怪達は蹴散らされ、もはや敗北に喫するのは時間の問題であった。

 

「――役に立たぬ者達め。この程度の存在に何を手こずっておるか!!」

「…………」

 

 場に現れる新たな妖怪達。

 1人は巨大な身体を白を基調とした天狗服に身を包んだ【大天狗】と呼ばれる大男。

 そしてもう1人は、桃色の髪を背中まで伸ばし頭に短い角を生やした【鬼】の少女だった。

 その2人の登場に、絶鬼側の天狗達は喜びの表情を浮かべる。

 大天狗はそんな現金な態度を見せる天狗達を冷たく睨んでから、腰に差した大太刀を抜き取った。

 狙うは好き勝手に暴れている勇儀の首、大天狗は背中に生えた巨大な翼を羽ばたかせながら真っ直ぐ彼女に向かおうとして。

 

――真横から放たれた斬撃を、その大太刀で受け止めた。

 

「ぬっ……!?」

「……さすがは大天狗と言った所か、完全に決まったと思ったのだかな」

 

 渾身の斬撃を受け止められながらも、口元に笑みを浮かべるのは――魂魄妖忌。

 剣士としての彼の観察眼が、現れた大天狗の実力を見切りすぐさま攻撃を仕掛けたようだ。

 

「むうう……かあっ!!」

「っ……」

 

 力任せに押し飛ばされ、互いに距離を離す妖忌と大天狗。

 

「貴様……半人半霊だな? 人間にも幽霊にもなれぬ中途半端な存在が、この山に入るなどおこがましいにも程がある!!」

「中途半端な存在とは言ってくれる。ならすぐに切り伏せたらどうだ?」

 

 尤も、お前程度にそれができるのならばな。

 挑発を放ちつつ、地上に降り立つ妖忌。

 大天狗も敢えてその挑発に乗り、地面に降り立った。

 

「よかろう。ならばすぐに細切れにしてやる」

「よく言った。――剣豪として名高い大天狗の力、見せてもらう!!」

 

 同時に消える妖忌と大天狗。

 刹那、両者のぶつかり合いが始まり、周囲に甲高い音が響き渡り始めた――

 

 

 

 

「――お前さんは」

「…………」

 

 鬼の少女が、勇儀の前に現れる。

 すぐさま迎え撃とうとして、勇儀は少女の顔を見て驚きの表情を浮かべた。

 だがそれは当然だ、その少女は勇儀の知り合いであり。

 

「どうしてお前さんがあの馬鹿に付き従ってんだ。――()(せん)!!」

 

 彼女と同じ【山の四天王】と呼ばれる、(いばら)()()(せん)だったのだから。

 

「…………」

 

 鬼の少女、華扇は何も答えない。

 その代わりと言わんばかりに彼女は身構え、勇儀を強く睨みつけた。

 

「……そうかい。敵に語る事はないってわけか」

 

 自分を睨む華扇の目は本気だ。

 本気で自分と戦い、その命を奪おうとしているのがわかる。

 ……ならば、容赦などする必要はない。

 

「……っ」

 

 一息で、勇儀は華扇との距離をゼロにする。

 繰り出すのは右の拳による一撃、当然加減などしていない。

 

「っ、ご……っ!!?」

 

 だが、衝撃を受けたのは先に攻撃を仕掛けた勇儀であった。

 放った彼女の拳は虚しく空を切り、代わりに華扇の掌底が勇儀の腹部に叩き込まれていた。

 

「こい……がっ!?」

 

 反撃に移る前に、華扇の追撃が繰り出される。

 続いての一撃は右足による蹴り上げ、その一撃は勇儀の顎に叩き込まれ彼女の視界が混濁した。

 更に左腕の肘鉄が勇儀の胸部に打たれ、彼女の身体が後方に吹き飛ぶ……前に、華扇は右手を伸ばし勇儀の右腕を掴み彼女を自身へと引き寄せる。

 

「ぐ、っ……」

 

 今度こそ左の拳で吹き飛ばされ、しかし勇儀は両足を地面に突き刺して衝撃を無理矢理殺し体勢を立て直す。

 

「……ちっ、流石だねえ華扇」

 

 口内に溜まった血を乱暴に吐き出し、勇儀は初めて苦痛による苦悶の表情を見せた。

 

――茨木華扇は、勇儀と同じくまだ若い鬼だ。

 

 しかしその実力は【山の四天王】と呼ばれるに相応しいものであり、同時に勇儀にとってあまりにも不利な相手でもあった。

 鬼らしくその力は怪力と呼べる力だが、それよりも彼女は技術面で勇儀を大きく上回っている。

 力だけならば華扇は勇儀に遠く及ばない、だがそれを補って余りある彼女の格闘能力は、力押しの勇儀にとって読みにくいものだ。

 攻撃を受け流し、その力を利用しての反撃。

 

 力任せな面が強い鬼の一族にしては珍しい戦闘スタイルは、元々の能力と相まってまだ若い彼女を【山の四天王】に足らしめる能力なのである。

 それだけではない、萃香程ではないが華扇も妖術を使用する事が可能であり、更に動物の力を借りるという特殊能力も持っている。

 いくら一撃一撃が勇儀にとって致命傷にならないとはいえ、このまま受け続ければ……いずれ倒れるのは勇儀の方だ。

 かといって力で攻めた所で、先程のような手痛い反撃を受けるだけだ。

 

「勇儀!!」

 

 突如として、勇儀の前に現れたのは――龍人。

 彼女を守るように前に出て、こちらに身構えている華扇と対峙した。

 

「鬼、か……?」

「ああ。あいつは茨木華扇、あたしと同じ【山の四天王】さ」

「…………」

 

 山の四天王、つまり鬼の実力者だ。

 しかし龍人は臆することなく華扇を睨みつける……が。

 

「? お前……何かあったのか?」

 

 彼はいきなり、華扇を見ながらよくわからない言葉を口にした。

 

「龍人、どうしたんだい?」

「……勇儀、こいつ本当に敵なのか?」

「はあ……?」

 

 何を言っているんだいと、勇儀は呆れを込めた口調で言い放つ。

 だが、龍人にはどうしても目の前の華扇が敵だとは思えなかった。

 何故なら、彼女の瞳から明確な敵意と殺気以外に……“迷い”の色が見えたからだ。

 

「なあ、お前……本当に俺達と戦いたいのか?」

「…………」

 

 返事はない、が……華扇の瞳が僅かに揺らいだのを、勇儀も認識できた。

 ……どうやら、龍人の言っている事は決して場違いなものではないようだ。

 

「っっっ」

 

 華扇の姿が勇儀の視界から消える。

 先程よりも更に速い踏み込みで、華扇は右の拳で龍人の頭蓋を砕こうとして。

 

「――っ、戦いたいわけじゃないんだろう? 俺……なんとなくわかるんだ」

 

 彼が持っていた長剣の腹で、受け止められてしまった。

 

「っ、くっ……!」

「うわっ!?」

 

 体勢を低くしながら、華扇は足払いを仕掛ける。

 反応が遅れた龍人は回避できず、その足払いによって宙へと浮き。

 その無防備な身体に、踏み込みの力を込めた掌底を叩き込まれた。

 

「龍人!!」

 

 彼を心配しながらも、勇儀は隙を見せた華扇に拳を放つ。

 

「なっ……!?」

 

 しかしその時には既に華扇の姿はそこには無く、彼女は再び勇儀から間合いを離していた。

 

「ぐ、いてて……」

「龍人、大丈夫かい!?」

「大丈夫。……やっぱ鬼って凄い力なんだな」

 

 打たれた箇所を擦りながらも、龍人の戦意は微塵も失われていない。

 

「……華扇、アンタが何か迷っているのは間違いないようだね」

「…………」

「アンタは豪鬼のくだらない企みに共感したわけじゃなさそうだ。でも……もしそうだとするなら、どうしてあたし達の敵になる?」

「…………」

 

 華扇は答えない、先程の問答と同じく沈黙を貫いている。

 それでも、勇儀は既に華扇を自分の敵だとは認識できなくなっていた。

 

「――龍人、あまり貴方の優しさと甘さを戦うべき相手に向けるのはやめなさい」

 

 そう言いながら現れたのは、光魔と闇魔を持った紫であった。

 ……そこで漸く龍人達は気づく、豪鬼側の天狗達は全滅している事に。

 残されているのは華扇と、大天狗のみ。

 

「華扇、もう喧嘩は終わりだよ。お前さんだってどう足掻いたって勝てないってわかるだろう?」

「…………」

「俺、お前が悪い奴だとは思えないんだ。だから……もうやめないか?」

「…………」

 

 勇儀と龍人の眼差しが、ゆっくりと華扇を貫いていく。

 それは今の彼女にとって甘い毒であり……決して、受け入れてはならないものだった。

 

「――来るわよ!!」

 

 紫が叫ぶ、それと同時に華扇は再び戦いを仕掛けていった。

 

「くっ……分からず屋だね!!」

 

 戦ってはならない、けれど立ち向かってくるなら……迎え撃つしかない。

 その現実に歯噛みしながらも、勇儀も再び華扇に攻撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 一方、妖忌と大天狗の死闘は終わりの時を迎え始めていた。

 

「ぬうう……っ」

「ちぃ……っ」

 

 互いの剣戟が弾かれ、後退する両者。

 

「はー……はー……はー……」

「はぁ、は……ふぅぅぅ……」

 

 両者共に息は乱れ、周りは剣圧による溝が数え切れぬ程に刻まれている。

 

(このような小僧が、ここまでの力を持っているとは……!)

(想像以上に強い、大天狗の名は伊達ではないと思っていたが……実力では向こうが上か)

 

 しかし勝たねばならない、いくら実力が上でも大天狗()()に遅れを取るようでは……あの女には勝てないだろう。

 

――そろそろ、決着を着けねばなるまい。

 

「決めさせてもらうぞ、大天狗!!」

「ぬう……?」

 

 宣言しながら、妖忌は後ろに跳躍して大天狗との距離を更に離した。

 その距離は実に四十メートル、当然剣戟が届く間合いではない。

 臆したか、一瞬そう思った大天狗であったが。

 

「これ、は……!?」

 

 白楼剣を左手で抜いた妖忌が霊力を開放した事により、その考えは間違いであると気がついた。

 ……間違いない、次に放たれる一撃は魂魄妖忌にとって最大の一手。

 今もこうして膨大な霊力が解き放たれていっている、次の一撃が彼の最後の一撃となるだろう。

 

「…………フン」

 

 だが、大天狗の表情に恐れの色は無い。

 確かに彼は強い、小僧ではあるが剣術では自身と互角と言える。

 しかしそれ以外では自分が勝っている、戦いの経験も……開放できる力の量もだ。

 

「かああああああああっ!!!」

 

 妖力を開放する大天狗。

 その力は、妖忌が開放している霊力よりも遥かに大きい。

 

「…………」

「これでわかっただろう? 如何に貴様が必殺の一撃を放とうとも、我が剣には届かぬ。

 おとなしく負けを認めるがいい、上には上がいる」

「…………ああ、そうだろうな」

 

 その言葉は、決して否定する事はできない。

 上には上がいる、その現実をこの目で見てきたのだから。

 だが、だからこそ――妖忌は決してそこから背を向けることはできなかった。

 

「その遥か上に存在する者を、俺は超えなくてはならない。

 ――それはお前程度の存在じゃない、俺は……お前なんぞに負けるわけにはいかねえんだ!!!」

「よく吼える……小僧如きが!!!」

 

 怒りの色を瞳に宿し、大太刀を大上段に構える大天狗。

 その刀身には膨大な妖力が込められており、このままぶつかり合えば――押し切られるだろう。

 それでも妖忌は真っ向から立ち向かおうとしている、その姿は大天狗にとって愚行であり悪あがきでしかなかった。

 

「――桜観剣、そして白楼剣よ。我が声に応えよ!!」

 

 霊力は臨界に達し、二刀は妖忌の霊力によって光り輝いていく。

 そして――妖忌はもう一度、二刀を持つ手に力を込めて。

 

「――勝負!!!」

 

 彼が出せる最速の速度で、大天狗へと突貫した――!

 

(愚かな……所詮は小僧か!!)

 

 向かってくる妖忌を完膚なきまでに叩きのめそうと、大天狗は斬撃の軌道を合わせ。

 

「受けろ、我が必殺の剣を!!」

「嘗めるな、若造がああああああっ!!!」

 

 横薙ぎに振るわれた桜観剣の一撃を、自身の必殺の一撃で迎え撃った。

 

「ぐ、あ……っ!?」

 

 勝敗は、すぐに着いた。

 剣術ではいくら互角でも、その内側に宿る力の質は大天狗の方が圧倒的に勝っている。

 それ故に妖忌の必殺剣は簡単に受け止められ、秒を待たずに押し切られようとしていた。

 

「よく戦ったと褒めてやる、だが――ここまでだ!!」

 

 桜観剣ごと彼の身体を切り伏せようと、大天狗は更に力を込め――違和感に気づく。

 彼が放った一撃は、桜観剣によるもの()()であった事に。

 

――だが、気づいた時には全てが決まった後であった。

 

(だん)(めい)(そう)(けん)―――」

 

 真名を解き放つ妖忌。

 その声に呼応するように、彼の左手に持っていた――まだ振るわれていない白楼剣の輝きが増す。

 

「しま――っ」

 

 急ぎ力を込める大天狗。

 

「終わりだ」

 

 しかし、彼の一撃はそれよりも速く。

 

 

「―――(めい)(そう)(れん)(ざん)!!!」

 

 白楼剣の刃が振るわれ、大天狗の身体を上下二つに分けてしまった――

 

 

「――――」

「……悪いな。俺はまだ死ぬわけにはいかねえんだ」

 

 断末魔の叫びもなく、地面に倒れこむ大天狗。

 死に行く者に用はないと、妖忌はそちらに視線を向ける事なく刀を鞘に収め。

 

「我が桜観剣と白楼剣に、断てぬものがあっちゃいけないんでな」

 

 そう言い放ち、同時に両者の戦いに終わりが訪れた――

 

 

 

 

To.Be.Continued...




この作品の中では華扇さんは鬼という事になっています。
ご了承ください。

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