妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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山の動乱を鎮めるために、介入する事に決めた紫達。
射命丸と共に再び山へと戻ったのだが、早速天狗達の襲撃を受ける。
それを軽く撃退し、さあ先を急ごうと思った矢先に――【山の四天王】が紫達の前に姿を現した。


第31話 ~戦場へ~

「――アンタは……確か射命丸文だったか?」

 

 自分の名を明かしてから、女性――星熊勇儀は文へと声を掛ける。

 

「は、はい……」

 

 身体と声を震わせながら、どうにか返事を返す文。

 どうやらこの星熊勇儀という女性が余程恐ろしいらしい、身体だけでなく返事を返した声も震えていた。

 

「……それで、お前さん達は一体何者だい?」

「俺は龍人、こっちは友達の八雲紫と魂魄妖忌」

「八雲紫……? もしかして、萃香が言ってたのはお前さんかい?」

「萃香を知っているの?」

「そりゃあ知り合いだからね。――この山に一体何の用だい? 理解したと思うけど、ちょっと立て込んでいるんだよ」

「知ってる。俺達はそれを止めに来たんだ」

「あ……?」

 

 首を傾げる勇儀に、紫は自分達が文を助け事情を聞き、謀反を起こした者達を止めに来た事を説明する。

 

「ふーん……まあ嘘を言っているようには見えないけど、外の妖怪がわざわざ介入するなんて……こう言ってはなんだけど、余程の阿呆なんだね?」

「否定はできないわね……」

「なあ、お前も謀反を起こした側の鬼なのか?」

「いんや違うよ。あたしもそれを止めようと思ってる側さ」

「だったら、俺達も協力する。みんなでその謀反とかいうのを止めるぞ!」

「…………」

 

 勇儀の赤い瞳が、真っ直ぐ龍人へと向けられる。

 暫し彼を見つめ……勇儀は、まるで嘲笑するように口角を吊り上げた。

 

「――無駄だよ。アンタ程度が何をしようとあいつらには勝てないさ」

 

 だから帰れと、勇儀は冷たく言い放つ。

 

「そういうわけにはいかねえよ。俺達はこの妖怪の山に用事があるんだ」

「だからってこれ以上の介入は許容できないよ。はっきり言って、お前さん程度にチョロチョロ動かれるのは邪魔でしょうがないんだ」

 

 先程よりも更に冷たい口調で、勇儀は言う。

 だがしかし、はいそうですかと納得しないのが龍人である。

 

「……おい射命丸、なんだってこんな奴等をこの山に連れてきた?」

「…………お言葉ですが星熊様。彼等の力はきっと助けになる筈です、私はそう思います」

「まあ確かに、後ろにいる2人は力になるだろうさ。けどこの小僧は邪魔だ」

「…………」

 

 辛辣な言葉を、容赦なく口にする勇儀。

 しかし、その言葉を紫も妖忌も……龍人も否定する事はなかった。

 

「射命丸を助けてくれた事は感謝するよ、でもこれ以上の邪魔はしないでおくれ。これはあたし達妖怪の山で生きる者達の問題だ、余所者に介入されちゃこっちの面子は丸潰れなんでね」

 

 だから帰れと、勇儀は口には出さず目で訴える。

 その眼力はさすが鬼と言うべきか、向けられるだけで息苦しくなるほどだ。

 

「……嫌だ、帰らない」

「…………」

 

 勇儀の目が細められる。

 

「友達が困ってるのに、何もしないなんて俺にはできない」

「分からず屋だねえ。それとも自分の力の無さを認めたくないのかい? 大体、あたしはお前さんのような“半妖”は嫌いなんだよ。

 くだらなくて弱い人間の血を半分宿しているお前さんは、人間にも妖怪にもなれない中途半端な存在なんだ。そんなやつに協力してもらう事なんて無いよ」

「……くだらない、だと?」

 

 瞬間、龍人の身体から妖力が溢れ出す。

 

「…………」

 

 臨戦態勢になった龍人を見ても、勇儀の表情は変わらない。

 だが――彼女も妖力を解放し始め、龍人を明確な敵だと認識した。

 一触触発の空気の中、龍人が先手を打とうと動こうとした瞬間。

 

「――龍人、自分が戦う相手を間違えるな」

 

 妖忌の鋭い一言が、彼の動きを止めた。

 

「…………」

 

 そうだ、目の前の彼女は自分にとって戦うべき相手ではない。

 戦う相手はあくまでこの妖怪の山で謀反を起こした連中、しかし勇儀はそちら側の存在ではない。

 

「助かるよ。でももう少し早く止めてほしかったもんだね」

「勘違いするなよ。止めるのはここだけだ、俺はこいつのやろうとしている事を止めるつもりはない」

「…………」

 

 勇儀の視線が、紫へと向けられる。

 頼むから、こいつを連れて山を降りろと彼女の赤い瞳がそう訴えているが。

 

「――龍人が歩む道が私の道よ。彼の好きなようにさせてあげたいの」

 

 その瞳を真っ向から見つめながら、はっきりと拒絶の言葉を口にした。

 

(正気か? いや……あの目は本気だな)

 

 理解できない、紫達を見て勇儀は心の底からそう思った。

 この問題に介入する、それは即ち天狗や鬼を相手にするという事だ。

 それがどれだけ無謀で危険なものか、この3人がわからないわけがない。

 だというのに何故ここまでするのか、それだけをする理由があるというのか。

 

―――友達が困ってるのに、何もしないなんて俺にはできない。

 

 先程龍人はこう言った、だから協力すると――彼は確かにそう言った。

 ……それが、心底理解できない。

 そのような理由で、命を投げ出すというのか?

 友の力になりたいという気持ちがわからないわけではない、勇儀とて同胞の助けになるのなら自分の全てを投げ出す事ができるから。

 

 だが、しかしだ――それはあくまで同胞だからに過ぎない。

 種族の違う鴉天狗を、半妖である彼が「困っているから助ける」などと……信じられる筈がなかった。

 けれど、到底信じられないが……彼の瞳は、嘘偽りを告げてはいない。

 嘘を嫌う鬼だからこそわかる、彼は心の底から射命丸を友と思い、そんな彼女の助けになろうとしているという事がわかるのだ。

 

――だから、だろうか。

 

「――なあ、ちょっといいかい?」

「ん? どうした?」

 

 気がついたら勇儀は、力ずくで彼等を山から追い出そうという考えを忘れ。

 

「お前さん、どうしてそこまで射命丸に肩入れできる?」

 

 そんな問いかけを、龍人に放っていた。

 

「友達を助けるのに、何か難しい事を考えないといけないのか?」

 

 返ってきた答えは、本当に単純なものだった。

 友達だから助ける、それ以外に理由なんか必要ないと、彼はあっけらんと言い放つ。

 

「……それによって、自分が死んでも後悔はないのかい?」

 

 その姿を不気味に思いつつ、勇儀は更なる問いかけをした。

 

 

「――後悔するくらいなら、死んだ方がマシだ」

 

 

「――――」

 

 その言葉を聞いて、勇儀はおもわずぶるりと身体を震わせる。

 それは恐怖から来る震え、【山の四天王】と謳われる程の鬼の実力者である彼女が、自分よりも小さな少年の言葉を聞いて、心底恐怖した。

 しかしそれに対する羞恥は無い、寧ろ今の言葉を聞いて恐怖しない方がおかしいと勇儀は思った。

 だってそうだろう? 今の言葉は決して強がりでも虚言でもない、彼にとって当たり前で――確固たる言葉だったのだから。

 

――それは異常だ、異端と言ってもいい。

 

 後悔しない道を選び続けるなんて事はできない、未来がどうなるかわからないのだから当たり前だ。

 だから時に妥協し、諦め、後に「こうしておけばよかったかもしれない……」と終わってから思う事は誰にだってあるだろう。

 だが彼は違う、愚直なまでに自分の心が決めた道を選び突き進んでいく。

 その先が茨の道だろうが、死に行く運命であろうと――変わらず進んでいく。

 

――それを異常と言わず、なんと言うのか。

 

「…………」

「足手纏いにはならない。だから……俺達にも協力させてくれないか?」

「星熊様、彼等はきっと私達の力になってくれる筈です!」

「…………」

 

 もう一度、勇儀は龍人と文の後ろに居る紫と妖忌に視線を向ける。

 本当にいいのかいと、無言でそう訴えるが……2人が無言で頷きを返したので、勇儀はそっと溜め息をついた。

 

「――あたしの一存では決められないけど、とりあえずは認めてやるよ」

「本当か!?」

「山の問題を余所者に関わらせたくないけど状況が状況だ。だが勘違いするな? あたしはお前さんのような半妖は好きじゃない」

「それでもいいさ。ありがとう勇儀!!」

「…………」

 

 真っ直ぐな視線、その愚直な態度に勇儀は呆れた。

 だがその真っ直ぐさだけは、好感が持てる。

 半妖という人間でも妖怪でも無い存在は、妖怪である勇儀にとって受け入れ難い存在だ。

 しかし、龍人という個人に関していえば……嫌いではない。

 それに――見てみたいとも思った。

 友達だから助けるというその思いが、最後まで貫けるのかどうかを。

 

「星熊様、山の状況はどうなっているのですか?」

「四つある里は全部豪鬼率いる馬鹿達にとられたままさ、そいつらをぶちのめす為にあたし達は山の反対側にある【玄武の沢】に集まってる。とりあえずそこに――」

 

 そこに向かうとしよう、そこまで言いかけ――勇儀は突然言葉を切る。

 そして彼女はある一点へと視線を向け、一気に表情を険しくさせた。

 

「っ、まさか……!」

「えっ?」

「妖忌!!」

「わかってる」

 

 刹那、文を除く全員がその場から動き始めた。

 突然の事態に呆けてしまう文であったが、すぐさま我に返り皆の後を追う。

 

「あ、あの、どうしたんですか!?」

「射命丸、お前さん……わからないのかい?」

「えっ?」

「私達が向かっている方向に、意識を集中させてみなさい」

 

 少しだけ呆れを含んだ口調で文にそう告げる紫。

 訝しげになりながらも、言われたように文はそちらへと意識を集中して……漸く気がついた。

 

「……【玄武の沢】に、妖力が集まり始めている?」

 

 そう、今まさに向かおうとしていた【玄武の沢】に向かって、多数の妖力が近づいているのだ。

 その状況が何を意味するのか……それを理解した文の顔が青ざめていく。

 

「とうとう【玄武の沢】まで進撃してきたって事かい……無法者が山の支配者気取りとは、笑えないねえまったくさあ!!」

 

 怒りの形相を浮かべつつ、勇儀は更に走る速度を速める。

 だがそれでも沢に着くまでまだ幾ばくかの時間が掛かる、間に合うのかという焦りが勇儀の中で生まれ始めた。

 

――沢は現在、豪鬼の謀反を許せず彼等と戦おうとしている者達の拠点となっている。

 

 しかし、中には豪鬼と彼に付き従う事を決めた者達と戦い、傷を負っている者達も大勢居るのだ。

 そのような状態の沢に責められれば、結果がどうなるかなど考えるまでもない。

 ……この一件で既に命を喪ってしまった者達も居る。

 これ以上の犠牲を増やすわけにはいかない、だが――沢まではまだ距離があった。

 

「――雷龍気、昇華!!」

「っ、龍人……!?」

 

 勇儀の隣を走っていた龍人の身体に、雷が奔る。

 

「勇儀、掴まれ!! 紫、勇儀と先に行く!!」

 

 言うやいなや、龍人は自身の右手を勇儀に向かって伸ばす。

 それを無意識に掴もうと、勇儀が左手を伸ばし、彼の手を掴んだ瞬間。

 

「――紫電!!」

「うぁ……っ!!?」

 

 龍人に手を掴まれ、全身に凄まじい衝撃が襲い掛かった。

 

「な、ん……!?」

 

 景色が、まともに見れない程に流れている。

 いや、流れているのではなく……自分が凄まじい速度で移動しているのだ。

 

(コイツ……!)

 

 だが勇儀は今、足を動かしていない。

 自分の左手を掴んでいる龍人に引っ張られるような形で移動しているのだが……その移動スピードは尋常ではなかった。

 妖怪の中でも最速の異名を持つ鴉天狗よりも更に速い、最強の天狗である【天魔】にすら届きうるかもしれない。

 

(……どうやら、あたしは相当コイツを見縊(みくび)っていたようだね)

 

 半妖である龍人の力など、彼の仲間である紫や妖忌に比べればたいした事はない、勇儀はそう思っていた。

 しかし現実は違ったものだ、見る目が無い自分自身を勇儀は恥じた。

 

「―――見えた!!」

「よし、どうやら間に合ったようだね!!」

 

 2人の視界が、【玄武の沢】を捉える。

 美しい湖のようなそこは、到る所に河童が暮らす水に浮かぶ家々が点在している。

 水と共に生きる河童が暮らすそこは今、まさしく戦場へと変わろうとしていた。

 沢の入口で身構える絶鬼側に付いた天狗や河童の面々、そこへ向かっていくのは豪鬼側に付いた天狗達。

 

 今にも戦いが始まろうとしていたが、両者はまだ睨み合いをしているだけに留まっている。

 ……拮抗を崩すなら今が好機、そう思った勇儀は龍人に声を掛けた。

 

「龍人、あたしをおもいっきり敵側にぶん投げな」

「えっ?」

「奇襲を仕掛ける。できるだろ?」

「……わかった、いくぞ勇儀!!」

 

 彼女の手を掴んでいる右手に、力を込める。

 

「ぬっ、ぐ――りゃああああああっ!!!」

 

 そして、勇儀を力任せに敵陣に向かって投げつけた――!

 

「おおおおおおおおおおおっ!!!」

「な、何だ……!?」

 

 こちらに向かって飛んでくる勇儀を見て、敵の妖怪達からどよめきの声が上がり始める。

 その姿はあまりにも愚か、如何に突然の事態に遭遇したとはいえ、対策に転じようともしないなど愚の骨頂。

 

「――ぬんりゃああああああっ!!!!」

 

 気合一閃、拳に鬼の剛力と妖力を込め、勇儀は敵陣の中央に向かって拳を振り下ろす。

 その一撃は誰にも当たらず、そのまま地面へと叩き込まれ――()()した。

 比喩でもなんでもなく、勇儀の拳にあまりの破壊力に爆発が巻き起こり、彼女の周りの妖怪達は揃って吹き飛ばされる。

 

「あ、あれは星熊様……!?」

「勇儀様だ………!」

 

 彼女の姿を確認し、沢に居た者達からは喜びを含んだ声が放たれる。

 

「今だよみんな、一気に攻めて倒すんだ!!」

『応っ!!』

 

 勇儀の鼓舞を受け、絶鬼側の妖怪達も一斉に攻撃へと転じた。

 

「……すっげえ力だなー」

「お前さんの速さもたいしたもんだよ、さっきの非礼を許してほしい。正直お前さんを見下してた。

 けど今は違う。――改めてこちらからお願いしたい、あたし達に協力してくれるかい?」

「勿論! 友達の助けになるって決めたからな!!」

「……感謝するよ」

 

「――龍人、やる気になるのは結構だけど、1人で無茶は駄目よ」

 

 そう言いながら龍人達の前に降り立ったのは、紫と妖忌。

 遅れて文も登場したが、全速力で飛んだためか息が乱れている。

 

「よし、いくぞ!!」

 

 左手に持っていた長剣を鞘から抜き取る龍人。

 

「――龍人、少し借りるわよ」

 

 言いながら紫はスキマを2つ展開し、中から光魔と闇魔を取り出した。

 妖忌も桜観剣を取り出し、霊力を解放させる。

 そして紫達は、戦場を駆け始めた……。

 

 

 

 

「……何だと? 勇儀が?」

 

 山の頂上付近にある、里の中心にある屋敷。

 そこで部下の鬼に勇儀が玄武の沢に現れた事を報告され、豪鬼は忌々しげに表情を歪ませる。

 

「あの小娘……誰に牙を向けているのかわかっていないようだ」

 

 豪鬼の怒りが妖力となって溢れ出し、屋敷の所々がひび割れ軋みを上げていく。

 報告に来た鬼も、豪鬼の妖力を間近で受けてしまい、すっかり萎縮してしまっていた。

 

「――あいつらを向かわせろ」

「まさか、あの御方達を!?」

「過剰な戦力だが構わん。邪魔な羽虫共はさっさと潰すに限るからな」

 

 わかったらさっさといけ、そう告げ豪鬼は酒を乱暴に注ぎ一気に飲み干した。

 

「勇儀、オレを裏切ってただで済むと思うなよ……?」

 

 

 

 

To.Be.Continued...




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