妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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強くならなければ。
その思いを胸に、紫達は妖怪の山へと赴く。



第三章 ~動乱の山~
第29話 ~妖怪の山へ~


「ほあー……」

「ぷっ、何よその声」

「力が抜けるからやめろ」

「ごめん。でもさ……こんなにでかいとは思わなかったんだ」

 

 ぽかーんと口を開く龍人に紫は苦笑し、妖忌は冷めた視線を彼に向ける。

 しかし彼の反応は無理からぬ事だと紫は思いつつ、視線を前方へと向けた。

 紫達の前方に広がるのは、【妖怪の山】と呼ばれる山の美しい景色。

 数多くの花々が咲き乱れ、遠くからは滝の流れる音が聞こえる。

 標高三千メートルは軽く超える山だが、隙間なく花々が咲いている光景は圧巻の一言だった。

 

 これだけの自然溢れる景色はそうそう拝めないだろう、それ故に紫も口や態度に出さないものの、妖怪の山の景色に心が奪われていた。

 このままこの大自然を心行くまで堪能したい……が、ここに来たのは観光目的ではないのだ。

 

――妖怪の山は、この土地そのものが巨大な組織のようなものである。

 

 山を統べるのはあらゆる妖怪の中でも群を抜いて高い戦闘能力を誇る鬼、その下には鬼ほどではないにしろ高い能力を持ち、且つ妖怪にしては珍しく組織立って行動する天狗が存在している。

 更に河童や他の妖怪もその勢力の中に入っており、他の勢力も迂闊に手を出せないほどの強大な組織なのだ。

 そんな彼等と協力関係を築く事ができれば……紫はそんな思惑があった。

 

 とはいえ、事はそう簡単には進まない。

 この山に生きる妖怪は、同じ土地に生きる妖怪には仲間意識が存在するものの、山の外に居る者には決して心を開かない。

 迂闊に山の中に入ればたちまち攻撃されてしまう所からも、妖怪の山の体制がどんなものかわかるだろう。

 だからこそ、紫は山の麓から少し離れた場所に立ち止まり、一向に歩を進めようとはしていなかった。

 妖怪の山の事を知っている妖忌も同様にその場で待機し、思案に暮れている。

 

「なあ、入らないのか?」

「龍人、妖怪の山に住む妖怪達は余所者には決して容赦しないのよ。迂闊に入ればすぐに迎撃されてしまうの」

「ふーん……でもさ、妖怪の山に用事があるなら入るしかないんじゃないか?」

「それはそうだけど……迂闊な事はできないのよ」

 

 しかし、龍人の言い分も尤もである。

 妖怪の山と敵対関係にならずに山へと入る、そんな方法は……はっきり言って存在しない。

 かといって考えもなしに山に入れば天狗達に攻撃される、八方塞りだ。

 

「――面倒だな。天狗達が襲ってきたら斬ればいいか?」

「妖忌。冗談でもそんな辻斬りみたいな事を言わないで頂戴」

(…………半分は本気だったんだがな)

 

「…………ん?」

「龍人……?」

 

 さてどうしようかと思っていた矢先、突然龍人は妖怪の山の奥を見るように視線をそちらに向ける。

 

「…………」

「どうしたの?」

「……向こうから、嫌な感じがする」

 

 そう言って、龍人は前方の妖怪の山の一角を指差した。

 彼が指差す方向へと意識を向ける紫、しかし彼が言うようなものは感じ取れない。

 

「気のせいじゃないのか?」

 

 妖忌がそう言うが、龍人は首を横に振って彼の言葉を否定する。

 ……しかし、彼の第六感は眠りから醒めてから鋭くなっている、それに(りゅう)(じん)という種族は普通の人間や妖怪よりもそういった“悪意”や“敵意”といったものに敏感だと紫は前に龍哉から聞いた事があった。

 

「……確かめてみましょう。龍人、案内できる?」

「おい、確かめるのは別にかまわねえが……山の中に入る事になるぞ?」

「どの道山の妖怪達に会わないまま目的を果たす事はできないわ。だったら龍人の感じたものを確かめるついでに山に入ればいい」

「ったく……龍人には本当に甘いもんだ」

 

 皮肉を口にしながらも、妖忌はそれ以上何も言わなかった。

 

「いくぞ」

 

 駆け出す龍人、紫と妖忌もその後を追った。

 そして3人は妖怪の山へと入り――その瞬間、紫と妖忌の身体に重苦しい空気が纏わりつく。

 それは敵意と殺気に溢れた空気、おもわず2人は顔をしかめる中で……龍人だけは、気にせず駆け抜けていた。

 感じ取っていないわけではない、寧ろ彼は2人よりも早くこの空気を肌で感じ取っている。

 しかし不思議と彼の中に不快感は無かった、一体どうしてと自問していると……開けた場所が見え、3人はすぐさま近くの木々に身体を預け気配を殺した。

 

 顔だけを木から出し、3人は同じ場所へと視線を向ける。

 傾斜が多い妖怪の山の中にある、平坦な地面が広がる箇所。

 ちょっとした広場と呼べるその場所で、1人の少女が複数の男女に囲まれていた。

 少女の方はまだ十も満たぬほどの子供であり、短く切り揃えられた黒髪が特徴的だが……何よりも、少女の背中から生えている大きな黒い羽が目立っている。

 無論この少女は人間ではない、この妖怪の山に住む“(からす)天狗”と呼ばれる天狗の一人だ。

 そんな鴉天狗の少女を取り囲んでいるのも、同じく天狗――白い耳と尾が特徴的な“(はく)(ろう)天狗”と呼ばれる天狗の中でも下っ端の部類の者達である。

 

「……紫、あれって天狗?」

 

 感づかれないように、小さな声で紫に問いかける龍人。

 

「あの小さな黒髪の少女が鴉天狗、他の犬みたいな耳と白い尾を持つのが白狼天狗よ」

「…………同族で殺し合いでもしてんのか?」

 

 妖忌がそう思ってしまうほど、天狗達の周囲には濃厚な殺気と敵意に満ち溢れていた。

 だがおかしい、天狗……というよりこの妖怪の山で生きる妖怪達は、種族の違いがあっても同じ山に暮らす者同士で争ったりはしない。

 多少の小競り合いはあるとしても、このような殺し合い寸前の空気になる状況など、普通ならばありえない。

 

(……何かが、起きているようね)

 

 この妖怪の山で、何かが起きている。

 詳細はわからないが、紫は漠然とそう思えた。

 

「紫、あいつ怪我してる。助けよう!」

 

 少女の身体に刻まれた無数の刀傷を見て、龍人はそう進言するが、紫は静かに首を横に振った。

 

「介入すれば妖怪の山全体と敵対関係になってしまう可能性だってあるわ。迂闊な行動はできない」

「でも、このままじゃあいつ……殺されるぞ?」

「…………」

 

 確かに龍人の言ったように、このままではあの鴉天狗の少女は殺される。

 鴉天狗は白狼天狗よりも上位の存在とはいえ、あの少女はまだ子供、そこまでの力は無い。

 だからこそ数の差があるとはいえ白狼天狗に追い込まれているのだろう。

 しかしだ、紫としては妖怪の山という巨大な組織との関係を悪いものにはしたくないという思惑があった。

 白狼天狗や鴉天狗ならばなんとかなるだろう、しかしその上にいる大天狗や天狗の長である【(てん)()】。

 更にこの妖怪の山を統治してる【鬼】には、まだ自分達では太刀打ちできない。

 可哀想だが、ここはあの少女を見捨てるしか……。

 

「――――助けるぞ」

「…………はぁ」

 

 龍人のそんな言葉を聞いて数秒後、紫は予想通りと思いながら溜め息を吐き出した。

 妖忌も溜め息こそ出さないものの、呆れに満ちた顔になっていた。

 

「でもあいつらと戦うつもりはないよ。だって妖怪の山の妖怪と戦ったら拙いんだろ?」

「それはそうだけど……どうするつもり?」

「こうする。――風龍気、昇華!!」

 

 大気に宿る自然エネルギーを風の力に変える龍人。

 そして瞬時に場へと潜入、少女の前へと躍り出て先手を打った。

 

(ごう)(りゅう)(ふう)(ばく)(じん)!!!」

「なっ――うおおおっ!!?」

 

 右手に集めた風龍気の力を、地面に叩きつける龍人。

 瞬間、彼を中心として場に凄まじい突風が巻き起こり、それはそのまま白狼天狗達へと襲い掛かった。

 突然の事態に反応が遅れた白狼天狗達は、その嵐のような突風をまともに受け動きを止める。

 しかしそれもあと数秒の話だ、龍人が繰り出した今の技は攻撃の類ではなくあくまで足止めの為の技。

 

「じっとしてろよ?」

「えっ――きゃあ!?」

 

 なので龍人はすかさず鴉天狗の少女の身体を抱きかかえ、その場から離れ始めた。

 

「紫!!」

「はいはい」

 

 龍人に声を掛けられると同時に、紫は自身の前にスキマを展開。

 その時には突風も止み、混乱しながらも白狼天狗達は紫達の姿を捉えており、すぐさま追撃しようと動きを見せていた。

 

「――冥想斬!!」

 

 抜刀、斬撃。

 2つの動作をほぼ同時に行い、妖忌が放った光の刃は白狼天狗達の前の地面を粉砕。

 それによって土煙が昇り、再び白狼天狗達の動きが止められた。

 その隙を逃さず、3人は少女を連れてスキマへと飛び込み――予め繋いでおいた稗田家の屋敷へと移動する。

 

「ぷはぁー……よし、成功!」

 

 右手で握り拳を作り、悪戯が上手くいった子供の笑みを浮かべる龍人。

 

「…………紫さんに龍人さん、いきなりどうしたんですか?」

 

 と、阿一のそんな驚きに満ちた声が聞こえてきた。

 

「ごめんなさい阿一、突然お邪魔して」

「いえいえ、それは構いませんが……どうしたんですか?」

「きちんと説明するわ。その前に……」

 

 鴉天狗の少女へと視線を向ける紫。

 そこには予想通り、今の状況についていけずポカンとしている少女の姿があったのだった。

 

 

 

 

「――成る程、とりあえずあなた達が何者であるのかわかったし、助けてもらった事には礼を言っておくわ」

「気にしなくていいわよ。私も妖忌も最初はあなたを助ける気は無かったんだから」

 

 少女の治療をしながら、紫は自分達の事を少女に説明する。

 

「ところで、お前名前はなんていうんだ?」

「…………文よ。(しゃ)(めい)(まる)(あや)

「文か、よろしくな文!」

 

 そう言って、右手を差し出し龍人は文に握手を求める。

 彼の行動に訝しげな表情を浮かべながらも、文はおとなしく握手に応じた。

 

「…………ところで」

「?」

「さっきから私の事を凝視しながら一心不乱に筆を進めているこの人間はなんなのかしら?」

 

 冷たい視線を向ける文の先には、彼女の言ったように一心不乱に筆を進めている阿一の姿が。

 どことなく興奮気味の彼は、こう言ってはなんだが……不気味であった。

 だがまあそれも致し方ないのかもしれない、彼は滅多に見れない天狗と立ち会っているのだから。

 

 妖怪の山というのは、人間妖怪問わず知っている者は多い。

 しかし、その妖怪の山に暮らす妖怪達の事を知っている者は殆ど居ないのだ。

 山の妖怪達は滅多に外へと足を運ばない、故に目撃例や生態などといった情報は皆無なのである。

 幻想郷縁起を執筆している阿一にとっては、滅多にお目に掛かれない天狗に出会えた事はとてつもない喜びなのだろう。

 尤も、その喜ぶ姿は紫達にとっても不気味に映ってしまうものだが。

 

「阿一は妖怪が好きな人間だからなー」

「…………正気?」

「悪い人ではないのよ。だから気にしないでくれると助かるわ」

「……まあ、休ませて貰っているしそこは別に構わないけど」

 

 けど、やっぱり変わった人間だと文は思った。

 

「――おい。いい加減本題に入ったらどうだ?」

 

 そう言ったのは、先程まで沈黙を貫いていた妖忌。

 

「何かしら? 半人半霊」

「魂魄妖忌だ。――お前、どうして同じ天狗に命を狙われていた? それも鴉天狗にとって自分より下の立場である筈の白狼天狗に」

「…………」

 

 妖忌の問いに、けれど文は沈黙で返す。

 答えるつもりは無いと、彼女の態度がそう答えていた。

 外の存在である紫達に、妖怪の山の状況を教えたくないと思っているのだろう。

 

「悪いけど、だんまりを決め込ませるわけにはいかないの」

 

 しかしだ、このままというわけには当然いかないのは道理であった。

 

「私達は妖怪の山に用があるの。でもあの状況は普通じゃない、私達の目的を果たすにはその状況をなんとかしないといけないみたいだし……話してもらうわよ?」

 

 有無を言わさぬ口調で、紫はもう一度文に問うた。

 だが、それでも文は口を開こうとしない。

 幼いながらも実力が上の相手を前にして沈黙を貫けるその胆力には感嘆すると同時に、山の妖怪が持つ排他的な考え方が染み付いた文の姿には呆れすら抱いた。

 

「なあ、お前困ってるんだろ? 俺達でよければ力になるから、話してくれないか?」

「力に、なる……?」

 

 漸く文は口を開き、信じられないといった表情を龍人へと向ける。

 対する龍人はそれ以上何も言わず、ただ真っ直ぐな視線で文を見つめていた。

 

「私と妖忌はともかく、彼は純粋にあなたの力になりたいと思っているわ。まあ信じられないでしょうけど」

「…………」

 

 再び場に訪れる沈黙。

 文の中で、現在の山の状態を教えたくないという思いと、素直に吐露したいという思いが(せめ)ぎ合っている。

 

(どうすればいい? 私はどちらを選べば良いと思っているの……?)

 

 迷いは大きくなるばかり、しかし――このまま無駄な時間を過ごしている余裕は存在しない。

 文は一刻も早く山に戻らねばならない理由がある、そうしなければ“あの人”は――

 

「――協力する。お前がそれを望むのなら……俺はお前の味方になる」

「…………」

 

 龍人の、その言葉を聞いて。

 文の中の迷いが、少しだけ晴れてくれた。

 

「………………謀反が、起きたのよ」

「謀反? 紫、謀反って何だ?」

「仕えるべき君主に反乱を起こす事、他にも色々な意味があるけど……今回の謀反はそういった意味合いでしょう?」

 

 無言で頷く文。

 成る程、天狗同士であのような状態になっていた理由も謀反が起きたというのならば納得ができる。

 文と対峙していた白狼天狗は、その謀反を起こした側に就いたのだろう。

 

 ……しかし、だ。

 謀反を起こした側は、あまりにも軽率な行動だと紫は思う。

 何故か? その理由は現在の妖怪の山を治めている存在にあった。

 

「――妖怪の山を統治しているのは【鬼】の一族、その頂点に君臨するのは……鬼の大頭にして【五大妖】の1人だという話だけど?」

「五大妖……」

 

 五大妖という単語を聞いて、僅かに龍人の表情が曇る。

 ……五大妖の名は、龍人に“あの男”の事を否が応でも思い出させてしまっていた。

 

「そうよ。【五大妖】の1人にして最強の【鬼】――(ほし)(ぐま)(ぜっ)()様、あの御方に叶う妖怪なんてそれこそ同じ【五大妖】と呼ばれる存在のみ」

「ならわかる筈よ。謀反を起こした所で無駄だという事に」

 

 そう、たとえ絶鬼以外の鬼全てが彼に反旗を翻したとしても、その全てを打ち砕く力はある。

 それだけ五大妖と呼ばれる妖怪の力は底が無いのだ、それは同じく山に暮らす妖怪ならば知らないわけがない筈なのだ。

 

「勿論私だってそう思ってた。でも……現在山にある里は謀反を起こした者達によって占領されているし、絶鬼様も私達天狗を纏め上げてくださっている【天魔】様も……捕らえられているという話よ」

「何ですって……!?」

 

 その言葉は、紫を驚愕させるには充分すぎる程の内容であった。

 天魔――天狗達を統治する最強の天狗であり、その実力は【五大妖】ほどではないにしろそれに近い能力がある天狗だ。

 だというのに、その2人が捕らえられているなど容易に信じられる話ではなかった。

 しかし文は決して嘘偽りを言っているわけではない、彼女の態度を見れば一目瞭然だし何よりそんな嘘を吐き出す必要性も無い。

 つまり彼女の言葉は真実であり、けれどやはり紫には信じられなかった。

 

「一体首謀者は何者なの?」

 

 少しだけ焦りを含んだ口調で、紫は再び文に問うた。

 ……嫌な考えが、頭に浮かんだせいだ。

 “ある存在”が今回の謀反に関わっているかもしれない、そう思ったからこそこのような態度になってしまっていた。

 

「首謀者は……鬼よ」

「鬼……」

「ええ。尤もただの鬼ではないわ、その者は【山の四天王】の1人であり……()()()()()()である鬼の若頭、(ほし)(ぐま)(ごう)()よ」

 

 

 

 

――石造りの階段から、ゆっくりと下っていく足音が響く。

 

 ここは妖怪の山の奥深くに存在する、鬼や天狗が住まう隠れ里。

 更にその地下に向かって、一人の青年――正確には鬼の若者が歩を進めていた。

 見た目は長身な成人男性といった風貌だが、額には天に向かって聳え立つかのような赤い角が生えている。

 更にその身体はまるで鋼鉄の如し硬さと逞しさを兼ね備えており、この鬼の若者の力強さを訴えているかのようだ。

 

 やがて階段が終わりを見せ、鬼の若者はその先にある地下牢へと視線を向ける。

 山の規律を破った者、山に侵入してきた者を閉じ込めておく目的で作られたそれはしかし、今は別の用途で使われていた。

 捕らえられているのは――天狗や河童、その他山に生きる妖怪達。

 しかしその者達の誰もが、本来この地下牢に捕らわれる必要など無い者達だ。

 

――この者達は、謀反を起こした反乱分子達に抵抗した妖怪達である。

 

 その誰もが、鬼の若者に対し憎しみと怒りの感情を向けている。

 それら全てを軽々と受け流し、鬼の若者は一番奥にある特別強固な牢へと足を運んだ。

 妖力を抑える結界に、個々が持つ特殊な能力を使用を制限させる特別な術式が組み込まれた札を貼られた牢は、如何なる大妖怪すらも一度入れば自力では抜けられない強固さを誇っている。

 

 そして、その中に居るのは――この山の支配者にして五大妖の1人、星熊絶鬼と。

 絶鬼の右腕であり、天狗達の長である【天魔】――()()であった。

 

「――よお。気分はどうだ?」

「………………お前か」

 

 重厚で、しかし穏やかな声で絶鬼は鬼の若者に視線を向ける。

 その赤い瞳に鬼の若者に対する憎しみの色は見られない。

 あるのは失望と、ほんの少しの憐れみの色だった。

 

「貴様……! 自分が何をしているのかわかっているのか!?」

 

 対する沙耶は、鬼の若者を見るなりまるで噛みつかんとばかりに怒声を張り上げた。

 しかし強大な力を持つ彼女でも、この牢の中に居る限り赤子と同位。

 こうして憎しみの瞳と呪いの言葉を吐き出す事しかできないでいた。

 

「お前達の時代は終わった。オレが今の山の体制を変えてやる」

「好きにせい。ワシはお前に敗れた以上何を言っても敗者の弁に成り下がるだけだ」

「絶鬼様!?」

 

 信じられぬという視線を絶鬼に向ける沙耶。

 

「しかし、お前のやろうとしている事は人間と妖怪の関係性を決定的なものにするものだぞ?」

「はっ、鬼の大頭と呼ばれた存在が随分と情けない事を言うものだな。――人間など、我等鬼……いや、妖怪にとって家畜も同等。

 ならば奴等との関係がどうなろうとも変わりない、何をしようとも……我等の優位は変わらん」

「…………」

「そこでおとなしく待っていろ。このオレが、新たな山の支配者となり人間達全てを滅ぼすその時をな」

 

 高笑いをしながら、鬼の若者は牢から去っていく。

 その後ろ姿を、絶鬼は先程から見せている憐れみの表情を変えぬまま。

 

 

 

「――愚かな男よ。他者を踏み躙る事しかできんとは……何故ワシの息子でありながらそれが如何に愚かしい事かわからぬ。豪鬼よ……」

 

 自らの息子に、悲しみの言葉をそっと呟いた……。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




第三章、妖怪の山編スタートです。
またお付き合いしてくださると嬉しく思います。

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