妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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五大妖、大神刹那によって全滅の危機に瀕する紫達。
そして紫の命が奪われそうになった瞬間、龍哉が現れる。

彼の登場によって歓喜する刹那であったが、彼はまだ気づかない。
息子である龍人を傷つけられ、彼がかつてない程の怒りを抱いている事に……。


第27話 ~選んではならぬ選択~

――それは、まさしく圧倒的であった。

 

 刹那が龍哉に放った一撃も紫には見えなかったが、龍哉の一撃はそれよりも更に速かった。

 拳の一撃で刹那の身体に風穴を開けたと紫が理解した時には、既に龍哉は肘鉄と膝蹴りの二撃を刹那に叩き込んでいた。

 

「ご、が、ぁ……!?」

 

 たった三撃、それだけであの五大妖が、人狼族最強の男が容易く膝を付いた。

 口からはまるで滝のように血を吐き出し、右腕と左足はあらぬ方向に折れ曲がっている。

 紫達を圧倒した姿は微塵も無く、刹那は完全に“狩られる側”に回っていた。

 

「刹那、確かにお前は強いさ。だがな……今まで俺と互角に戦えてたのはただ単に俺が手加減してやってたからなんだよ。

 だがお前はやっちゃいけねえ事をした、俺の息子を傷つけ、その息子が一番大切に想ってる友達であり俺にとっての弟子を傷つけた。

 ――俺を本気にさせた以上、たとえ背伸びしようとも俺には勝てねえんだよ」

「ぐ、ぐがぁ――!!」

 

 自分を見下す龍哉に怒りを募らせながら、刹那は無事な左腕で彼に殴りかかる。

 だが無意味、それを呆気なく掴み、龍哉は容赦なく刹那の左腕を握り砕き、更にブチンと根元から引き千切った。

 

「ぎ――がああああああああっ!!?」

「…………」

 

 断末魔のような叫びを放つ刹那を、龍哉は無造作にまるでボールのように蹴り飛ばす。

 しかしその無造作な蹴りでもまごうことなき必殺の一撃、まともに受けた刹那の身体は地面を削りながら吹き飛んでいき……止まった時には、彼はピクリとも動かなくなっていた。

 

「――――」

 

 その光景を、紫はただ黙って見つめている事しかできなかった。

 凄まじい、などという表現ですら追いつかない、龍哉の力にただただ圧倒される。

 たとえ妖怪の身に堕ちてしまったとしても、龍神であった彼の力は健在であった。

 

「……子を守る親の思い、見事なものです」

 

 だというのに。

 あれだけの力を見せられて尚、アリアは口元から余裕の笑みを消したりはしなかった。

 

「そいつを放せ、2人の大切な友人なんでな」

「そういうわけにはいきません。彼女の……彼女の魂は、ワタシ達にとって必要なものになりますので」

「ワタシ、達? って事はお前さん、誰かの命で動いてるって事か?」

「ええ、今は諸事情があって動けない我が主に代わってです」

「……よくもまあペラペラと話すもんだな。普通そういった事は隠すんじゃないのか?」

「そうですわね、でも……」

 

―――どうせ全員死ぬのですから、関係ないのでは?

 

 美しく、残酷な笑みを浮かべながらそう告げるアリア。

 それは決して挑発の類ではない、彼女は本気で龍哉達の命を奪えると思っている。

 たいした自信だ、まともに戦えるのが龍哉しか居なくなったとはいえ、既に五大妖の刹那は戦闘不能。

 得体の知れない存在ではあるが、油断しなければ勝てない相手ではないと龍哉は永い年月の果てに培ってきた経験によりそう判断している。

 

「……油断しなければ勝てない相手ではない、そう思っていますか?」

「…………」

「確かにそうでしょう。今のあなたとまともに戦えば……おそらくワタシは敗れるでしょうね」

 

 それは皮肉の類ではなく、本心からの言葉だった。

 アリアは龍哉には勝てない、それをわかっていながらも余裕の色を見せている。

 

「――致し方、ありませんか」

「……っ、紫、龍人の傍に居てやれ!!」

 

 視線は向けず、背後に居る紫にそう言い放つ龍哉。

 その声に一瞬ビクッと身体を震わせながらも、紫は未だ倒れたまま動かない龍人の元へと向かおうとして。

 

「――解放しましょう。呪いの桜をね」

 

 アリアのそんな声を耳に入れた瞬間。

 

「っ、えっ……!?」

 

 周囲の空気が一瞬で変わった事に気づき、紫はおもわずその場から動けなくなった。

 

西(さい)(ぎょう)(あやかし)、今こそ全てを解放する時ですよ。その忌々しき呪いの力を――見せなさい」

 

 まるで歌うように、アリアは中庭の奥に咲く桜の木にそう告げる。

 瞬間――まるで覆い尽くさんとばかりの大きさまで、桜の花弁が一瞬で咲き乱れた。

 

「っ!? げ、ぶ、ぅ……!?」

「ご、ぁ……!?」

 

 激しく舞い散る桜の花弁。

 それらが紫達と触れた瞬間、彼女達は突如として吐血した。

 それだけではない、全身の力は抜けていき、視界は霞み、生きていく気力すら奪われていく。

 突然の事態に混乱する紫達であったが、その隙すら逃さぬとアリアが動く。

 音も無く、瞬きすらできない間にアリアの右手には長さ七尺近くもある規格外の刀が握り締められた。

 何の装飾も施されていない、ただ他者を斬る為だけに特化したある意味では刀らしい刀。

 無骨で、けれどその刀からは宝剣(クラス)の力を感じられた。

 

「て、てめ……一体、何を……」

 

 血を吐き続けながら膝を付く龍哉。

 今すぐにアリアを黙らせ彼女が拘束している幽々子を助けようと思っているのに、彼の身体からは力が抜け続けていく。

 否、彼だけではなくまだ意識を保っている紫も、同様の状態に陥っていた。

 

「あの桜は西行妖、人々の魂を取り込み妖怪と化した桜。

 数多くの魂を取り込んだ結果、あの桜には他者を死に至らしめる力を発現させたのですわ」

「じ、じゃあ……こいつ、も……」

「その呪いの力はあまりにも強大、たとえ元々が龍神であるあなたすら蝕むほど」

「だ、だったら……どうして、てめえは……」

「あの桜の事はよく知っていますもの、故に呪いの力を及ばせない事だってできますわ」

 

 事も無げに言い放つアリアだが、その言葉は到底鵜呑みには出来なかった。

 今現在その呪いを受けているからこそわかる、これは生半可な呪いではない。

 死に至らしめる、ではなく死を決定させる未来を作ると言っても過言ではない強制力。

 その中で平然としていられる存在など、それこそ高位の神々くらいなものだ。

 しかしアリアは神ではない、あくまでその肉体は妖怪のそれだというのはわかっている。

 

「このままでもあなた方は死にますが、念のためにワタシ自らが引導を渡してあげますわね」

 

 残酷な宣言をしつつ、アリアは刀を持つ右手を龍哉に向かって振り上げる。

 しかし龍哉は抵抗できない、西行妖による呪いの力が彼から完全に力を奪っていた。

 紫も意識を手放さないようにするのが精一杯、霞んでいく視界でその光景を眺めている事しかできなかった。

 

「もうやめて!!」

 

 そんな中、アリアに拘束されている幽々子が涙声で懇願する。

 死を誘う能力を持っているが故か、彼女の身体には西行妖の呪いの力は及んでいる様子は見られない。

 

「わ、私の命が欲しいなら、私だけを殺せばいいじゃない!! もうこれ以上、関係のない紫達を巻き込まないで!!」

「……優しいですわね。ですが何か勘違いをしているのでは? ワタシにとって彼等は邪魔でしかない、邪魔な存在は……排除するのが当然ではなくて?」

 

 幽々子の懇願を嘲笑うかのように、口元に笑みを浮かべながらそう言い放つアリア。

 それを見て幽々子の顔が絶望に満たされ、アリアの笑みはますます深まっていった。

 

「――さて、あなたが一番の脅威ですので、真っ先に殺して差し上げましょう。

 安心なさいな? あなたを降した後、すぐにあなたの息子も……そこに居る何もできない愚かな女も、すぐに後を追わせてあげましょう」

 

 言いながら、アリアの視線が紫に向けられる。

 その瞳は彼女に対する憎悪に満ち溢れており、まるで親の仇を見るかのように冷たい色を宿していた。

 

「……随分と、紫に対して憎しみを抱いているんだな」

「当たり前ですわ。あの女は自らの能力すらまともに扱えず、他者に支えられなければ何もできない弱い女。

 実に醜い、己の成すべき事すらわからずに無様に生き続けている……ワタシが一番憎いと思える存在ですもの」

「…………お前」

 

 今までとは違う、何処か未熟者を思わせるアリアの態度に、龍哉は違和感を覚える。

 だがそれも一瞬、すぐさま様子がいつもの状態に戻り、改めてアリアは龍哉を見下すように視線を向けた。

 

「さようなら」

 

 振るわれる斬撃。

 銀光は真っ直ぐ龍哉に向かい、その一撃は彼を五度死に至らしめる破壊力があるだろう。

 

「り――――」

 

 無駄だとわかっていても、紫は手を伸ばす。

 そんなものであの斬撃は止められない、でも今の彼女にはそんな事しかできなかった。

 そして、銀光が龍哉の身体を真っ二つに斬り裂いて…………。

 

「――――」

「なっ……」

 

 驚愕の声は――アリアから放たれた。

 彼女が放った斬撃は、間違いなく龍哉の命を奪える程の一撃だったのは間違いない。

 だが、現実は彼の命を奪うどころか――

 

「…………」

「龍、人………」

 

 意識を失っていた筈の龍人によって、()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐ、くっ……」

「…………」

 

 刀を持つ手に力を込めるアリアだが、ビクともしない。

 突然の事態に、アリアの思考は刀を龍人から離す事に集中してしまっており。

 

「っ―――!!?」

 

 あっさりと、彼の剣によって幽々子を拘束している左腕を斬り飛ばされてしまった。

 

「あっ、ぎ――あああああああああっ!!?」

 

 たまらず絶叫するアリア。

 そんな彼女を、龍人は無表情のまま容赦なく蹴り飛ばした。

 

「なっ……」

「龍人……?」

 

 その光景を、紫も龍哉も呆然と眺める事しかできなかった。

 彼が意識を取り戻した事も驚いたが、何より先程の一撃を指だけで止めるなど……。

 

「っ、幽々子!!」

 

 いち早く我に返った紫が、軋む身体に喝を入れながら倒れている幽々子へと駆け寄った。

 すぐさま彼女の様子を見るが、目立った外傷も無く紫はほっと安堵の溜め息を零す。

 

「――まさか、今のは……龍鱗盾(ドラゴンスケイル)?」

 

 よろよろと地面から起き上がるアリアが、聞き慣れない単語を呟く。

 

「まさか……でも今の彼がこの【(りゅう)()】を扱える力量を持っている筈が……」

「…………」

 

 表情を変えず、右手に持つ長剣を投げ捨てる龍人。

 次の瞬間には、彼の両手に光魔と闇魔が音も無く出現していた。

 

「くっ………!?」

 

 身構えるアリア、刹那――龍人は一瞬で彼女との間合いを詰めていた。

 

「きゃっ!?」

「あぅ……!?」

 

 鋼がぶつかり合う音と共に巻き起こる突風が、紫と幽々子の身体を吹き飛ばす。

 そのまま龍哉が倒れている場所まで飛ばされ、痛みに顔をしかめつつ紫は龍哉へと声を掛けた。

 

「……だ、大丈夫?」

「ああ。と言いたいが……アレを何とかしねえと駄目だな」

 

 言いながら、満開になった西行妖に視線を向ける龍哉。

 どういうわけか先程より呪いの力は弱まっているとはいえ、このままでは紫達の命が尽きる未来は変わらないだろう。

 

「…………」

「? 幽々子……?」

 

 幽々子の視線が気絶している妖忌と…既に事切れてしまった妖華へと向けられている。

 

「……どうして、こんな」

 

 はらはらと涙を流し、目の前の非情な現実に嘆く幽々子。

 

「私が……私が居たから、みんな……」

「っ、それは違うわ幽々子! 貴女は何も悪くない、だから自分を責めないで!!」

「そうだぜ……ぐっ、お譲ちゃんは何も悪くねえ……何の罪もねえのに、あんまり、自分を追い詰めるな……」

「…………」

 

 ああ、なんて優しいのだろう。

 こんなにも呪われた自分を、紫達は尚守ろうとしてくれている。

 それが嬉しくて……申し訳なくて。

 何もできない、何も返せない自分が幽々子は憎くて憎くてたまらなかった。

 

 他人を殺すしかできない自分を、友と言ってくれた紫と龍人。

 守られる事しかできない自分を、命を懸けて守ってくれた妖忌と妖華。

 これだけの者達に支えられているというのに、守られているというのに……何もできない。

 

「…………違う」

 

 何もできない、ではない、何もしていないだけだ。

 だがどうする? 自分は人間、幽々子には戦う術など持たない。

 でも何かできる筈だと、幽々子は必死に思考を巡らせて。

 

「――――」

 

 西行妖に視線を向けた瞬間――ある考えが彼女の中に生まれた。

 

「ぁ…………」

 

 瞬間、幽々子の身体が震え始める。

 

「幽々子、どうしたの!?」

 

 突然彼女の様子が変わり、おもわず声を荒げてしまう紫。

 だが幽々子は紫の言葉に反応を見せず、暫し身体を震わせてから。

 

「――――仕方、ないよね」と。

 震えを止め、瞳に決意の色を宿しながら上記の呟きを零した。

 

「幽々子……?」

「…………紫、ありがとう」

「えっ?」

 

 突然の感謝の言葉に、紫は間の抜けた反応を返してしまう。

 そんな彼女に優しく微笑んでから。

 

「ごめんね?」

 

 短く、そう言って。

 幽々子は、西行妖に向かって全速力で駆けていった。

 

「幽々子!?」

 

 その光景を目にした瞬間、紫はいいようのない不安に襲われる。

 いけない、彼女のあのまま西行妖に向かわせてはいけない。

 他ならぬ己自身にそう訴えられ、紫はすぐさま幽々子の後を追って――その場に倒れこんでしまった。

 

「えっ――――」

 

 起き上がろうとして、全身の感覚が麻痺している事に彼女は漸く気づく。

 西行妖の呪いによって、今の紫の身体には殆ど力が残されていなかった。

 

「幽々子、駄目!! 戻ってきなさい!!」

 

 今の紫には、こうして幽々子に向かって叫ぶ事しかできず。

 

――彼女の声を無視して、幽々子は西行妖の下へと辿り着いてしまった。

 

「…………」

 

 懐から、何かを取り出す幽々子。

 取り出したのは(あい)(くち)と呼ばれる鍔の無い短刀だった。

 

「――西行妖、その呪いの力はこの世にあってはいけないものなのよ」

 

 鞘から短刀を抜き取り、そっと自分の首筋に切っ先を向ける幽々子。

 

「…………」

 

 手が、全身が、恐怖から震え始める。

 自分がやろうとしている事に、幽々子は恐くて恐くて……できる事なら、今すぐ逃げたかった。

 

 だが、それはできない。

 何もできないまま、ただ黙ってこの現実を眺めているのも、もう終わりにしなくては。

 何も返せなかった自分ができる唯一の事は、もうこれしかないのだから。

 

「――私達のような存在は消えるべきなのよ西行妖、だから」

 

 だから――お前をここで封印します。

 

――そして。

 

 

「――さよなら、妖忌」

 

 

 一度、倒れたままの妖忌に最期の別れを告げ。

 

 幽々子は、短刀で自らの首を掻っ切って。

 

 十七年という生涯を、自らの手で幕引きした―――

 

 

 

 

To.Be.Continued...


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