龍人と妖忌はすぐさま臨戦態勢に入ったが、彼はまだ気づかない。
もう1人、圧倒的な力を持つ者が居る事に………。
『――――っ』
「? 2人とも、どうしたの?」
突然険しい顔付きになった紫と妖華を見て、幽々子は首を傾げる。
しかし今の2人に彼女の問いに答えを返す余裕は無く、すぐさま飛び出すように中庭へ。
「ぐ……っ」
「おわあっ!?」
中庭へと飛び出した瞬間、紫の視界に吹き飛ばされる龍人と妖忌の姿が入った。
だが2人に目立った外傷は無く、それにほっとしながら紫は2人が吹き飛んできた方向へと視線を向け。
「――ん? よお、龍人のヤツが居るからお前も居ると思ってたぜ。八雲紫」
かつて都で出会った女性――アリアの姿と。
銀髪の髪と銀の瞳を持った悪魔の姿を、視界に捉えた。
「…………大神、刹那」
「大神刹那……では、あの男は五大妖の……」
「どうしてあなたがここに……それに、何故アリアと一緒に居るの!?」
「そんな事はどうでもいいだろうが。それより……その人間を渡してもらうぜ?」
「えっ……」
「なっ!?」
刹那の視線が、幽々子に向けられる。
当然ながら幽々子は混乱し、紫と妖華は驚愕しつつも…身構えた。
「ふざけた事を……そんな事を許すと思っているのですか?」
「半人半霊、死にたくなけりゃさっさと消えろ。ああ……もう半分死んでるんだったか?」
コキコキと関節を鳴らしながら、刹那は妖力を解放する。
瞬間、彼を中心に凄まじい突風が巻き起こり、紫達はおもわず顔を手で覆った。
ただ妖力を解放しただけでこれだ、相も変わらず凄まじい力に紫達は恐怖する。
「――妖忌、桜観剣を!!」
「おう!!」
妖華に言われ、妖忌は右手に持っていた桜観剣を彼女に投げ渡す。
それを受け取ると共に妖華は桜観剣に霊力を注ぎ込んでいき、刀身が青白い光を放っていった。
「紫さん、幽々子様を何処か安全な場所に送ってください。あなたの能力を使えばそれも可能な筈!!」
「その間に、あいつらは俺達が食い止める!!」
「紫、頼む!!」
妖華、妖忌、そして龍人は一斉に刹那達に向かって走っていく。
「
「
「炎龍気、昇華!!!」
そして間合いを詰め、3人は自身が放てる最高の一手を繰り出す準備を終え。
「――
「――
「
妖華と妖忌は光の刀を、龍人は炎の剣を刹那達に向かって振り下ろし。
「――甘いんだよっ!!!」
刹那の、そんな叫びが放たれた時には。
3人の必殺の一撃は一瞬で弾かれ、同時に吹き飛ばされてしまった……。
「――――」
地面に叩きつけられる3人を、紫も幽々子も呆然と見つめる事しかできない。
ほぼ同時に放たれた三撃を、刹那は一瞬で防ぎ、弾き、吹き飛ばしてしまったのだ。
あまりにも規格外過ぎる、五大妖の力を改めて認識せざるをえなかった。
「くっ……!」
「きゃっ!?」
強引に幽々子の腕を掴み、紫はこの場から離脱する事に決める。
龍人達の事は勿論心配だ、できる事ならば彼等の元へと駆け寄り助けたいと思っている。
だが今の状況ではそれはあまりに愚行、相手の目的が幽々子であるのならば、まずは彼女を簡単に手出しできない場所に連れて行くのが先決だ。
なので紫はスキマを展開し、一先ず龍哉が居るであろう幻想郷へと彼女を連れていこうとして。
「――――」
何故かスキマを展開する事はせず、彼女は目を見開いたまま自分の手を見つめていた。
否、彼女はスキマを展開しようとしたのだ。
しかし――どういうわけなのか、
「――能力は、封じさせていただきましたわ」
「っ、ぐ……!?」
アリアに蹴られ、幽々子から離れてしまう紫。
幽々子が紫へと声を掛ける前に、アリアは素早い動きで彼女の身体を掴み上げ拘束してしまった。
「ぐ……幽々子……!」
「紫!!」
「あなたの能力はまさしく反則ですからね。暫くは使えませんわよ?」
「……あなた、一体何者なの……!?」
話しながらも紫は能力を使おうとするが、一向に使う事ができない。
アリアの言ったように、紫の能力が封じられているのは間違いないだろう。
しかしだ、境界を操るといった能力を封じられるなど、ありえる筈が無いのだ。
「……おいアリア、テメエ一体何をした?」
紫以外も疑問に思ったのか、協力しているであろう刹那も似たような質問を彼女に向ける。
「ふふふ、それは秘密ですわ」
しかしアリアはそう言って不敵に笑うだけで、決して答えを返そうとはしなかった。
――だが、今はそんな事を考えている場合ではない。
状況はまさしく絶望的、相手の目的である幽々子は拘束され、しかも取り返そうと思っても五大妖の刹那が向こう側に居る。
……自分では勝てない、否、この場に居る誰もが刹那には勝てない。
つまり幽々子を救う事は絶対に不可能、そんな事実を認めながらも――紫は立ち上がった。
「あら? まだ戦うのですか? あなた程の知能を持つのならば、もう抗っても無駄だと理解できる筈ですが……」
「あ、諦めるわけにはいかないわ……友人を、幽々子を見捨てる事なんて私にはできない!!」
「…………」
その言葉を聞いて、アリアの瞳に冷たい色が宿る。
まるで紫の行動が心から憎らしいと告げるように、彼女は初めて紫に向かって明確な敵意と殺意を向けた。
それに圧されて挫けそうになりながらも、紫は己を奮い立たせアリアと対峙する。
「……ぐ、く……っ」
「はぁ、はぁ、はぁ………」
「妖忌、妖華……」
紫の言葉が聞こえたのか、苦悶の表情を浮かべながらもしっかりと立ち上がる妖忌と妖華。
しかし……龍人は倒れたまま、一向に動きを見せなかった。
「…………龍人?」
「んー……ちっとばかし力を入れ過ぎたか?」
つまらなげにそう呟く刹那。
「――――」
まさか、と紫の視線が倒れたまま動かない龍人へと向けられる。
「龍人!!」
彼の名を呼ぶが、返事は返ってこない。
気絶した? それとも……。
「――死んだか?」
「っ、黙りなさい!!!」
考えたくもない未来を呟かれ、紫は殺気全開の瞳で刹那を睨み、指先から妖力弾を撃つ。
それは小型のレーザーのようになり、貫通力に優れた攻撃は刹那の心臓を貫こうとして。
「馬鹿か? 3人がかりであの様だってのに、テメエなんかが俺の身体に傷を付けられると思ってんのか?」
あっさりと、紫の怒りと憎しみを嘲笑うかのように、指一本で防がれてしまった。
「うっ……」
「ゆ、紫……能力が発動、しないんだったら……飛んででも幽々子様と龍人を連れて、に、逃げろ……!」
「……どうにか、我々が抑えている間に……」
「無駄な足掻きだな。テメエらなんぞ時間稼ぎにすらならねえよ」
「っ、何故です!? 何故五大妖であるあなたが幽々子様を狙うというのですか!?」
妖華が叫ぶように刹那へと問う。
「別にオレはそんな人間なんぞに興味はねえ。オレの目的は別にある」
話は終わりだ、無慈悲にそう告げてゆっくりと紫達に向かっていく刹那。
「…………」
「紫、みんな、逃げて!!」
幽々子が叫ぶ、しかし彼女の瞳から溢れ出す涙を見て、誰もその場から逃げようなどとは思えなかった。
……しかし現実は無常だ、このまま無慈悲に殺される未来を回避する術はない。
「――はああああああああっ!!!」
だがそれでも、諦めるわけにはいかないと妖華が動く。
裂帛の気合を込め、ありったけの霊力を桜観剣に込めながら刹那に向かって駆け抜ける。
その気迫はただ凄まじく、たとえ刺し違えても…そんな気概すら感じられた。
「――――はっ」
それを。
刹那は、心底呆れるように失笑してから。
「――――」
「主に忠義を尽くすのは認めてやる。だがな……実力が足りねえんじゃ、無意味なんだよ」
向かってきた妖華の剣戟を右腕で弾き飛ばし。
残る左腕で、彼女の心臓を容赦なく貫いた―――
「っ、妖華!!」
「おふくろーーーーーーーーっ!!!」
「が、ぅ……」
口から固まりかと思えるほどの量の血を吐き出す妖華。
ピクピクと痙攣し動かなくなった彼女を、刹那はまるでゴミのように投げ捨てる。
彼女の半霊も力無く地面に落ち、そのまま動かなくなった……。
「次はテメエか? 小僧」
「く、そ……くそがーーーーーーーーーっ!!!」
涙を流し、刹那に吶喊していく妖忌。
怒りと憎しみを全身から発しながら向かうその姿は、あまりにも悲しく……そして愚かだった。
「けっ……」
「ぐぁっ!?」
軽くあしらうように、刹那は妖忌を殴り飛ばす。
「――つまんねえなー。もう少し楽しめるかと思ったんだけどよ」
「それは残念ですわね。ですが協力はしていただきますわよ?」
「わーってるよ。さて……最後はテメエだ、紫」
「――――っ」
刹那が、向かってくる。
逃げなければ、それがわかっているのに……紫はその場から動く事ができない。
恐怖が、彼女の身体をまるで呪いのように縛っている。
ガタガタと身体を震わせ、今にも泣きそうな瞳で刹那を見る今の彼女は、殺される事を覚悟した小動物のように脆い存在となっていた。
それを何処か愉しげに見つめながら、やがて刹那は紫の眼前まで接近し立ち止まった。
「どうやって殺してほしい? 一思いに首を折ろうか? それともじわじわと嬲り殺してほしいか?」
「ぁ……あ……」
「腕や足を一本ずつ折ってから千切って、達磨のようにしてから殺すっていうのもいいなあ」
残虐な笑み、刹那はこの時間を心から愉しんでいる。
自分の相手にならなかった憐れな少女を、せめて少しでも無惨に残酷に殺してやろうと模索している。
その際に生まれる絶望や恐怖といった負の感情は、妖怪である刹那にとって何よりの馳走となるのだ。
「―――決めた、まずはその四肢を折って砕いて千切って喰らって……それから殺してやる」
「―――――」
「じゃあな?」
刹那の右腕が、紫の左腕を掴み上げる。
そして、まずは砕く勢いで折ってやろうと彼は腕に力を込め――
――その一撃を受け止め、刹那の身体を蹴り飛ばす第三者が現れる。
「っ、うおお……!?」
「…………」
「――――、ぁ」
紫の前に現れたのは、1人の男性。
紫もよく知っているその男は、普段とは違い凄まじい覇気を全身に纏ったまま。
「――よお、好き勝手やってくれたなテメエら」
身震いする程の冷たく重い声を、その口から放った。
「――――龍哉」
「……遅くなって悪かったな。今回の事は完全に俺の責任だ」
「いいえ……助かったわ」
まだ身体の震えは止まらず、その場から動けない紫の頭を、龍哉は安心させるようにそっと撫でた。
「……龍人はどうした?」
「っ、そうだわ……龍人が大変なの!!」
「ああ……?」
紫の指差した方向へと龍哉は視線を向け、絶句した。
倒れたまま動かない龍人の姿を見たからだ、見ると小刻みに彼の身体が震えている。
「悪かったな。ちっとばかし力を入れ過ぎちまったみてえだ」
「…………」
龍哉の視線が、妖忌と妖華にも向けられ……最後にアリアに拘束されている幽々子へと向けられた。
「……あの人間は、お前達の友人か?」
「ええ、守りたい友人よ。でも私は……私の力じゃ……」
「お前さんはまだまだ弱い、そんな力じゃ五大妖には遠く及ばねえさ。――龍人の傍に居てやってくれ」
言って、龍哉は数歩前に出る。
「へえ……テメエがそんな殺気に満ちた目になるなんざ、珍しいな」
少しだけ驚くように、刹那は言う。
確かに彼の言う通り、今の龍哉にはいつもの飄々とした雰囲気は微塵も無く、見るだけで心が凍り付いてしまうほどの殺気に溢れていた。
しかしさすが五大妖と呼ぶべきか、刹那はその殺気を向けられてもいつもの調子を崩さない。
寧ろ喜びすら見られる、事実――刹那は今喜んでいた。
龍哉という力ある存在と存分に戦える、それは闘争心の塊である刹那にとって望むべき状況だからだ。
そもそも彼がアリアという得体の知れない存在に協力するという酔狂な行動に走ったのも、彼女からいずれ紫達と対峙する事になると告げられたからだ。
しかも龍哉と存分に戦う状態になると言われれば、彼との戦いを望んでいた刹那にとって協力するに値する材料なのは言うまでも無く。
そして今、そのような状態になり彼は心から歓喜している。
「いくぜ龍哉、今日こそ決着着けようや……!」
瞬間、刹那は地を蹴り龍哉へと向かっていく。
その速度は紫達と戦っていた時よりも更に速く、彼が出せる最高速度であった。
「じゃ――!」
小手調べなどしない、刹那は自身が出せる最高の速度で彼の身体を砕こうと拳を繰り出し。
「っ、ごっ、が、ぁ……!?」
「――覚悟しろよクソガキ共、お前達は……必ずここで俺が殺してやる」
それすら上回る速度で放たれた龍哉の拳が、刹那の身体を易々と貫いた――
To.Be.Continued...