それ故に周囲に呪われ孤独になった彼女を紫は己と重ね、彼女の力になりたいと思い始める……。
――見慣れぬ天井が、紫の視界に広がった。
「…………」
半身を起き上がらせ、周囲を見渡す。
見慣れない部屋だ、現在厄介になっている阿一の屋敷ではない。
「…………ああ」
どうやら寝ぼけていたらしい、その事実に紫は僅かに羞恥しながら布団から起き出した。
ここは西行寺幽々子の屋敷、昨日から暫くこの屋敷に住まわせてもらう事になった事を漸く思い出す。
外を見るとまだまだ空は暗い、夜明けになるまで時間はあるだろう。
しかし一度起きてしまったので、紫は夜風に当たろうと中庭へと赴いた。
――桜の花弁が、空を舞っている。
その光景はただただ美しく、けれど花の儚さを表しているようにも見える。
暫しその光景に魅入り、紫はふと庭の奥へと視線を向けた。
そこにあるのは、沢山の墓標と――その近くに聳え立つ立派な桜の木。
墓標は幽々子の父やその弟子、使用人達のものだ。
皆、何故かこの桜の木の下で自害したため、似つかわしくないと思いつつもここに建てたらしい。
「――――、ぁ」
その、中央で。
桜の花弁を描かれた扇子を両手に持ち、舞を踊っている少女が居た。
少女の名は西行寺幽々子、この屋敷の若き主であり――呪われた力を持って生まれてしまった悲運の少女。
「…………」
おもわず、紫は息をするのも忘れてしまう程、幽々子の舞に魅入ってしまっていた。
それほどまでに彼女の舞は美しく、けれど何処か悲しい舞だった。
まるで、罪を償うように、許しを請うように、彼女は踊っていると紫はそう感じた。
――そして、それはきっと正しいのだろう。
妖華は言った、幽々子は己を呪っていると。
自らの能力で父を、父の弟子を、使用人達を死に至らしめた。
無論彼女に罪が無いと言えば嘘になるだろう、たとえ望まぬ能力とて授かってしまった以上はその能力に対する責任は果たさねばならない。
だが、彼女の能力はあまりにも出鱈目で、到底制御できるわけがない。
百年の時も生きれぬ人間が、否、現世に生きる者が持つにはその力はあまりにも――
「…………紫?」
「っ……」
魅入っていたせいか、幽々子に声を掛けられるまで彼女に接近されている事に気づけなかった。
こんな時間に起きている事を不思議がっているのか、幽々子はちょこんと首を傾げながら紫を見つめている。
……先程までの、痛々しい悲しみに包まれた雰囲気は、無くなっていた。
「幽々子、こんな時間に起きて舞を踊るなんて変わっているわね」
「そういう紫こそ、どうして夜遅くに起きているの?」
「私達妖怪は本来睡眠なんか必要としないのよ、まあ体力や妖力が消耗していれば眠って回復させるけど」
「睡眠を必要としないなんて、妖怪って便利なのね」
羨ましいわと、幽々子は笑う。
その笑みは歳相応の笑みで、おもわず紫は安堵の溜め息を零した。
舞を踊っていた時の彼女の表情は、まるで死ぬ一歩手前のように儚く映ったからだ。
どちらからともなく移動し、2人は縁側に座り込んだ。
「……ねえ、紫」
「なにかしら?」
「あなた、妖華から聞いたんでしょう? 私の事……」
「…………」
少し間を空けてから、紫はええ、と答えを返す。
すると一瞬だけ幽々子は身体を震わせ、すぐさま自嘲めいた笑みを浮かべた。
「驚いたでしょ? 人間の私が、こんな能力を持ってるって聞いて」
「……正直、ね」
「あはは……。――だったら、どうして紫はまだここに居るの?」
「…………」
「私は生きとし生ける者達に死を招く呪われた人間、それを知ってしまっているというのに、どうして?」
真っ直ぐな瞳、けれどその奥には漆黒の闇のように暗く深い悲しみの色が溢れている。
僅か十七年、その短い人生の中で幽々子はきっと自分では想像できない悲しみを経験したのだろう。
両親を亡くし、その弟子や使用人すら消え、このような人も獣も安易に近づかない山奥で生き続ける。
妖怪ならば特に支障はないだろう、だが彼女は脆弱な人間なのだ、耐えられるわけがない。
「……そうね。信じてくれるかは知らないけど、幽々子は……前の私に似ているのよ」
「紫に、似てる?」
「私もね。龍人達に出会う前は、色々なものを呪って生きてきたわ」
それから紫は、今まで自分が能力故に同じ妖怪から命を狙われていた時の事を幽々子に話す。
「…………」
「だから私は同じ妖怪も、人間も嫌いだった。
今も醜い人間や妖怪は嫌いよ、でも龍人達に会って……人間の友人もできて、世の中結構捨てたものじゃないなって思えるようになったの」
その気持ちに偽りはない、だから……たとえお節介だとしても、紫は幽々子に伝えたい事があった。
「幽々子、あなた……心のどこかで自分自身を殺してやりたいって、そう思ってない?」
「…………」
幽々子は答えない、だが紫から視線を逸らし顔を俯かせた彼女の反応で紫は理解する。
「自分を殺してやりたい、こんな能力を持って生まれた自分を憎んですら居る。
でも死ねない、死ぬのが恐いから。だけど何よりも……自分を慕い支えてくれようとしてくれる妖忌達が居るから、死ねないんでしょ?」
「…………」
沈黙は続く、否定も肯定もせずに幽々子は押し黙る。
「あなたの気持ちは良くわかる、などという傲慢な言葉を放つつもりはないわ。確かに幽々子の境遇と私の境遇にはある程度の共通点はあるかもしれないけど、あくまでそれはある程度であって同じではない。
だから私では幽々子の気持ちを完璧に理解する事なんてできない、でもね……自分自身の憎み続けて、恨み続けて生きるというのはきっと辛い事よ」
「………………紫は、優しいわね」
顔を上げる幽々子、その顔は……まるで泣き出しそうな子供のそれだった。
「でも紫、私はきっとこの世に生まれてはいけない人間だったのよ。ただそこに在るだけで周りに死を撒き散らす女なんて、どうして生きていていいと思えるの?」
「幽々子……」
「妖忌も妖華も本当に私を大切にしてくれる、支えてくれているわ。
だけど、私はそんな2人に何も返せないばかりか……負担ばかり掛けてしまっている」
それが幽々子には辛かった、苦しかった。
このような呪われた力を持つ自分の為に、2人をこのような場所に縛り付けているという事実が、幽々子を苦しめる。
「2人はそんな風に考えて居ない筈よ。そうでなければどうしてあなたの傍に居るのかしら?」
「…………」
「……すぐに意識を変えろだなんて言わないわ。だけど幽々子、自分を呪うのだけはやめなさい」
「だけど、紫――いたっ!?」
何か言いかけた幽々子の額を、軽く小突く紫。
しかし妖怪と人間という種族の違いのせいか、加減したつもりだったが幽々子は両手で額を押さえながら蹲ってしまった。
「あ、あら……ごめんなさい。そんな強くやったつもりはなかったのだけど……」
「うぅ~……いきなり何するのよー」
涙目で恨めしそうに紫を睨む幽々子。
「あなたは1人じゃないの。あなたを慕う従者と……
「えっ……友人……?」
「そうよ。――私と龍人が居るわ、そして私達も幽々子には普通に生きてほしいと願っている。それじゃあ不満かしら?」
「…………」
幽々子の瞳が、驚愕の色を宿しながら見開かれる。
会ったばかりの、それもこのような能力を持った人間の自分を友だと言ったのが、本当に驚いたのだろう。
だが紫は決して偽りの言葉を放ったわけではない、本当に心から……西行寺幽々子という存在を、友人だと想っていた。
「それに、あなたの能力をどうにかする可能性だって、ちゃんと考えているのよ?」
「えっ……!?」
「私が今より成長すれば、あなたの能力を私の能力で封じる事ができるかもしれない」
紫の境界を操る能力で、幽々子自身と彼女の死を招く能力との境界を遮断させる事ができれば、彼女は普通の人間として生きる事ができるだろう。
とはいえ今の紫の技量ではそれは叶わない、それにいつになるのかもわからない。
だがそれでも、紫は幽々子に生きる希望を与えたかった。
……このままでは、きっと彼女は己の罪に耐え切れず自ら命を絶つだろう。
そんな事は認められない、まだ会ったばかりだが紫にとって幽々子はかけがえのない友となった。
かつての自分と似ている彼女を、守りたいと思ったのだ。
そうすればきっと、幽々子も今の自分と同じように生きる目的と…穏やかな幸せを得られると信じている。
「……紫って、本当に妖怪なの?」
「それはどういう意味かしら?」
「だって……人間の私にここまで優しいなんて、全然妖怪らしくない」
「……かもしれないわね。友人の御人好しが伝染してしまったみたい」
「それって龍人の事? 酷い事言うのね、ふふっ……」
「だって事実だもの、仕方ないわ」
「ふふふ……」
瞳に涙を溜めながらも、幽々子は楽しそうに笑った。
だけどその笑みは、さっきのような自嘲めいたものではない純粋な笑みだった。
その笑みを見て、紫は己のした事が間違いではないと改めて確信できた。
(でも……これから頑張らないとね……)
幽々子の能力を遮断するには、今の自分の力では足りない。
だからもっと妖怪としての格を上げなくては、改めて紫は自分自身に誓いを建て。
――白銀の刃が幽々子の首を狙っている事に、気がついた。
「――――えっ!?」
硬いものが弾かれる甲高い音を耳に入れ、幽々子は間の抜けた呟きを零しながらおもわず立ち上がった。
一体何が起きたのか、突然の事態に彼女の思考は停止してしまう。
そんな幽々子を守るように一歩前に出てから、紫は――自分達を囲むように現れた黒装束の人間達に問いかけた。
「このような夜更けに来訪しただけではなく、この家の主人の命を奪おうとするだなんて……随分と礼儀知らずな人間なのね」
「…………」
人間達は何も話さない。
だが黒い覆面の奥から見える瞳には、紫達に対して絶殺の意志が見受けられた。
(こいつら、人間のようだけど……どうして幽々子を狙ったの……?)
妖力は感じられず、相手から匂うこの匂いは紛れもない人間のものだ。
しかし解せない、最初の一撃は幽々子の首を掻っ切ろうと放たれた短刀だった。
過去に人間に命を狙われた事のある紫を狙ったのではなく、彼女の隣に居た幽々子が狙われた。
それが紫には解せなかった、彼女が狙われる理由など一体何処に……。
「……また、なのね」
「えっ……」
また、と幽々子はそう呟いた。
それは一体どういう意味なのか、紫が幽々子に問いかけようとして――その前に人間達が動きを見せる。
紫達を逃がさぬように展開しながら、右手に短刀を持ち向かってくる人間達。
その動きは素早く、特殊な訓練を受けた者だというのは想像に難くない。
もしもこの場に居たのが幽々子だけなら、間違いなく彼女は自分が死んだ事にも気づかないまま命を奪われていただろう。
「――チッ」
だが、たとえ人間にしては素早い動きだとしても……紫には止まって見える。
瞬時に能力を発動、すると人間達の前に人数分のスキマが空間を裂きながら現れた。
「なっ――ギャッ!?」
人間達はすぐさま回避しようとしたが、時既に遅し。
スキマはまるで呑み込むように人間達を包み込み、肉片1つ血の一滴すら残さずに消滅させた。
「…………」
「……、ぁ」
ぺたんと、腰が抜けたように座り込む幽々子。
漸く自分の命が狙われていたと理解したのか、その身体は小刻みに震えていた。
そんな彼女の身体を優しく擦りながら、紫は幽々子に問いかける。
「今の人間達に、心当たりでもあるのかしら?」
「……今のはきっと、私の親族の手の者よ」
「は……?」
「厄介者の私を殺したくて殺したくて仕方ないのだと思う。今までだって何度も襲われたもの」
冷たい笑みを見せながら、幽々子は理解できない答えを返した。
親族――即ち幽々子と血縁関係にある者達が、彼女の命を狙ったと……?
……理解できないわけではない、人間の中では己の地位を向上もしくは守るために親族を殺す。
だが、紫は噴火せんばかりの怒りをその親族達に抱いた。
ふざけている、幽々子を呪うばかりか命まで奪うなど、紫には許容できなかった。
(許さない、この報いは……必ず受けてもらうわよ………!)
■
「――あら、まさかまた会うなんて思わなかったわ」
西行寺の屋敷から遠く離れた森の中で、上記の呟きを零す女性が居た。
彼女は今の紫達と人間達のやりとりを見て、僅かに驚いていた。
「…………殺し、ますか?」
そんな女性に無機質な声で話しかける1人の少女に、女性は首を横に振った。
「まだいいのよ。近い内に否が応でも対面する事になるのだから」
「……では、その時に」
「ええ。その時にはお願いね? ――白」
To.Be.Continued...
もう少しテンポ良くいきたいですね、なかなか難しい……。