鬼の娘、伊吹萃香との出会いを果たし、友人が増えた紫。
そんな中、里の傍に人狼族が迫ってきている事に気づいた紫と萃香は、里を守るために自ら迎え撃つ事にした……。
――目を醒ますと、龍人は知らない場所に立っていた。
周りは霧に隠れて見えず、自分が立っている場所すらおぼろげだ。
目を醒ましたと思ったが、また自分は夢の中に居るらしい。
キョロキョロと辺りを見回しながら、龍人は何が起きたのかを思い出そうとする。
そうして暫し思考に耽け……彼は漸く思いだす。
「紫……妹紅……」
そうだ、自分は妹紅を助けるために紫と共に妖怪と戦っていた。
だが周りに戦っていた妖怪はおろか、紫の姿すら見受けられない。
まだ完全に思い出してはいないようだ、もう一度自分の身に何が起きたのかを考え始め。
「――おい、いい加減目覚めんか」
いつの間にか自分の前に立っていた、1人の少女に声を掛けられた。
黄金に輝く長い髪、赤い瞳は思い輝きを見せている。
背は小さく比較的小柄な龍人よりも小さい、だが見た目相応の年齢ではないと本能的に龍人は察していた。
「……お前、誰だ?」
「お前、とは
尊大な口調を放ちつつ、少女は龍人を軽く睨みつける。
「――――!!?」
瞬間、凄まじい気迫と重圧が龍人の全身に襲い掛かった。
気を張っていなければ、瞬く間にそれに押し潰されてしまいそうだ。
慌てて全身に力を込める龍人、それを見て少女は右手で自身の長い黄金色の髪を弄りつつ口を開く。
「この程度の重圧でそのような情けない顔になるとはな、甘やかされているのがよくわかる」
「……お前、何だ? 妖怪……じゃないよな?」
「…………」
少女が、龍人に向かって一歩だけ歩を進める。
すると先程以上の重圧が龍人に襲い掛かり、龍人は片膝を付きそうになるのをどうにか堪えた。
「口の利き方に気をつけろよ小僧、無知は罪であり無謀は己自身を食い潰す」
「ぐ、く……!」
「まあ、お前はまだまだ子供故に致し方ない部分もある。今回は大目に見てやる事にしよう」
そう言うと、少女は龍人に向かって放っていた重圧を消し去った。
己に襲い掛かっていた圧が消え去り、大きく息を吐き出して龍人は安堵する。
「はぁ……はぁ……」
「情けないものよな。曲がりなりにも
「……なんで、それを?」
「妾はあらゆる世界を見る事のできる存在だ。故にお前程度の存在を認知するなど容易い事だ。それに……お前は龍哉の息子だからな、否が応でもその名を覚えてしまうさ」
「えっ、なんでとうちゃんの事を……?」
「お前に話す必要はない。それより、いい加減目覚めたらどうだ?
いくら龍神の力を使ったとはいえ、二年以上も眠り続けるなど……情けないを通り越して泣けてくる」
「に、二年……!?」
少女の言葉に、龍人は驚きを隠せない。
それと同時に思い出す、自分が紫を守る為に
莫大な量の龍気を一度に使用してしまったが為に、どうやら自分は永い眠りに就いてしまっていたようだ。
「紫は? 妹紅は無事なのか!?」
「何故妾がそれをお前に教えなければならない? 妾がここに来たのは情けないお前を起こしに来ただけだ。
本来ならば干渉する必要はないが、龍人の血を引いたお前がこうまで情けないと妾達の沽券に関わる」
「沽券…………って、何?」
「…………はぁ、本物の阿呆よな。龍哉も育て方が甘すぎる」
心底呆れたような口調で、少女はそう言いながら大袈裟にため息を吐き出す。
とりあえずおもいっきり馬鹿にされている事は理解した龍人であったが、不思議と反論できなかった。
それはもちろん目の前の少女が先程放った重圧の大きさが、龍人の本能に刻まれたからというのもある。
しかしそれとは別に、龍人は少女が放つ乱暴な物言いの中に……暖かな感情を察したからだ。
……とにかくいつまでもここには居られない、それだけわかれば龍人にとって充分な情報だった。
「紫達の所に行かないと……」
「ああ待て待て、まだ妾の話は終わっておらんぞ?」
「何だよ? 早く友達の所に行かないと……」
「たわけが、未熟なまま目覚めた所で、いずれお前の友とやらの足を引っ張るのは明白だ。お前は弱い、そんな弱さのままで誰かを守れると思っているのか?」
「っ」
おもわず少女を睨んでしまう龍人。
……だが、言い返せなかった。
自分が弱いのはわかっている、今までの戦いでそれはよく理解できていた。
「ふん……己の未熟さを理解できる頭は一応存在しているようだな」
「……確かに俺は弱いよ。でもいずれはみんなを守れるくらいに強くなるさ」
「では、そのいずれとは一体どれくらい先の未来の事を言っている? そして、その未来の前にお前が守りたいと思う存在が無事である保障はあるのか?」
「…………それ、は」
答えは、きっとノーだ。
人狼族に狙われている以上、いずれ再びあの五大妖の1人である刹那が現れるだろう。
あの時は父である龍哉のおかげで助かった、だがそれはたまたまであり運が良かっただけ。
今の自分では守られる立場でしかなく、そしてその事実は守る立場に居る龍哉達の枷になるのは明白。
「――ふん。だからこそ妾が出向いてやったのだ」
「えっ……?」
呟くように少女がそう告げ両手を天に向かって翳すと、少女の右手と左手から何かが現れた。
光を発しながら現れたそれは――不思議な暖かさを放つ宝玉と、一本の剣だった。
少女は何も言わず、左手に現れた青白い光を放つ宝玉を無造作に龍人へと投げ放つ。
「っ……!?」
すると、宝玉は吸い込まれるように龍人の身体へと消えていった。
突然の事態に当然驚く龍人であったが、痛みはなくそればかりか――不思議と力が溢れるのを感じていた。
「それは【
しかしお前が未熟である限りその宝具もお前の力を引き出しきる事はできん、だがお前がこれから成長を続ければ……その宝具もお前の力を無尽蔵に引き出してくれるだろう」
説明しつつ、少女は龍人に右手に持っていた剣を手渡した。
「対するこちらは何の変哲もない無銘の剣……だが、龍の加護が施された剣だ。
これだけのものを与えても未熟なお前にはまだ足りぬが、これ以上の施しをする必要も義務も妾達には存在しないのでな」
「…………」
受け取った剣に視線を向ける龍人。
少女の言ったように何の変哲もないロングソード程の長さの長剣が、黄金色の装飾が施された鞘の中に入っている。
素直にそれを受け取る龍人であったが、ある疑問が浮かんだので少女に問うた。
「……どうして、俺にこれを?」
「答える義務はない。だが……お前とお前の傍に居る妖怪はいずれ大きな運命に立ち向かわなければならなくなる。
そしてそれに立ち向かうには生半可な力では決して乗り越える事などできない、だから妾自らが出向きお前に力を託した」
「でも、干渉する必要はないって思ってるんだろ?」
「無論だ。――ただ交わした約束を果たしているだけに過ぎん」
「約束……?」
それは一体何なのか、再び少女へと問うとして――突如として、龍人の意識が薄れていった。
視界がぼやける、力も抜け再び視界が閉ざされる寸前。
「――託された力を、正しき方向へと持っていけ。力とはそのように使うものだ」
少女のそんな声が聞こえ、今度こそ龍人の意識は闇へと堕ちていった―――
■
「――おっ、来た来た」
「…………」
隠れ里――幻想郷から少し離れた山々の中に、紫と萃香は居た。
そしてそんな2人の前に、数十を超える数の人狼族が姿を現す。
狼の姿になっている者も居れば、人型の姿になっている者も居る。
だがその全てが、紫達を見て低い唸り声を上げ威嚇していた。
「貴様……八雲紫だな?」
その中の1人、一際大型で尻尾も大きい人狼族の男が、紫達に声を掛ける。
おそらくこの男がこの集団のリーダー格なのだろう、内側から発せられる妖力は大きい。
と、そのリーダー格であろう男の視線が、紫の隣に立つ萃香へと向けられ、その顔に驚愕の表情が刻まれる。
「ま、まさか……貴様、鬼か!?」
「ああそうだよ、それがわかるなら……自分達がこれからどうすればいいのか、わかるよね?」
口調はあくまで軽めに、しかしその視線は重く厳しいものだった。
それだけで、殆どの人狼族は脅えた表情を浮かべ、中には数歩後ろに後退する者まで現れる。
鬼という種族はそれだけ強い妖怪なのだ、野生の中で生き徒党を組む人狼族はそれがより深く理解できていた。
「悪いけど、紫を狙うんなら……あんた達はわたしにとって敵になるよ?」
「何……!? な、何故鬼が八雲紫の味方をする!?」
「別に鬼全体が紫の味方をするわけじゃないさ、これはあくまでわたし個人の意思、こいつはわたしの友人だからね」
そう言って、萃香は伊吹瓢を手に持ちその中にある酒を口に含む。
対する人狼族達は、その発言に驚き戸惑っていた。
当たり前だ、鬼という強力な妖怪が紫の味方になってしまうなど、完全に想定外だ。
「お、おのれ………!」
悔しげな表情を浮かべる獣人族の若者達。
……自分達では、鬼である萃香を打倒する事はできない。
だが彼等は決して逃げ帰る事などできない、逃げ帰った所で自分達に待つのは“死”だけだ。
「喧嘩したいなら相手になってやるけど……わたし達2人に勝てると思う?」
「……勝てる勝てないではないのだ、このままおめおめと帰った所でもはや我々に生きる道はない!!」
「八雲紫、そして鬼の童女! 覚悟してもらおう!!!」
瞬間、一斉に人狼族は2人へと襲い掛かった。
「……はぁ」
「…………」
それを、萃香はつまらなげに見ながら、右手で拳を作り。
紫は、自身の周りに都合十五のスキマを展開して。
「――飛光虫ネスト」
「――元鬼玉」
スキマから数十を超えるレーザーが放たれ、相手を釣瓶打ちにし。
萃香の右の拳から生み出され放たれた高熱を孕んだ光球が、残る相手を呑み込み焼き尽くした。
「……無駄に命を散らして、何になるのかね」
「仕方がないわ。彼等が言っていたけど、あのまま逃げた所で刹那に殺されるだけだもの」
「刹那って……もしかして五大妖の刹那? あんなのに狙われてるの?」
「まあ、ね……」
「そりゃあ大変だねえ、本当にさ」
「――それだけ危険な力を持っているという事だ、八雲紫にはな」
「…………」
「っ、誰……!?」
突如として聞こえてきた声に、紫はすぐさま周囲を見渡す。
しかし誰もいない、あるのは紫達によって倒された人狼族の骸だけだ。
「故に主は、この女の抹殺を我々に命じたのだ」
再び聞こえた男の声、そして声の主が紫達の前に姿を現す。
(この男は……)
「へえ……」
声の主は、まだ若さを隠せない青年であった。
やや細身で長身な身体ながらも、無駄なく引き締まった逞しい肉体を持ち、頬には三条の傷が刻まれている。
右手に持つ赤い長槍の切っ先を紫達に向けつつ、男は再び口を開いた。
「八雲紫、あなたに恨みはないが我が主であり人狼族の大長である刹那様の命により、あなたの命を貰い受けに来た」
「…………」
強い、と。
紫は目の前の男の実力を感じ取り、苦々しい表情を浮かべた。
先程の人狼族の若者とは比べものにならない実力者だ、故に……境界の能力で消滅させる事もできない。
「そちらの鬼の娘、あなたの命を奪うつもりはない。早々に立ち去ってはくれないだろうか?」
「随分とお優しいものだね。けどさ……はいそうですかって言うと思う?」
「……いや、勇猛な鬼であるあなたに、今の問いは愚問でしかなかったな。
だがこちらとて主の命で動いている、邪魔をするならば排除させてもらうぞ?」
だから去ってくれと、青年は言葉ではなく瞳で訴える。
その真っ直ぐ過ぎる瞳を見て、紫と萃香はおもわず感嘆の息を零した。
「あんたはどうやら礼節を弁えてるみたいだね。嫌いじゃないよそういうのは」
「嘘を嫌い情に厚く気高い妖怪である鬼にそう言われるのは、光栄だ」
口元に笑みを浮かべる青年、その笑みは萃香の言葉に心から感謝していると告げていた。
それを見て、厄介な存在が来たと紫は内心歯噛みする。
――目の前の男は本当に強い、力ではなく心がだ。
主と認めた相手のためならば己が命すら平然と投げ出す覚悟を持つ、歴戦の戦士。
現れた男はまさしくそれに当て嵌まる、故に――強敵だ。
だが逃げられない、男がそれを許す筈もないしたとえ逃げられたとしても、幻想郷に生きる者達を巻き込む可能性だってある。
(ここで……この男を倒すしかないわね……)
「――どうやら戦う気になってくれたようだな。感謝するぞ八雲紫」
「…………それは、どういう事かしら?」
「あなたは【境界を操る】という天地を左右する程の強大な能力を持っているが、単純に妖怪としても強い力を持っている。
そんなあなたと戦えるというのは、戦士として光栄であり喜ばしい事だからだ」
「……それは、どうも」
やりにくい男だ、今までの相手は自分に対して明確な敵意と殺意を向けてきた。
だがこの男は違う、敵意こそあるものの殺意はなく…ただ純粋な闘志を感じられる。
「悪いけど、一対一なんて事にはさせないよ?」
言いながら、萃香は紫の一歩前に出て自身の妖力を解放させた。
「……欲を言えば八雲紫と正々堂々戦いたかったが、そちらにはそちらの都合がある。
無論こちらに否定する意志も権利もない、それに……天下の鬼と戦ってみたいとも思っていた!!」
「…………本当にやりにくいね、殺意全開の方がまだマシだったよ」
萃香も紫と同じく、男の実直さにやりにくさを感じているようだ。
槍を両手で構え直す男、切っ先は紫の心臓部を向けたまま数秒後の一撃を繰り出す直前。
「――人狼族が1人、【
己の名を高らかに言い放ち、地を蹴って紫達に向かって吶喊した―――
To.Be.Continued...
楽しんでいただけたのなら嬉しく思います。