妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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都を離れ、旅を続ける紫達は不思議な青年、稗田阿一を偶然助けてしまう。
お礼として彼に連れて行かれた場所は、人と妖怪が共に暮らす隠れ里であった……。


第18話 ~阿一と紫~

「――稗田様!!」

「こんにちは、稗田様!!」

「やあ皆さん、こんにちは」

「…………」

 

 人間と妖怪、異なる種族が共に暮らしている隠れ里。

 気紛れで助けた(ひえ)(だの)()()に連れられて、紫達はその隠れ里へと赴いた。

 里に入った瞬間、阿一は里の住人達に囲まれてしまう。

 どうやら相当に慕われているようだ、誰もが阿一に対して絶対的な信頼を込めた視線を送っているのがわかる。

 

 そして……その中には人間だけでなく、妖怪の姿も存在していた。

 明らかに人間とは違う青い肌に赤黒い瞳、人間にとっては忌むべき化物の容貌。

 本来ならば恐れられ、虐げられ、憎まれる……筈だというのに、その傾向は一切見られなかった。

 改めてこの目で見ても信じられない、人間と妖怪がまるで同じ種族であるかのように存在しているという光景が。

 

「? 稗田様、こちらの方々は……妖怪ですな?」

 

 人間と同じように阿一を囲んでいた妖怪の1人が、紫達に視線を向ける。

 そこに敵意は見られない、その事実がまたしても紫を驚かせた。

 

「そうです。こちらの女性……八雲紫さんに命を助けられ、お礼としてこの隠れ里に案内を――」

『…………命を、助けられた?』

「えっ…………あっ!?」

 

 しまった、という顔になる阿一。

 だがもう遅い、彼の言葉を聞いて周りの者達の雰囲気が変わった。

 そして全員が阿一をジト目で睨み、当の阿一はというと顔を引き攣らせていた。

 

「稗田様……まさか、護衛も付けずに里の外に出たのですか?」

「あー……あはは、まあ……はい」

『何をなさっているのですかあなた様は!!』

「す、すみません!!」

 

 住人達に怒鳴られ、一瞬で正座する阿一。

 ……それから、彼はそれはもうこっぴどく叱られた。

 どうしてそんな危険な真似をするんですかガミガミ。

 あなたはご自分の立場をわかっていないんですねガミガミ。

 ガミガミ、ガミガミと……完全に紫達を蚊帳の外にして阿一を叱り続ける住人達。

 一方の紫達も、この光景を見て迂闊に声を掛けられずにいた。

 

「……なんだよ、これ」

「私が訊きたいわ……」

 

 それから暫く、ガミガミガミガミとお叱りの時間は続き……漸くそれも終わりを見せた。

 

「あっ、申し訳ありません御二方! お待たせしてしまって……」

「……別にいいけどよ。お前さん、慕われてんのかそうじゃねえのかよくわかんねえな」

「ははは……まあ今回は勝手に里の外に1人で出てしまった私が悪いですからね、叱られるのは当然です」

 

 さあ行きましょうと、少し疲れた様子でそう告げる阿一に、紫達はついていく事に。

 その間も紫は里のあちこちに視線を向け続け……何度目になるかわからない驚きの表情を浮かべていた。

 

「――やはり、驚きますか?」

 

 そんな紫の心中を悟ったような阿一の言葉が、紫の耳に入る。

 

「ええ、正直」

「そうですよね。人間は妖怪を恐れ、そんな妖怪は人間を見下し餌としか見ていない……それが当たり前の考えであり世の理と言えるかもしれません。

 ですがここに居る妖怪達はそんな俗世を嫌い、争い事を避けたいと願いやってきた妖怪達なんです。

 そしてこの里に暮らす人間達も、妖怪と共に生きてみたいと思っている者達の集まりなのです」

「…………」

「――おかしいですか? そのような事を考え願う人間や妖怪が存在していては」

「……私では答えは出せないわ、でも私個人としては……変わっていると、そう思ってる」

 

 だがおかしいとは思わない、紫がそう言葉を続けると阿一は嬉しそうに微笑みを見せた。

 ……まるで“幻想”だと、紫はふとそう思った。

 人間と妖怪は決して相容れぬ種族、その常識とも言える理をここは真っ向から破っている。

 非常識な世界、故に“幻想”だと紫はそう思ったのだ。

 

――やがて、里の中心にある大きな屋敷へと紫達は招かれた。

 

「へえ、ここはお前さんの家だったのか」

「はい。私は一応この里の代表のような者でして……」

「だからあんなに慕われてたのか、だとすっと叱られるのは当然だわな」

「ははは……」

 

 苦笑いを浮かべる阿一、先程の事を思い出したのかその笑みも僅かに引き攣っている。

 それを誤魔化すように大きな声で「さあどうぞ」と紫達を屋敷に入れようと促すその姿は何処か滑稽に映ったので、紫達は苦笑を浮かべつつ屋敷の中へ。

 都のものとは違い派手さは無いものの、素朴で暖かみのある屋敷の中を歩いていく紫達。

 

「あ、そういえばその子は眠っているんですよね? でしたら先に布団を用意させましょう」

「いや構わない、コイツはなるべく俺の傍に置いておきたいんでね」

「そうですか。所でその子も妖怪なのですか?」

「ん……まあ、一応な」

「ですがその子は、その……ただの妖怪に見えないのですが」

「へえ……」

 

 その言葉に、龍哉は僅かに感嘆の声を零す。

 どうやらこの阿一という人間、色々な意味でただの人間ではないようだ。

 尤も、龍哉は最初に阿一を見た時になんとなく悟っていたようだが。

 やがて客間へと到着し適当な場所に座り込む紫達、龍人は龍哉の傍で寝かせた。

 

「……龍人の事を知って、どうしたのかしら?」

「あ、いえいえ! 別に無理に訊きたいというわけではなくて……あ、でもできれば彼が何者なのかは知りたいですね。

 私が現在執筆している書物に、貴重な頁が生まれますから!」

「……書物?」

「はい、ちょっと待っててください!」

 

 そう言って、阿一は飛び出すように客間を後にする。

 ドタドタという音を響かせながら、すぐさま戻ってくる阿一。

 そんな彼の手には、題名が書かれていない厚めの本が握られていた。

 

「それは?」

「これは現在私が書いている妖怪についての生態や能力といったものを書き記そうとしている……予定の書物です。

 ただまだまだ書き始めたばかりで殆ど真っ白なんですよ、ですがこれを完成させれば人間が不用意に妖怪に手を出したりしなくなりますし、安全も確保できます。

 なので――是非あなた方の事も、書き記させてはいただけませんか?」

「成る程、俺達をここに招いた目的はそれか?」

「いえいえ、まあ……あわよくばと考えていないと言えば、嘘になりますけどね」

 

 あはは、と笑う阿一。

 その裏表のない反応に、龍哉は肩を竦めて呆れ顔を浮かべつつも、口元には彼に好感を抱いたかのような笑みが。

 紫もそんな彼の正直さに苦笑しつつも、龍哉と同じく阿一に好感を抱いていた。

 要するに2人とも、彼を気に入ったという事である。

 

「別に俺は構わねえよ、但し……色々と良い脚色をしてくれよ?」

「えっ!? いや、それだと正確な情報にならないのですが……」

「いいんだよ。後世に残る書物なんぞ大体そんなもんなんだ」

「ええー……」

「阿一、龍哉の戯言は受け流してしまいなさい。というより彼の項目を作った所で紙の無駄よ」

「何だとー!」

「…………あはははっ!!」

 

 和やかな空気が、辺りに流れる。

 こうして2人は、阿一の願いを叶えようと彼に自分達の事を話し。

 阿一はそれを書き記し、未来の人間達の安全を願った書物は新たな項目を増やしていくのだった。

 

 

 

 

「――ふぅ」

 

 月が、星と共に地上を照らす夜。

 阿一の厚意によって屋敷に泊まる事になった紫は、先程湯で身体を清め縁側へと座り込み空を見上げていた。

 巨大で神々しい月が、今日も変わらず世界を照らす。

 月を見ると思い出すのは……友人である輝夜と妹紅だ。

 あの2人は今頃何をして過ごしているのだろうか、そんな事を考えていると……声を掛けられた。

 

「紫さん、湯加減はどうでしたか?」

「とても暖まれたわ、どうもありがとう」

「いえいえ、では……暖まった身体を、これで適度に冷まさせませんか?」

 

 そう言って阿一は、紫にあるものを手渡す。

 それは小さな盃、阿一は持っていた徳利を紫が持つ盃に傾け中に入っている液体を注いだ。

 少しだけ白く濁っている液体、そこからほのかに香る匂いは酒のものだ。

 自分の持っていた盃に同じ液体を注ぎ、阿一は「乾杯」と紫に告げ一気にそれを飲み干す。

 紫もそれに習って注がれた酒を飲み、ほっと一息ついた。

 

「どうですか?」

「……素朴だけど、優しい味。どこか懐かしく思えるような……美味しい酒ね」

 

 掛け値なしの感想、するりと正直な言葉が紫の口から零れる。

 その感想を聞いて阿一は、それはそれは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「これはこの里で作った自慢の一品の1つ、人間と妖怪が共同で作ったお酒なんですよ。2つの種族が協力して作りましたから人間にも妖怪にも美味しいと思える酒になりました」

「人間と妖怪が、ね……」

 

 何度聞いても、その事実に紫は驚いてしまう。

 まだ十七年という年月しか生きていないが、それでも人間と妖怪の関係がどういったものかはこの目で見てきたつもりだ。

 だからこそ、共に歩み共に生きるこの隠れ里は……ある意味で“非常識”な世界だと思えた。

 

「ありがとうございます、紫さん」

「えっ?」

「ほら、私の我が侭を聞いてくださったではありませんか。おかげで書物に貴重な文を書き記す事ができました」

「ああ……」

 

 それを聞いて、漸く紫は理解する。

 同時に阿一の律儀な言葉に、苦笑してしまった。

 彼は不思議な人間だ、人の身でありながら妖怪を恐れないばかりか自分から近寄っていく。

 妹紅も最終的には仲良くなれたものの、当初は妖怪である自分とは距離をとっていたというのに……。

 かといって決して無知なわけではない、彼は妖怪の恐ろしさや生態を良く知っている。

 その上で、彼は自分とは違う妖怪へと歩み寄ろうとしていた。

 

「……あなたは、龍人に似ているわ」

「龍人……龍哉さんの息子さんですね?」

「ええ、彼もあなたと同じように人間にも妖怪にも同じ目線を向ける事ができる子なの」

「素晴らしい子なのですね、ですが2年前からずっと眠り続けているとか……」

「…………」

 

 彼は一体、いつになれば目を醒ましてくれるのか。

 ……彼の声が聞きたいと、いつからか紫はそんな願いを抱くようになってしまっていた。

 自分の名を呼ぶ彼の声を、笑顔を、見たいと思ってしまう。

 だがそう願うと、同時に彼が眠り続ける原因である自分の弱さも思い出してしまう。

 

 彼は自分を守る為に強すぎる力を使った、自分がもっと強ければ…彼は今も2年前と変わらぬ笑顔を見せてくれているだろう。

 その度に、紫は己の弱さを呪いたくなる。

 

「――大丈夫ですよ、紫さん」

「えっ……」

「彼はいずれ目を醒まします。だって彼は……龍神様の力を持って生まれた子なのでしょう?」

「…………」

 

 だから大丈夫ですと、根拠のない励ましをする阿一。

 なんとも無意味で、人間らしい無駄な励ましである。

 だが、それでも……それでも、今の紫にとってその言葉は嬉しかった。

 まるで阿一の言葉が、「自分を責めるな」と言ってくれているような気がしたから。

 都合の良い考えだと内心苦笑しつつも、今はその都合の良い考えに甘える事にしよう。

 

「阿一、お酒……おかわり貰えるかしら?」

「勿論です! さあさあ、どんどん飲んでください!!」

 

 ああ、なんだか今日は気分が良い。

 良い夢を見られそうだと思いながら、紫は阿一と共に暫し2人だけの酒盛りを楽しんだ……。

 

 

 

 

「―――よし、ここならいいだろう」

 

 所変わり、隠れ里から少し離れた森の中。

 その中で上記の呟きを零すのは……気だるげな表情を浮かべた龍哉であった。

 彼は暫し周囲を見回し、自分以外の存在が居ない事を入念に確認する。

 そして、彼は瞳を閉じ――突如として左腕を自らの胸へと躊躇いなく突き刺した。

 常軌を逸した行動、しかし当然ながら彼のこの行動にはある理由と目的があった。

 

 胸を貫いた事による激痛が彼を襲い、けれどそれは一瞬で消え――次に目を開いた時には、彼はこことは違う場所に立っていた。

 そこは――どこまでも広がる花畑と暖かくも優しい光が溢れる世界。

 この世のものとは思えぬ、否――ここは“この世”ではなかった。

 

「――よし、ちゃんと着けたな」

「生と死の理を曲げてまで、一体何の用ですか?」

 

 背後から女性の声が響き、龍哉は振り返る。

 特徴的な帽子を被り、手には板のようなものを持った女性が、龍哉に対して厳しい視線を送っている。

 その視線に少し身震いしながらも、目的の人物に出会えた事に笑みを浮かべる龍哉。

 

「御安心を、すぐに戻りますから」

「そういう問題ではありません。まだあなたは完全に死んではいない、つまり仮死状態なのです。だというのにここへ訪れるなど……本来あってはならぬ事なのは、理解できますね?」

 

 責めるような、否――女性の物言いは完全に龍哉を責めるそれであった。

 しかし龍哉は動じない、想定内の反応であったからだ。

 

「ですがどうしてもあなたに会いたかったのです。もう……遺された時間はそう多くはない」

「…………」

 

 女性の表情が、僅かに曇る。

 

「命を喪ってからでは遅いのです。だからこそ少々強引な手を使わざるをえなかった」

「……一体、私に何を望むのですか?」

 

 女性は問う、そのどこまでも美しくも厳しい瞳に龍哉は尊敬と畏怖を抱き。

 

 

 

「――ありがとうございます。【()()(えい)()・ヤマザナドゥ】様」

 

 ヤマザナドゥ――あの世の閻魔へと、“ある願い”を話すのであった―――

 

 

 

 

To.Be.Continued...




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