妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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都を離れ、旅を続ける紫達。
そんな中、彼女達はある場所へと辿り着く……。


間章 ~小さな小さな楽園へ~
第17話 ~不可思議な隠れ里~


 穏かな風が、紫達の頬を優しく撫でる。

 小川のせせらぎはそのまま安らぎへと変わり、穏かな日々を実感させてくれた。

 そんな中、紫は龍哉と共に川に向かって糸を垂らしている。

 何をしているのかと問われれば、釣りという答えが返ってくるであろう行為を行う紫と龍哉。

 

「……釣れねえなあ」

「釣れないわねえ……」

 

 釣りを始めたのは朝、だが今では太陽が真上に昇っている。

 だというのに、2人が釣った魚の数は……ゼロ。

 

「紫は釣りが下手くそだな」

「あなたには言われたくないわね、下手くそ」

 

 悪態を吐き合いつつも、2人は釣りを続けていく。

 人ではない彼女達には人間とは違い明確な食事は必要としないのだが、食べるという楽しみを感じる事はできる。

 だから彼女達は食糧を確保しようとしているのだが……結果は散々なもののようで。

 

「龍人のヤツは上手いんだがなあ……」

「…………」

 

 紫の視線が、ある方向へと向けられる。

 そこには、大木の幹に身体を預けながら、静かな眠りに就いている龍人の姿が。

 ただ穏かに、小さな呼吸を繰り返しながら……まるで死んだように、眠っている。

 

「…………まだ、目が醒めないのね」

 

――都での出来事から、既に2年という歳月が流れていた。

 

 だというのに龍人の瞳はあれから開けられる事はなく、ただただ眠り続けている。

 紫と龍哉は眠ったままの龍人を連れ、目的のない旅を続けつつ……彼の目覚めの時をひたすらに待ち続けていた。

 その間も人狼族の襲撃が度々遭ったものの、幸運にもまだ生き延びる事ができていた。

 

「まあ初めて龍爪撃(ドラゴンクロー)を使った時も半年眠ったままだったんだ。

 あれだけの破壊力を出せるほどの【龍気】を一度に使えば、そう簡単に起きねえよ」

「…………」

 

 もしかしたら――もう二度と目覚めないのではないか?

 考えたくはない、でも時折ふと…紫はそんな事を考えてしまう。

 2年という月日は何百という年月を生きる妖怪にとってあっという間、それこそ瞬きする間と言ってもいい。

 だが眠り続ける彼を見ると、彼女の中でそういった不安が生まれるのは、ある意味では必然と言えるのかもしれない。

 

「あと何年……下手すると何十年って眠り続けるかもなあ。

 どんな力にも代償は必要だ、そしてこいつの払った代償は……それだけ大きいって事だな」

「…………」

「あー……にしても、やっぱ“片腕”だと色んな面で不便だなー」

 

 言いながら、龍哉は根元から無くなっている右腕へと視線を向ける。

 ……2年前、アリアと名乗る謎の女性により彼の腕は奪われてしまった。

 妖怪(元龍神)である彼ならば、いずれ腕が生えるのでその時は気にもしていなかったのだが……未だに彼の右腕は無くなったままだ。

 

(得体の知れねえ奴らだったな……目的もそうだが、感じられた力の質も感じた事のないものだった……)

 

 彼女達は一体何者なのか、あれから一度も出会えていないのでわからずじまい。

 とはいえ、出会わないのが一番なのだが。

 

「…………?」

「おっ……」

 

 ある気配を察し、2人は立ち上がる。

 

――人間と、複数の妖怪の気配。

 

 人間側は1人、妖怪側は少なく見積もっても5人。

 しかもその妖怪は、【人狼族】のようだ。

 ……考えなくてもわかる、その人間の未来はすぐに閉ざされると。

 何処にでもある光景、紫達にとって干渉する必要も義務もない事柄…ではある、が。

 

「―――龍哉」

「あん?」

「……少し、散歩に行ってくるわ」

 

 言うやいなや、紫はスキマを開きこの場から消える。

 手をひらひらと振りながらそれを見送って。

 

「――素直じゃねえの」

 

 楽しそうに笑いながら、龍哉はそう呟きながら釣りを再会させた。

 

 

 

 

 スキマを用いて、ある場所へと移動した紫。

 そこには、紫の突然の登場に驚きを隠せない人狼族の若者達と、その中心で座り込んでいる青年の姿があった。

 勿論彼等は先程紫達が察知した人狼族と人間である、何故わざわざ紫自らが彼等との干渉を行ったのかは……言うまでもなく、喰われようとしている憐れな人間を守るためだ。

 自分も随分甘くなったと思いつつ、紫は未だに呆然としている人狼族に呆れの表情を見せながら能力を発動。

 刹那、人狼族の背後に巨大なスキマが現れ――彼等の身体が呆気なくそれに呑み込まれた。

 

 それで終わり、スキマの中に呑み込まれた人狼族はそのまま紫の能力によって個々の存在を司る境界を操作され、音も無く消滅した。

 殺す意味はないが生かしておく意味もない、それに今の人狼族達は紫達を捜していたのだと推測できるので、生かしておけば色々と面倒になる。

 

 こうして厄介な追跡者であったであろう人狼族は消えてなくなり、場には紫と呆然としたままの人間の青年だけが残された。

 青年を一瞥した後、特別話すつもりもなかったので紫は再びスキマを展開。

 早く釣りを再開して今日の食糧を確保しなければ、そう思いながら彼女はスキマへと入り――

 

「ちょっとお待ちをーーーーーーーーっ!!」

「は………?」

 

 ……スキマへと入ろうとしたが、突然大声を上げながら迫ってきた青年に驚き、紫はおもわず動きを止めてしまった。

 

「助けてくださって、ありがとうございました!!」

 

 煩いぐらいの声で礼を言いながら、深々と頭を下げる青年。

 その態度に、紫はポカンとしてしまった。

 当たり前だ、今のやりとりで紫が人間ではないという事をこの青年は理解している筈。

 だというのに自分から近寄り、且つこのような無防備な姿で礼を言うなどと……バカなのかそれとも大物なのか、やや色素の薄い薄紫の髪を持つ青年に視線を向ける紫。

 その態度が自分の話を聞いてくれる気になったと思ったのか、青年はニカッと無邪気で人懐っこい笑顔を紫に向けた。

 

「是非ともお礼をさせてください! さあさあ!!」

「えっ、ちょっと……」

 

 ニコニコと笑みを浮かべながら、紫の手を掴み歩き始める青年。

 本当にこの人間は何者なのだろうか、色々な意味で。

 とりあえず引っ張られるのは不快なので、一度青年を止め掴まれていた手を引き剥がす。

 

「悪いけど、連れも居るしお礼はいらないわ」

「そんなあー……でしたらお連れの方も」

「必要ないと言ったはずよ、それに私……人間は一部を除いて嫌いなの」

 

 確かな拒絶の意を込めて、はっきりと告げる紫。

 青年の顔が、紫の迫力に圧されたのか僅かに強張る。

 これでさっさと消えてくれるだろう……そう思った紫であったが、相手は存外に大馬鹿者だったようで。

 

「――では、その嫌いな人間を好きになってもらいたいので、来ていただけませんか?」

「…………えぇー」

 

 

 

 

「――で、結局押し切られたと?」

「う、うるさいわね……」

 

 木々が生い茂る山の中を、紫達は歩いていく。

 だがその中に、先程紫が助けた青年も共に居た。

 

「さ、さすがに目障りってだけで命を奪うのは忍びないじゃない」

「ああそりゃあそうだが、だったらスキマでその場から逃げればよかったじゃねえか」

「……あんなに無邪気な顔で願われたら、無碍にするのも可哀想だと思っただけよ」

「はっ、お前も大分龍人みたいになってきたなあ」

 

 くけけけと意地の悪い笑みを浮かべる龍哉を、紫は全力で睨み付けた。

 しかしそれでもこの男には届かない、腹は立つが……まだまだ実力の差は大きいのだ。

 一方の青年は、そんな2人のやりとりには気づかず「こっちですよー」と呑気な声で道案内を続けている。

 

「おい坊主、俺達を何処に連れていく気かは知らんが……俺達はまだお前さんの名前すら知らないんだぞ?」

「おっとこれは失礼。私の名は【(ひえ)(だの)()()】と申します」

「龍哉だ。そしてこっちは八雲紫で、俺がおぶってんのが息子の龍人だ」

「寝ているのですか?」

「……まあ、そんなようなものだ。それで俺達を何処へ連れていくつもりだ?」

「まあまあ、もう少しで着きますから」

 

 何が楽しいのか、ニコニコと笑みを絶やさずに先導していく青年――阿一に、紫は怪訝な表情を向ける。

 自分達に対して何かよからぬ事を考えている可能性もあり得ると思い、おとなしくついていきながらも彼女は阿一に対して警戒を怠らない。

 そんなこんなで阿一の後ろに暫し付いていき……暫くして、前方を歩いていた阿一が立ち止まり紫達へと振り返った。

 

「お待たせしました、どうぞ!!」

 

 そう言って、阿一は自身の前方を指差す。

 どうやらそちらを見てみろという意味のようだが、一体何だというのか。

 怪訝な表情を浮かべつつも、紫は阿一の前に出て――周りを山々に囲まれた小さな集落を眼下に捉えた。

 

 田畑に藁で作られた家々、農作業を営む者達の姿が見える。

 集落の中心地点には大きな屋敷が建っており、おそらくこの集落の代表者のような者が暮らしているのだろうと推測できる。

 ……しかし、紫はそれを見てますます怪訝な表情を深めていった。

 当たり前だ、阿一の行動を見る限り彼はこの集落を自分達に見せたかったようだが、その意図がまるで理解できないのだから。

 こんなものを見せて彼は何が言いたいのかわからず、紫は彼に視線を向けながらどういう事なのか問い質そうとして……龍哉の呟きを耳に入れた。

 

「…………おい、こいつはどういう事だ?」

 

 その声色は、普段の飄々とした彼にしては珍しい僅かな驚きを含んだものであった。

 それを聞いて紫は一度阿一に問い質す事を中断させ……彼女も、彼の驚きの意味に気がついた。

 

「これは……」

 

 もう一度、紫の視線が眼下にある集落へと向けられる。

 何の変哲もない、この時代では何処にでもあるような小さな小さな集落。

 だが、その中から普通ではない光景を察知する事ができた。

 

「お気づきになられました?」

「……これは、どういう事なのかしら?」

 

 驚愕の表情を隠さないまま、紫は阿一に問いかけながら視線を向ける。

 対する阿一はまるで悪戯が成功した子供のような無邪気な笑みを浮かべるだけ。

 その態度に苛立ちを覚えつつ――紫は、再度問いかけた。

 

 

「どうして――()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 そう、紫の金の瞳が集落のある光景――人間と妖怪が共に暮らしている光景を捉えたのだ。

 都の時のように妖怪が人間に化けて溶け込んでいるわけではなく、従来の人間とは違う外見のままの妖怪が、普通に暮らしているのだ。

 しかも、人間はその妖怪に対して恐れを抱いた様子もなく、ただの隣人のように会話している。

 人間は妖怪を恐れ、妖怪はそんな人間を見下す――その理が、この集落には存在していなかった。

 

 さすがに会話の内容は聞き取れないものの、共に笑顔を浮かべながら話している光景は友好的以外の何物にも見えない。

 どちらも互いの立場を尊重しなければ、あのような光景は生まれないだろう。

 紫の驚きの表情を見て、阿一は満足そうに笑みを深めていく。

 しかしその笑みに皮肉の色は無く、何処か嬉しそうな笑みであった。

 そして彼は、紫の問いに答えを返す。

 

「――ここは、様々な種族が共に暮らす隠れ里。異なる種族が平和に暮らす小さな楽園です」

 

 

 

 

「――申し訳ありません、大長」

「…………」

 

 所変わり、険しい山々が聳え立つ山脈。

 その更に奥深くに存在する洞穴の中で生きる人狼族の若者達が、自分達の王に向けて頭を垂れていた。

 

 王の名は大神刹那、五大妖の1人である彼は、自分に向かって頭を下げ許しを請う同胞を無言で見つめていた。

 視線を向けられる、それだけで人狼族の若者達の身体は奮え冷や汗が止め処なく溢れてくる。

 絶対的な力の差、それが否が応でも感じ取れるからこそ、すぐ傍まで迫っている己の死を当たり前のように理解できた。

 

――彼等は、刹那から紫達の命を奪うように命じられている。

 

 だというのにそれを果たせず、無駄に同胞の命を散らしている事に対して謝罪し、許しを請うているのだ。

 だが刹那は何も言わず何も行わず、ただ黙って若者達を見下ろすのみ。

 若者達にとってはまさしく拷問に等しいものだ、いっその事一瞬で殺してくれた方が幾分マシだと思うほどの重圧を視線から感じるのだから。

 ……どれだけの時間が経ったのだろうか。

 沈黙はただただ続き、精神が磨耗しきった若者達は今にも発狂しそうな程追い込まれる中――漸く、彼等の王が口を開いた。

 

「――もう少し、だな」

「…………は?」

「ああ、いや…こっちの話だ。それよりお前等、オレに許しを請う暇があるなら……さっさと自分達のやるべき事を果たしたらどうだ?」

「ひっ……!?」

 

 刹那の瞳が細められ、若者達を軽く睨む。

 ただそれだけで彼の妖力により洞穴内に突風が吹き荒れ、若者達の身体は一瞬で硬直した。

 

「二度は言わねえ。利用できるモンはなんだって利用しろ、形振り構わずに……あいつらを殺せ」

「は、はいぃっ!!」

 

 悲鳴に近い声を上げ、若者達は逃げるように洞穴から飛び出していった。

 その情けない姿に一笑しつつ、刹那は虚空に向けて話しかける。

 

「“死を招く日”……それまでおよそ半年、か」

「――ええ。その時は是非協力していただけますね? 五大妖が1人……大神刹那」

 

 刹那以外誰も居ないはずだというのに、彼の言葉に女性の声で返答が返ってきた。

 対する刹那はそれに対し驚きなど見せず、まるで最初からわかっていたかのように会話を続ける。

 

「いいぜ。オレが楽しめるんならな」

「勿論、そうでなければあなたに協力など求めませんわよ」

「胡散臭いヤツだな、オレに姿を現さずに一方的な要求をするとは……余程命知らずの馬鹿か、それとも」

「フフフ……迂闊にあなたの前に出ては命が幾つあっても足りませんのでね」

 

 女性の声が笑う、その無礼な態度にも刹那は不思議と怒りを沸かせなかった。

 だってそうだろう?どうして自分より劣る相手を一々相手にしなければならない?

 そう思っているからこそ刹那はこの正体のわからぬ声に対して、何の感慨も抱いていなかった。

 しかし、この声が自分に持ちかけてきた“提案”には興味が湧いた。

 

「楽しみだ……」

「それまで存分に力を蓄えるがいいでしょう」

「ああ、そうさせてもらうぜ……」

 

 まだ動く時ではない。

 しかしその時が来るまで退屈だと、刹那は小さく舌打ちを放つ。

 時よ早く進め、そんな事を願いながら……刹那はただただ不動のままで居た―――

 

 

 

 

To.Be.Continued...




今回から間章がスタートします。
また読んでくださると嬉しいです。

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