妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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謎の女性【アリア】達との対峙を終え、屋敷へと戻った紫達。
全てが解決したわけではないものの、輝夜が月に戻る事は無くなり。

――そして、別れの時がやってきた。


第一章エピローグ ~月の姫との別れ~

「――輝夜、行くな!!」

 

 翁の悲痛な叫びが、屋敷に木霊する。

 皺だらけの頬には涙が伝い、隣に座る彼の妻も同様に涙を流していた。

 その視線の先には――八意と共に翁達を見下ろしている、輝夜の姿が。

 

「お前はわし達の娘じゃ。お前が居なくなってしまったら、わし達は一体何の為に生きていけばいい……!?」

「輝夜、行かないでおくれ……!」

 

 まるで許しを請うように頭を地面に擦りつけながら、翁達は懇願する。

 それはあまりにも無様で、けれど輝夜に対する愛情がひしひしと感じられる姿であった。

 ……僅かに、輝夜の表情が歪む。

 翁達に対する罪悪感と申し訳なさ、そしてここを離れなければならないという悲しみが、輝夜の心を苦しめる。

 

「――おじいさん、おばあさん、今までありがとうございました」

 

 だがそれでも、輝夜の選択は変わらない。

 変えられるわけがない、このままここに居れば再び月の者達が自分を捜しにやってくる。

 しかも今度は【裏切り者】としてだ、こちらが手を下したわけではないとはいえ、輝夜を迎えに来た月の使者が地上で殺されてしまった。

 その事実は月にとって輝夜達を裏切り者と認識するには充分過ぎるものであり、この地を離れなければ関係のない地上の者達が巻き込まれてしまうのは明白。

 だから輝夜は八意と共にこの場を離れるという選択を変える事などできるはずもなく、しかし翁達は決して認めようとはしない。

 

 そして――それを認めない人物が、もう1人居た。

 

「…………輝夜、行っちゃやだ」

「妹紅……」

 

 翁達とは違い涙は流さず、けれど身体を震わせ今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべる妹紅。

 懸命に涙を流すのを我慢しながら、妹紅は「行くな」と輝夜に言い続ける。

 

(……ああ、本当に)

 

 その姿の何と美しく、尊いものか。

 自分は心から愛され支えられているというのが、改めて実感できる。

 それのなんて素晴らしい事か、輝夜は今までにない幸福感に全身が包まれていた。

 

――だからこそ、この素晴らしい人間達には生きてほしい。

 

「――これを」

 

 言いながら、輝夜は翁達にあるものを手渡す。

 それは小さな小瓶、中からは僅かに液体の音が聞こえてきた。

 

「これは【蓬莱の薬】、不老不死の薬です。

 わたしができるせめてもの恩返しを、受け取ってください」

「ああぁ……!」

 

 今度こそ、翁達は絶望に打ちひしがれる。

 もう自分達の娘は帰ってこない、永遠の別れが決定付けられていると認めざるおえなかった。

 

「妹紅、おじいさんとおばあさんの事……お願いね?」

「ま、待って……わたし、私はまだ……輝夜の事を許したわけじゃない!!」

「…………」

「お前は……お前は父様を辱めたんだ、だから……だから、私に復讐されないといけないの!!」

 

 ぽろぽろと、妹紅の瞳から溢れんばかりの涙が流れていく。

 それを見て、輝夜は優しく微笑みながら彼女の涙を指で掬い……優しく包み込むように抱きしめる。

 ありがとうと、心からの感謝の言葉をそっと妹紅に耳打ちをして輝夜は彼女から離れた。

 そして翁達から背を向け、決して振り返ることなく八意の元へと戻っていった。

 

「輝夜!!」

「……さようなら。どうかお元気で」

 

 告げる言葉は、ただそれだけ。

 そして八意と共に、輝夜の姿は一瞬で消えた。

 

「…………輝夜ぁあぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 妹紅が叫ぶ、その声に怒りと憎しみと……敬愛と親愛の感情を込めながら。

 みっともなく涙を流し続けながら、妹紅はただただ輝夜の名前を叫び続けていた……。

 

 

 

 

「――まだかしら」

 

 所変わり、都から少し離れた平原。

 そこには荷物を纏め、輝夜達が来るのを待っている紫、マミゾウ、龍哉、そして龍哉に背負われ未だに眠っている龍人の姿があった。

 

「まあしょうがねえさ。最後の別れになるんだろうからな」

「……龍哉、あなた輝夜が月の者だと初めから知っていたの?」

「まあな」

「……あなたは一体何者なの?」

 

 龍哉は自分をただの妖怪だと言っていた、しかしただの妖怪が月に住んでいた輝夜や八意の事を知っているわけがない。

 それに彼には不可解な点が多過ぎる、(りゅう)(じん)でもないのに龍人と同じく【龍気】を扱えるし、五大妖にも一目置かれているその強さにも疑問が残る。

 紫の金の瞳が「答えろ」と告げており、龍哉は肩を竦めながらもその問いに答える事にした。

 

「ふっふっふ……実は俺は、“龍神様”だったのさ!!」

「…………」

 

 絶対零度を思わせる冷たい視線で、紫は龍哉を睨み付けた。

 だが――龍哉の表情に変化はなく、その雰囲気は冗談を言っているようには思えなかった。

 嘲笑でも送ってやろうと当初はそう思った紫であったが、龍哉の雰囲気を感じ取り信じられないといった表情で彼を見つめる。

 

「……正確には、“元”龍神って言った方が正しいな」

「…………龍哉、あなたは」

「もう何千年以上昔になるのかねえ……俺は【龍の世界】で生まれた龍神だった。

 けどその時の俺は好奇心旺盛……というより無鉄砲で後先考えずに行動するガキそのものだった、だから平和そのものだった【龍の世界】を飛び出したんだ」

 

 今考えると、本当に愚かしい行為だったと龍哉は自嘲する。

 

「んで、色々な世界を巡って……ある日、俺はとあるヘマをして死に掛けたんだ。そんな時俺を助けてくれたのが……」

「あの、八意という女性?」

「ああそうだ、しかも俺の傷が完治するまで輝夜姫様は自分の屋敷に住まわせてくれた。

 八意様と輝夜姫様、あの2人が居なかったら今の俺はここに存在していなかっただろうな」

 

 そして怪我が治り、龍哉は月から旅立っていった。

 いつかこの借りを必ず返すと、八意と輝夜に約束を果たしてから龍哉は【龍の世界】へと帰還したのだが……。

 

「好き勝手やってきたのが龍神王様――龍神族を束ねる御方の逆鱗に触れちまってな。

 俺は龍神としての地位を剥奪され、この身体を妖怪の身に堕とされ地上に永久追放……まあ、自業自得なんだが」

「……じゃあ、あなたが【龍気】を扱えるのは」

「身体を作りかえられても元々は龍神だったから、ってわけさ。まあ勿論ちょっとしか使えないけどな」

「成る程ね……」

 

 龍哉が何故【龍気】を扱える事ができたのか、その理由をようやく紫は理解できた。

 そして輝夜に対してあそこまで恭しい態度を見せていたのかも、八意の事を知っていたのかもわかった。

 しかし、龍哉が嘘を言っていると思っているわけではないものの、話の内容はおいそれとは信じられるものではない。

 

「紫、俺は嘘なんぞ吐いてないぞ?」

「……そうね。あなたはくだらない嘘は言うけれど、ここまでくだらない戯言は言わないものね」

「んだよ、マミと同じような事言いやがって……」

「マミゾウは、龍哉の事を知っていたの?」

「おぬしが紫と出会う前に聞いた事があってな、尤も月の者との関係は今初めて聞いたが」

「……龍人は」

「もちろん知らないし、これからも教えるつもりはない」

「…………」

 

 その方がいいだろう、彼は龍哉の事を本当の父親だと思って慕っている。

 不用意に事実を告げないほうが良い時もあるだろう、彼の心を傷つけたくはない。

 

「――おまたせー!」

 

 と、妙に明るい声を発しながら輝夜と八意が場に現れた。

 

「……もう、大丈夫なの?」

「ちょっと紫、どうしてあんたがそんな辛そうな顔をしてるのよ?

 わたしは最初からこうなるってわかってたんだから、別に悲しくなんてないわよ?」

「…………」

 

 強がりを言って、とは言えなかった。

 そんな事を言えば輝夜の心が傷ついてしまう、それは紫の本意ではない。

 大切な者との永遠の別れ、紫はまだそれを体験した事はないが……きっと想像を絶する悲しみなのは間違いないだろう。

 だから紫はそれ以上何も言わず、輝夜はそんな紫の心中を察したのか優しい微笑みを浮かべていた。

 

「それで八意様、これからどうするんで?」

「姫様と一緒に逃亡生活よ。私も月にとって裏切り者になってしまったからね」

「だったら、俺達と一緒に行きます?」

「せっかくの申し出だけど遠慮しておくわ。暫くは姫様とのんびり地上を散策させてもらうから」

「ありゃ、そりゃあ残念ですね」

「では姫様、そろそろ参りましょうか?」

「ええ……」

 

 八意にそう答えてから、輝夜は改めて紫に視線を向ける。

 ……お別れの時が、やってきたようだ。

 しかし不思議と紫の中での悲しみは少なかった、また会えると、そんな確信めいた予感が彼女の中で芽生えていたからだろうか。

 対する輝夜も、その表情に悲しみの色は無く、あるのは再会を望む願いのみ。

 どちらからともなく、2人は両手を合わせる。

 

「じゃあね、紫」

「ええ、またね……輝夜」

「今度会った時は、きっと今より綺麗になっているでしょうね。まあわたしには敵わないでしょうけど」

「言ってなさい。すぐに追い抜かしてあげるから」

「ふふっ、楽しみにしておくわ」

 

 最後まで笑みを崩すことなく、輝夜はやがて紫から離れ八意の元へ。

 

「それじゃあ……また」

「輝夜姫様、お元気で」

「ええ。そちらの妖怪狸も元気でね」

「わしはついでみたいに言うな。じゃが……また会える日を楽しみにしておるよ」

 

 その時は一緒に酒でも飲もう、そう告げるマミゾウに「勿論」と告げ――2人の姿が消えた。

 

「――では、わしはそろそろ佐渡に戻らせてもらうぞ。本当ならば龍人が一人前になるまで見守ってあげたかったが……部下達も心配なのでな」

「そうか。お前さんの部下まで人狼族に狙われちゃたまんねえだろうしな」

「龍哉、龍人をしっかり守ってやれ。そして紫、おぬしも無理はするな」

「わかっているわ。……色々とありがとう、マミゾウ」

 

 短い間ではあったが、彼女にも世話になった。

 最大限の感謝の意を伝えるために、紫はマミゾウに向かって深々と頭を下げた。

 そんな彼女にマミゾウは苦笑しつつ、ぽんぽんと彼女の頭を軽く叩き頭を上げさせた。

 

「妖怪が、弱みを見せてはいかんと言った筈じゃぞ?」

「あなたは友人だもの、関係ないわ」

「ふん、生意気な奴め……」

 

 悪態を吐きつつも、マミゾウが浮かべる表情は笑顔で溢れていた。

 そして「ではな」と軽い口調で2人にそう言ってから、マミゾウもその場を去っていった。

 残されたのは紫と龍哉、そして龍人の3人だけになり……少しだけ、紫は物寂しさを覚える。

 どうやら自分が思っていた以上に、輝夜やマミゾウという存在が自分の中で大きくなっていたようだ。

 

「さーて……これからどうする?」

「どうすると言われてもね……色々と騒動を起こしてしまったから都には戻れないし、それに龍人も目覚めていないし……」

「んー……よし、とりあえず歩きながら決めるか」

 

 そう言って、さっさと歩き始めてしまう龍哉。

 慌ててそれの後に続く紫、文句を言ってやろうかと思ったが……特に行き先も決めていないのでこれでいいかと納得した。

 目的の無い旅というのもいいだろう、自分達の立場を考えればあまり利口ではないがそれもまた一興。

 そう思うと、自然と紫の足取りは軽くなっていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――首尾は?

 

――まあまあ、と言った具合ですわ。とはいえ投入した“白”達はほぼ全滅してしまいましたが。

 

――ふむ、まだまだ改良しなければならないという事だな。

 

――収穫はありましたので、暫し“この世界”を探ってみます。

 

――頼むぞアリア、我のこの身体……まだまだ馴染まぬ。

 

――畏まりました、我が主。

 

 

 

 

To.Be.Continued...


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