妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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突如として現れた同じ顔を持つ謎の少女達。
輝夜を守るため、紫達は八意と共にその少女達を迎え撃った……。


第16話 ~白き人形達~

――向かってくる少女達。

 

「マミは右、オレは左、紫は正面から迎え撃て」

「応っ!!」

「わかったわ」

「では私は傍観させてもらうわ、お膳立てはしたのだからね」

 

 そう言って、後方へと後退する八意。

 お前も戦えと言いたかったが、既に眼前にまで少女達が迫っていたので断念。

 

「ふっ!」

「くっ……!」

 

 正面からの斬撃を八雲扇で受け止める紫。

 どうにか防御するものの、凄まじい衝撃が腕から全身に伝わり、おもわず苦悶の表情を浮かべてしまう。

 

(強いわね……でも……!)

 

 負けるわけにはいかないと、己を鼓舞しつつ紫は斬撃を押し返す。

 すかさず八雲扇を振りかざし妖力弾を発射、八発の光球が少女を囲むように放たれ――ただの一振りで霧散してしまった。

 

(っ、正攻法では駄目ね……)

 

 単純な戦闘力では、向こうが勝っている。

 たった一度の攻防でそれを理解した紫は、正攻法での戦い方を諦めた。

 だが倒す術はある、というより今の自分ではこれ以外の方法はない。

 龍哉もマミゾウも別の少女達との相手で手一杯、援護は期待できないだろう。

 

「その首……貰います」

「……やれるものなら、やってみなさい」

 

 不敵に笑う紫にも、少女は表情を変える事無く向かっていく。

 それに不気味さを覚えつつも、紫は真っ向から迎え撃った――

 

 

 

 

「――ほれほれどうした? わしはここじゃぞ?」

「…………」

 

 繰り出される斬撃は、凄まじく速い。

 人間はおろか、並の妖怪であっても斬撃を放たれた事も気づかずに首を跳ねられるだろう。

 しかし、マミゾウはその斬撃を軽々と避けるばかりか、相手を挑発する余裕すら出していた。

 表情には出さないものの、少女の様子は僅かに驚きを含んでおり、それに気づいたマミゾウはますます笑みを深めていく。

 その笑みはあからさま挑発。結果、少女の斬撃は激しさを増していった。

 それでもマミゾウには届かず、そればかりか。

 

「――――っ」

「実直過ぎる斬撃じゃな。故に読みやすい」

 

 そればかりか少女の斬撃は――マミゾウが持つ巨大な尻尾で包み込むように掴まれてしまった。

 少女は力を込め刀を抜こうとするが、まるでビクともしない。

 

「どうした? 先程の不可思議な術でわしの首を跳ねればよかろう?」

「…………」

「まあ使えんじゃろうな。気配も力の残滓も残さずに移動できる術など、そうそう使える筈もあるまいて」

「…………」

 

 あれだけのデタラメな業だ、おいそれと使える筈はないとマミゾウは読んでいる。

 もしも無制限に使えるのならば、八意が結界を発動する前に自分達を全滅させる事ができるのだから。

 そして事実、少女は自分の力だけで刀を抜こうとしている、マミゾウの読みは当たっているだろう。

 このままもがく姿を見るのも一興だが、無駄な時間を作るつもりは彼女にはない。

 だから――マミゾウはすぐに決着を着けた。

 

「――幻術、【()(せつ)(ふう)じ】」

「っ!? これは……!?」

 

 突如として、少女は何者かに背後から四肢を掴まれてしまった。

 一体何が起きたのか、視線だけを後ろに向けると……そこには、凄まじい形相でこちらを睨む、鬼のような怪物が少女の四肢を掴んでいた。

 すぐさま拘束を解こうと試みるが、どんなに力を込めても抜け出す事ができない。

 尚ももがく少女に、マミゾウは掴んでいた刀を放しつつ少女に話しかける。

 

「無駄じゃよ。おぬしはもう動けぬ、わしが一番得意としている幻術を使用したからのう」

「幻術……」

「おぬしには、自分の身体を掴み上げている怪物の姿が見える筈じゃ。

 しかしそれは現実のものではない、尤も術にかかったおぬしからすれば現実になっておるがな」

 

 幻術【羅刹封じ】。

 マミゾウが使用できる幻術の中で一番強力な術であり、かけられた者は幻の羅刹によって四肢を拘束されてしまう。

 動きを止める類の幻術では高位の術であり、たとえ大妖怪であっても容易に術から逃れることは不可能。

 そして――マミゾウの相手であるこの少女では、決して抜ける事はできない。

 

「おぬしはまだ殺さん、目的と何者であるかを話してもらうまではな」

「ぐ……く……」

「無駄じゃよ。――さて、龍哉達は終わったかの?」

 

 龍哉へと視線を向けるマミゾウ。

 そこでは当然龍哉と少女が戦っていた……が。

 

(…………増えてる)

 

 そう、少女の姿が4人に増えていた。

 姿形はまったく同じ、それらが無表情のまま龍哉に向かって刀を振るっている光景は不気味の一言に尽きる。

 しかしマミゾウは助けに入らない、そればかりか。

 

「おい龍哉、何を遊んでおるんじゃ? それとも苦戦しておるのかな?」

 

 挑発にもとれる野次を飛ばす始末であった。

 これには龍哉もジト目でマミゾウを睨みつつ、しっかりと相手の斬撃を避け続ける。

 

「ったく、めんどくせえなあ……」

 

 最初は1人だったのに、突如として3人増えたのは参った。

 だがそれは4対1という不利な状況になってしまったという理由からではなく。

 

「――何人集まろうが、相手にならねえんだよ」

 

 たとえ1人から4人になろうとも、自分の相手にはならないという理由からであった。

 一斉に繰り出される斬撃、龍哉の逃げ道を塞ぐように放たれた攻撃は評価できる。

 しかし、ただそれだけだと龍哉は持っていた【光魔】を鞘から抜き取る。

 白銀の刃が表に飛び出し――それで終わり。

 

「最初の奇襲で俺の首を跳ねれば良かったのにな」

 

 再び刀を鞘に収める龍哉。

 そして少女達にそう言い放つが、既に4人の少女達は物言わぬ骸と化していた。

 抜刀すると同時に斬撃を放ち、龍哉の一撃は少女達の胴をまとめて薙ぎ抜きその命を奪ったのだ。

 まさしく速攻、光の速さだと錯覚してしまう程の斬撃で、少女達は自らが斬られた事も気づかずにこの世から消えた。

 

「マミ、そっちは……終わったみてえだな」

「相も変わらず凄まじい強さじゃなおぬしは、さて後は……」

 

 後は紫だけだと、龍哉とマミゾウは彼女へと視線を向ける。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「…………」

「……やっぱ、まだ無理か」

 

 紫と少女の戦いは、まだ終わりを迎えていなかった。

 それを何処か予想できていたと思わせる呟きを零しつつ、龍哉は紫へと声を掛けた。

 

「おい紫、手を貸してやろうか?」

 

 正直言って、今の紫ではこの謎の少女を打倒する事は難しいだろう。

 現に彼女の身体には決して浅くはない刀傷が無数に刻まれている、このままではいずれ致命傷を受けてしまうのは明白であった。

 しかし、紫は龍哉の提案に首を横に振って拒否の意志を見せる。

 

「大丈夫よ。もう終わりにするから」

「強がりを言うでない紫、今のおぬしでは……」

「心配ないわよマミゾウ。――()()()()()()()()

 

 そう言って紫は、左手を対峙している少女に向ける。

 そして、その手をそっと何か柔らかなものを掴むようにゆっくりと握りしめ――能力を発動させた。

 

――ぷちゅん、と。

 

 そんな間の抜けた音が、場に響く。

 

「なっ――」

「…………」

 

 刹那、目を限界まで見開き表情を凍りつかせるマミゾウ。

 当たり前だ、何故なら。

 何故なら――紫が手を握り締めると同時に。

 少女の身体が一瞬で潰され、跡形もなく消え去ってしまったのだから。

 

 血の一滴も残さずに、紫と対峙していた少女はその命を呆気なく散らす。

 断末魔の叫びも放たず、痛みも苦しみも感じないまま、まるで初めから存在していなかったように、この世界から消え去った。

 

「…………今、何をしたんじゃ?」

 

 紫が少女に何かしたのは間違いないだろう。

 しかし何をしたのか、マミゾウには理解できなかった。

 そんな彼女に、紫はあっけらかんとした口調で説明した。

 

「能力を使って、相手の境界をこの世界の境界と繋げただけよ」

「……何?」

 

 問いに答えた紫であったが、マミゾウにはその言葉の意味が理解できなかった。

 境界、という概念はマミゾウとて知っている、だがそれを繋げるというのは……。

 

「マミ、前に言ったろ。紫は境界を操る能力を持って生まれた妖怪だと。

 俺達がこの世に存在できるのは、俺達という存在を司る境界とこの世界そのものの境界が交わっていないからだ。

 だが紫は自分の能力を使って相手の境界を操作してこの世界の境界との隔たりを無くしてしまった、その結果相手は存在する事ができなくなり消滅したってわけだ」

「――――」

 

 龍哉も説明してくれたものの、それでもマミゾウには理解できなかった。

 否、理解できないというよりも、信じられないと言った方が正しいかもしれない。

 そのような能力など、一妖怪が持てる範疇を超えているではないか。

 まさしくその能力は創造と破壊を自由に行える神々の領域、話を聞いていたとはいえ……正直マミゾウは信じていなかった。

 だが今のを見てしまっては信じざるおえない、そして同時に……紫に対して、ある種の恐怖すら抱いてしまった。

 

――まだ、能力を完全に扱えるわけではない。

 

――ならば、今の内に。

 

「…………」

 

 浮かびかかった考えを、懸命に振り払う。

 ……()()()()などできるわけがない、忘れてしまえと己に言い聞かす。

 

「お前、最初から能力で勝てるならそうすればよかったじゃねえか」

「近接戦闘を勉強したかったから、ある程度相手をしたかったのよ」

「成る程ねえ……格上相手の敵を修行の道具にするとは恐れ入った」

「……そうでもしなければ、強くなれないわ」

「…………そうかい」

 

 そう呟いた紫の瞳の中に見えた決意の色を察し、龍哉はそれ以上何も言わなかった。

 

「――終わったのね、それで……あれはどうするの?」

 

 いつの間にか近寄ってきた八意が、マミゾウの幻術によって動けなくなった唯一の生き残りである少女を指差す。

 おっと忘れていたと3人は思い出し……その中で、マミゾウだけがニヤーッと意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「よし、では今からじっくりねっとりいたぶって……何者なのかを吐いてもらうとしようかのう」

「…………」

「あら、それは素敵な考えね。私も協力するわ、吐かせるのは得意だから」

「うむうむ、では参ろうか?」

「ええ、参りましょうか」

 

「……女って恐いなあ、紫」

「私をあんな連中と一緒にしないで頂戴、本当に」

 

 サディスティックな笑みを浮かべつつ、ゆっくりと少女に向かっていくマミゾウと八意。

 ……気のせいか、無表情である筈の少女が恐怖に脅えているような気がした。

 早く帰りたい、そう思いつつも情報は欲しいので紫はさっさと終わってほしいと願いつつ。

 

 

「――それは可哀想だから、やめていただけるかしら?」

 

 そんな声を、耳に入れた。

 

「っ」

 

 全員の視線が、声が聞こえた方向へと向けられる。

 そこに居たのは――1人の女性であった。

 

 色素の薄い赤い髪を短く纏め、白と水色を基調としたワンピースタイプの衣服で身を包み、優しげな笑みを浮かべている。

 得体の知れない、けれど何処か安心感を覚えさせるような不思議な雰囲気を醸し出す女性に、紫はおもわず警戒心が緩みそうになってしまった。

 まだ八意の展開した結界の中に自分達は居る、だというのに目の前の女性はその結界を破壊する事無く侵入してきた。

 ただの人間ではないという事は間違いないし、何より――女性の背中に生える白く大きな翼が人間ではないと告げている。

 

「んだよ……また新手か?」

「……私の結界の中に音も立てずに侵入してこれるとはね……」

「ふふっ、こういった事は得意だから」

「それでおぬしは何者じゃ? どうやらこの娘御の飼い主のようじゃが……」

 

「――ワタシは“アリア”、【アリア・ミスナ・エストプラム】と申します。以後宜しくお願い致しますわ」

 

 恭しく頭を下げつつ、丁寧な口調で自己紹介を始めるアリアと名乗る女性。

 ……その態度に怪訝な表情を浮かべつつも、誰もが彼女に対し警戒を怠る事はなかった。

 頭を上げるアリア、そして視線を少女へと向けたと思った時には。

 

「収穫はあったけど、もう少し“頂いていきましょうか”」

 

 アリアの姿が、紫達の視界から消えており。

 気がついた時には、既にアリアは少女の近くまで移動を終えていた。

 

「なっ――」

 

 まるで見えなかった、その事実に紫達は驚愕し。

 

「――おいおい、マジかよ」

 

 口調はいつも通り、けれどその声には隠し切れない驚愕の色を宿している龍哉の声が聞こえ――二度目の驚愕を迎えた。

 

――無くなっている。

 

 当たり前のように存在している筈の龍哉の右腕が、()()()()()()()()()()()

 しかもその無くなった腕を、少女を幻術から解き放っているアリアが持っていたのだから、ますます理解に苦しんだ。

 一体何が起きたのか、その場に居た誰もが理解できない中。

 

「――“(はく)”達の殆どがやられちゃったけど、一応の収穫があったからここらで失礼させてもらうわね」

 

 そう言い残し、アリアは少女と共にこの場から消えてしまった……。

 

「っ、龍哉!!」

 

 最初に我に返ったのは八意、先程の冷静な態度ではなく狼狽した様子で龍哉へと駆け寄った。

 その一瞬後に紫とマミゾウも我に返り、龍哉の元へ。

 対する龍哉は、じっと右腕があった場所を眺めているが……その顔に悲壮感はない。

 

「……あー、こりゃ再生は無理だな」

 

 そればかりか、まるでちょっと転んでしまった程度のように、軽々しい口調でそんな事を言っていた。

 

「い、一体何が起きた……? わしには何も……」

「俺も見えなかったよ、だからこうやって無様に右腕をとられちまった。

 まあとられちまったもんは仕方ねえ、片腕でも生きていけるし大丈夫だろ」

「…………」

 

 あまりにもあっけらかんと言い放つものだから、紫達はなんだか自分達が慌ててしまっているのが馬鹿らしく感じてしまった。

 

「八意様、とりあえず結界を解除して輝夜姫様達の所に戻りましょうや」

「……そうね、とにかく今はそうしましょう」

「待て、その前に怪我の治療を……」

「血なんぞ一滴も出てねえよ、もう止血はしたからな。まあちょっと見苦しいから後で傷口は隠しておかねえと拙いか」

「…………」

 

 生き残る事はできた、その事実と結果は間違いなく自分の糧になっただろう。

 しかし――謎も多く残ってしまった。

 いきなり現れたあの少女――白とアリアと名乗った女性は何者だったのだろうか。

 考え込むが当然答えなど得られる筈もなく、紫はそのまま輝夜の屋敷へと戻っていったのであった――

 

 

 

 

To.Be.Continued...


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