既に人間ではないと思える彼に、果たして2人は勝利する事ができるのか……。
「――雷龍気、昇華!!」
加減などできない。
絶対に目の前の存在は許せないという怒りを胸に秘め、龍人は一気に全開の力を発揮する。
大気に漂う自然の力を取り込み、それをすぐさま電気へと変換。
バチバチという爆ぜた音を響かせながら、龍人の身体に電流が纏わりつく。
「んん……?」
「――――紫電!!」
バキンッという音が響いた瞬間、龍人の姿が消えた。
不比等がそれを理解するよりも早く、彼の身体に龍人の右の拳が叩き込まれる。
「ぬおっ……!?」
「おらぁっ!!!」
続いて右足を振り上げ、不比等の顎を蹴り上げる龍人。
宙に飛ばされる不比等に、今度は反時計回りに移動しながら背後から拳を叩き込もうとして。
「っ!?」
「――少しは、やるなぁぁぁ」
逆に、不比等の拳が龍人の顔を殴り飛ばしていた。
床を破壊しながら吹き飛んでいく龍人。
すかさず不比等は追撃しようと吹き飛ぶ龍人を追おうとして――その場から後退した。
瞬間、先程まで不比等の居た場所に数十もの妖力弾が叩き込まれ小規模の爆発が起きる。
忌々しげに舌打ちをしつつ、不比等は視線を自身に攻撃を仕掛けてきた紫へと向けた。
「小娘がぁぁぁぁ……!」
「っ」
その眼力に呑み込まれそうになりながらも、紫は不比等の周りにスキマを展開。
五つのスキマが不比等を囲むように出現し――そこから連続して妖力弾が放たれた。
「むぅ……っ!?」
妖力弾が、不比等の身体を釣瓶打ちにしていく。
だが――攻撃を当てているというのに、紫は悔しげに唇を噛み締めていた。
(…………効いていない、わね)
加減などしていない、だというのに紫の攻撃は不比等にとって塵芥の効果も発揮されていなかった。
その事実が彼女のプライドを傷つけつつ、同時に相手との力量差をはっきりと示してしまっていた。
(この男、想像以上に強い……!)
紫電を使用している龍人の速度にあっさりと追いついただけでなく、自分の攻撃をまるでものともしない防御力。
妖力の大きさだけでなく、あらゆる要素で目の前の存在は自分達を上回っていた。
「じゃ――!」
妖力弾を全身に打たれながら、紫に接近する不比等。
すぐさま紫は攻撃しているスキマを閉じ、両手を前に翳し術を展開させた。
「四重結界――きゃあっ!!?」
放たれたのは攻防一体の結界である“
だが、不比等の拳が四重結界に触れた瞬間、硝子が割れるような甲高い音を響かせながら四重結界は呆気なく粉砕されてしまう。
更にその衝撃は紫自身にも及び、衝撃と痛みを受けながら彼女の身体が軽々と吹き飛んでしまった。
そして、今の紫の状態は絶望的なまでの隙を生んでおり。
「――――“風龍気”、昇華!!!」
けれど、不比等は紫に追撃する事はできなかった。
「んー……?」
風が、場に荒れていく。
それが気になったのか、不比等は追撃を止め風の発生源へと視線を向ける。
そこには、自分の睨む龍人の姿があり――彼の右足全体を包むように、鎌鼬のような風が吹き荒れていた。
「――
「っ、チィ……!?」
一息で間合いを詰め、不比等に向かって右の回し蹴りを放つ龍人。
すると不比等は先程とは違い、両腕を上げて防御の体勢をとった。
打ち込まれる蹴り。
瞬間、その蹴りを受けた両腕から凄まじい衝撃が伝わり、不比等の表情が歪む。
それだけでは留まらず、右足に展開している風が刃となり、防御している不比等の両腕を文字通り抉り始めていた。
「ぬ、ぐ……りゃああぁっ!!!」
裂帛の気合と共に、不比等の身体は吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。
パラパラと破片を撒き散らしながら、不比等の身体は壁の中に消え、龍人はそれを見届ける事無く紫の元へと駆け寄った。
「紫、大丈夫か!?」
「……大丈夫よ。そういう貴方は?」
「俺は大丈夫だ、頑丈だからな」
言いながら、大丈夫だとアピールするかのように握り拳を作る龍人。
しかし、彼の息は上がっておりその額には汗が滲んでいた。
龍気を使った事による疲労は、確実に彼の身体を蝕んでいる。
それに気づいた紫は表情を歪ませつつ、彼を守るように前へと出た。
「…………効いたなあ、今のは」
「…………」
破壊された壁から、這い出るように不比等が姿を現す。
否、現れたのは……
「なっ……」
「…………」
現れたのは――異形の存在。
まるで骨と皮しか存在していないと思えるほどの痩せこけた肉体、赤黒い皮膚。
血走った目はギョロギョロと忙しなく動き、大きく裂けた口で笑うその姿は醜悪に尽きる。
突然現れた化物に龍人は驚き、一方の紫は何処か納得したような表情を浮かべていた。
「あー……剥がれちまったなあ」
「こ、こいつ……人間じゃないのか?」
「ただの人間が、こんな芸当なんかできるわけないでしょうに」
「だ、だけどこいつ……さっきまで人間の匂いしか発してなかったぞ!?」
そう、だからこそ龍人は目の前の存在を藤原不比等だと信じて疑わなかった。
確かに人間とは思えぬ力に驚きはしたものの、嗅ぎ取れた匂いは確かに人間のものだった。
しかし……現れた異形の生物は濃密な妖怪の匂いを発している。
一体どういう事なんだと龍人は混乱し――そんな彼の疑問は、紫によって解かれた。
……尤も、それは彼にとって到底理解できる内容ではなかったが。
「――それは当然よ龍人。
だって、さっきまでこの男は藤原不比等の皮を被って彼に成り済ませていたんだもの」
「………………は?」
意味が、わからなかった。
極限まで高まっていた緊張感の中で、彼は間の抜けた表情を浮かべる。
それほどまでに、紫の言葉は龍人にとって理解できないものだった。
「妖怪が人間の中に溶け込む一番の方法は、変化の妖術で人間に化ける事。
でもその方法では祓い屋のような存在に妖怪特有の匂いと妖力を嗅ぎ取られてしまう。
マミゾウぐらいの大妖怪が扱う変化術なら話は別だけど、あれほどの術を使える妖怪はそう多くないわ」
だが、他にも方法はあるのだ。
しかもその方法は変化の術を使えない者でも使用でき、しかも祓い屋や妖怪にすら人間と認識させられる。
「――でもね。この男のように人間の皮を被ってその人間に成り済ますという方法があるの。
馴染むまで時間が掛かるという欠点があるけど、馴染めばその人間の匂いを纏う事ができるから、同じ人間はもちろん私達妖怪すら欺く事ができるわ」
「――――」
「おそらく、輝夜に求婚を迫った日に藤原不比等は殺されたのでしょうね。
そして部屋に閉じこもる事によって皮を馴染ませる時間稼ぎをして、藤原不比等に成り済ます事ができた」
「そうだあ……だが、せっかく馴染んだ皮もお前達によって破壊されてしまったなあああ……」
しかし、異形の者は言葉とは裏腹に気にした様子もなくケタケタと笑っていた。
「…………んで」
「んん……?」
「なんで……そんな事、そんな酷い事……できるんだ?」
呟くように、震える声で問いかける龍人。
それを聞いて、異形の者は一瞬驚き…次の瞬間、愉しげに笑いながら答えを返す。
「――愉しいからだ、それ以外に理由があるか?」
「…………は?」
「人間は勝手に増える、なら幾ら喰おうと関係ない。
それにな……オレは恐怖の中で喰われていく人間の顔を見るのが、堪らなく愉しいんだ」
「――――」
今度こそ。
その言葉で、龍人の表情が凍りついた。
己の欲求を満たすため、ただそれだけで……この地獄を作り上げた。
しかし……それは決して、
「――龍人。妖怪は人間の憎しみや怒り、恐怖といった負の感情を糧にしている。
人間の肉を喰らうのも、負の感情が染み込んでいるからよ。人間が生きるために……自らの糧にするために家畜を育て、そして殺す……それと変わりないわ」
「そうだ……さすが同じ妖怪だけあってよくわかっているなあああ……」
「…………」
間違いなどと、紫とて思っていない。
それが妖怪であり、人間と妖怪の関係を表しているのだから。
……だけど、何故だろうか。
間違いと思っているわけではないが……酷く、不愉快な気分になるのは。
自分自身に少しだけ戸惑いを覚えながら、紫は打開策を考えようとして――空気が変わった事に気がついた。
「――――お前、そんなに腹が減ってたのか?」
「ん……?」
「龍人……?」
「腹が減って腹が減ってしょうがなくて……だから、そうまでして人間を喰いたかったのか?」
静かな口調で問いかける龍人。
そこに余分な感情はなく、何処か無機質さすら感じられた。
だがそんな事よりも、紫には気になる事があった。
(……龍人の力が、どんどん大きくなってる?)
そう、ほんの僅かずつではあるものの……龍人の身体から、力が溢れ出しているのだ。
しかしそれは妖力ではない、妖力よりも遥かに大きく……そして同時に暖かさすら感じられる力。
闇に属する妖怪では決して放てない、光の力だ。
「……お前、話を聞いていたのかあ?
オレがあの人間を殺して皮を奪ったのは、愉しむ為だ。強い負の感情を撒き散らしていたあの人間を喰うだけでも良かったんだがな……この屋敷には、美味そうな人間が多く居た。
特に……さっき喰おうとしたヤツは、一番最後に喰おうと思っていたんだああ……」
「…………」
「そろそろ飽きてきたなああ、お前達をさっさと喰ってさっきの小娘を――」
そこまで言いかけて。
異形の者は、それ以上喋れなくなった。
「――妖怪が人間を喰う事は、決して間違いじゃない事だって俺にだってわかる。
それも自然の摂理だって、生きるために必要なものだってぐらい理解してる。
だけど、お前は生きるためじゃなく自分勝手な欲求を満たすためだけに、妹紅のとうちゃんや屋敷の人間を喰ったんだ。
そして今、妹紅まで勝手な理由で喰おうとしているお前を……俺は許さない!!」
「…………クハッ、クカカカカカカカッ!!!」
「龍人……」
異形の者が笑う、これ以上可笑しい事などないと言わんばかりの勢いで。
しかし、紫はその嘲笑を否定することができなかった。
今の龍人の言葉は、紫にとっても戯言以外の何物でもなかった。
彼はまるでわかっていない、妖怪とは総じて自分勝手であり本能で生きている。
だから気紛れに人間を襲い、殺し、それに対して疑問も罪悪感も抱かない。
それが妖怪という存在であり、だからこそ人間は妖怪を恐れ憎むのだ。
妖怪は人間を見下し、喰らい、人間は妖怪を恐れ憎む。
それは古来から続く両者の変えようのない関係、だがそれを彼は否定した。
ならば、嘲笑を送られても致し方ないだろう。
あまりに愚かで世界を知らない子供の戯言、龍人の言葉には何の価値もない。
……そう、価値などあるわけがない。
――だというのに、何故。
彼の言葉を否定する事も、笑う事もできないのか。
「お前は……絶対に俺がぶっ飛ばす!!」
「……ガキが、粋がるのもここまでだ」
だが龍人は怯むことなく睨み返しながら、“奥の手”を発動させ始めた。
「な、にぃぃぃ……!?」
「これは……!?」
場の空気が一変する。
龍人が左手で右手首を握り締めた瞬間、凄まじい力の奔流が一瞬で周りの空気を吹き飛ばしたのだ。
その強大な力を感じ取り、異形の者は勿論のこと、紫すらその顔を驚愕に満ちたものに変えた。
(なに、この力……それにあの構え、妖忌に襲われた時と同じ……)
だが、感じられる力はあの時の比ではない、というより普段の龍人からは考えられない程の力だ。
それにその力は妖力でも霊力でもましてや魔力でもない、ただただ圧倒的な力だった。
「小僧、その力は何だあぁぁぁぁ……!?」
「……とうちゃんには極力使うなって約束してたけど……今の俺じゃ、
覚悟しろよ。
「っっっ」
突風が吹き荒れ、紫はおもわず両腕で顔を覆う。
そして、彼女は腕の隙間から……見た。
吹き荒れる突風の中心、そこに佇む龍人の右腕が――黄金の輝きを放っている。
眩く輝く龍人の腕、しかしその光はどこまでも暖かい。
「――この一撃は龍の鉤爪、あらゆるものに喰らいつき……噛み砕く!!」
「ぬ、ぐ……オオオオオオオオオオオオッッ!!!」
先程までの余裕など微塵も感じさせない、焦りと恐怖に満ち溢れた顔で、異形の者は龍人に向かっていく。
右腕に己の全妖力を込め、原型すら残さぬように彼の体を粉々にしようと振り下ろした。
その速度はまさしく神速の如し、風切り音を響かせながら…異形の者の腕は、龍人の左肩を抉り砕く。
「龍人!!!」
「…………」
「キキキ……終わりだ、終わりだああああ……」
「――ああ、お前がな」
「ギ…………ッ!!?」
気づいた時には、もう全てが遅すぎた。
確かに異形の者の攻撃は、龍人の左肩を抉り砕いた。
だがそれだけ、本来ならば致命傷となり得る一撃だったとしても、龍人の命を奪うまでには到らず。
「――奥義」
「ま、待てえええええええっ!!!」
龍人は、しっかりと照準を相手へと合わせ。
「――――
黄金に輝く右腕を、異形の者へと叩きつけた――
To.Be.Continued...