妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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第121話 ~喪ったもの、残ったもの~

 静寂が、場を支配する。

 神弧の攻撃により倒れていたレミリア達も、その3人を戦いの余波から守っていた永琳も、無言のまま両手を突き出したままの体勢で固まっている紫と。

 彼女が放った龍爪撃(ドラゴンクロー)によって半身を喰い千切られた神弧に、視線を向けていた。

 

「…………」

 

 ゆっくりと前に突き出していたままの両手を降ろし、紫はその場で座り込む。

 瞬間、意識を失いかけてしまうが倒れそうになった自分を支えに来た藍によって、難を逃れた。

 正直に言えばすぐにでも意識を失って楽になりたかったが……まだ、全てが終わったわけではない。

 

「……まさか、龍人の技を使うとは思わなかったよ」

「な、何だと……!?」

 

 藍が驚愕に満ちた声を上げる。

 当然だ、半身を吹き飛ばされ死に体となっている筈だというのに、神弧はまだ生きているばかりかゆっくりと浮かび上がり紫達と対峙しているのだから。

 デタラメなどという表現では追いつかない生命力に、けれど紫は驚く様子を見せずに口を開いた。

 

「終わりよ、神弧」

「終わり? それはお前が決めることではないさ紫、妾はまだ戦えるぞ……だが貴様達にはもう龍人の力を使う余力は残されておるまい?」

「……いいえ、もう終わったのよ神弧。だから……もう休みなさい」

 

 それは、命の奪い合いをしていた相手に向けるとは思えない、穏やかな口調から放たれた言葉であった。

 おもわず神弧は言葉を失い、そんな彼女に紫は言葉を続ける。

 

「様々な世界を壊し続けて疲れたでしょう? もうその魂を休ませてもいい筈よ」

「…………何を、言っているんだ?」

 

 紫の言葉が心底理解できない神弧は困惑しつつ、怒りによってその表情を歪ませた。

 まるで自身が勝利者だと言わんばかりのその口調は、神弧には侮辱しているようにしか思えない。

 たとえ半身が消えたとしてもまだ両腕が残っている、この2つの腕があれば力を失った紫達を始末する事など造作もなく、それを証明するように神弧は動いた。

 

「妾は消えぬさ。消えるのは……貴様の方だ!!」

 

 神弧が紫へと迫る。

 だが紫も彼女の身体を支える藍にも余力は残されておらず、迎撃する事は叶わない。

 けれど何故か、その中でも紫は真っ直ぐに神弧だけを見つめ続けて。

 

「――――そこまでにしなさいな。暴れ過ぎよ?」

 

 向かってくる神弧と紫の間に割って入ってきたヘカーティアが、軽々と神弧の動きを封じ込める光景を視界に入れた。

 突然の登場に驚愕する神弧に対し、ヘカーティアは前に見せたような友好的な雰囲気を消し、威圧感を込めた視線を彼女に向けつつ口を開く。

 

「さっきの紫ちゃんの一撃で勝負は決まっているのに、まだ足掻くなんてちょーーーっと往生際が悪いと思わない?」

「何の用だヘカーティア・ラピスラズリ、地獄の女神が現世の争いに介入するのか?」

「勘違いしているようだけど、そんなつもりは毛頭ないわよ? 映姫ちゃんにも釘を刺されたしね」

「ならば、疾く消えろ」

「……理解できてないようね。もう戦いは終わったのよ神弧、紫ちゃん達の勝利でね」

 

 そう言って、ヘカーティアは掴んでいる神弧の右手に更なる力を込める。

 瞬間、まるで霧のように神弧の右腕が霧散し……ヘカーティアは紫達では聞き取れない言葉を呟いた。

 何かの呟きにしか聞こえないその言葉を言い終えた瞬間、少しずつ神弧の身体が少しずつ霧散していく。

 

「貴様……!」

「仮初の肉体はもう滅んでいるし、その肉体を無理矢理動かしているあなたの魂も余力を残していない。だというのに勝利者である紫ちゃんを殺そうとするなんて、フェアじゃないと思わない?

 自分が敗北してると理解しているのに、消える事がわかっていながらあの子の命を奪うなんて許されないわよ? だってこんなにも頑張ったんだもの」

「妾は破壊を司る存在だ、ならばそのような問いなど愚問でしか……」

「ええそうね、だから私が止めるのよ。

 この世界はあなたを打ち負かした、未来を生きる事を許されたのだから……その未来を敗者が奪うなんて結果を見過ごす訳にはいかないわ。

 そして何より……あなたのその強大すぎる魂はずっと欲しかったのよ、地獄の運営にも役立ってくれるからね」

 

 というよりも、この場に現れた最大の理由がそれであった。

 地獄、というよりあの世に位置する世界では魂をエネルギー源として運用する技術が存在している。

 その為、通常の生物とは比べものにならない純度を持つ神弧の魂を喪うのは、ヘカーティア達にとっては“惜しい”事であった。

 

「……漁夫の利というわけか。地獄の女神も随分と矮小になったものだ」

「あらん酷い、でもまあ確かに否定できないかも」

 

 神弧の皮肉にもヘカーティアはあっさりと認め、くつくつと笑みを零すのみ。

 そして遂に殆どの肉体を喪った神弧に、ヘカーティアは慈悲と憐れみをこめた笑みを向けながら。

 

「お眠りなさい破壊の化身、幾万幾億もの生物と世界を破壊し続けてきて疲れたでしょう?」

 

 もう一度、先程と同じく聞き取れない異界の言葉を口にして、神弧の身体を完全に消滅させた。

 その光景を、全員が唖然とした表情のまま見つめる中。

 

「ありがとうね紫ちゃん。色々と言いたい事はあるでしょうけど……まずはゆっくり休みなさいな」

 

 初めて会った時と同じように穏やかな笑みを見せ、紫達に戦いの終わりを告げる言葉を放ったのだった……。

 

 ■

 

「――アイツが言っていたように、本当に漁夫の利を狙ったようね」

「うぐっ……この幼女ちゃん、容赦ないわー」

「幼女言うな!!」

 

 ヘカーティアによって全員の治療が行なわれ、軽い自己紹介を行なった後。

 開口一番にレミリアが上記の言葉を口にして挑発するものの、ヘカーティアも自覚しているのか小さく唸りつつ苦笑しレミリアをからかう言葉だけを返した。

 とはいえコンプレックスなのか、ヘカーティアの「幼女」発言に激昂するレミリア。

 

「お姉様、話が進まないから静かにして」

「あ、ハイ。すみません……」

 

 しかしフランドールの冷静かつ冷たい指摘にあっさりと矛を収め、小さくなってしまった。

 ……今のやり取りで、その場に居た全員がこの姉妹の力関係をなんとなーく悟ってしまったがそれはさておき。

 

「それでヘカーティア、何故私達を助けてくれたの?」

「助けたわけじゃないわよ、さっきの話は聞こえていたとは思うけど、私が此処に来たのはあの魂を回収する為。あれの魂は純度が高すぎるから死神達じゃ回収できないのよ」

「本当にそれだけかしら? 私にはそれだけの理由で来たとは思えない」

「……まあね。勿論今言った理由も本当だけど、私がここに来たのは……」

 

 言いながら、ヘカーティアはまた何かを呟いた。

 瞬間、紫と藍の身体を覆うように黄金の光が溢れ始める。

 この光は先程のものと同じ、龍人族の力を扱った時と同じ光であり……その光が少しずつ紫達の身体から離れ、ヘカーティアが翳している右手へと集まっていった。

 やがて小さな光球となったそれを、ヘカーティアは上空へと投げ放つ。

 光球はそのまま上空へと昇っていき、空の中へと消えていってしまった。

 

「……今のは?」

「紫ちゃん達の中に残っていた龍人の魂よ、もう殆ど磨耗して原型を留めていなかったけど……あのまま2人の中で消えてしまうだけなのは、悲しい事でしょう?」

「…………」

「在るべき所に還してあげたいと思ったのよ、余計なお世話だったかしら?」

「……いいえ。ありがとうヘカーティア」

 

 心からの感謝の言葉を述べながら、紫はヘカーティアに深々と頭を下げた。

 だが同時に、改めて彼を失ってしまったと思い知らされて……目頭が熱くなった。

 戦いには確かに勝った、幻想郷の未来を守る事はできただろう。

 けれど、隣に居て欲しいと願っている彼が居ないという事実は、紫の心を苦しいくらいに締め上げる。

 

「それじゃあ、私はもう行くわ」

「あら、もう少しゆっくりしていけばいいのに」

「こんな荒野でゆっくりするなんてできるわけないでしょうに、それに紫ちゃん達にはまだすべき事があるでしょう? 私だって神弧の魂をあの世に連れて行かないといけないんだから」

 

 じゃあね、最後までいつもの雰囲気を変えないままヘカーティアはその場から消えた。

 それを暫し眺めてから……紫はゆっくりと立ち上がる。

 

「妖忌、わざわざ来てくれて助かったわ」

「気にするな。幽々子様もお前達に協力する事を強く望んでいたからな」

「そしてレミリア・スカーレット、フランドール・スカーレット、あなた達の協力にも心からの感謝を」

「いいよ別に、次期スカーレット家の当主として調子に乗ってる地上の吸血鬼達に灸を据えるのが一番の目的だったんだ」

「お姉様ったら素直じゃないんだから、でも紫お姉さんもわざわざ頭なんか下げなくてもいいよー」

「ふふっ、ありがとう」

 

 そう言って笑う紫の顔を見て、レミリアもフランも言葉を失った。

 ……なんて無機質で、寂しい笑みを浮かべるのだろうか。

 無理矢理笑っているのに、精一杯平気なフリをしている彼女は見ていて痛々しい。

 けれど何も言葉にはできない、彼女の悲しみを癒す術を持つのは……この世にはいない彼だけなのだから。

 

「……一度冥界に戻る。幽々子様が閻魔を抑えているからな」

「幽々子には近い内に会いに行くと伝えておいて」

 

 わかった、短くそう告げて妖忌はその場を飛び立っていく。

 

「じゃあわたし達も行くわ」

「お姉さん、近い内にお母様達と一緒に幻想郷に遊びに行くからね!!」

「ええ、楽しみにしているわ」

「……だからね。元気……出してね?」

「…………ありがとう」

 

 ああ、情けない。

 千年以上生きた大妖怪が、二百も満たぬ吸血鬼に心配されるなど笑い話だ。

 自分にはまだすべき事がある、守る事のできた幻想郷の平和を維持しなくてはならないという役目が残されている。

 

「いつでも遊びにいらっしゃい。幻想郷は……あなた達を歓迎します」

「うん!!」

「まあ田舎ではあるが、歓迎してくれるというのならまた来るさ」

「そういう所、ゼフィーリアによく似ているわね」

 

 苦笑する紫に、レミリアは不敵な笑みを返す。

 そして飛び立っていく2人が見えなくなるまで見送ってから……紫は、ゆっくりと息を吐いた。

 一先ずは終わった、それを認識するかのように紫はゆっくりと深呼吸を繰り返す。

 

 ……戦いは、これで終わりだ。

 喪うものはあった、戻らぬものもできてしまった。

 

「藍、永琳」

「……はい」

「何かしら?」

 

 けれど、後戻りする事はない。

 後悔は今だって胸の内に残っているけれど、前を向いて歩いていけるならきっと大丈夫。

 

「戻りましょう。凄く……疲れたわ」

「…………はい、ごゆるりとお休みください。紫様」

「……紫、泣いてもいいのよ?」

 

 永琳の優しい声が、浸透するように紫の全身を伝っていく。

 それが嬉しくて紫は自然と笑みを零す、そしてその笑みは決して無理をしているものではない自然なものであった。

 

「大丈夫。もう私は泣かないわ」

「…………」

「今を生きている私達にはすべき事があるもの、それを投げ出して子供のように泣き喚いたら……愛想を尽かされちゃうものね」

 

 喪ったものは戻らない、どんなに願ってもそんな都合の良い話は存在しないのだ。

 けれど残ったものは確かにこの胸の中に残っている、それを捨てて思い出に縋るだけの生き方など真っ平御免だ。

 

「行きましょう、まずはゆっくり休んで……これからの事も考えないと」

 

 ゆっくりと飛び立つ、2人も紫の後に続いた。

 

 いつの間にか空は晴れ、どこまでも続く青空が広がっている。

 澄み切った空は見るだけで心を洗い、新たな気持ちで前を向かせる活力を湧かせていった。

 

 ――龍の子が、幻想の世界から旅立った。

 それを真っ直ぐに受け入れ、妖怪の賢者は前を見据える。

 

 目指す先はただ遠く、終わりは見えないけれどきっと大丈夫。

 自分は1人ではないから、支えてくれる者達と……永遠に残る彼との思い出が、消える事はないのだから。

 

 

 

 

To.Be.Continued...


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