妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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第119話 ~龍の子の決意~

――決まった筈であった。

 

「…………え?」

 

 目の前の光景を見て、紫と藍は目を見開いたまま固まってしまう。

 ――何が起きた?

 怒涛の連撃を受け、決定的な隙を見せた神弧に龍人は最後の勝負に出た。

 

 だというのに、何故。

 最後の一撃を放とうとした龍人は倒れ、一向に起き上がろうとしないのか。

 

「……嘘、だろ……」

 

 起き上がろうとして、けれど動けないまま龍人が驚愕に満ちた呟きを零す。

 自分の身体に一体何が起こったのか、彼は理解しながらも……認めようとはしない。

 そんな彼を冷たく見下ろしながら、神弧は少しの憐れみと呆れを含んだ口調で。

 

「残念だよ龍人、お前の身体はもう……終わりを迎えてしまったんだ」

 

 認めなくない、認めるしかできない事実を口にした。

 

「くっ……!」

「いや、正確にはとうの昔に限界を迎えていたのだろうな。お前の肉体は所詮半妖、龍人族の力を扱い続ければ……こうもなろう」

「ま、まだだ……まだ、俺は……!」

 

 顔を上げ神弧を睨む龍人だが、どんなに足掻いても指一本動かす事ができなかった。

 まるで意識と身体が分離してしまったかのように動かせない、それは即ち神弧の言う通り彼の身体に限界が訪れてしまった事を意味していた。

 けれど龍人はそれを認めず、尚も足掻こうとする意志を見せる。

 

「楽しませてもらったぞ龍人、今まで様々な世界を破壊してきたが妾の魂をここまで傷つけた者はそう多くない」

 

 彼の力を認める言葉を放ちながら、神弧は右腕を振り上げる。

 せめてもの慈悲と、一撃で彼の命を奪おうとして――神弧の身体が炎に包まれた。

 

「龍人様!!」

 

 藍が龍人の身体を抱きかかえ、後方に跳躍する。

 それを炎に包まれながら追おうとする神弧に、紫が放った数十もの光弾が襲い掛かった。

 釣瓶打ちにされ、しかしその全てを受けても神弧の肉体には微塵も影響を及ぼさず、藍が放った狐火の炎も数秒後には消え去ってしまう。

 

「悪いが勝負は着いた、今更お前達がしゃしゃり出た所で結末は変わらん」

「ふざけるな、黙って滅ぼされるつもりはない!!」

「お前達では妾は滅ぼせぬ。たとえ肉体を蹂躙したところで妾の魂に直接干渉しなければ意味を成さない。そして妖怪であるお前達にはその術がない」

 

 だから無駄だと、神弧はつまらなげに事実だけを口にする。

 ……そんな事は紫も藍もわかっている、神弧という存在を真に滅ぼすには肉体ではなくその中にある魂に直接干渉し打ち倒さなければならない。

 闇の中で生きる妖怪では彼女は倒せない、倒せる可能性を秘めているのは魂を直接傷つけられる“宝具”を持つ者か、龍神の力を持つ者だけ。

 紫が持つ神剣も“宝具”の一種ではあるものの、単純な身体能力が劣っている彼女では神弧に一太刀も浴びせられないだろう。

 

「わかったのなら黙って世界の終わりを眺めていればよい。すぐに消えるのだから悲壮感を抱く必要などないではないか」

「くっ……!」

 

 悔しい、自分の無力さを改めて紫に思い知らされる。

 けれどこのままやられるつもりは毛頭ない、たとえ敵わないとしても立ち向かわなければ。

 スキマから神剣を取り出し、紫は命を捨てる覚悟を抱き神弧へと向かおうとして。

 

「ぬっ!?」

 

 深紅の大槍が、彼女の身体を貫く光景を、目にした。

 その一瞬後には、上段から放たれた炎の剣が神弧の身体を焼き切る。

 更に銀光が横一文字に奔り、神弧の左腕が斬り飛ばされた。

 

「…………なんだ、まだ愉しめそうな奴等が残っていたな」

 

 全身から血を流しながら、神弧は血に濡れる口元に笑みを浮かべ奇襲を仕掛けた3人。

 レミリア、フランドール、そして妖忌と対峙する。

 

「妖忌!! それに……」

「簡潔に自己紹介するぞ八雲紫。わたしはレミリア・スカーレット、この子はフランドール・スカーレット。ゼフィーリア・スカーレットとロック・スカーレットの子だ」

「よろしくね、紫お姉さん!!」

「……遅くなってすまん。だが閻魔様がこの戦いに干渉する事を許さなくてな……抜け出すのに苦労した」

 

 言いながら、3人は自らの獲物を神弧に向けつつ全神経を彼女へと注いでいた。

 過去に対峙した事のある妖忌はおろか、レミリアもフランドールも見ただけで神弧の異常性を認識したが故に、悠長に会話する事はできないと判断したのだ。

 

「スカーレット家に伝わる宝具に、魂魄家の宝剣……成る程、確かにそれならば妾の魂に直接傷を付ける事ができるか」

「……少し時間を稼いでやる。すぐにそこの半妖をなんとかしろ!!」

 

 言うと同時にレミリアは動き、フランドールと妖忌もそれに続く。

 彼女達はすぐに理解する、目の前の存在には勝てないと。

 だからこそ時間稼ぎの役目を引き受け、全身を縛ろうとする恐怖心を噛み砕きながら神弧へと立ち向かった。

 

 彼女達の心中を察し、紫はすぐに倒れている龍人を抱き起こす。

 ……だがどうすればいい? どうすれば、今の彼を元に戻す事ができるのか。

 彼の身体には痛々しい傷跡が刻まれているものの、致命傷というわけではない。

 

「ぁ……」

 

 だが彼の身体を改めて見てわかった、わかってしまった。

 もう、彼は神弧の言う通り限界を迎えていると、理解してしまった。

 

「紫、様……」

 

 藍もそれを理解したのか、掠れた声で主の名を呼ぶ事しかできない。

 肉体は無事だ、けれど中にある魂は……もう。

 

「――こうなる事は、初めからわかっていたのではないの?」

 

 そう言いながら現れたのは、悲痛な表情を浮かべた永琳。

 彼女はそのまま紫達に歩み寄り、しゃがみ込んで龍人の身体に右手を添え……より一層表情を歪ませた。

 

「魂そのものが崩壊しかかってる。これじゃあもう……いくら身体の傷を癒しても」

「八意殿、なんとか……なんとかならないのですか!?」

 

 瞳に涙を溜め、藍は必死に永琳へと縋るように頼み込む。

 だが永琳は黙って首を横に振って、もう手遅れだという事を2人に伝えることしかできない。

 

「龍人族は龍神に自分達の力の一部を分け与えられ確かに強大な力を持つに至った、でもそれは自らを破滅の道に追いやる呪いでしかなかったのよ。龍神の力を使えば使うほど龍人族の肉体は崩壊を進めていく、龍人は従来では考えられないほどに耐えられたみたいだけど……それもここまでよ」

「そんな……そんな、馬鹿な話がある筈がない!!」

「……永琳、蓬莱の薬は」

「無駄よ。不老不死の秘薬を用いても龍人の魂がここまで傷ついていたら……」

 

 薬の効果が得られないばかりか、すぐに蓬莱の薬の強い効果によって魂は消滅する。

 つまり、もう龍人を救う手立ては……存在しないという事だった。

 

 けれど永琳の言う通り、この結末は龍人が力を使うと決めた時から訪れる事は少なくとも紫は薄々感づいてはいたのだ。

 あれだけの強大な力を使えば当然それ相応の反動が彼を襲う、使い続ければ自壊するのはわかっていたのに……紫は何も言えなかった。

 彼はずっと幻想郷の為に前を向いて歩みを進めてきた、そんな彼に力を使うのはやめろとどうして言えるというのか。

 龍人族としての力を正しい事に、自分を慕い今を賢明に生きている者達の為だけに使うと決意した彼に、そんな事が言えるわけがなかった。

 

「……保つと、思ったんだけどな」

「龍人……」

「自己犠牲なんか自己満足でしかないってわかっていたのに……結局、俺はその自己犠牲をしちまったってわけか……」

 

 自嘲する龍人に、誰も何も言えず押し黙ってしまう。

 本当なら怒鳴りつけたかった、どうしてこんな無茶ばかりを続けてきたのかと言えるものなら言いたかった。

 しかしそれは無意味な行為であり、同時に今までの彼を否定するも同意だった。

 

「……永琳、もう……無理なんだな?」

「…………」

 

 無言で頷きを返す永琳。

 

「そうか……だけど千年以上生きた、半妖にしては充分過ぎるのかもな」

「っ、そんな事はありません!! 龍人様、あなたはまだ死んではいけない、あなたはまだ……生きなければならない御方なのです!!」

「藍……」

「やっと、やっと御二人の悲願が達成されようとしているというのに、志半ばで倒れるなど……そんな、救われない話があっていい筈がありません!!」

 

 だって、これではあまりにも報われないではないか。

 藍は式として、ずっと紫と龍人の背中を追いかけてきた。

 だからこそ知っている、2人が如何に幻想郷を愛し、その為にそれこそ命を懸けて来たのかという事を。

 

 そんな2人だからこそ幸せになってほしい、否、幸せにならなければならないと藍はそう思っている。

 そしてやっと1つの到達点へと辿り着けたというのに、こんな結末など認められない。

 子供のように泣きじゃくる藍の優しさに触れ、紫と龍人も目頭を熱くさせる。

 

――それで、龍人は決心した。

 

「ぐあっ!?」

「あぐっ!?」

「ちぃ……っ」

 

 響く3人の悲鳴。

 視線をそちらに向けると、傷だらけで倒れているレミリア達と……まだ倒れない神弧の姿が視界に入った。

 龍人との戦いで重傷を負い更に2人の吸血鬼と1人の大剣豪を相手にしても、まだ倒れていない。

 

「……さすがに死を覚悟したよ。だが感謝するぞ、死を覚悟するという事は生を認識できるという事だからな。全てを破壊する事が存在意義である妾が“生きている”と実感できるのだから」

「っ」

「だがここまでだ。妾もこの世界では充分に愉しめた、もう終わりにしよう」

「くっ……」

 

 ここまでか、そんな諦めの言葉が脳裏に浮かび紫は唇を噛み締める。

 そんな諦めなど不要、必要なのは……最後の最後まで諦めず、戦う意志だけだ。

 長い旅路の果てに辿り着いた1つの答えを、奪われるわけにはいかない。

 

「私は……私は諦めないわ神弧!!」

「……ならばどうする? 絶対に敵わぬと理解している妾と、戦うか?」

「っ、ええ、戦うわ!!」

 

 神剣を両手に構え、紫は真っ向から神弧から対峙する。

 恐い、逃げろ、敵うわけがないと聡明な自身が訴え続けているが、紫は決して耳を傾けない。

 敵わないのは先刻承知、それでも……抗わなければならないのだ。

 

 諦めたくないから、諦めるわけにはいかないから。

 今の自分が在るのはこの世界で出会った友人達と、彼が傍に居てくれたからだ。

 その世界を破壊する事は許さない、今まで彼と共に歩んできた旅路を無かった事にするなど許容できない。

 

「紫、藍、俺の手を取るんだ。早く!!」

「えっ……!?」

「龍人様!?」

「早くしろ!! 永琳、少しでいいから結界を!!」

 

 龍人が叫ぶと同時に、永琳は紫達3人を包む結界を展開する。

 それを見て、神弧は言い様のない不安に駆られ全身が総毛立った。

 何をするのかはわからないが、彼等がやろうとしている事を止めなくてはならないと本能が訴え、彼女は結界を破壊しようと動き。

 

「させるかっ!!」

「お姉ちゃん達の邪魔は、させないよ!!」

「通さんっ!!」

 

 起き上がったレミリア達3人に、足止めをされてしまう。

 その隙に紫と藍は龍人の元へと駆け寄り、彼の手を握り締めた。

 

「……ごめんな、2人とも」

「龍人様、何を……」

「お前達に、託す。偉そうな事を言うけど……俺の力を、2人に渡すぞ」

「…………龍人」

 

 その言葉が何を意味するのか、紫はすぐに理解する。

 それと同時に……彼女は静かに、その金の瞳から涙を零し始めた。

 

「思えば、貴方にはずっと振り回されてばかりだったわね」

「そう、だな……ガキの頃の俺は、ずっと紫を困らせてばかりだった」

「あら、今もそう変わらないと思うけど?」

「うっ……」

「でも、そんな貴方だから……私は好きになったのよ」

 

 涙を流しながら、紫は優しく微笑み龍人の唇にそっと口付けを落とす。

 同時に紫と藍の身体に、黄金の力が流れ込んでいった。

 

「これは……!?」

「一時的だけど俺の力が使える筈だ。これで……勝ってくれ」

「ですがこんな事をすれば龍人様の身体は……!」

「このまま何もしなくても俺は死ぬさ。だから最後に可能性を残す、それぐらいはさせてくれ」

 

 龍人の身体が、少しずつ光に包まれていく。

 紫達に力が流れれば流れるほど、彼の身体は光の粒子に変わっていった。

 

「龍人様……」

「藍、紫の式としてこれからも紫の助けになってくれ。俺の想いと幻想郷の未来を……託す」

「…………はい、お任せください」

 

 涙で顔をくしゃくしゃにしながらも、藍は龍人を安心させるように力強く頷きを返す。

 そんな彼女に彼は優しく微笑んでから、紫へと顔を向けて。

 

「紫、俺は必ず戻ってくるぞ」

「…………」

「俺はお前とずっと一緒に生きていたい、その気持ちは今だって消えてない。だから……待っていてくれ」

「……なら早めに帰ってきてね、でないと他の男に靡いてしまうかもしれないから」

「それは困る。紫は美人だから男達が放っておかないだろうから」

「ふふっ、その通りよ」

 

 もう龍人の身体は殆ど光と化し、握っていた手の感覚は曖昧になっている。

 けれど紫はしっかりと彼の手を握る力を強めていく、その感触を忘れないように。

 龍人もまた、紫と同じように握る手に力を込める。そして……。

 

「――またな、紫」

「ええ、またね――龍人」

 

 さよならは言わず、必ず帰ると言葉と目で訴えながら。

 龍人は、最後まで笑みを浮かべながら……光の粒子となって、消え去った。

 

 ■

 

「むっ……?」

 

 邪魔をしたレミリア達を再び地面に静めた神弧は、“それ”に気づいた。

 自分と対峙する紫と藍の身体から、龍神の力が放たれているという事に。

 それと同時に龍人の姿が消えている事に気づき――彼女は、表情に余裕の色を消し去った。

 

「……藍、準備はいいかしら?」

「いつでも」

「貴様等、まさか龍人の――――ぐるぁあっ!?」

 

 神弧の身体が地面に沈む。

 神速の速度で放たれた藍の拳が彼女の顔面に叩き込まれ、すぐさま左手の爪による追撃が放たれた。

 

「ちっ……」

 

 舌打ちをしながら、神弧はすぐさまその場から離脱し藍の一撃を回避する。

 本来ならば受けた所で無意味な一撃、しかし先程の拳による一撃は神弧の身体に明確なダメージを与えていた。

 精神生命体である彼女の魂にまで届く一撃であった、本来ならばあのような直接攻撃は魂に直接干渉する事ができる武器を用いなければ神弧には通用しない。

 だというのに届いた、その意味を理解し神弧は戦慄しながら叫びを放つ。

 

「貴様等、龍人の龍人族としての力を取り込んだか……!」

「…………」

「成る程、一時的とはいえ龍神の力を扱えるお前達の攻撃ならば妾に届く……面白い!!」

 

 すぐさま表情を歓喜のものに変え、神弧は力を解放する。

 その凄まじい力は底が見えず、けれど紫と藍は一歩も退かずその力と真っ向から対峙した。

 恐れる必要など何もない、今の自分達には彼の魂が宿っているのだから。

 

「終わりにしてあげるわ神弧。この世界から……消えなさい!!」

「いいだろう。最後の余興だ、存分に抗うといい!!」

「余興などで終わらせるものか!! 私と紫様、そして龍人様の力で必ずお前を滅する!!」

 

 黄金の光を放ちながら、神弧へと向かっていく紫と藍。

 それを、神弧は己が出せる全ての力を放ちながら同じように2人に向かっていった。

 夢のその先へ向かう為に、妖怪の賢者とその式は龍の子の力を引き継いで破壊の権化へと立ち向かう。

 

 

 勝利し、未来を勝ち取る為に……。

 

 

 

 

To.Be.Continued...


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