妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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第118話 ~龍の子と神なる妖、神々の戦い~

「だからそう警戒するな。さっきも言ったが龍人が来るまではおとなしくしているさ」

「…………」

 

 そう言って石畳の上に座り込む神弧だが、当然ながら彼女と対峙している藍はその言葉を信じず、絶殺の意志を込めた瞳で相手を睨みつけていた。

 

「気持ちはわかるが落ち着け、仮初の肉体とはいえ妾とお前は同種だ。少しは慈悲を与えてやりたい」

「ふざけるな、敵に情けなど掛けられる筋合いはない!!」

「そんなに相手をしてほしいのならばしてやってもよいが、命を粗末にするだけだぞ?」

「っ、本当にそうなるのか試してやろうか!?」

 

 激昂し、妖力を開放する藍に対して、神弧は興味など微塵も湧かぬとばかりにつまらなげな表情を浮かべている。

 その態度がますます藍を苛立たせ、自身の牙と爪でズタズタに切り裂いてやろうと両足に力を込めると同時に。

 

「――止しなさい、藍」

 

 後ろに居る主の制止する声を耳に入れ、踏み止まった。

 

「紫様、ですが……」

「賢明だな。生きている以上は一秒でも長く生き延びたいだろう?」

「……1人で戦うのは止しなさい、あなただけでは絶対に勝てないわ」

「っっっ」

 

 わかっている、藍とて紫に言われなくともわかっていた。

 目の前の存在には適わない、どんな奇跡が起きようとも勝利する事などできないと理解している。

 ただそれでも、何もしないわけにはいかなかったのだ。

 

「妾に勝てる可能性があるのは龍人だけだ。肉体ではなく魂そのものにダメージを与えられる者は居るかもしれんが、それだけでは妾には届かぬ。

 龍神の力を用いた秘術である【龍技】は、魂そのものに干渉し消滅させる事のできる技。故に妾の相手をできるのは龍人だけ、それがわかったのならおとなしくしていろ」

 

 そう言ってから、神弧は欠伸をしつつその場で横になる。

 なんという屈辱か、自身に殺意を抱いている相手を目の前にしても尚このような態度を見せる神弧に、藍は激しい憤りを覚えた。

 

「藍、もうすぐ大結界の術式が完成する。そうなれば私も戦えるわ」

「…………」

「無駄だ紫、いくらお前とて妾には適わんさ」

「どうかしら? そんな事やってみないとわからないと思うけど?」

「わかるさ。お前の境界を操る能力は妾には効かんし、この仮初の肉体を滅ぼしたとしても妾は消えん。いずれまた他の肉体を捜し出すだけだ。それはお前も望まぬだろう?」

「…………」

 

 神弧の言葉に、紫は小さく舌打ちした。

 彼女の言う通り、この世に受肉する為に使用している肉体を破壊するだけでは問題は解決しない。あくまでも精神生命体である神弧の魂そのものを消滅させなくては……平和は訪れないのだ。

 

「――来たか」

「っ、龍人!!」

 

 神弧と紫達の間に割って入るように着地し、龍人は神弧を睨みつけながら身構える。

 戦う意志を見せられたからか、神弧は口元に笑みを浮かべつつゆっくりと立ち上がった。

 

「待ちわびたぞ龍人、さて……では早速始めるか」

「……場所を変えるぞ」

「いや、ここでいいさ」

 

 言うと同時に、神弧の姿が龍人達の前から消える。

 同時に龍人もすかさず両手に光の剣を生み出し、右の剣を眼前へと向けて横薙ぎに振るった。

 右腕に響く衝撃、見ると神弧の右の手刀を光の剣が受け止めていた。

 ……デタラメな速さだ、正直今のは偶然防げたに過ぎない。

 

「今のも反応できないとなるとつまらん、そうでなくてはな」

「くっ!!」

 

 やはり相手は正真正銘の化物だ、出し惜しみなどすればすぐに殺される。

 

「藍、紫の傍にいろ。絶対に俺の傍に近づくな!!」

「えっ?」

「うおおおっ!!」

 

 激昂の声を放ちながら、光の剣で神弧の身体を吹き飛ばす龍人。

 相手の距離が離れた事を確認しつつ、龍人は懐から小瓶を取り出し、中に入っていた金色の液体を一気に飲み干した。

 

「龍人、何を飲んだの?」

「紫、早く大結界を完成させてくれ!!」

「やはり愛する女が危険な目に遭うのは耐えられんか? だからこそ、ここで戦おうと言ったのだがな」

「黙れ、紫に手を出したら殺してやるぞ!!」

「最初から妾を殺すつもりのくせに、本当に大切なのだな。――それが奪われた時、お前は一体どれだけの絶望に襲われるのかな?」

 

 くつくつと、本当に愉しげに神弧は笑う。

 紫を殺す、その言葉を聞いて龍人の表情に憤怒の色が宿った。

 

「もう語る事はない。お前は……必ず倒す!!」

「そうだな、もう語る必要もない……最後の時まで、精一杯愉しもうか!!」

「この世界は壊させない、消えるのはお前だけだ!!」

 

 ■

 

 龍人の猛攻が始まり、神弧はすぐさま博麗神社から遠ざかっていく。

 ここを戦場にしない為だ、それを確認してから紫はすぐさま意識を集中させ大結界の生成を再開させる。

 

「……紫様」

「藍、私の傍に……彼を追っては、駄目よ」

「…………どうして、私はこんなにも役立たずなのですか?」

 

 悔しそうに、藍は己の無力さを噛み締めながら涙を流した。

 だがそれは彼女も同じ、あの怪物を彼1人に任せてしまっているこの状況に、そして何もできない己自身が情けなくて……怒りすら覚える。

 それでも今は大結界を完成させなくてはならない、これだけの秘術を途中で中断すれば術式が逆流して幻想郷の地が不毛の大地に変わってしまう。

 

「自分にできる事がきっとある、そしてそれは龍人と共に戦う事ではない筈よ」

「では、私は何をすればよいのですか? 私は……紫様と龍人様の式だというのに」

「考えるのよ、必死に考えて考えて考え続けて、成すべき事を果たせばいい」

「…………」

 

 頷きだけを返し、藍はじっと龍人達が向かっていった方角を見つめ始める。

 

「……龍人さん、何を飲んだのでしょうか?」

「わからないわ」

 

 だが、あの状況で単なる飲料を飲んだとは考えられない。

 だとするとあれは何だったというのか、疑問は尽きず……同時に、嫌な予感がした。

 

 そんな紫の疑問は、白蓮を連れて神社へとやってきた永琳の口から答えられた。

 

「――彼は、戦いに行ったのね」

「永琳、聖も……」

「星達は、まだ戦っているのですか!?」

「落ち着きなさい。魔力も体力も殆ど底を尽いている状態じゃ何もできないわ、少し休みなさい」

 

 すぐに星達の元へと向かおうとする白蓮を制止ながら、永琳は紫達の元へ。

 

「協力しないんじゃなかったの?」

「輝夜が煩いのよ、それより……彼は戦いへ?」

 

 永琳の問いに、頷きを返す紫。

 すると何故か彼女は僅かに表情を曇らせ、その顔を見た紫の身体に悪寒が走った。

 

「……永琳、彼がここから離れる前に小瓶に入った液体を飲んだのだけれど、あれは何?」

「…………そう、飲んでしまったの」

「質問に答えて、あれは」

「私が彼の為に処方した、龍人族の力を最大限に引き出す秘薬。彼に移植された右腕は今の彼以上の力を持っているけど、当然彼には扱えない。だから薬で強引にあの右腕の力を引き出す事を彼が選択したのよ」

「強引に、引き出す……?」

 

 ちょっと待て、なんだそれは。

 ある不安が一気に紫の中で膨れ上がっていく、そしてそれは。

 

「――当然副作用が強い薬よ。できるだけ服用するなと伝えたけど、やっぱり服用したのね」

 

 永琳の言葉で、その不安が決して杞憂ではないという事を、思い知らされた。

 

「待って永琳、それって……」

「大丈夫よ。服用すれば死に至るわけじゃない、でも確実に寿命は縮んでしまうわ」

「どうしてそんなものを!!」

 

 激昂し、永琳に掴み掛かる藍。

 

「彼が望んだ事よ。全ては幻想郷の未来のため……私が何度危険性を話しても意味がなかったわ」

「龍人……」

 

 ああそうだ、彼ならばたとえどんな危険な道でも夢の為ならば躊躇いなく突き進む。

 だからその選択に意義を唱えるつもりはない、けれどどうして自分だけで決めてしまったのかと思ってしまった。

 今こうしている間にも、彼は命を削り続けているのに……何故彼の元に駆けつけられないのか。

 

「……彼の行動に不服なら、追いかけて説教をしてあげなさい」

「永琳……?」

「そうですよ紫さん、藍さんと一緒に龍人さんを叱ってあげてください!!」

「霊奈まで……」

「あなたの分は私が賄ってあげるわ、それにここまで完成しているのなら後は私でも大丈夫だから。――行きなさい」

「…………」

 

 藍へと視線を向けると、彼女は静かに紫に対し頷きを返した。

 

「……ありがとう。藍、いきましょう」

「はい!!」

 

 すぐに飛び立ち、龍人達が向かった方角へと移動を始める紫と藍。

 死闘はまだ続いているだろう、手遅れになる前に向かわなければと思いながらも、紫と藍は焦る気持ちを抑えつつ彼の元へと向かっていった……。

 

 ■

 

 共に戦える、紫も藍もそう思っていた。

 3人で戦えば、あの災厄すら倒し幻想郷を守れると確信めいた自信が確かに存在していた。

 けれど――龍人と神弧の戦いをこの目でみた瞬間、それが如何に傲慢な考えだったのかを思い知らされた。

 

『…………』

 

 紫も藍も、目の前に広がる光景を唖然としたまま眺める事しかできない。

 戦いは既に始まっており、龍人と神弧の攻撃が幾重にも交差する。

 そんな2人が戦う場所は広々とした荒野、しかしそこは元々そういった地だったわけではない。

 

 ここは確か山々が連なる場所だった筈、だというのにそれが文字通り消えてしまっている。

 ……両者の戦いの余波を受けた結果だと理解し、2人は戦慄した。

 

――まさしくそれは、神々の戦いであった。

 

 両手に光の剣を持って、旋風の如し全身全霊の一撃を放ち続ける龍人。

 それを正面から、怯む事なく両手による手刀で弾き返す神弧。

 上下左右、あらゆる角度から間断なく繰り出される無数の剣戟は、一撃一撃が必殺の領域だった。

 

「……なんて、戦いだ」

 

 掠れた呟きを放ちながら、藍は自らの身体を震わせた。

 あまりにも自分とは違い過ぎる、安易に近づけばその瞬間に細切れにされると理解すれば、援護などという選択は選べない。

 

 力も、速度も、あまりにも常軌を逸している。

 互いが交差すれば大地は揺れ、周囲にあるもの全てを破壊し、秒単位でその範囲は広がっていった。

 幻想郷からかなり離れた位置で戦っているのも、こうなると予期していたからなのだろう。

 

「…………」

 

 紫もまた、藍と同じく龍人の戦いをただ眺める事しかできないでいた。

 境界の力を試してみたが通用せず、かといって単純な戦闘能力だけでは神弧に太刀打ちできない。

 ――敵の力は、紫の予想の遥か上だった。

 あれから自分も力を磨いてきたと自負しているが、それでも尚相手には届かない。

 

「っ」

 

 悔しげに表情を歪ませ、全力でこの状況を打破する策を模索する紫。

 だが無意味、聡明な彼女はすぐに「自分では何もできない」という結論に達してしまう。

 

「そらぁっ!!」

 

 放たれる神弧の声。

 振るわれる左の手刀が、龍人の脇腹に直撃し彼の身体が宙に弾け飛んだ。

 まともに受けたのか、苦悶の表情を浮かべ息を詰まらせ隙を見せた龍人に、神弧は自身の尾で追撃を仕掛ける。

 全てを穿つ銀の槍が彼の身体を貫こうとするが、反応が間に合ったのか彼は咄嗟に身体をひねって直撃を避けた。

 

「っ、龍人……!」

 

 だが薄皮一枚とはいかず、身体を削られ鮮血が舞う。

 決して浅くはない傷を受けてしまった龍人だったが、すぐさま体勢を立て直し再び神弧の死闘を再開させた。

 それを先程と変わらず余裕の表情で弾く神弧、状況はまるで変わっていない。

 

「…………」

 

 否、限界は刻一刻と迫っている。

 先程のダメージのせいか、それとも余力を残さず全力で攻撃し続けているせいか、少しずつ龍人の動きが精彩を欠いていく。

 息は乱れ始め、歯を食いしばって攻撃を続けている龍人の姿はただ痛々しかった。

 

「どうし、て……」

 

 こんなにも、自分は弱いのかと紫は己の無力さに絶望する。

 能力が相手に通用しなければ、自分など大妖怪どころかそこらの小娘同然ではないか。

 何もできない、今にも崩れ落ちて力尽きようとしている龍人に対して、何もできる事がない。

 

「ぐっ……!?」

 

 上段からの手刀を受け流そうとした龍人の口から、苦悶の声が零れる。

 同時に彼の足が地面に沈み、一瞬だけ無防備となった身体に銀の尾が迫った。

 

「龍人!!」

 

 駆けた。

 何もできないのは先刻承知、けれどこれ以上このまま見るだけでは我慢ならない。

 せめてこの身体で彼の盾になろうと、紫は走り出して。

 

龍爪撃(ドラゴンクロー)!!」

 

 黄金の牙が、銀の尾を弾き飛ばす光景を目にした。

 神弧の身体が揺れ、弾かれた衝撃で彼女に隙が生まれる。

 

龍尾撃衝(ドラゴンテール)!!」

 

 その隙を逃さず、黄金の足で龍人は神弧の身体を蹴り上げる。

 神速の速度で放たれたそれは神弧の顎を僅かに掠めるだけに留まるが、それで充分ダメージを与えられた。

 

「ぎ、ぐ……」

 

 僅かに苦悶の声を漏らしながら、血反吐を吐く神弧。

 龍尾撃衝(ドラゴンテール)の破壊力は掠っただけでも致命傷になる一撃だ、如何な神弧とて当たれば無事では済まない。

 初めてこの戦いで明確なダメージを与えられた神弧は、歓喜の表情で龍人を睨むが思いのほか衝撃が強かったのかすぐには動けずにいる。

 その隙は逃せない、千載一遇のチャンスを得た龍人は勝負に出た。

 

龍爪撃(ドラゴンクロー)!!」

 

 まずは神弧の顔面に黄金の牙を叩き込み、すかさず左足に“龍気”を込めていく。

 

龍尾撃衝(ドラゴンテール)!!」

 

 回し蹴りのように叩き込まれる龍の尾は、神弧の脇腹に突き刺さり衝撃波の余波は大地を横薙ぎに削り飛ばした。

 ……まともに、命中した。

 先程のような掠りではない、龍人の最強最大の一撃がまともに神弧の身体に突き刺さったのだ。

 神弧の身体が折れ曲がり、大地を血の池で汚していく。

 

「取った……!」

 

 両手で握り拳を作り、藍が叫んだ。

 それは勝利を確信した叫びであり、また紫自身も藍と同じ考えに至っていた。

 まだ神弧は先程の一撃から立ち直っていない、とはいえ持ち直すのに二秒も掛からないだろう。

 

 けれど勝負は一秒後に決まる、既に龍人は両手による神龍爪撃(ドラゴンクロー)の準備を終えているのだから。

 これ以上は望めないという絶好の好機を彼は手繰り寄せ、倒すべき相手の命を奪おうとしている。

 勝った、言葉には出さず紫は今一度そう確信して。

 

「――――――あ」

 

 間の抜けたような龍人の声が、聞こえたと思った時には。

 

 彼は両手を前に突き出した体勢のまま、前のめりに倒れ込んでしまった……。

 

 

 

 

To.Be.Continued...


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