妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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第117話 ~因縁の終わり~

「――いい加減、諦めたらどうですかい?」

「あら? 命乞いかしら?」

 

 全身の至る所から血を流しながら、口元に笑みを浮かべつ皮肉を述べる幽香に、同じく傷だらけになっている朧は呆れたように溜め息を吐いた。

 両者の戦いは、既に他者が踏み込めない程に激しさを増し、また両者の状態がそれを物語っている。

 現状では互角に見えるが、実際には僅かに幽香が圧しているという状況であった。

 

「幻想郷から随分離れてしまいましたが……これも狙いだったので?」

「ええ。だってあの地の花達が戦いに巻き込まれたら可哀想じゃない」

「……心配するのは、花達だけとは」

 

 朧の呟きに「当たり前じゃない」と返しつつ、日傘の切っ先を向ける幽香。

 同時に向けるその瞳は、朧に次で勝負を決めると告げており。

 

「いいでしょう。本命が控えている以上、いつまでもお前さんの相手をするのは時間の無駄でさあ」

「……本命?」

「あっしの狙いはあくまで龍人さんでありお前さんはあくまで前座、前座相手にいつまでも遊んでいる意味などありやせん」

「…………」

 

 それは、あからさまな挑発であった。

 お前など相手にならないと、かつて月で戦った時と同じように朧は風見幽香という存在を見下している。

 ……前ならば、間違いなく幽香は激昂していただろう。

 自分こそが誰よりも強いと信じ、他者に負ける事などなかった頃の自分ならば、今の言葉で己を見失い……そのまま斬り伏せられていただろう。

 

 だが彼女は世界を知った、強いというものが何なのかを理解した。

 だから幽香は朧の言葉に流されず、ただ黙って口元に余裕に満ちた笑みを浮かべていた。

 

「成長したもんですなあ……致し方ありやせん。全力で叩き潰すとしましょうか」

「上等。まあそれでも勝つのは私よ」

 

 そう言って不敵な笑みを見せる幽香に、朧は。

 

「――なら、追いついてみせてもらいやしょうか!!」

 

 そう叫び、幽香の視界から一瞬で消え去った。

 

「なっ――」

 

 すぐさま視線を周囲に向ける幽香だったが、朧の姿は見えない。

 気配は感じ取れるものの、彼があまりにも速く動くので姿を捉える事ができなかった。

 今の朧はあの天狗以上の速度で動いている、龍人の紫電に匹敵する程だ。

 

「っ、ちぃっ!!」

 

 背後に走る悪寒に、幽香は反応し全力でその悪寒から逃れようと身体を動かす。

 刹那、彼女の背中に向かって銀光が奔り、回避行動に移っていた筈の幽香の背に縦一文字の傷を刻ませた。

 

「があっ!!」

 

 すぐさま日傘を横殴りに放つが、不発に終わる。

 幽香がそれを理解した時には、彼女の身体に六つの裂傷が刻まれ鮮血が舞った。

 秒単位で、幽香の身体に朧に斬撃が叩き込まれていく。

 しかし反撃しても不発に終わるだけで、幽香は完全に朧のスピードに翻弄されてしまっていた。

 

「……よく保つ。たいしたもんですなあ」

 

 感嘆の声を上げながら、朧が幽香の前に姿を現した。

 ……既に彼女の身体にはおびただしい程の刀傷が刻まれており、けれど彼女の凄まじいまでの反応速度と身体能力によって致命的な傷は負ってはいなかった。

 とはいえそれも時間の問題、如何に幽香の身体が頑強であったとしても負った傷は浅いものではなく確実に彼女の動きを鈍らせていくものだ。

 このまま相手の攻撃を受け続ければ、彼女の敗北は避けられない。

 

「成る程。その妖刀の力って訳?」

「ご名答でさあ。この妖刀【天空丸】は持ち主の身体能力を極限まで引き上げる、単純で面白みもない能力ですが……あっしとは相性がいい」

「本当に腹が立つわね、今まで手加減してきたって事?」

「言ったでしょう? お前さんはあくまで前座だと」

「…………ふうん」

「おとなしく斬られてくだせえ。本当にこれ以上は時間の無駄なんでね!!」

 

 再び朧の姿が消える。

 超高速で動く彼の姿を、幽香は先程と同じく捉える事ができない。

 そして――遂に立っていられなくなるほどのダメージを負ったのか、幽香はその場で膝をついてしまう。

 

「往生してもらいやしょうか!!」

 

 好機と見たか、朧は最後の勝負を仕掛けた。

 刀身に自身の妖力の大半を込め、一刀の元に両断しようと大きく天空丸を振り上げる。

 次に放たれる一撃は、いかなる大妖怪の肉体すら耐えられるものではないと理解しているというのに、幽香は見上げるだけで抵抗の意志を見せない。

 

 そして、朧の一撃が幽香の左肩へと吸い込まれるように振り下ろされ。

 その瞬間、両者の戦いは終わりを告げた。

 

 ■

 

「………………な、に?」

 

 驚愕の声が、朧の口から放たれる。

 一体どういう事なのかと、彼は自身の視界に広がる光景を目にして完全に動きを止めてしまった。

 必殺の一手、この世全てを斬り捨てられる筈の斬撃は、確かに幽香の身体に叩き込まれた。

 舞い散る鮮血がそれを物語っているし、斬った感覚は今も天空丸を握り締めるこの両手に残っている。

 だというのにだ、だというのに何故。

 

「――前座、と言ったわよね?」

 

 何故、もう肉体は限界を迎えた筈だというのに。

 彼女は、風見幽香は今も自身に力溢れる瞳を向けているのか、朧は理解できないでいた。

 とはいえ呆けるのも一瞬、朧はすぐさま我に帰り幽香の身体に刺さっている天空丸に改めて力を込め、両断しようとするが。

 

「その意見には同意するわ。だって――私も同じだもの」

 

 幽香の左手一本で刀身を握り締められたままぴくりとも動かず、抜き取る事すらできなかった。

 

「お前さん、一体」

「いつまでも遊んでられないと思っていたのは私も同じだったけど、やっぱりまだまだ認識が甘かったようね、あなたは充分に強い。

 だから本気を出すと決めた、花達に負担が掛かってしまうけどあの子達は喜んで私に力を貸してくれるみたいだから……全力で叩き潰してあげる」

 

 瞬間、凄まじい妖力が幽香の身体から溢れ出した。

 それは瞬く間に風を生み出し、勢いは増し嵐と化していく。

 そして、彼女の背中に六枚の植物で形成された羽根が生み出された瞬間。

 

「ごぁ……っ!?」

 

 朧の身体は容易く幽香の右腕による拳で殴り飛ばされ、そのままの勢いで天空丸を手から離してしまう。

 自身の身体に刺さったままの天空丸を鬱陶しそうに抜き取る幽香。

 

「が、ぐぅ……この力、は……」

「フラワーマスターの私は植物、特に花達から力を分けてもらう事ができるの。これが私の“とっておき”、たかだか花だと侮ったとしても侮らないとしても……あなたの敗北はもう決まったわ」

 

 そう言って、幽香は何故か朧の前に天空丸を投げ捨てる。

 その行為はまるで、たとえその刀を用いて立ち向かっても絶対に自分には適わないと告げているようで、朧は額に青筋を浮かべながら立ち上がった。

 

「随分と大きく出たもんですな……あっしに勝てると?」

「勝つわ。だってあなた……やっぱり私にとって前座でしかないもの」

「…………」

「私が強さを認めている存在はこの世に2人しか居ない。ああでもあなたは少し強いわ、だってこんなに傷ついたのは初めてだもの」

 

 だから褒めてやると、幽香は心が凍り付いてしまうような笑みを朧に向ける。

 それを見た朧は、すぐさま天空丸を握り締め幽香へと踏み込んだ。

 放たれる斬撃は最速、侮辱された怒りを込めた一撃は先程以上の鮮烈さを見せていた。

 

「――――」

「さすがに、素手で受け止めるのは痛いわね」

 

 だというのに、幽香には届かないばかりか片手だけで受け止められてしまった。

 信じられぬ光景に、再び朧の身体が固まってしまい、その無防備な肉体に幽香はどこからか出現させた愛用の日傘を叩き込み再び彼を殴り飛ばす。

 血反吐を吐きながら吹き飛んでいく朧に幽香は踏み込み、拳、蹴り、日傘の連撃を繰り出しながら確実に彼の肉体を破壊していく。

 そして、もはや意識の殆どを失った彼は――自らの最期を悟らざるをえない光景を目にする事になる。

 

――彼女の周りに浮かぶ、高エネルギーが込められた七つの光球。

 

 それは一つ一つが必殺の“砲撃”だと、朧は理解して。

 

「――マスタースパーク」

 

 幽香の、静かな口調から放たれる力ある言葉を耳に入れ。

 七つの砲撃が、一斉に朧の身体を呑み込んで。

 

「…………完敗でさあ」

 

 満足そうな笑みを浮かべながら敗北を認めた朧は、極光の中へと消えていった……。

 

 ■

 

 何が起きたのか、龍人達はすぐに理解することはできなかった。

 山のように巨大なゴーレムの豪腕が、星輦船を叩き潰そうとした瞬間――七色の光線が降り注ぎゴーレムの動きを止めた。

 それはわかる、だがこの場に居た誰もがそんな芸当をする余裕はない。

 では一体誰が……全員がその疑問を浮かべる中、彼等の前に2人の“吸血鬼”が降り立った。

 

「あれだけ大きいと、命中させるのも簡単ね」

「でも仕留められていないわフラン、だから先に用件を済ませましょう」

 

 金糸の髪と枯れ木に宝石が取り付いたような特徴的な翼を持つ少女に、青髪に蝙蝠のような翼を持つ少女が話しかけている。

 まだ困惑している龍人達に、青髪の吸血鬼は頭を下げ――自分達の名を明かした。

 

「はじめまして、あなたが龍人?」

「あ、ああ……君達は?」

「わたしはレミリア、レミリア・スカーレット、そしてこの子は妹であるフランドール・スカーレット。

 我が母、ゼフィーリア・スカーレットと我が父、ロック・スカーレットとの古き盟友の誓いに従い、貴公らの助けに来た」

「…………えっ?」

 

 レミリアと名乗った少女の言葉に、龍人は目を見開き驚きの表情を見せる。

 懐かしき名、決して忘れる事などない友の名を聞いただけではなく、この少女は今あの2人を父と母だと言ったのだ。

 それで驚くなという方が無理な話であり、そんな龍人の心中を悟ったのかフランドールは苦笑を浮かべ、一方のレミリアはまるで悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべていた。

 

「その様子だと母様も父様もわたし達の事を話していなかったようね」

「お母様がきっと秘密にしようって言ったんだろうね、お父様はお母様に逆らえないし」

「でしょうね。まあとにかく支援をしてあげるから感謝しなさい」

 

 尊大な物言いを見せるレミリアを見て、成る程確かにゼフィーリアの面影があると龍人は思った。

 ただ強大な力とカリスマを見せる彼女とは違い、レミリアはどこか幼さも見え隠れするので、背伸びをしている子供のようにも見える。

 

「――ゴオオオオオッ!!!!」

 

 空気と大地を響かせる雄叫びと共に、ゴーレムが再び動き出す。

 

「あれ? スターボウブレイクの直撃を受けたのに、全然堪えてない?」

「どうやらあのゴーレム、見た目通りの頑丈さみたいね」

「そういう事だ。裏切り者共!!」

 

 そう告げるのは、ゴーレムの周囲に展開していた吸血鬼の1人であった。

 レミリアとフランドールに向かって敵意と憎悪、そしてほんの少しの畏怖の感情を向けながら、2人を睨んでいる。

 

「裏切り者? それは一体どういう事かしら?」

「知れたこと、吸血鬼でありながらそちら側に付いた貴様等が裏切り者と呼ばす何と呼ぶ!?」

「……ああ、そういう事か」

 

 その言葉にレミリアは納得するように小さく頷きながら……紅い瞳に憤怒の色を宿し、同族である彼等を睨みつけた。

 見た目は幼き少女ながら、その瞳から発せられる重圧感は凄まじく、数で勝る筈の吸血鬼達の多くがレミリアの眼光に脅えの表情を見せていた。

 そんな情けない姿を見て嘲笑するように笑いながら、レミリアは言葉を続ける。

 

「はたして、裏切り者はどちらの方かな?」

「何だと……!?」

「わたし達スカーレット家が魔界に居る事を良いことに、随分と地上で好き勝手していたようじゃないか。次期スカーレット家の当主として、灸を据えねばならないと思っていたんだ」

「お母様も、龍人お兄ちゃん達の手伝いをする時にあなた達をいっぱいお仕置きしちゃっていいって言ってたから……沢山、遊ぼうね?」

 

 にっこりと、見た目相応の笑顔を浮かべるフランドールであったが、その瞳は笑ってはおらず吸血鬼として相応しい狂気と残酷さを見せていた。

 今にも吸血鬼達の群れに飛び込み蹂躙しようとしているフランドールを宥めつつ、レミリアは龍人へとある懸念を伝える。

 

「龍人、お前はもう幻想郷とやらに戻った方がいい」

「えっ?」

「……嫌な予感がする。わたしは母様程ではないが運命を観る事ができてね、向こうの方角から……得体の知れない運命を感じ取った」

 

 そう言ってレミリアが指差した場所へ視線を向け、龍人は愕然とする。

 その方角は間違いなく幻想郷、それも……現在、紫達が居る博麗神社の方角だ。

 ……ぞわりと、全身が総毛立った。

 脳裏に浮かぶ最悪の未来が、龍人を一刻も早くここから離脱させ紫の所に急げと騒ぎ立てる。

 

「龍人さん、ここは私達に任せてください!!」

「星……?」

「こいつらをここから先へは一歩も通さないわ。だから龍人は紫の元に行って!!」

「一輪……」

 

 だがしかし、レミリアとフランドールという協力者が現れたとしても、状況が不利な事には変わりない。

 彼女達の言葉を有難いと思うと同時に、どうしても躊躇いが生まれ龍人は行動に移る事ができなかった。

 

「オォォォォォォッ!!!!」

 

 ゴーレムが唸り、その豪腕を龍人達へと振り下ろす。

 今度こそ命じられたままに、星輦船ごと龍人達の命を奪おうとして。

 

――その巨体に、紅き神槍と炎の魔剣が叩き込まれた。

 

「邪魔だ、木偶人形風情が」

「龍人お兄ちゃんの邪魔は、させないよ?」

 

 レミリアとフランドールの手にいつの間にか握られている武器、それはかつてゼフィーリアとその妹であるカーミラが使っていた、スカーレット家に伝わる宝具。

 “神槍”スピア・ザ・グングニルと、“魔剣”レーヴァテインを展開した2人が、ゴーレムの強固な身体に明確なダメージを与えていた。

 

「龍人お兄ちゃん、急いで!!」

「せっかく私達が雑魚の相手をしてやると言っているんだ、その厚意を無碍にする気か?」

「…………」

「グ――ゴオオォォォォォッ!!」

 

 神槍によって腹部に風穴を開けられ、魔剣によって左腕が砕かれているというのに、尚もゴーレムは動き再び攻撃を仕掛ける。

 だがそれが龍人達に届く事はなく、星が持つ宝塔から放たれた貫通性に優れたレーザーによってゴーレムの肉体が蜂の巣にされた。

 ……先程は殆ど通用しなかったが、それは単に宝塔へと込める力が小さかっただけである。

 仮にも毘沙門天の宝塔だ、それがゴーレム如きに通用しない道理はない。

 レミリアとフランドールの一撃、更に星の追撃を受け遂にゴーレムの身体に限界が訪れ機能を停止させる。

 ガラガラという音を響かせながら崩れ落ちていくゴーレムの残骸には目もくれず、レミリアは再び龍人に向かってここからの離脱を促した。

 

「早く行け、お前の戦う場所はここじゃない」

「……みんな、無理はするなよ」

「合点承知ノ介!! いいから早くゆかりんの所に!!」

「レミリア、フランドール、頼む!!」

 

 全力でこの場から離脱を始める龍人、当然それを見逃すわけもなく吸血鬼達が動き出そうとするが。

 

「おっと、龍人の所には行かせないわよ!!」

「もこたん、復活したんだね」

「本当に蓬莱人というのは不思議生物なのね……」

 

 それを阻止する為に、妹紅と水蜜と一輪、そして雲山が彼等の前に立ち塞がった。

 

「ええいっ、邪魔をするのならばここで死んでもらうぞ!!」

「やれるものならやってみなさい、いくわよ雲山、みんな!!」

「応っ!!」

「みなみっちゃんの力、とくと味わえーっ!!」

 

 吶喊する一輪達、レミリアとフランドールもその後に続く。

 更に星輦船の船上に残った星とナズーリンも動き出し、戦闘は一気に激化していった。

 

 それを背中越しに感じながら、龍人は一気に神社に向かって飛翔していく。

 レミリアの言った嫌な予感が現実にならないよう、祈りながら……。

 

 

 

 

To.Be.Continued...


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