妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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第116話 ~守るべき家族の為に、白蓮VSオーガー~

 爆撃めいた打撃音が、大地を揺らす。

 身体強化魔法を全開にした白蓮の拳と蹴りの連撃に、鬼であるオーガーは後退する。

 すかさず踏み込み、下段からのアッパーカットを繰り出す白蓮。

 

「はっ!!」

「ひぃぃやははぁぁぁぁっ!!」

 

 裂帛の気合と共に放たれたそれを見て、追い込まれている筈のオーガーの口からは歓喜と狂気が入り混じった声が放ちながら、繰り出された白蓮の拳目掛けて手刀を放つ。

 今の彼女の一撃一撃はそれこそ鬼の剛力に匹敵する破壊力を秘めているが、それは西洋の鬼と呼ばれるオーガーとて同じ事だ。

 

「ぐっ!?」

 

 ぶつかり合う白蓮の拳とオーガーの手刀。

 結果、白蓮は僅かに苦悶の声を零しつつ大きく後退してしまった。

 それを追いかけるオーガー、一足で彼女との間合いを詰め巨岩すら軽々と粉砕する蹴りを繰り出した。

 

「っ、やあっ!!」

 

 眼前に迫る死の一撃を、白蓮は右足の蹴りで真っ向から受け止める。

 すぐさま両者は次の一手として両の拳を交えての接近戦を行ない始めた。

 秒が過ぎる毎におよそ三十もの応酬を繰り返し、百手以上もの拳のぶつかり合いを経てお互いに後退して距離を離した。

 

「……ふーっ、ふーっ……」

「んん~、いい拳にいい蹴りだ。全部まともにくらってれば身体が持っていかれちまうな」

 

 呼吸を整えようとする白蓮とは違い、オーガーはまったく呼吸を乱さすその表情にも余裕に満ち溢れている。

 やはり目の前の存在は強い、それも途方もなく。

 鬼という妖怪は総じて戦闘能力が高いのは白蓮も認識していたが、オーガーの力はそれ以上の規格外なものであった。

 魔力の消費など微塵も考えず、拳や足だけでなく全身に身体強化魔法を施して攻撃力と防御力を限界まで引き上げて尚互角なのだから。

 

“……いいえ、互角などではありませんね”

 

 そう、決して互角などではない。

 今はまだ辛うじて食いついているだけ、いずれ限界は訪れ敗北するのは必至。

 一手放つたびに明確な死のビジョンが白蓮の脳裏に浮かび、けれどそれを覆す手は一向に浮かんでこない。

 

「思った以上に愉しめたぜ。だが……そろそろ終わりにするか」

「……終わりになどしません。あなたはここで……私が倒します」

「大きく出やがったなぁ、そうこなくちゃ面白くない」

 

 くつくつと笑いながら、オーガーは右腕を大きく振り上げた。

 ……先程の言葉通り、勝負を決めるつもりのようだ。

 

「ところでよお……」

「?」

「お前、それだけの力があんのに……なんでこんな辺境でくすぶってんだ?」

「…………」

 

 その問いは、狂気に染まっていたオーガーの口から放たれたとは思えない程に、静かな口調で告げられた。

 

「魔法使いとしての実力は一流以上、おまけに自分の手足となる存在が多い上にどいつもこいつも並の妖怪以上の実力者。

 それだけのピースが揃ってる状態だってのに、何もできない人間や弱小妖怪の為に使う理由はなんだ?」

「人と妖怪が共に生きる世界が、幻想郷にはあるからです」

 

 それが白蓮にとっての理由、ただそれだけで充分であった。

 かつてそれを願い、叶えようと努力して、けれど叶う事のなかった夢。

 その夢を実現しようとする世界に辿り着く事ができた、共に歩む同志を見つけられた。

 

「……闇を知りながら、尚もその道を選ぶってのか?」

「人ではなくなってしまった私に、あの世界は成さねばならない夢を再び与えてくれたのです。かつて叶わなかった夢を見せてくれたのです。だからこそ……この世界を壊させるわけにはいきません!!」

「力を持ちながら弱者の考え方に縋る。やっぱりテメエは人である事を捨てきれてねえな」

 

 呆れと、ほんの少しの敬意を込めた声で、オーガーは言う。

 

「全て力で捻じ伏せてきたオレにはテメエの考えは理解できねえ。だがよ……その決意だけは買ってやる」

「……ありがとうございます」

 

 両の手を合わせ、オーガーに深々と礼をする白蓮。

 その態度にオーガーは呆れる事なく、黙って振り上げた右腕に妖力を込め続けていった。

 

――白蓮の瞳に、強く気高い決意の色が見られたからだ。

 

 オーガーにとって理解できない白蓮の決意はしかし、決して軽んじる事などできないものだった。

 そんな愚行を犯せば最後、自らの命を対価として支払わなければならなくなるだろう。

 

「さあ――終わりにしようや」

「…………」

 

 次で、勝負は決まるだろう。

 残っている魔力もそう多くはない、対する相手はまだまだ余力を残している。

 ……だが、負けられないのだ。

 ここで勝利しなければオーガーは龍人達に牙を向く、そうなれば幻想郷はおろかやっと再会できた“家族”すら喪う事になる。

 

 それだけは認められない、認めるわけにはいかないのは道理であった。

 だから白蓮は一度目を閉じ、頭に浮かんだ敗北のイメージを払拭させる。

 そしてゆっくりと目を開け……右の拳に全魔力を集中させた。

 

「捨て身の一撃か?」

「…………」

「そういう博打は嫌いじゃねえ、いいぜ……仕掛けてみろ」

 

 そう言ってオーガーはその場から動こうともせず、白蓮が仕掛けるのを静かに待つ姿勢を見せる。

 強者の余裕、ではなく敢えて白蓮の決意の一撃を先に仕掛けさせ、それ以上の力でねじ伏そうとしているのだ。

 だが白蓮も敢えてオーガーの挑発に乗る選択を選び、全ての魔力を右の拳だけに込めていった。

 

「…………」

「…………」

 

 静寂に包まれる場、両者は暫し睨み合い。

 

「――――南無三!!」

 

 地面を踏み抜く勢いで地を蹴り、白蓮はオーガーへと向けて吶喊した……。

 

 ■

 

 一足で、白蓮はオーガーとの間合いをゼロにする。

 この一撃で勝負を決めようと、白蓮は右の拳を神速の速度で叩き込もうとして。

 

 先手を仕掛けられた筈だというのに。

 彼女の拳よりも速く、オーガーの右腕による手刀が繰り出された。

 

 避ける事などできない。

 既に白蓮は攻撃の体勢に入ってしまっている、今更回避も防御もできずこのまま彼女の身体はオーガーの一撃によって肉塊へと変えられてしまうだろう。

 

「…………ああ?」

 

 しかし、彼女の命を奪えたと確信したオーガーの口から放たれるのは、怪訝に満ちた呟きであった。

 それと同時に彼の右腕に襲い掛かる衝撃、そちらに視線を向けると繰り出した筈の手刀が弾かれてしまっている。

 ……そこで彼は気づいた、白蓮の一撃が攻撃ではなく防御に使われたという事に。

 

 自らの魔力を攻撃と防御に割り振ったままでは、決して勝てないと白蓮は理解していた。

 だからこそ彼女は防御を捨て、全身に施していた身体強化魔法を一時的に解除すると同時に、その魔力の殆どを右の拳だけに送り込んだ。

 オーガーの言う通り、捨て身の一撃を彼女は選択し――けれど決して最初の一手ではその一撃を繰り出す事はしなかった。

 

 一撃で決める為に、自らの一手は絶対に当てなくてはならない。

 だが右の拳だけに魔力を集中させれば今までのような機動力は望めない、そうなれば間違いなくオーガーの一撃を受けて敗北する。

 故に彼女は右の拳でオーガーの一撃を弾いた、それにより当然残り少ない魔力は大きく消耗し、身体強化魔法を展開する事すらできなくなってしまった。

 

「無駄な足掻きだったな……幕切れだ」

 

 オーガーが動く。

 右の手刀が弾かれたとしても、彼の攻撃はまだ終わらない。

 今度は左腕で手刀を作り上げて、彼はそれを槍のように白蓮の身体へと突き出した。

 

「っ、ご、ぶぅ……っ」

 

 身体強化を施していない白蓮の身体は、普通の人間と大差ない強度しか持たない。

 呆気なく彼女の身体にオーガーの腕が突き刺さり、致命的な傷を負うと共に口から多量の血液を吐き出した。

 これで終わりだ、魔力も殆ど残されていない今の彼女の肉体は今の一撃に耐えられない。

 身体を突き刺した腕を抜き取れば、彼女は自らの身体を支えられずに倒れ込み、敗者という骸に変わるだろう。

 

「愉しかったぜ。じゃあな」

「っっっ」

 

 白蓮の身体からオーガーの腕が抜き取られ、傷口から溢れ出すかのような勢いで鮮血が噴き出した。

 ぐらりと揺れる白蓮の身体、そうして彼女はそのまま地面へと倒れ込み……。

 

「な、に……?」

 

 勝利した筈のオーガーの口から、驚愕の声が零れる。

 ――倒れない。

 致命傷を与え、魔力も尽きた筈の白蓮の身体が、まだ倒れない。

 一体どういう事だ、確信していた勝利の光景を浮かべていたオーガーの思考が、僅かに固まると同時に……彼は見た。

 

――命の灯火が尽きた筈の白蓮の左手が、しっかりと拳を作り上げている姿を。

 

「テ――――」

 

 すぐにオーガーは動いた、骸となった筈の彼女に更なる一撃を叩き込もうとするが。

 

「っっっ、負けられ、ないのです……!」

 

 その前に、白蓮は顔を上げ左の拳をオーガーの身体へと叩き込む!!

 

「ごぁ……!?」

 

 その威力たるや、強靭な肉体を持つオーガーですら血反吐を吐くほどの破壊力が込められていた。

 勝利した筈である相手からの思い一撃を受けた影響か、驚愕に満ちたオーガーの身体は反応を鈍らせる。

 

「――――」

「……はっ」

 

 互いの時間が、凍りつく。

 口元に笑みを浮かべるオーガーに対し、白蓮は死に体の身体を動かし右の拳をオーガーへと向ける。

 秒にも満たぬ刹那の瞬間、けれどお互いの勝敗は既に決していた。

 

 勝利を確信していた際に受けた一撃で、オーガーは動けない。

 対する白蓮は、自らの生命力を魔力に変換し、もう一撃だけ繰り出そうとしていた。

 

――これは、賭けであった。

 

 残された魔力では打倒できない、だから白蓮は相手に決定的な隙を作ろうと自らの肉体を犠牲にした。

 相手に絶対的な勝利を確信させる為に、最初は防御し最後の足掻きに見せかけてから、オーガーの一撃を受けたのだ。

 無論、その一撃で命を奪われる可能性は充分にあった、寧ろそうなる可能性の方が高く現に今の彼女の意識は殆ど消えかけている。

 

 されど。

 彼女の意志は、その奇跡を手繰り寄せた。

 

 どんなに苦しくても、一秒後に死が迫っているとしても関係ない。

 脳裏に浮かぶ家族の笑顔を守る為に、そして幻想郷を守る為に彼女は限界を超えた更なる先へと到達する。

 

「――ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 叫び、彼女は今度こそ最後となる一手を繰り出す。

 その決意と奇跡の一撃を、オーガーは目の当たりにして。

 

「見事だったぜ、女」

 

 心からの賞賛の言葉を放ちながら。

 白蓮の拳をまともに受け、地面を削りながら吹き飛んでいった……。

 

 ■

 

 オーガーの身体が、吹き飛んでいく。

 地面を削り、肉体を破損させ、けれど十数メートル程でそれは止まった。

 拳を繰り出したままの体勢で、白蓮はそれを見つめていたが。

 

「は、ぅ……」

 

 やがて耐え切れず膝が折れ、両手を地面に付ける事でどうにか倒れる事だけは阻止していた。

 

「が、ぶ、うぅ……」

 

 血を吐き出す、意識は断裂を続け今にも消えてしまいそうだ。

 しかしここで眠れば二度と起き上がれないとわかっているから、白蓮は必死に自らを繋ぎ止める。

 死ぬわけにはいかないと自らに言い聞かせ、彼女は全身に走る激痛と戦い続けていた。

 

――オーガーは、動かない。

 

 白蓮が放った渾身の一撃は、彼の命を奪い勝利を齎していた。

 だが今の彼女に勝利に酔う余裕はなく、そればかりか今まさにその命の灯火が尽きようとしていた。

 

「あ、ぐ……」

 

 視界が掠れ、遂に白蓮はその場で倒れ込んでしまう。

 もはや起き上がる気力すら湧かず、全身からは力が抜けてしまっていた。

 

「みん、な……ごめんな、さ……」

 

 涙を流し、皆に謝罪しながら……白蓮の瞳が閉じられる。

 

「…………?」

 

 消えかけていた意識が、戻っていく。

 それだけではなく、全身の激痛も消えていき、一体何が起きたのか混乱しつつ白蓮は閉じていた瞳を開いた。

 

「間に合ったみたいね、よかったわ」

「……永琳、さん?」

 

 自分に向けてほっとした表情を向ける永琳を見て、白蓮は目を白黒させる。

 既に肉体に痛みはなく、そればかりか消耗した魔力も全快していた。

 ……永琳が助けてくれたのは理解できたが、解せぬ点があり白蓮は身体を起こしつつ彼女へと問うた。

 

「何故あなたが此処に? それに龍人さんの話では、今回の件に介入しないと聞きましたが……」

「……私もそのつもりだったのだけれどね、私の最優先事項はあくまで輝夜の守護だもの。だけど……やっぱり放っておけなくてね」

 

 それに何より、他ならぬ輝夜に自らの考えを否定され激怒されてしまったのだ。

 守ろうとしてくれるのは嬉しい、けれどあなたはもう少し自らの感情に素直になりなさいと、優しくも厳しい口調で輝夜は永琳に言い送り出したのだ。

 

「輝夜さんに、感謝しなければなりませんね……」

「ふふっ、そうしてくれると嬉しいわ」

「……ですが永琳さん、まだ戦いは終わっていません」

 

 言いながら、白蓮はゆっくりと立ち上がり自らの状態を確認する。

 気力体力魔力共に永琳の薬によって全快している、ならば急いで戻らなくては。

 

「行きましょう、永琳さん!!」

「ええ、そうね」

 

 既に終わった戦いの場から飛び立つ白蓮と永琳。

 その際、白蓮は一度だけ骸となったオーガーへと視線を向け。

 

「…………」

 

 そっと両手を合わせ、喪われた魂が成仏できるよう祈りを捧げてから、幻想郷へと帰還していった。

 

 

 

 

To.Be.Continued...


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