妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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博麗大結界を展開するため、紫達は準備を始める。
だがそれは、この地を奪おうとする者達との戦いの開始を意味しており。

遂に、その幕が開こうとしていた……。


第114話 ~幻想大戦、開始~

――里に、緊張が走っている。

 

 人通りは殆どなく、ほぼ全ての住人が自分達の家に篭っていた。

 道を歩く者達も誰もが表情に不安の色を見せており、その不安を如実に現すかのように空は分厚い雲に覆われている。

 何かが起こると、そんな不安を抱かずにはいられない世界の中、龍人は里の中心地から真上に浮かび上がり遠くの景色へと視線を向けていた。

 仁王立ちのような体勢のまま腕を組み、厳しい表情を見せる彼はおいそれと話しかけられない雰囲気を醸し出している。

 

「そんな恐い顔をして、もう少しリラックスした方がいいんじゃないですか?」

 

 彼の雰囲気にも一切介せずに話しかけるのは、鴉天狗の女性、射命丸文。

 彼女が自分の隣に現れた事に気づいた龍人は、少しだけ表情を緩め彼女に対し口を開いた。

 

「いつ何が来てもいいように、気を張ってるだけだ」

「そうはいいますけど、本当に来るんですか? 博麗大結界の展開の隙を狙って、この地を奪おうとする妖怪達が」

 

 文の問いに、龍人はすぐさま「来る」と断言する。

 尤も、文自身も彼と同じ意見であり、故に手助けをしようと山を降りてきたのだ。

 ……その際に、嫌な言伝も預かってしまったが。

 

「……龍人さん、こういう事は言いたくないんですけど……今回、山の妖怪達は不介入を決め込むそうです」

「…………そうか」

「驚かないんですね?」

「そうなるかなとは思ってた。それにそっちだって内輪揉めで色々と立て込んでるんだろ?」

 

 耳が痛いですね、龍人の言葉に文は申し訳なさそうに眉を下げ頬を掻く。

 

「今回の大結界による幻想郷の隔離の件を認めない山の妖怪だって居る、そいつらがおかしな行動をしないように監視する。それを考えたら、手を貸す余裕なんて生まれないさ」

「あー……まあ、そうなんですけどね……」

 

 しかし、今回の件で不介入を決めたのはそれだけではないのだ。

 ……龍人達が敗北した際に、漁夫の利を得ようと山の上層部は考えている。

 如何に盟約を結んでいるとしても、それを面白く思わず出し抜こうと考える輩というのは何処にでも現れるのだ。

 

「だとすると、文がここに居るのは拙いんじゃないか?」

「言わせておけばいいんですよ。かつて山の危機を救ってくれた龍人さんに対する恩を仇で返すような真似をしているんですから」

「……ありがとな、文」

 

 お気になさらず、龍人の感謝の言葉に文はそう返答を返す。

 彼女との会話で少しだけ龍人は心を穏やかなものへと変化させたのだが。

 

「っ」

「文様!!」

 

 焦燥感を混ぜた声を張り上げながら2人の前に現れた白狼天狗の少女、犬走椛の声を耳に入れると同時に。

 龍人は、遥か彼方から真っ直ぐこちらに向かってくる気配を感じ取りすぐに身構えた。

 

「ご苦労様です椛、その様子ですと……」

「はい、北方からおよそ八十里、少なく見積もっても三百はあろう妖怪の群れがまっすぐこちらに向かってきています!!」

「思ったよりも少ないですね」

「ですが、その群れを統率しているのは……」

 

 

「――来る」

 

 

 椛の報告を、龍人の呟きが中断させる。

 2人の視線は当然彼へと向けられるが、彼は険しい顔で遥か前方を睨むように見つめていた。

 一体何が、そこまで考えた2人は――凄まじい速度でこちらに向かってくる“ナニカ”に気がついた。

 

「何が……!?」

「この妖力、は……?」

「文、椛、周囲に居るみんなを守ってくれ!!」

 

 叫ぶと同時に、全身に“龍気”を張り巡らせ身構える龍人。

 刹那、前方から嵐が現れ。

 

「――ひゃあああああああっ!!」

 

 全てを貫きかねない、()()()()()()が龍人へと襲い掛かる……!

 光に近い速度で放たれた目では決して追えない超高速の一撃に、龍人は右腕の神龍爪斬を叩き込み相殺させた。

 

「うわっ!?」

「くぅ……!」

 

 ぶつかり合いの余波が、里はおろか幻想郷全域を揺れ動かす。

 すぐさま文が風の結界を張った甲斐もあり、周囲を歩いていた人間や妖怪達には被害が及ばなかったものの、誰もが目の前の光景に目を見開き驚いていた。

 一方の龍人は、掴んだ手刀を投げ飛ばし奇襲を仕掛けてきたナニカとの距離を離すと同時に、相手の容姿を確認する。

 

 姿形は人型、膨れ上がったと表現できるほどの筋骨隆々の肉体には永遠に消えない傷が幾千にも刻まれている。

 3メートルを優に超えるその見た目には凄まじいまでの威圧感があり、対峙しているだけでも精神だけでなく寿命すら削られてしまいそうだ。

 そしてその逞しい肉体には相応しい絶大な妖力が、まるで活火山のように溢れ出している。

 

 ……龍人達は、瞬時に理解した。

 目の前に現れた相手は、角は生えていないもののまごうことなき“鬼”であると。

 しかし勇儀や萃香とは違う鬼、おそらく西洋の鬼なのだろう。溢れ出る力はまさしく規格外。

 

「……んん~、いい反応だ。本気でやっちまったらこんな小さな里ごとぶっ潰しちまうかと思ったが……いきなり本命に出会えたかー?」

「風龍気、昇華!!」

 

 加減などできない、周りの被害の事など考える余裕などない。

 目の前の相手はただの脅威などではない、ただそこに在るだけで全てを薙ぎ払う“災害”そのものだ。

 たった一撃、相手の攻撃を受けただけで周囲に凄まじい余波が飛び交ったのだ、これ以上ここで戦えば里が消える。

 まずはこの傍迷惑な存在を里から遠ざけなければ、そう判断した龍人は右足に風の刃を這わせ相手との間合いを詰めた。

 

(くう)()(ごう)(りゅう)(きゃく)!!」

「ひゃはあぁっ!! デーモンセイバー!!」

 

 轟風を纏った風の蹴りと、先程の手刀がぶつかり合う。

 

「ぐあ……っ!」

「おおっ!?」

 

 同等の威力を誇る技のぶつかり合いが、両者の身体を吹き飛ばす。

 龍人はそのまま近くの家屋に突っ込み、鬼は吹き飛ばされつつも地面を削りながらその勢いを殺し、無傷のまま立ち上がった。

 

「ぐ、ぅ……」

 

 土煙の中、頭を振りながら立ち上がる龍人。

 幸いにもダメージは殆どなかったが、周囲から聞こえる里の者達の呻き声や助けを求める声を聞き、意識をそちらへと向けてしまった。

 

 二度も発生してしまったぶつかり合いによる余波によって、既に周囲の家屋は全て倒壊してしまっていた。

 当然中に居た住人達にもその被害が及んでおり、中には家屋の下敷きとなって動けなくなっている者達も居る。

 すぐに動ける者達が人妖問わず救出しようと動いてくれているが、この状況下でその行為は自らの命を投げ出す行為に等しかった。

 

「……すげえな。こんな状況でも他のヤツを助ける選択ができるのか」

 

 住人達の行動を見て、鬼は驚きの表情を浮かべながら上記の呟きを零す。

 実際に鬼は本気で驚いていた、自らの命が危険に晒される場所に居るというのに、他者を助けようと行動している者達を見るのは初めてだったからだ。

 それも妖怪が人間を助けようとし、また逆に人間が妖怪を助けようとしている。

 

「人と妖怪が共存する幻想郷……噂には聞いていたが、マジだったみてえだな……」

 

 目の前の光景に、感動すら覚えてくる。

 世界の常識を覆す光景が広がっているのだ、驚き感動するのは当然の感情と言えるだろう。

 ……だが、鬼にとってこの光景は“邪魔”でしかない。

 

「せっかく遊べる相手が居るんだ。悪いが……」

 

 右手を振り上げる鬼、そこには絶大なまでの妖力が込められている。

 この手を一振りすれば、たちまち周囲は一掃され沢山の命が奪われるだろう。

 

「やめろっ!!」

 

 止める為に、当然龍人は鬼を止めようとするが……間に合わない。

 文と椛も余波を受けすぐには動けず、そのまま鬼による“掃除”が実行されようとして。

 

――その腕を、真上から降り立った白蓮が片腕で受け止めた。

 

「あ?」

「しっ!!」

 

 突然の第三者の登場に、鬼の動きが一瞬止まった。

 その隙を逃さず白蓮は腰を深く屈め、まず鬼の腹部に肘鉄を叩き込む。

 続いて掴んでいる腕に力を込めて相手を引き寄せてからの顎への掌底、右足による蹴り上げ、左足による回し蹴り。

 怒涛の連撃を秒を待たぬ刹那の時間で相手へと叩き込んでから、両腕を用いて鬼の両足を掴み上げた。

 

「はあああああああっ!!」

 

 白蓮の絶大な魔力が、唸りを上げる。

 肉体強化魔法を幾重にも展開し、限界以上の強化を遂げた彼女の肉体は、自身の倍はあろう鬼の身体を勢いよく投げ飛ばした……!

 

「おおおおおおっ!?」

 

 投げ飛ばされた、ただそれだけで鬼の身体には拉げてしまう程の圧が襲い掛かった。

 勢いを殺せないまま遥か彼方まで飛んでいく鬼を、白蓮は追いかけようと両足を強化する。

 

「あれは私に任せて、龍人さん達は里に向かってくる妖怪達の相手をお願いします!! 既に星輦船は発進していますので、合流して対処を!!」

「あれをたった1人で相手するつもりですか!? あれはそこらの妖怪なんかじゃ……」

「わかっていますよ文さん、あれはおそらく西洋の鬼……オーガーと呼ばれる存在でしょう」

「ならば1人では……」

「ですがこちらに向かってくる妖怪の群れを統率しているのは……吸血鬼なのでしょう?」

「吸血鬼!?」

 

 驚きの声を上げながら、文は椛を見やる。

 彼女はそんな文に苦々しい表情のまま無言で頷き、白蓮の言葉が真実であると肯定していた。

 

 ……冗談ではないと、文は頭を抱えたくなった。

 吸血鬼は比較的若い妖怪ではあるが、そのポテンシャルは数多の妖怪の遥か上を行く正真正銘の怪物だ。それが群れを率いて幻想郷に向かっている、そんな事実を知らされてどうして驚かないというのか。

 

「……白蓮、頼む。文と椛はまず周囲の皆を助けてやってくれ」

「龍人さん、まさか……この戦力差で戦うつもりですか!?」

「たとえ相手が誰であろうと戦うさ。俺はこの幻想郷の全てを守りたいと思っている、そこから逃げるつもりはない」

 

 それじゃあ頼むぞ、そう言って龍人はその場から飛び立っていった。

 続いて白蓮もオーガーを投げ飛ばした方角へと飛び立ち、その場に残された文は……大きく溜め息を吐きながら、覚悟を決める。

 

「……椛、山に篭ってもいいんですよ?」

「いいえ、だって文様も逃げるつもりはないのでしょう?」

「…………逃げたくないですからね」

 

 嘘だ、正直に言えば今すぐにでも逃げ出して山に篭って見なかったフリを決め込みたいと思っている。

 強い者には逆らわず、弱い者には強気に出るのが天狗という種族だ、文とてその本能とも言える性質には抗えない。

 だがそれ以上に、ここで逃げて龍人達を見捨てれば間違いなく射命丸文という存在は死に至る。

 それがわかっているから、文は覚悟を決めて周囲に風を巻き起こし住人達を下敷きにしている倒壊した家屋を吹き飛ばした。

 

「椛、すぐに皆さんを安全な場所へとお連れしてから、龍人さん達の手助けに行きますよ!!」

「了解です、文様!!」

 

 恐くても、逃げたいと思ってもそんな選択は選べない。

 だって仕方ないではないか、古くからの友を……龍人達を見捨てる事も、情が移ったこの幻想郷を見捨てる事も、既に文にはできなくなっているのだから。

 

(龍人さん、頼みますから無茶だけはしないでくださいよ……!)

 

 ■

 

 幻想郷の里から既に十里は離れただろうか、白蓮はオーガーを追って人も動物も寄り付かない山岳地帯へと降り立つ。

 

「……随分飛ばされちまったな、やってくれるじゃねえか魔法使いさんよ」

「…………」

「だがお前でも楽しめそうだ、本命は後にとっておくかな。――オラ、さっさとかかってきやがれ」

 

 挑発するように指を動かし、白蓮を誘うオーガー。

 対する白蓮はそんな相手を見据えながらも、戦う前に説得を試みる。

 

「今、幻想郷は大切な時を迎えています。どうかこのまま退いてはいただけませんか?」

「…………ああ?」

「人と妖怪が共に生きる世界が、生まれようとしているのです。そこまで沢山の障害を乗り越え歩み続けてきた人達が居るのです。ですからどうか……その者達の努力を踏み躙るような真似だけは、しないでいただきたいのです」

 

 あともう少しなのだ、大結界が完成すれば幻想郷は新たな世界へと生まれ変わる。

 ゴールに辿り着けるわけではないが、理想の実現には大きく近づく事になるのだ。

 故に邪魔をされたくはない、邪魔をしてほしくなくて白蓮は敢えて説得という選択を試みる。

 

「――萎えるぜ、その態度は」

「…………」

 

 空気が、変わった。

 オーガーの肉体から放たれる力に、白蓮に対する明確な殺意が含まれ始める。

 

「オレは吸血鬼共にデカイ喧嘩があるって聞いたからここへ来た、実際におもいっきり遊べる相手が居るのがわかったから嬉しかったぜ。だからよ……そんなつまらねえ言葉、吐き出すんじゃねえよ」

「……引いては、くれないのですね」

「テメエらの努力なんぞ知った事じゃねえ。――もうすぐ妖怪の時代は終わる、そうなったら思う存分遊べねえだろ?」

 

 その言葉で、白蓮は説得などできないと理解した。

 いや、初めから言葉での説得など通用するような相手ではないと気づいていた。

 それでも彼女はできる事ならば無駄な争いを避けたいと思っている、それは仏に仕える僧として当たり前の思いであった。

 しかし、こちらとて譲れないものがある。決して引けない理由がある。

 

「……いいぜ。その決意に満ち溢れた目、すげえモノを背負ってるヤツの目だ」

「負けられないのです。どうしても立ち塞がるというのならば……あなたを、倒します!!」

「やる気になってくれたようで嬉しいぜ、遊んでやるよ!!」

 

 オーガーが走る、その巨体からは想像もできない速度で。

 だが白蓮は一歩も退かず、自らオーガーへと向けて吶喊し。

 

「はっ!!」

「じゃらぁっ!!」

 

 互いの拳が、大地を激しく揺れ動かしながらぶつかり合い。

 幻想郷から離れた地での死闘が、幕を開いた……。

 

 

 

 

To.Be.Continued...


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