妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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白蓮達のかつての仲間、寅丸星とナズーリンの行方を捜す龍人達。
人狼族にも力を借り、遂にその居場所を発見する事ができたのだが……。


第110話 ~北の大地へ~

 星輦船が、空を駆け抜ける。

 

 目指すは北の大地、目的は当然行方を捜していたナズーリンと星を迎えに行く為だ。

 星輦船には白蓮に水蜜、一輪に雲山、そして龍人に付き添いとして、士狼が搭乗していた。

 

「うひーーっ、寒いーーーーーっ!!」

 

 身体を擦りながら、水蜜が叫ぶ。

 北の大地は幻想郷と比べてもかなりの寒冷地だ、水蜜が寒がるのは無理もない……が、それは季節が冬ならばの話だ。

 今の季節はもうすぐ夏、如何に北の大地とて寒がるほどの気温にはならない。

 しかし肌で感じる温度は確かに「寒い」と思える程であり、今の季節を考えれば異常なものだ。

 

「……雪が、降ってきましたね」

 

 白蓮が呟きを零しつつ、空を見上げるとちらほらと空から雪が降ってきていた。

 それを見て水蜜が余計に寒いと騒がしくなり、一輪がため息をつきながら雲山と一緒に彼女を船の内部へと連れて行った。

 

「成る程、士狼の言う通りこの辺りの土地の天気は異常なものになってるな」

「……士狼さん、本当にこの地に星とナズーリンがいらっしゃるのですか?」

「ああ。……急いだ方がいいのかもしれんな」

 

 そうですねと士狼の言葉に同意しながら、白蓮は少しだけ星輦船の速度を上げる。

 龍人も念の為にいつでも動けるように意識を集中させながら、数日前の事を思い返した。

 

――幻想郷よりも遥か北の大地にて、寅丸星とナズーリンの二名が見つかった。

 

 各地に存在する人狼族のネットワークを駆使し、それが判明した事をすぐさま士狼から聞かされた龍人達は、当然すぐにその地へと赴こうとした。

 しかしその地は現在、異常な気象に晒されているという情報も入ってきていた。

 夏の季節だというのに、その地は吹雪が吹き荒れ全てを凍り付かせんとしているらしい。

 

「この地の土地神が、暴走でもしているのでしょうか?」

「いや、向こうの情報によると冬の妖怪が暴れ回っているらしい」

「冬の妖怪……雪女とか?」

「さてな、とにかく合流してから詳しい話を聞けばいいさ」

 

 そう告げる士狼に頷きを返す龍人と白蓮。

 星とナズーリンを迎えに来たのは勿論だが、解決するまでは幻想郷に戻る事はできないだろう。

 因みに今回同行する事を紫と藍に話したら、それはもう烈火の如く怒られ反対された。

 

 幻想郷の賢者の1人なのだから安易な行動は慎め云々、龍人様がそこまでする必要などありません云々。いつの間にか賢者扱いされていた事に対する件で言ってやりたい気もしたが、やはり放ってはおけないという結論に達し半ば強引に幻想郷を離れてきた。

 

「龍人さん、元々は私達の問題ですのによろしかったのですか?」

「紫も藍も判ってくれているさ、会えなくて寂しいからあんなに怒ったんだと思う」

「ほう、随分と自信過剰な事を言うのだな」

「俺も同じ気持ちだからな」

 

 そう言って、小さくため息をつく龍人を見て、白蓮も士狼も何も言えなくなった。

 龍人と紫は既に夫婦に等しい関係となっている、だというのに離れ離れではお互い寂しいのだろう。

 けれど龍人はそれを押し殺しての力になろうとしてくれている、それが白蓮には嬉しく同時に申し訳なく思った。

 

「とにかくまずは星とナズーリンの所に行こう、それから異常気象をなんとかする。それでいいか?」

「はい、勿論です」

「ところで士狼、ここまで協力してくれる必要はなかったぞ?」

「この地にも同族達が暮らしているんだ、それを見過ごす事などできないさ」

 

 だから、別にお前達の協力をしているだけではないと士狼は言った。

 けれどそれは間違いだ、いや全てではないが彼は友である龍人の手助けをしようとしてくれている。

 とはいえそれを言葉にしても彼は決して認めないだろう、だから龍人も白蓮も何も言わず彼に対して笑みを浮かべ、2人の心中を察した士狼は少しだけばつが悪そうに視線を逸らした。

 

「ん……?」

 

 空から降る雪が、だんだんと強くなっていく。

 龍人達がそれを認識した瞬間、天候が一気に変化した。

 

「うっ……!?」

「きゃっ!?」

「な、ん……!?」

 

 突如として吹き荒れる吹雪。

 星輦船が激しく揺れ動き、あまりの猛吹雪に呼吸すらまともにできない。

 たった今まで雪が降っていただけだというのに、この状況は明らかな異常事態であった。

 

「な、何これ!?」

「聖様、龍人、大丈夫ですか!?」

 

 外の異常を察知した一輪達が、船内から飛び出してくる。

 と、吹雪の中に巨大な黒い影が見えたと思った瞬間、船体が今まで以上に揺れ動いた。

 

「何か当たったのか!?」

「防御魔法を展開します!!」

 

 懐から虹色の輝きを放つ巻物を取り出し空中に翳すように解き放つ白蓮。

 この巻物は魔人経巻(まじんきょうかん)と呼ばれる彼女のみが扱える特殊な巻物であり、展開すると同時に巻物に記された魔法を即時発動する事のできる魔具である。

 魔人経巻に記された魔法の1つが発動し、星輦船全体が薄い虹色の膜のようなもので包まれた。

 防御魔法が展開された恩恵により、ままならなかった呼吸を再開しつつ龍人達は前方へと視線を向ける。

 

 先程から見える黒い影の正体は、巨大な氷塊であった。

 氷塊だけではない、雪に包まれた岩や氷柱なども飛んできている。

 白蓮が即座に防御魔法を発動しなければ、如何な星輦船とはいえ風穴が空いていたかもしれない、彼女の迅速な行動に龍人達は感謝した。

 

「っていうか、いきなりなんでこんな事になったのかな?」

「確かに、さっきまで雪が降っていただけなのに……」

 

 まるでここから先へは進ませないとばかりの荒れ模様だ、否、この状況には明らかな人為的要因が関係しているのは間違いないだろう。

 思考を巡らせる龍人達であったが、この嵐のように荒れ狂う猛吹雪はそれを許さなかった。

 

「げっ!?」

 

 真上を見上げ、水蜜が叫ぶ。

 他の者も同じように顔を上げ、星輦船へと目掛けて押し寄せてきている氷塊を見て表情を凍らせた。

 今まで飛んできたのも大人数人以上はあるであろう大きさであったが、今まさにぶつかりそうになっている氷塊はまるで小さな山だ。

 白蓮の防御魔法があったとしても、直撃すれば墜落する可能性は充分に考えられる。

 

「イッチー、雲山で壊せないの!?」

「いくらなんでも無理よ、大き過ぎる!!」

「……白蓮、念のため防御魔法を最大にしておいてくれ」

 

 そう言いながら、龍人は全員を下がらせつつ一歩前に出て、視線を氷塊へと向ける。

 

「――炎龍気、昇華!!」

 

 生成される炎の双剣を握り締め、刀身に更なる龍気を込めていく龍人。

 揺らめく炎は激しさを増し、臨界に達すると同時に迫る氷塊に向けて殴りつけるように振り放った。

 

「炎龍天牙!!」

 

 吹き荒れる吹雪を消し飛ばしながら、炎の刀身が氷塊とぶつかり合う。

 灼熱の剣が見事氷塊へと食い込んでいくが、それでも勢いは止まらず斬り裂く事は叶わない。

 どうやらあの氷塊には“細工”が施されているようだ、舌打ちをしつつ龍人は炎の剣を消し両手に高密度の龍気を圧縮していった。

 

 単純な熱では斬れない、ならばこちらも必殺の一撃で迎え撃つ。

 龍人の両手が黄金の輝きに包まれ、氷塊が星輦船と衝突せんとした瞬間。

 

神龍爪撃(ドラゴンクロー)!!」

 

 龍の牙が、目標へと突き刺さり。

 その力を一気に爆発させた、山のような大きさを誇る氷塊を文字通り粉々に打ち砕いてしまった。

 爆音を響かせながら落ちていく氷塊の残骸達、そのどれもが星輦船から逸れて落ちていく。

 

「……ふう、なんとか砕けたな」

 

 全員を守れた事に安堵し、龍人はほっと息を吐いた。

 一方、白蓮達は龍人の力を見て驚愕の表情を浮かべていた。

 

「うへー……龍人、また強くなってるんじゃない?」

「……差は開く一方だな、全く」

「…………」

「聖様、どうかなさいましたか?」

「いいえ、なんでもありません」

 

 確かに強い、強すぎる。

 これが今や伝説となった龍人族の力か、しかもこれでまだ全力ではないのだ。

 だが、その強すぎる力を見て白蓮はある懸念を抱く。

 力に溺れる事はないだろう、彼の人となりを見ればそれは信じられるが……不安に思ったのは、それとは別の事だ。

 けれど今は深くは考えまいと、白蓮は頭を軽く振ってその懸念を振り払った。

 

 ■

 

 脅威は消えたものの、吹雪は止まず防御魔法を展開したまま移動を続ける星輦船。

 やがて龍人達の視界にとある村落が見え、その近くに星輦船を降ろすと。

 

「――お待ちしておりました士狼様、そして士狼様の友人方」

 

 数人の若い人狼族が、龍人達を出迎えてくれた。

 簡単な挨拶を交わした後、村落の中でも一番大きな建物へと案内される。

 そこは村落の住人達の避難場所であり、中に入ると優しげな微笑みを浮かべる老婆が龍人達の視界に入ってきた。

 

「このような辺境の地へようこそいらっしゃいました」

「あなたは?」

「わたしはこの村の長を務めさせております、キヨと申します」

 

 温和な笑みを浮かべ、龍人達を歓迎してくれるキヨ。

 見ると他の村落の住人達も、龍人達に対して友好的な反応を見せてくれている。

 その反応にも驚いたが、何よりも……当たり前のように人間と妖怪が同じ空間に居る事も驚きであった。

 

「ここは辺境の地、厳しい環境ですから人間や妖怪など関係なく助け合わなければ生きてはいけないのです」

 

 まるで心を読んだかのようなキヨの言葉に、どきりとする。

 彼女の言葉は事実なのだろう、現に周りの者達は同意するかのように頷きを見せていた。

 ……ここは幻想郷と同じだ、規模は違えども他種族であっても互いを尊重しあって日々を生きている。

 

「ところで、聖白蓮さんはどちらの方ですか?」

「えっ、私ですが……何故、私の名を知っているのですか?」

「知っておりますとも、聖白蓮さんに村紗水蜜さん、雲居一輪さんに雲山さん……これらの方々の事は、“星ちゃん”と“ナズーちゃん”からよく聞いていますからね」

「えっ……」

 

 キヨの口から放たれたとある愛称を聞いた瞬間、白蓮達の表情が固まった。

 知っている、その愛称を持つ者が誰であるかを、彼女達はよく知っていた。

 

「――簡単な経緯は既に人狼族の方々から聞いております。

 寅丸星とナズーリン、あなた方が捜しておられている2人はこの村に居ますよ」

「い、今はどこに居るの!? ねえ、教えてよお婆ちゃん!!」

 

 掴み掛からんという勢いでキヨに迫る水蜜。

 その剣幕を前にしてもキヨは笑みを絶やさず、落ち着くようにと水蜜を諭しながら話を続けた。

 

「今は里の周囲を哨戒してもらっている所ですから、もうすぐこちらに戻ってきますよ」

「ホント!? じゃあ……あの2人に会えるんだ!!」

「でも、どうしてこの北の地にあの2人が?」

 

 ここは白蓮達がかつて暮らしていた寺があった場所とはあまりにかけ離れている、故に今まで彼女達の足取りを追えなかった。

 

「あれは今から二十数年前程だったかしら、ひどく衰弱した2人がこの村にやってきて……なんでも当てのない旅を続けているとか、その時に白蓮さん達の事情を聞きました。

 それから村の者で2人を保護したのですが、助けた恩に報いたいと自分達の事情もあるというのに村の為に尽力してくださって……」

「……きっと星ちゃんが言い出したんだろうね」

 

 彼女は妖怪なのに根っからの御人好しで、寺に居た頃もよく面倒事を背負い込んできたものである。

 そしてその度に彼女の従者であるナズーリンが気苦労を重ね、けれどなんだかんだ言いつつも主人である星の為に尽力するのだ。

 懐かしい記憶が、白蓮達の中で蘇っていく。

 それは幸福な記憶、そしていつかは戻りたいと思っている願いのカタチであり。

 

「――只今戻りました!」

「うー……さ、寒くて死にそうだ」

 

 聞き慣れた声、忘れる筈などない懐かしい声が、入口を開き中へと入ってきた者の口から放たれた。

 ゆっくりと、震える身体を抑えながら白蓮達が振り向くと……金と黒が入り混じった髪の長身の女性と、鼠の耳を持つ小柄な少女が白蓮達を見て驚愕の表情を浮かべていた。

 ……自然と、白蓮達の瞳に涙が溜まっていく。

 忘れもしない、望まぬ別れをした時と何も変わらない仲間の姿を見て、我慢などできるわけがなかった。

 

「……聖、なのですか?」

「それに村紗、一輪に雲山まで……」

「ええ、ええ……そうですよ星、ナズーリン」

 

 とうとう堪え切れず、白蓮の瞳から涙が零れ始めた。

 彼女だけではない、一輪はもちろん水蜜に至っては既に滝のような涙を流している。

 相手側――寅丸星とナズーリンもまた、会いたいと願っていた仲間達との再会に涙を流しそして。

 

「聖、みんな!!」

「星、ナズーリン!!」

 

 どちらからともなく駆け寄って、二度と放さぬとばかりに互いを抱きしめ合った。

 ひたすらにお互いの名を呼び合いながら、涙を流す白蓮達。

 

 会いたかった。

 会いたかった。

 

 もう一度再会を果たし、かつての日々を取り戻したかった。

 そして今、その願いは叶ったのだ。歓喜の涙を流すのは当たり前の事であった。

 

 その光景を、龍人達は優しく見守る。

 決して邪魔をしないように、けれどこの美しい姿を目に焼き付けるように。

 本当に良かったなと、心の中で最大限の祝福の言葉を送りながら、白蓮達を見守っていた。

 

 ■

 

「――そうですか。つまり聖達は龍人さん、あなたとあなたのお仲間の皆さんのおかげで救われたのですね」

「そんな大袈裟なものじゃないさ。頑張ったのは一輪達なんだからな」

 

 思う存分、再会を喜び合った白蓮達。

 その後、それを見守っていた龍人達と自己紹介を交わし、経緯を説明すると星は上記の言葉を口にしながら龍人に向けて深々と頭を下げた。

 

「そんな事より、本当に良かったな。自分の事のように嬉しいよ」

「……龍人さん」

「龍人さんには感謝してもしきれませんね」

「白蓮までやめろって、少しだけ力を貸せただけだ」

 

 これは謙遜でもなんでもない、事実である。

 魔界で白蓮の封印を解いたのは一輪達であるし、幻想郷に移住してからの彼女達は常に努力を続けてきた。それが実っただけであり、自分の協力などそれこそ微々たるものだと言う龍人の言葉に、白蓮達は苦笑する。

 

 その“微々たるもの”でどれほど自分達が助けられ、救われたのか、彼はよく理解していないらしい。

 だが彼がそれを認めることはないだろう、だから白蓮達はそれ以上何も言わずただ彼に対し心の中で感謝を続けた。

 

「星ちゃん、ナズーちゃん、本当によかったわねえ」

「キヨさん……キヨさんや村の皆さんにも何度も助けられました、ありがとうございます」

「ふふっ、いいのよお礼なんて、わたし達はお互いに助け合っただけなんだから。でも……これでお別れなのは、少し寂しいわね」

「…………」

 

 星の表情が僅かに曇る。

 ……最初から決めていた事だ、白蓮達と再会するまではこの村の者達の力になると決めていた。

 故にいつかは別れの時がやってくる、そんな事は判り切っていた事ではないか。

 

 そう己に言い聞かせる星であったが、彼女の表情は晴れない。

 そんな彼女に、キヨはあくまでも暖かな笑みを浮かべながら星の頭を優しく撫でた。

 

「今日は宴にしましょう、大切な人と再会できた事と星ちゃん達の新たな旅路を祝って」

「えっ、ですが備蓄に余裕は……」

「少し切り詰めれば大丈夫よ。それにこの地に暮らす者にとっては慣れたものだもの、それよりも今までこの村に尽くしてくれたあなた達にささやかなお礼がしたいの」

 

 キヨがそう言うと、周りの者達も同意するかのように頷きを見せていた。

 優しく暖かな言葉と心に、星は再び泣きそうになる。

 というよりも既に泣いてしまっており、そんな彼女に「あらあら」とキヨは優しく微笑むのであった。

 

「勿論、あなた達も参加してくださいね?」

「ああ、士狼もいいだろ?」

「それは構わんが……こちらは完全に部外者だぞ?」

「そんな事はありませんよ、人狼族はこの村の者にとって大切な盟友であり守護者であり、家族なのですから」

「……ならば、その厚意に甘えさせてもらおう」

 

 士狼の言葉に満足そうな頷きを見せ、キヨは周りの者に宴の準備をするように指示を出す。

 その命令を楽しそうに聞き入れた村の者達は、吹雪いているというのに外へと出ようとする。

 流石に危ないのではと龍人達が危惧するが、この地で暮らす者達にとって吹雪とは常に己と一緒に在るモノなのだ。

 拒絶せず、けれど受け入れず、付かず離れずといった心構えを持って対応するからこそ、厳しい環境の中で生きていける。

 

――だが、今回ばかりは“相手”が悪過ぎた。

 

「うわああああっ!?」

『っ!?』

 

 突然の悲鳴と、扉を開けた瞬間に吹雪が室内を蹂躙していく。

 目も開けられず、呼吸もまともに行なえない程の規模の吹雪、それは先程龍人達を襲った時以上のものであった。

 しかし、確かに外が吹雪いていたのは知っていたがこれほどのものではなかった、外に出ようとした村の者もそう思っていたからこそ扉を開けたのだ。

 

 ならば何故いきなり吹雪の勢いが異常なまでに膨れ上がったのか、疑問を抱く前に龍人達は村の者達を守る為に動き出す。

 龍人と士狼は真っ直ぐ建物を飛び出し、荒れ狂う雪の世界へと足を運ぶ。

 その一瞬後に白蓮達が動き、建物内に居た者達を一箇所に集め――星が懐からあるものを取り出す。

 

 それは燦々と輝く“宝塔”、かの七福神である毘沙門天が扱うとされる宝具であった。

 黄金の輝きを放つ宝塔は、刹那の時を待たずに建物全体に暖かな結界を展開させる。

 それにより呼吸ができなかった者達はぜいぜいと息を吐き出し、早くも凍傷になりかけた者には暖かな守護を注いでいく。

 これならば安心と認識しながら、念のためにと一輪達にその場へと残るように指示を出し、白蓮もまた外へと出た。

 

「っ」

 

 瞬時に自身の肉体に強化魔法と防御魔法を展開させる白蓮。

 ……既に外は、死の世界と化している。

 嵐という表現すら生温いほどの吹雪は秒を待たずに生物から熱を奪い、氷像にしてしまう冷たさを孕んでいる。

 人間はおろか並の妖怪であっても、この世界に立っていれば瞬く間にその命を奪われるだろう。

 

 その中で。

 荒れ狂う死などものともしないとばかりに不動を保っている龍人と士狼が、身構えたまま前方を見つめていた。

 

 生物など存在できぬ筈の世界の中から、1人の女性が龍人達の前に君臨した。

 薄紫の髪は栄えるように映り、口元に浮かぶ笑みは絶対零度の冷たさを孕み、瞳には一切の光を感じられない。

 顔は龍人達へと向けられているが、その視線が何処に向いているのかはわからなかった。

 

「……もしかして、元凶か?」

「わからん、だがあの女から凄まじい冷気が溢れ出している。どうやら船での出来事もこの女の仕業のようなのは確かなようだ。…………来るぞ!!」

 

 呪狼の槍の切っ先を女に向け、いつでも心臓を貫けるように姿勢を低くし身構える士狼。

 その敵対心を身体で感じ取ったのか、光を灯さぬ瞳を士狼へと向けた女性は、その口元に刻んだ笑みを更に冷たくさせ。

 

――世界が、白に包まれた。

 

 

 

 

To.Be.Continued...


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