妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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第108話 ~仲間を求めて~

 人間が寄らぬ山の中を、龍人は駆け抜けていく。

 現在彼は聖白蓮と共にこの山中に群れを形成している人狼族達に会う為に、幻想郷を離れていた。

 

「龍人さん、この辺りですか?」

「ああ、人狼族には知り合いが居るし、きっと力を貸してくれるさ」

「……ナズーリンと星の居場所が、判ればいいのですが」

 

 魔界での封印が解かれ、現在は幻想郷の一員となった白蓮と彼女を慕う妖怪達であったが……彼女達とは違い封印を免れた仲間である、寅丸星とナズーリンの行方はいまだにわからないままだ。

 2人を見つける為に白蓮達は時間を見つけては幻想郷を離れ、彼女達の行方を捜しているのだがいまだ見つける事ができず、途方に暮れる始末。

 どうしたものかと考える中……龍人は人狼族に力を借りる事を提案した。

 

 星とナズーリンはそれぞれ虎と鼠の妖怪だ、故に人型になったとしても獣としての匂いをその身体に残している。

 無論それは人間や普通の妖怪では感知できない匂いではあるが、優れた嗅覚を持つ人狼族ならばそれを嗅ぎ取る事ができる筈だ。

 そう考えた龍人は、白蓮と共に捜している2人の私物を持って人狼族の群れへと目指していた。

 

「白蓮達がこれだけ捜しても居ないとなると、極力妖力を抑えて生きていると考えるのが自然だな」

「ええ、だとすると龍人さんが提案した2人の妖獣としての匂いを辿った方が確実だとは思いますが……果たして、協力してくれるでしょうか?」

 

 人狼族の事は、白蓮もよく知っている。

 元の狼としての誇り高い一面はあるものの、粗暴で乱暴なものが多い種族だ。

 しかし群れとしての結束は強く、天狗に次いで組織としての位は高い。

 そんな者達の協力をはたして得る事などできるのか、龍人は知り合いが居ると言っているが……正直、白蓮には不安の方が大きかった。

 

「止まれ!!」

「っ」

 

 怒声が響き、2人はその場で立ち止まる。

 瞬間、刃のような鋭利さを含んだ爪が、2人の身体を切り裂こうと繰り出され。

 呆気なく、龍人が繰り出した手刀の一振りで粉砕されてしまった。

 

「なっ!?」

 

 奇襲を容易く防がれた事に、爪を砕かれた人狼族の若者2人は驚愕する。

 その隙を逃さず、龍人は追撃を仕掛けようとして……既の所で動きを止め、上の岩山へと視線を送りながら口を開いた。

 

「随分な歓迎だな、士狼!」

「そう言うな。縄張りに入ってきた者を警戒しないわけにはいかないんでな」

 

 龍人達を見下ろしながらそう言い返す人狼族の青年、今泉士狼は言葉とは裏腹に龍人達に対して歓迎の意を込めた笑みを浮かべていた。

 無論、龍人としても今の奇襲には人狼族としての正当な理由があるとわかっていたので、遺恨などは残さずすぐさま士狼に対し友に向ける笑みを返した。

 

「久しぶりだな」

「ああ。お前はまた成長したようだが……わざわざこの群れに来るとは、何かあったのか?」

「少し頼みたい事ができたんだ」

 

 龍人がそう言うと、士狼は表情を変え「立ち話もなんだ」と、龍人達を自らの住処へと案内する。

 頑強な岩山を刳り貫いて作られた洞窟の中が人狼族の住処であり、龍人と白蓮は周囲を他の人狼族に囲まれながら、士狼に真正面から話し合う事に。

 少々居心地が悪いものの、龍人は早速ここへとやってきた目的を士狼へと話した。

 

 ■

 

「――我等に、犬の真似事をしろというのか!?」

 

 こちらの目的を話し終わった瞬間、場に怒声が響き渡った。

 その声を放ったのは士狼……ではなく、龍人達を囲むように立っていた人狼族の若者の1人からであった。しかし彼と同じ考えなのか、全員ではないが他の者も不満と怒りの表情を露わにしている。

 

「侮辱するつもりは毛頭ない、俺は人狼族の優れた嗅覚と感知能力を信じた故での頼み事をしているだけだ」

「ふざけるなよ半妖、何故我等が貴様のような半妖と元人間の頼みを聴かねばならんのだ!?」

 

「――気持ちは判るが落ち着け」

 

 今にも龍人達へと飛び掛からんとする若者を止めたのは、士狼の一言であった。

 妖力を乗せた“言霊”による一言は強力なもので、激昂していた若者だけでなくこの場に居る全ての人狼族の動きを止めてしまった。

 

「お前達の頼みとやらは理解した。しかしこちらにはそれに協力する利点がない」

「もちろん、こちらもできる限りの御礼はさせていただくつもりです……」

「協力してくれないか士狼、白蓮も言ったけどできる限りの礼はするから」

「ふむ……」

 

 龍人と白蓮の言葉に、士狼は目を閉じ思案に暮れる。

 彼としては、友である龍人の頼みならばと思っているのだが……この群れを率いている長の立場を考えると、そうはいかない。

 かといって無碍にもできず、さてどうするかと暫し考え。

 

「ならば、こちらの頼みも聞き入れてはくれないか?」

 

 ある“問題”を、解決してもらおうと思いついた。

 士狼が言った願いとは何なのか、首を傾げながら龍人は問う。

 すると士狼は、幻想郷に人狼族の群れを受け入れて欲しいと言い出してきた。

 正確にはここではなく……別の所からこの群れを頼ってきた者達を受け入れて欲しいという内容であった。

 

「どういう事なんだ?」

「……人狼族も随分と数を減らし、人間達によって土地を追われる者達も現れ始めた。

 それに他の妖怪との小競り合いもあってな、群れとして成り立たなくなった者達がこの群れに来るようになってしまったんだ」

 

 その結果、この群れの人狼族の数が増え続けてしまったらしく、困っていたらしい。

 かといってこの土地を離れ新たな土地を探すという事も、人間が増え続けてきた今では難しいのでどうしようかと思っていたとの事。

 なので、人と妖怪が共に暮らす幻想郷に人狼族が暮らせる場所を提供してくれるというのならば、協力すると士狼は言った。

 

 それを聞いて、白蓮の表情に陰りが差した。

 相手の事を考えれば受け入れてあげたいとは思うが、これば白蓮が勝手に決めていい内容ではない。

 それにだ、多くの人狼族を受け入れた結果……幻想郷になんらかの影響を及ぼしてしまうのではないかという懸念が生じた。

 自分達だけで受け入れるのならばともかく、幻想郷の管理者ではない自分が勝手に決める事はできない。

 

「ああ、いいぞ。そっちの頼みは引き受けてやる」

「感謝する。人間達が安心できるように離れた場所で構わない、無論環境面でも文句は言わん」

「えっ!?」

 

 あっさりと、これでもかと言わんばかりの快諾に、白蓮は目を丸くする。

 話を聞く限りではこの場に居る数十の人狼族だけではあるまい、だというのに決して広大とは言えない幻想郷の土地に受け入れきれるとは思えなかった。

 

「別にここみたいな岩山じゃなくてもいいんだろ?」

「ああ、群れの中には平原で暮らしている者達も居るからな」

「なら問題ない、それじゃあ早速頼めるか?」

 

 言いながら、龍人は白蓮にあるものを取り出すように言った。

 それを聞いて白蓮は懐から捜している2人の、ナズーリンと星が昔着用していた衣服を取り出し士狼に手渡した。

 既に数百年という月日が流れており、普通の人間はおろか妖怪であっても着用していた本人の匂いを嗅ぎ取る事はできないだろう。

 

「……数日待て。判り次第使いの者をそっちに寄越す」

「頼むな。けどあんまり無理するなよ?」

「わかっているさ。お互いに他者を背負う立場だからな」

 

 そう言って士狼が笑うと、龍人も同じように笑みを浮かべる。

 かつては敵同士、それも命の奪い合いをした両者であるが、それも昔の話。

 今ではこのように良き友として話せる、それが龍人には嬉しかった。

 

 ■

 

「――おかえりなさい、あ・な・た。

 ごはんにする? お風呂にする? それとも……わ・た・し?」

「………………」

 

 なんだコレ? 八雲屋敷へと戻ってきた龍人は、心の中でこう思った。

 玄関を開けた瞬間に、紫が割烹着姿で龍人を出迎えたと思ったら上記の言葉を妙なポーズをしながら言い放ってきたのだ。

 これには龍人も何事かと固まる事しかできず、一方の紫はというと。

 

「……無視されたぁ、頑張ったのにぃ……」

 

 何故か、さめざめと泣きながら廊下の隅っこでいじけ始めてしまった。

 なんだかよくわからないが、彼女を傷つけてしまったらしいと思った龍人は、少し困り顔を浮かべながら紫に声を掛けようとして。

 

「龍人様、おかえりなさいませ」

 

 龍人と紫の間に割って入ってきた藍によって、彼は開きかけていた口を閉じてしまった。

 その隙にと、藍は素早く龍人の右手を少々強引に、けれど壊れ物を扱うかのように優しく握り、彼を居間へと連れて行こうと歩き出してしまう。

 

「あの、藍?」

「外は寒かったでしょう? お疲れ様でございました、すぐに温かいものをご用意しますので」

「いや、紫が……」

「紫様は現在いじけるので忙しいようですので、代わりに私めが龍人様に愛情を込めたご奉仕を――」

 

「待てや、この駄狐!!」

 

 ピシッという音が響き、屋敷の壁という壁にヒビが入った。

 紫が怒りの感情のままに妖力を開放した結果であり、空気がビリビリと震えている。

 右手で拳を作り、鬼すら裸足で逃げ出しそうな程の凄まじい形相を浮かべた紫が、自らの式に金の瞳を向け「龍人を渡しなさい」と告げていた。

 なんと恐ろしいものか、自らの主の恐ろしさを再認識して震える藍であったが、ほんの少しの悪戯心が彼女に愚行を犯させる。

 

「龍人様」

「なに…………してるんだ?」

「……むふ~」

 

 まるで借りてきた猫のように、龍人の身体に自分の身体を摺り寄せる藍。

 その行為は彼にマーキングを施しているように見え、事実彼女はそれを行なっていた。

 だがまあ、そんな事を眼前でやられた紫はただでさえ穏やかでなかった心中を無闇に刺激されてしまい。

 

「ぬがーーーーーーーーーっ!!!!」

 

 その日、八雲屋敷は半壊した。

 

 ■

 

「――って事が数日前にあったんだけど、どう思う?」

「…………あなたも大変ね」

 

 数日後。

 龍人は日課である里の手伝いや見回りを終え、里の外れに停泊している星輦船へと赴いていた。

 そこで雲山と共に暇を持て余している様子の一輪と出会い、八雲屋敷の事を話すと微妙な表情を返されてしまう。

 

 当たり前である、一輪からすればそんな痴話喧嘩のような話を聞かされてもなんと答えていいのか困ってしまう。

 とりあえず巻き込まれたであろう彼に上記の言葉を送ったのだが、当の本人は大変だとはちっとも思っていない様子であった。

 

「藍もなんであんな事したんだろうな?」

「それはまあ、あなたを敬愛しているからじゃないの?」

「けど、あんな事したら紫が怒るって藍なら充分判ってる筈なんだけどな。紫って意外と独占欲が強いって最近わかってきたから」

 

 などと言いながらも、それを嬉しそうに語る龍人に一輪と雲山は僅かに顔を顰めた。

 惚けである、おもわず舌打ちを放つと同時に雲山の拳を叩き込んでやりたいと思うほどの惚けである。

 紫の態度は前から判りやすかったが、最近では龍人の紫に対する態度も存外に判りやすくなってきた。

 ……それが一輪には、心底気に入らなかった。

 

「ところで一輪、白蓮と水蜜は?」

「……聖様は里の者達に説法を説いている所よ、水蜜はその付き添い」

「一輪は行かなかったのか?」

「星輦船が無人になるのは避けたいのよ、動かす事はできないでしょうけど何かされたら困るから」

「それもそうか。でも白蓮達が幻想郷に馴染んでくれて良かったよ」

 

 ナズーリンと星を捜す為に、よく星輦船ごと幻想郷から離れる事の多い白蓮達だが、今ではすっかりここに慣れてくれた事に龍人は安堵する。

 それに幻想郷の“守護者”としてきっとここの者達を守ってくれる筈だ、それを思うと安堵するのは当然であった。

 少しずつではあるけれど、確実に幻想郷は良き場所へと成長してくれていると思う。

 きっとこれからもここを守ってくれる頼もしい者達が現れてくれるだろうし、紫だって居る。

 

「…………」

 

 ふと、龍人はある事を考える。

 ここが胸を張って“人と妖怪が暮らせる楽園”になってくれたら。

 

――俺ははたして、ここに居てもいいのだろうか?

 

 そんな考える必要のない事を、考えてしまった。

 脳裏に浮かんだその考えに自嘲しながらも、決して頭からは消えてくれない。

 

「龍人、どうしたの?」

「…………いや」

 

 一輪の声で我に帰り、龍人は立ち上がる。

 ここから離れる為……ではない。

 

「士狼の使いか? 姿を現しても大丈夫だぞ」

「えっ」

 

 近くの茂みが僅かに揺れ、1つの影が飛び出し龍人達の前に着地する。

 現れたのは人狼族の少女、しかも龍人は前に会っている少女であった。

 

「確か、今泉影狼だったか?」

「は、はい……あの節は、ご迷惑をお掛けしました……」

 

 頭を下げ謝罪する影狼に龍人は首を傾げ怪訝な表情を浮かべる。

 彼女に謝られる事などない筈だ、そう思ったがそういえば初対面では随分と警戒されていた事を思い出す。だがあの時は仕方がなかったし彼女に非は無い、なので龍人は影狼に「気にするな」と告げ本題を切り出した。

 

「それより影狼、お前が来たって事は……」

「はい。――匂いの持ち主が見つかりました」

「っ、それは本当なの!?」

 

 目を見開き、勢いよく立ち上がる一輪。

 それを宥めながら、龍人は影狼に問いかけを放つ。

 

「その子達は、今何処にいるんだ?」

「詳細は士狼様が話すと、それでなんですけど……また来ていただけますか?」

「わかった、ちょっと待っててくれるか? 一輪、白蓮達にこの事を伝えてくれ」

「ええ、勿論」

 

 言うやいなや、すぐさまその場から嵐のように駆け抜けていく一輪と雲山。

 仲間が見つかったと聞いたのだから致し方ないとはいえ、里の者達と追突しないか少し心配になった。

 そんな心配をしつつ、龍人はその場で紫を呼んだ。

 

「…………はーい、なにかしらー?」

 

 秒を待たずにスキマが開き、中から紫が現れた、が。

 何故か彼女は不機嫌さを隠す事無く頬を膨らませ、半目で睨むように龍人に視線を送っていた。

 

「お前、まだ不機嫌だったのか……」

「べっつにー、龍人が藍と仲睦まじい事なんてとっくの昔に忘れましたよーだ」

 

 忘れてねえじゃねえか、そんな言葉が喉元まで出掛かったが、余計な事態を招くだけなので龍人は慌ててそれを呑み込んだ。

 

「進展があった。これから士狼達の所に行ってくる」

「……白蓮達と?」

「ああ、それはそうだろ」

 

 そもそもこの問題は、白蓮達が中心になっている。

 だが彼女達だけで人狼族の元に行けば、色々と余計な事態を引き起こしかねないので、緩衝材として龍人が同行する事は前に紫には話している筈だ。

 それを指摘すると、紫は「判ってる」とこれまたぶっきらぼうな態度で返答を返してきた。

 これである、「八雲屋敷半壊事件」の後も紫はこのように機嫌が悪く、果ては輝夜や慧音辺りに「倦怠期?」と言われる始末。

 その倦怠期とやらが何なのか龍人にはわからなかったが、とにかく心配されている事は確かだろう。

 

「紫、何かお前の気に障る事をしたのなら謝る。だからもう機嫌直してくれ」

 

 龍人としても、機嫌が悪いままの紫と一緒に入るのは楽しくないし……悲しい。

 だから仲直りがしたい、そんな心中を込めて龍人がそう言うと、紫はばつが悪そうな表情を浮かべ視線を逸らす。

 

 別に紫は龍人に対して怒っているわけではない、いや本音を言えば鈍い彼に少しだけ怒っているが。

 機嫌が悪いのは、龍人に自分以外の女性が傍にいるという事実が気に入らないだけ、ただそれだけなのだ。

 ただそれだけと彼女自身も自覚しているのだが、どうにも感情のコントロールがいまいちできていないようで。

 ああ情けなや、大妖怪としての自分のあまりに幼稚な行動を顧みて、紫はちょっぴり泣きたくなった。

 

「俺、お前に嫌われるのは……凄く、辛い」

「…………」

 

 その言葉が、紫の心に深々と突き刺さった。

 それと同時にどうしようもない愛しさが込み上げて、自制が効かなくなり紫は龍人の身体をおもいっきり抱きしめる。

 傍で影狼が見ているが、そんな事はどうでもよかった。

 

「ああ、もう、貴方って本当に……もーーーーーーっ!!」

「……紫、どうした?」

 

 いきなり抱きしめられ、よくわからない事を言う紫に困惑する龍人であったが。

 彼女の機嫌が直ったと解釈すると、黙って彼女の温もりを感じようと目を閉じた。

 

 

 

 

「……あの、出発しないの?」

 

 躊躇いがちにそう言った影狼の言葉は、当然ながら無視されてしまった。

 

 

 

 

To.Be.Continued...

 


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