心身ともに成長した2人は、少しずつ互いの絆を深めていき。
そして遂に、お互いの関係が一歩進む時がやってきた……。
人と妖怪が暮らす隠れ里、幻想郷。
そこで日々の生活をする誰もが現在、里の中を歩く1人の女性に視線を向けていた。
宝石のように輝く長く美しい金糸の髪と瞳を持ち、紫を基調としたドレスに身を包み日傘を差すその姿は、老若男女問わず心を奪わせる魅力があった。
その女性の名は八雲紫、この幻想郷にて事実上の管理者と守護者を兼ねている、大妖怪だ。
周囲の視線を一身に受けながらも、彼女は物腰柔らかな雰囲気のまま、ある場所へと向かう。
その場所は里にある甘味処、そこでとある人物と待ち合わせており……どうやら、その待ち人は自分より先に来ていたようだ。
「紫、遅い」
団子を頬張りながらジト目で紫に視線を向けるのは、博麗零。
この幻想郷における“人間の”守護者であり、
現在は
「いつもはあなたが遅いのだから、いいじゃないの」
「ダーメ、今回はあなたの奢りにさせてもらうわよ」
「……相も変わらず、がめついわねあなたは」
呆れたようにため息をつきながら、零の隣に座る紫。
やってきた店員に団子を頼んでから、持ってきてもらったお茶を一口含み喉の渇きを潤した。
「それで、今回は何の用なの?」
「何か用がなきゃ一緒にお茶しちゃいけないのかしら? 別に何か用事があったわけじゃないわよ」
「あらそう、けど私ってあなたと違って色々と忙しい身の上なのだけれど?」
「あーはいはい。相変わらず賢者様は隠居した私と違ってお忙しいのですね、こりゃ失礼しました」
皮肉と厭味を存分に込めた言葉と視線を受け、紫はおもわず苦笑してしまう。
少しからかいが過ぎたかもしれないと思い、ごめんごめんと謝った。
「それにしても……本当に老けないのね紫って、妖怪ってこういう所がズルイと思う」
「引退したとはいえ巫女をしていた者とは思えない言葉ね」
しかし、そう愚痴を零す彼女には確かな“老い”を感じられた。
だがそれは当然だ、如何に巫女として優れていようとも彼女はあくまで人間なのだから。
……いずれ別れの時が来るのだ、人と妖怪とでは寿命が違い過ぎる。
「そういえば、二代目はどうなの? “博麗の巫女”として一応一人前になったようだけど……」
「とはいってもまだ十五だからね……もう少し見守ってあげないと」
「あら、もう十五年が経ったの?」
夜雀の妖怪、ミスティア・ローレライが連れていた捨て子を二代目の博麗の巫女として育てるように言って、既に十五年。
成る程、それならば彼女も歳をとるわけだと紫は今更ながらに納得していた。
魔界での戦いが終わった後、紫達の周囲は平和であった。
人と妖怪の小競り合いはあるものの、少なくともこの幻想郷では大きな事件は起きていない。
このまま何事もなく今の平和が続いてくれれば……そう思うものの、いずれはその均衡も崩れるだろうと紫は予感していた。
それが世の常だ、人も妖怪も争い合わずにはいられない。
でも、せめてこの幻想郷だけは……。
「紫」
「…………」
零の声で、我に帰った。
「難しい事を1人で抱え込むのは悪い癖よ? そんな事よりもっと楽しい事を考えなさい!」
「楽しいこと、ねえ。たとえばどんな?」
「えっ、うーん……」
まさかそう返されると思わなかったのか、零は顔を少しだけしかめながら考え込んでしまった。
うんうんと唸る事暫し……彼女は何か思いついたのか、ぱっと顔を上げる。
しかしすぐさまその顔に悪戯を思いついたような子供のような嫌な笑みを浮かべるのを見て、紫はなんだか無性にこの場から離れたくなった。
というか離れようと思い席を立とうとするが、天性の直観力を無駄に使用した零はそれを見抜き、彼女の手を掴み逃げられなくする。
「ちょうどよかった。こっちも訊きたい事があったのよ」
「…………なにかしら?」
「龍人とは、あれから何か進展あった?」
にやにやしながら上記の問いを放つ零に、紫は内心ため息を吐き出した。
嫌な予感は的中してしまったようだ、だが零1人ならばスキマを用いて逃げられると、紫は能力を開放しようとして。
「――久しぶりね零、紫」
彼女達の前に、見知らぬ少女が現れ声を掛けられた。
2人の視線が少女へと向けられる。
短めに切り揃えられた金の髪、サファイアのような輝きを見せる瞳とその端正な顔立ちは人形を思わせる程に美しく同時に可愛らしい。
右手で抱えるように持つ一冊の本が魔導書だと紫は気づき、目の前の少女が人間ではなく“魔法使い”である事を見抜いたが……この少女の正体まではわからなかった。
ただ何処かで出会った事はある、はて誰だったかと記憶を思い返していると。
「……もしかして、アリス?」
隣に居た零が、懐かしい名前を口にした。
「意外と忘れていないようで少し驚いたわ」
「本当にアリスなの? わーっ、懐かしいわね!!」
「ええ、零は……老けたわね」
「うぐぅっ!!」
容赦のないアリスの一言を受け、精神的ダメージを受ける零。
「……人である事を、捨てたのねアリス」
「ええ、元々私は魔法使いになるつもりだったから」
「そう……まあいいわ、それより遊びに来るなら事前に連絡ぐらいしてくれればいいのに」
「お母様……神綺様が煩いのよ、まだ魔界を出るのは危ないって」
少々うんざりした様子で説明するアリスに、紫と零は妙に納得してしまった。
神綺は魔界に生きる全ての存在にその愛情を向けているが、捨て子であり人間であったアリスの事は人一倍その傾向が強かった。
要するに彼女は超が付く親馬鹿なのである、しかもアリスの様子を見るにまったく改善されていない所か悪化しているというのがわかる。
「苦労してきたのね……」
「わかってくれる……?」
「…………」
なんか共感し合っている、とはいえここから逃げ出すチャンスがやってきてくれた。
アリスには悪いが先程の話題を蒸し返されたくない紫は、今度こそスキマを開こうとして。
「――巫女様、紫さん、こんにちは」
「久しぶりね、紫」
図ったのかのようなタイミングで、慧音と妹紅が紫達の前に姿を現してしまった。
彼女達の登場に、紫は完全にスキマを開くタイミングを逃してしまい逃走に失敗してしまう。
初めて会った慧音達とアリスが挨拶を交わしているが、今の紫にはここから逃げる算段しか考えられない。
……致し方あるまい、少々強引に立ち去る他ないと彼女は勢いよく席を立ち上がった。
「申し訳ありませんわ。私これから用事が――」
「はーい、逃がすわけないでしょー?」
速攻で逃げ出そうとする紫を、けれど零は逃がさない。
それはもう爽やかでおもわず顔パンしたくなるような笑みを浮かべ、がっちりと紫の右腕を掴んで放さない。
放せコラと威嚇するが、老いたとはいえ博麗の巫女であった零には通用せず、更に彼女は紫の逃げ道を塞いでいった。
「まだ話は終わってないでしょ? それで、龍人とは進展したのかしら?」
わざとらしく周囲に響くような声でそう言い放つ零。
結果、その話に興味を持ったのか他の3人の視線が紫へと向けられてしまう。
これで逃げ道は無くなり、紫はそのまま座り直す事しかできなかった。
「むふふふ……」
「……あなた、碌な死に方しないわよ」
「はいはいそういうのいいから、それでどうなの?」
何かを期待するような零の視線が、紫に突き刺さる。
よく見ると、慧音達も同様の視線を向けており、紫と龍人の関係に興味津々といった様子であった。
だがしかし、彼女達の期待に応えられるような事は起こってはいない。
「特に何も、今までと変わらないしこれからも変わらないでしょうね」
『…………うわあ』
「…………」
凄まじく馬鹿にされている、4人の態度を見て瞬時に紫はそう理解した。
「いや、だってさ……もう七百年近く一緒に居るんでしょ?」
「私はとっくの昔に夫婦になっているものかとばかり思っていましたが……」
「奇遇ね慧音、私もよ」
「あまり会話をしなかった私ですら、あなた達が相当の絆で結ばれているとわかるのに……」
口々に勝手な事を言う4人。
もはや彼女達にからかいの気持ちは無く、本気で紫と龍人の関係を憐れんでいるのが意や絵もわかり。
「う――うるさいうるさいうるさーーーーーいっ!!」
妖怪の賢者、ブチ切れました。
けれどその様子は子供のようで、はっきり言って恐いどころか微笑ましく映った。
「そんなこと言われなくてもわかっているわよ!! 私だって……私だってねえ」
(あ、コレはアカンヤツや)
「第一、龍人の方にそういう気がないのだからしょうがないじゃない!!」
「つまり、少なくとも紫はそういう気があると?」
「当たり前でしょ!!」
即答する紫。
……そう、紫としては彼と夫婦になるつもりはあるのだ。
とはいえ強制するつもりはないし、そもそも先程彼女の言ったように龍人自身にそういった気持ちが存在していない。
だから今の関係が変わらないのは仕方のない事だし、変えなくてもそれは……。
――今の関係が崩れるのが、恐いのでしょう?
「…………」
「ご、ごめんね紫。ちょっとからかい過ぎちゃった……?」
「いいのよ零、他の皆も気にしないで」
確かにからかいも含まれているだろう、けれどそれ以上に零達は自分達が夫婦となり幸せになってほしいと願っている。
それがわかるから、紫も本気で起こりはしない。
「龍人も龍人よ、紫の気持ちなんて何も考えてないんだから!」
「妹紅、そんな事を言ってはいけませんよ?」
「慧音だって、そう思ってるんじゃないの?」
「それは……」
そう言われてしまうと、慧音としても何も言えなかった。
「ですが紫さん、きっと龍人さんなら紫さんの想いに応えてくれると……」
「そうね、でもそれは龍人の望んだものではないし、彼を縛り付けてしまう事に繋がってしまうわ」
「そんな事は……」
そこまで言いかけ、慧音は口を閉ざす。
他の3人も何も言わず、辺りがなんともいえない空気に包まれていく。
場の空気を悪くしてしまった事にいたたまれなくなり、紫は4人に謝罪して立ち去ろうとして。
「――もう一度訊くけど、紫は龍人と夫婦になりたいの?」
アリスの、そんな問いかけを耳に入れた。
「えっ?」
「紫は龍人が好きなのよね? そして可能なら夫婦になりたい、そう思っているの?」
「それは…………でも、龍人がそれを望まない」
「あくまで紫の考えでしょ。紫自身の気持ちはどうなの?」
「……………………好きよ」
か細い声で、けれどはっきりとした口調で、紫は自らの想いを告白する。
このままの関係でもいい、紫にとって彼は最初の友であり、家族であり、仲間だ。
でも、できる事なら先の関係へ……互いに一歩近づく関係になりたい。
「成る程。――それで、あなたはどう答えるのかしら?」
「えっ……?」
――そこで、紫は漸く気がついた。
この場に、自分達以外の存在が居る事に。
しかもこの気配は、紫がよく知っている人物であり。
「あ、あ……」
「……ごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだ」
顔を上げると、そこには予想通り。
ばつの悪そうな表情を浮かべた、龍人の姿があり。
彼の表情で、紫は今の会話が完全に聞かれた事を理解して。
「い――――いやあああああああっ!!!!」
羞恥と驚愕という激情を爆発させ、全速力でその場から逃げ出してしまった。
顔は病気を疑うかのように赤く染まり、瞳からはあまりの衝撃で涙すら流れている。
スキマを使わずに飛んで逃げている辺り、普段の彼女が持つ冷静さは完全に失われていた。
そのまま逃げて逃げて逃げ続けて……気がつくと紫は、幻想郷から遠く離れた山中へと辿り着く。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
頭を抱え、よくわからない呻き声を上げながら悶え続ける紫。
聞かれてしまった、よりにもよって他ならぬ龍人にだ。
それだけでも充分過ぎるほどに恥ずかしくショックだというのに、それ以上にショックだったのは。
「…………迷惑そうだった、わね」
そう、彼は自分の想いを聞いて困っていた。
だがそれは当然だ、彼にとって自分の想いなど迷惑以外の何物でもない。
彼は自由を好み、束縛を嫌い、万人を愛している。
そんな彼に、個人からの想いなど向けられた所で迷惑になるのは至極当たり前の事だ。
「…………はっ」
笑えてくる、なんだ今の自分の無様な姿は?
大妖怪と呼ばれ、人妖問わずに尊敬と畏怖を向けられる自分が、意中の存在に想いが届かずに……悲しんでいる。
なんて無様で浅ましい、情けなくて情けなくて……でも、この胸を穿つような悲しみは消えてくれない。
「紫」
「っ」
背後から聞こえる龍人の声に、紫の全身は震え上がった。
振り返れず、かといってこれ以上逃げる事もできず、紫はその場から動けない。
「……さっきの話、詳しい内容はみんなから聞いた」
「…………」
「それで、その……夫婦って話だけど、本気……なのか?」
「…………」
紫は答えない、否定も肯定もせず龍人に背を向けたまま小さな子供のように震えている。
普段の彼女からは想像もできないその弱々しい姿に龍人は驚き、同時にそうさせている自分自身に怒りが湧いた。
「ごめん、俺……何も知らなかった。紫が俺の事をそんな風に考えてくれてるなんて……思いもしなかった」
「……いいのよ、だって貴方は私の事を友であり家族として接していたのだもの。気づかないのは当然なんだから」
「だけど、俺はお前を傷つけた。いつだって俺を支えてくれて、守ってくれたお前を守りたいって思っているのに……」
それが、龍人には許せなかった。
けれど紫にはそれで充分だったのだ、共に居られる事に変わりはなかったのだから。
だが欲というものには際限がない、恵まれた場所に居るからこそ更なる欲が湧き上がってくる。
友では満足できない、もっと自分を“女”として見てほしい。
そんな浅ましい願いばかりが紫の大きくなっていき、けれどそれを律する事ができなくなっていった。
今日の4人に対する態度だってそうだ、あんなからかいなど軽く受け流してしまえばいいのに、それができなかった。
「大丈夫よ龍人、私は貴方の傍に居られればそれで充分なの」
嘘だ、もう偽る事なんてできない。
少しずつ紫の中で育ってきた龍人へと想いは、決壊寸前だった。
地底に赴いた際も、先程のようにからかわれ、受け流す事ができずに醜態を晒してしまった。
その時からもう、この想いを抑える事ができなくなっていたのかもしれない。
「俺、お前が一番好きだ」
「ありがとう龍人、でも私は我儘だから貴方が想っている以上の“好き”が欲しいと思ってる……」
無理矢理笑顔を作り、紫は龍人との会話を終わらせようとする。
これ以上は、自分が何を言い出すのかわからなくなるから。
進まなければいけない道がある、それはとても険しく大変な道なのだから、余計な問題を抱えたくない。
こうして彼女は自分を偽り続けていく、それが正しいと言い聞かせ、彼への想いから背を向けようとする。
――けれど。
――彼女が彼を想う気持ちと同じくらいに。
――彼もまた、彼女を強く想っているのだ。
「紫」
「えっ――」
何が起きたのか、一瞬紫は理解できなかった。
けれど、全身から伝わる龍人の温もりを感じ取って。
自分が今、彼によって抱きしめられている事に、気がついた。
「龍、人……?」
「いきなり抱きしめたのは謝る、でも嫌じゃないのなら……このままで居させてくれ」
すぐ傍で聴こえる彼の声は、いつもと違い少し儚げで。
でもとても優しくて、紫は力を抜いて彼に身を委ねた。
「俺、お前が一番好きだ。でもそれはお前が一番の親友だからじゃない。
……前にな、ヘカーティアに地獄で暮らそうって言われたんだ。随分と気に入られたみたいでさ」
「い、いつの話なのそれは?」
「地底の騒動の時だ。でも俺には歩む道があったから断わった、でもそれ以上に……紫と離れるのが嫌だと思ったんだ」
そしてヘカーティアに紫に向けている愛情を指摘され、改めて彼女を見て……龍人は自らの想いを自覚した。
でも、自覚してからも彼は紫に対する態度を変えたりはしなかった。
友として、家族として、同じ道を歩む仲間として接しようと心に決めた。
だがそれは、決して自らが決めた道を歩む事だけを考える為ではない。
「……俺がお前に好きだと言って、お前に拒否されるのが嫌だった。今の関係が変わるのが……恐かった」
だから変えなかった、今まで通りの関係を維持しようと思った。
そうすれば少なくとも今よりも関係が悪化する事はない、彼女が自分の傍から居なくなる事はないと思ったのだ。
……情けない話だ、その結果が彼女の心を傷つけてしまうという龍人が一番望まぬ展開へと繋がってしまったのだから。
「ごめん、でもまだもし間に合うのなら……俺の想いを、受け取ってほしい」
「…………」
まったく予期していなかった彼の言葉に、紫は何も言えなくなった。
彼が自分に振り向くなどありえない、そう思っていた彼からの想いは、紫の思考を白く塗り潰す。
身体は震え、自然と瞳には涙が溜まり、けれど内側からは言い表せない程の嬉しさと彼に対する愛しさが込み上げていく。
「私、私、は……」
必死に声を出そうとするが、上手く言葉が出てこない。
彼の想いに応えようとしているのに、声が出てくれなかった。
だから、紫は言葉ではなく行動で示す事にした。
「……紫」
「…………」
龍人の背中に手を回し、無言のまま紫は彼を強く抱きしめ返した。
……それで充分だった。
ただそれだけで、龍人は紫の自分に対する強い愛情を感じ取る事ができた。
「――あーらら、やっぱりこうなっちゃったか」
あの世に存在する地獄の一角にて、2人の会話と姿を眺めながらヘカーティア・ラピスラズリは肩を竦める。
そんな彼女に、地獄の妖精であるクラウンピースは主人に向けるものとは思えない程に冷たい視線を向けながら口を開く。
「覗きなんて良い趣味ですね御主人様、アタイドン引きしちゃいました」
「あらやだクラッピーちゃんったら辛辣!!」
大袈裟にアクションをして悲しいアピールをするヘカーティアだが、クラウンピースには当然通用しない。
そればかりかこんな茶番を見せる主に対し、ますますその視線に冷たさを加えていった。
「あーあ、これじゃあますます龍人を手元に置いておけないわねえ」
「えっ、アレ本気だったんですか?」
「当たり前じゃない。――数少ない龍人族の生き残りでしかも男よ? それも強い意志を持った子なんて、手元に置いて可愛がりたいと思うでしょ?」
ふふふと笑みを浮かべるヘカーティアを見て、クラウンピースはぶるりと身体を震わせつつ龍人に対し同情を送った。
普段は気の良いお姉さんといった感じなのに、ふとした拍子で地獄の女神としての不気味さを出すのだから心臓に悪い。
「まあ、でも……いずれは死んじゃうのだし、その時に魂ごとこっちに持ってくればいいんだけどねん」
「とても死ぬようなヤツじゃないと思いますけどね、アタイから見てもあの生存本能は異常ですよ?」
「クラッピーちゃん、龍人族が長生きできない種族なのは知ってるでしょ? いくら“加護”があるからって龍人が異常なだけ」
「…………」
再び、クラウンピースの身体が震えた。
彼に執着を見せているというのに、その命を救わないばかりか早く絶えるように願っているヘカーティアは、やはり地獄の女神というべきか。
「でも……やっぱりすぐにでも地獄に連れて行きたいわー。映姫ちゃんに頼んで魂を刈り取ってもらいましょうか?」
「好きにしてください……」
おおやだやだ、これ以上この偏愛女神の言葉は聞きたくないとクラウンピースはその場から逃げるように立ち去った。
そんな彼女の後ろ姿を苦笑混じりに見つめてから、ヘカーティアは再び抱きしめ合っている2人の映像へと視線を向けてから。
「……そろそろ“兆候”は現れるとは思うけど、気を落としたらダメよん?」
こちらの声が届かない龍人に向かって、ヘカーティアはそう呟いた。
口元に、うっすらと笑みを浮かべながら……。
To.Be.Continued...