妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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第六章エピローグ

「…………」

「…………」

 

 剣を突き刺した体勢のまま、紫は動かない。

 アリアもまた、自身の胸を貫いている光魔を見つめつつ、不動のままであった。

 互いに何も言葉を送らず、ただ勝負の結果を受け入れる中で。

 

「――本当に、忌々しい女ね」

 

 静かな、落ち着き払った口調でアリアがそう呟いた。

 その声を耳に広いながらも、紫は何も言わない。

 掛ける言葉などなく、彼女は黙ってアリアの胸から光魔を抜き取った。

 

「ぁ……」

 

 完全に抜き取った瞬間、紫は自分の身体を支える事ができなくなり、その場で座り込んでしまう。

 それと同時に、右手に持っていた光魔の刀身が静かに砕け散った。

 アリアという強大な存在を討った代償か、砕け散った刀身はそのまま砂のように散っていく。

 光魔と闇魔、かつて龍哉が使用していた妖刀は最期まで持ち主の力となったまま、その役目を終え眠りに就いたようだ。

 

「…………はっ」

 

 自分の身体を見て、紫は思わず笑ってしまった。

 血に濡れた導師服は元の色がわからなくなる程に赤黒く染まり、更に身体中には数え切れぬ程の大小さまざまな傷が刻まれている。

 無事な箇所など1つとしてなく、まさしく死に体と呼べる自分の状態を見れば笑いたくもなるものだ。

 

「紫」

「……龍人」

 

 倒れそうになる紫の身体を、龍人が支えてくれた。

 近くに居る彼の体温が、改めて彼の存在を認識させてくれる。

 ――生きていてくれた。

 生きてまた自分の元へ戻ってきてくれた、それだけで紫は全身に走る痛みすら忘れさせてしまうほどの幸福感に満たされる。

 

「少しじっとしてろ」

「えっ……?」

 

 右手を、服の上から傷口に向けて翳す龍人。

 一体何をするつもりなのか、紫がそう思う前に――自らの変化に気がついた。

 

「これ、は……」

 

 暖かい何かが、紫の身体に流れ込んでくる。

 それは龍人が放つ“龍気”、それが直接紫の身体に流れていき……痛みと共に、彼女の傷を癒していった。

 

「驚いたろ? “龍気”にこんな使い方があるとは俺も思わなかったよ」

「? 龍人、それはどういう意味?」

「色々あったんだ、詳しい事は後で話す」

 

 そう言って、龍人は視線をアリアへと向ける。

 どこかこちらを羨むように、彼女はじっと2人を見つめていた。

 もはや戦意の欠片すら見当たらないアリアは、ぼつりと。

 

「……どうして、かしらね」

 

 そんな呟きを零し、視線を天に仰いだ。

 

「ワタシもあなた達と同じ道を歩んでいたのに、どうしてあなた達だけに理解者が現れたのかしら。

 ――忌々しいわ紫、あなたの傍にはいつだって彼が居る……それがどれだけ幸福なのか、はたしてあなたは理解しているのかしら?」

「…………」

 

 もちろん理解している、などと返す事はできなかった。

 きっと自分は本当の意味で理解していない、自分の傍に居てくれる彼の大切さを。

 だから安易な返答は返せない、それはアリアに対する最大級の侮辱に等しい。

 

「……まあいいわ。敗者であるワタシにこれ以上何かを言う資格なんてないのだから」

「アリア、これからお前はどうするつもりだ?」

「どうもこうもないわ。それにワタシがどうしようとどうなろうとあなた達には関係がないでしょう?」

 

 投げやりにそう返すアリア。

 

「ああ、関係ない。だけど……お前が自分を敗者だと認めるのなら、俺達に力を貸せ」

「は……?」

「龍人……?」

 

 彼の言葉に、アリアだけでなく紫も驚きを見せた。

 力を貸せと彼は言った、その真意が判らず2人は困惑する。

 

「俺達の進む道は困難だ。だからこそ強い心と力を持つヤツが仲間になってくれると助かる」

「……正気かしら? ワタシはあなた達の敵だったのよ?」

「敵だった相手と解り合う事ができなくて、どうして人と妖怪の共存を叶えられる?」

『…………』

 

 成る程、おもわず紫とアリアは納得してしまった。

 しかし改めて考えてみると、やはり彼の言い分は正気を疑うものだ。

 命を奪い合い、殺し合った相手と解り合う。

 それを本気で成そうとしているのだから、正気を疑うのも無理からぬ事であった。

 

「ふふっ……」

 

 まったくもってお笑い種だ、そう思う2人だったけれど。

 もし本当に解り合う事ができたのなら……きっと、違う未来が待っていると確信できた。

 

「……あなたの父の命を奪った原因にすら、手を差し延べるなんてね」

「勘違いするな、俺はお前を許したわけじゃない。

 だけどお前の命を奪った所でお前が奪った命が返ってくるわけじゃない、だったらこれからの未来の為に……お前の命を使わせてもらう」

「勝者は敗者の全てを好きにできる、そういう事ね?」

「そう思いたいならそう思えばいい、それでどうなんだ? 俺達に協力する気はあるのか?」

「そうね……」

 

 真っ直ぐな視線。

 龍人が本気で自分を仲間に引き入れようとしているのがわかり、アリアは口元に小さく笑みを作る。

 敵である自分すら共に歩む仲間にしようとするなど前代未聞だ、少なくともアリアは聞いた事がない。

 ……けれど、だからこそ彼はこの困難な道を歩み続けようと思えるのかもしれない。

 

「…………」

 

 アリアの中で一層、紫に対する羨望と嫉妬の念が強くなった。

 かつての自分に彼のような存在が居てくれたのなら、今とは違う道を進めたのかもしれないと思わずにはいられない。

 だが、今更そんなありもしない未来を夢見るなど……叶わない。

 

「……せっかくの申し出だけど、お断りさせてもらうわ」

「…………」

「アリア……」

「確かにやり直す事ができるのなら……ワタシだってそう思っているけれど、もう――遅いのよ」

 

 悔しそうに、心の底から名残惜しそうにアリアがそう言った瞬間。

 

――神弧が、背後から彼女の体を右手で貫く光景が2人の視界に広がった。

 

「――――」

「なっ……!?」

 

 アリアの血が、大地を穢す。

 その光景を、紫と龍人は唖然とした表情で見つめていた。

 

「ごぶっ……」

「――“契約”を果たさせてもらうぞ、アリア」

「あ、ぐ……ええ、構いませんわ……ぐっ、う……」

 

 神弧の腕が、アリアの身体から抜き取られる。

 自身の身体を支える気力すら残されていないのか、アリアはそのまま前のめりに倒れようとして。

 

「餞別ですわ」

 

 最後の力を振り絞って、アリアは紫に向かって持っていた神剣を投げ放った。

 そして。

 

「――ワタシに勝ったのだから、最後まで足掻いてみせなさいな」

 

 皮肉を込めた言葉と笑みを紫に送りながら。

 アリア・ミスナ・エストプラムという存在が、この世から完全に抹消した……。

 

「ぁ…………」

 

 まるで砂のように霧散しているアリア。

 紫はそれを見つめながら、ただ彼女から譲り受けた神剣を握り締める事しかできなかった。

 一方、龍人は立ち上がり紫の前に出ながら神弧と対峙する。

 その瞳には彼女に対する怒りに溢れており、けれどその瞳を一身に受けても神弧はいつもの口調で彼へと語りかけた。

 

「そう憤るな龍人。妾はただアリアとの“契約”を果たしただけだ」

「契約だと……?」

「力を貸す代わりに、アリアは妾に現世で行動する為の寄り代を用意する事と、敗北した場合に魂を貰い受ける。妾とアリアの間にはこのような契約が結ばれていてな、妾もだからこそあの女に力を貸していたというわけだ」

 

 だから、契約を果たしただけに過ぎないと神弧は言い放つ。

 それは事実なのだろう、わざわざそのような嘘を言う必要はない。

 だが、だからといって納得できるわけがなかった。

 

「ふざけるな! アリアはまだ」

「やり直せた、か? 一度堕ちた女に未来などない、あれは自らの憎しみと後悔を払拭する為に数多くの命を奪い蔑ろにしてきたのだ。

 存在そのものが悪となってしまった女が、もう一度光り溢れる世界に戻れるなどという都合の良い話などないさ」

「……お前は、一体何なんだ?」

「何なのだ、と言われてもな……上手く説明はできんが。この世界の者ではないというのだけは確かだ」

「なんだと……?」

 

 神弧の言葉に、龍人は僅かに目を見開かせる。

 

「正確にはこの星の者ではない、“破壊”と“蹂躙”を司る肉体を持たぬ精神生命体。

 妾の存在意義は生きとし生ける者全ての死に他ならない、お前達にとっては紛れもなく存在する事を許さぬ“絶対悪”だろうよ」

 

 あっけらかんと自らの正体を明かす神弧だが、当然龍人はその意味を理解する事はできなかった。

 けれど、彼女が自分で言ったように、目の前の存在がいずれ倒さなければいけない敵であるという事だけは理解できた。

 

「……今すぐに、殺し合うか?」

「っ」

 

 神弧の目が細められると同時に、龍人は一気に“龍気”を開放する。

 そんな彼を、神弧は小馬鹿にするように小さな笑みを向けた。

 

「ここで戦った所で妾の勝利は揺るがん、それではつまらぬ。だから猶予を与えよう、暫し妾は眠りに就くのでな」

「……後悔する事になるかもしれないぞ?」

「その時はその時だ、妾は確かに全ての生物の死滅させる事が存在意義ではあるが、愉しみが欲しいと思っている」

 

 そして、紫と龍人が自らの愉しみになってくれる事を神弧は願っていた。

 ……なんという歪んだ、そして狂気に満ちた望みだろうか。

 その為ならば躊躇いなく敵に塩を送り、その果てに敗北してもそれはそれで構わないと彼女は本気でそう思っている。

 純粋な狂気を孕む目の前の異形は、これ以上は話す事などないと踵を返し。

 

「――負けないわ、私達は」

 

 顔を上げ、立ち上がり神剣の切っ先を向けてくる紫の声に反応し、立ち止まった。

 

「今は勝てなくても、いつか必ず……私達はあなたに勝ってみせる」

「…………その意気だ、期待しているぞ?」

 

 くつくつと笑いながら、再び歩を進める神弧。

 そして、彼女は霧のように掻き消えて。

 

「ぁ、う……」

「紫!?」

 

 同時に、紫の意識は限界を迎え。

 龍人に抱きかかえられる感覚を最後に、意識を闇へと手放した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それじゃあ神綺、世話になった」

「それはいいんだけど……もう帰っちゃうの? もう少しゆっくりしていけばいいのに」

「その申し出はありがたいんだが、紫達を幻想郷に戻して休ませてやりたいからな」

 

 言いながら、龍人は法界から戻ってきた星輦船へと視線を向ける。

 あの中には現在、戦いの傷により眠っている紫が藍によって看病されている。

 傷自体は治したものの消耗は激しいので、幻想郷に戻って療養させなくては。

 けれどゆっくり休ませてやりたいのは彼女だけではない、一輪達によって封印を解かれた僧侶である聖白蓮(ひじり びゃくれん)も随分と消耗している様子だった。

 

 おそらく長い間封印されていた影響なのだろう、如何に人の身から魔法使いになったとはいえこの魔界の空気は地上で生まれた者にとって決して良いものではない。

 龍人としては神綺やゼフィーリア達とゆっくり話でもしてみたかったが、それはまた日を改める事にした。

 

「私達はいつでも歓迎するから、気軽に遊びに来てね?」

「ああ、助かる」

「龍人、今度は余がそちらに遊びに行ってやる。その時は最大限の歓迎を期待しているぞ?」

 

 考えておく、ゼフィーリアにそう言って龍人は飛び立ち星輦船の中へと降り立った。

 甲板部分には永琳と……何故か隅っこで蹲っている零の姿が見えた。

 

「……永琳、零のヤツどうしたんだ?」

「そっとしておきなさい。神綺の娘であるアリスって子との別れを悲しんでいるのよ」

「うぇっぐ、ひっぐ……」

 

 零のすすり泣く声が、ここまで聞こえてくる。

 白達から襲われていた彼女を助けたのを切欠に仲良くなったと聞いていたが、ここまで悲しんでいたとは思わず龍人は少しだけ驚いた。

 彼女の涙もろい一面を見ていると――ゆっくりと、星輦船が浮上を始めた。

 

 手を振って送り出してくれる神綺達に手を振り返しながら、龍人はある方向へと視線を向けた。

 その視線の先は――自分の命を救い、そして新たな力を授けてくれた龍人族の女性が眠っている場所だった。

 

 彼女は、何故自分にあそこまで力を貸してくれたのか。

 結局その理由を彼女自身の口から訊く事はできなかったし、彼女は自らの命を彼に与え消えてしまった。

 もう真意を解く事はできないけれど、授かった力と命を無駄にする事はできないと龍人は改めて心に誓った。

 

「随分と強くなったのね」

「わかるのか?」

「ええ、今までのあなたとは比べものにならない。力だけじゃなく……その心も」

「…………かもな」

 

 だが、まだ足りない。

 倒すべき脅威は一時的とはいえ去った、けれど決して消えたわけではない。

 それまでに今以上に強くならなければならない、それと同時に幻想郷を守っていかなくては。

 背負うものは多くなるばかり、いつか背負いきれず捨て去るものも出てくるのだろうか……。

 

 それでも、彼の中に不安などは存在していない。

 信じているからだ、彼も紫と同じく自分達が歩む道の未来を。

 

――魔界を抜け、見慣れた幻想郷の空へと戻る。

 

 下を見下ろすと、里の者達が驚き戸惑っている姿が見えた。

 しかしそれもすぐに消え、龍人の姿を確認した者達が彼の帰りを喜ぶかのように両手を振ってくれている。

 龍人も笑顔を浮かべながら手を振り返す、すると。

 

「――本当に、人と妖怪が共存しているのですね。素晴らしい場所です」

 

 驚きと歓喜を混ぜた声が聞こえ、龍人の隣に金と紫のグラデーションが入った女性が立ち、真下に広がる幻想郷を眩しそうに見つめていた。

 彼女こそ聖白蓮、一輪達の恩人であり……龍人や紫と同じく、人と妖怪の共存を願いながらも魔界へと封印された大魔法使いであった。

 

「まだまだ抱えてる問題は沢山あるさ」

「ですが私ではここにすら到達できなかった……龍人さんや紫さんが、今まで想像もできない程の努力を重ねてきた結果です」

「俺達だけじゃない。この里で生きる1人1人が同じ願いを願ってくれたから今の幻想郷がある、そしてその願いがこれからも広がっていくと……俺は信じたい」

 

 そうすればいつかは……いつかは、人と妖怪との関係も変わってくれるかもしれない。

 白蓮も同じ考えなのか、龍人の言葉に強い頷きを示した。

 

「白蓮。お前達の力も貸してくれるか?」

「勿論です。微力ながらあなた方の手伝いをさせてください」

 

 互いに向き合い、固い握手を交わす2人。

 ――頼もしい仲間が、また増えてくれた。

 

「ただ……その前に、やらなければならない事があります」

「やらなければならない事?」

「実は一輪達とは違い封印を免れた者達が居まして、その者達に私の事を伝えこの幻想郷にて新たな生き方を模索してもらいたいと思っているのです」

 

 きっと今も、自分の封印を解こうとあてのない旅を続けている筈だ。

 一刻も早く自分が地上に戻った事を伝えねば、申し訳が立たないと白蓮は言った。

 無論、そういう事ならば龍人は反対する筈もない。

 

「俺達も捜すのを手伝おうか?」

「いいえ、それには及びません。――必ず、私達はこの幻想郷へと戻ってきます」

「ああ、待ってるさ。早く見つかるといいな」

 

 龍人の言葉に、白蓮は感謝するように笑みを零す。

 

 

 

 

――こうして、魔界の旅は終わりを迎えた。

 

 新たな仲間、新たな力と心を得て龍人達はこれからも幻想郷を生きていく。

 ……けれど、時代は少しずつ変わっていた。

 人と妖怪、異なる価値観を持つ種族が解り合う日が本当にやってくるのか、それは誰にもわからない。

 

 けれど、彼等はこれからも歩みを進めていく。

 自分達の背負ったものが間違いではないと信じ、それを証明する為に……。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




この章を最後まで見てくださってありがとうございました。
暫くまた日常話が続くつもりです、まだ未登場の東方キャラも出したいので。

少しでも楽しんでいただけたのなら幸いに思います。

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