妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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紫とアリア、両者の決着が着こうとしていた。
負けられない、その一心で紫は今度こそ遥か先に居る彼女に追いつこうと剣を振るう……。


第104話 ~立ち止まった者と、先に進む者~

――鋼のぶつかり合う音が、響く。

 

「ちっ……」

「やあああああっ!!」

 

 裂帛の気合を込めながら怒涛の連撃を繰り出す紫に対し、アリアは忌々しげに舌打ちを放ちつつ神剣でそれを防いでいく。

 まさしく嵐の如し紫の剣戟だが、その全てがアリアには届かない。

 加減などしていない、余力など残さない勢いで戦ってるというのに尚、相手には通じなかった。

 圧倒的な戦力差が紫とアリアの間には存在している、だが。

 

「はっ、し―――!」

 

 紫の剣戟は繰り出される度に激しさを増し、その瞳には絶えず闘志が宿っていく。

 必ずここで勝つ、その気概がありありと伝わってくる紫の瞳を見て、アリアはその端正な顔を歪ませた。

 

「しつこい……!」

「っ」

 

 神剣を大きく振るい、刀ごと紫を大きく弾き飛ばすアリア。

 そして彼女は左指を紫へと向け、指先から拳大程の弾を撃ち放った。

 

「くっ……!?」

 

 弾の速度は決して速くはない、けれど絶対にこれに当たってはならないと紫は理解する。

 この弾に当たれば“生と死の境界”を操作される、そうなればたとえ防御した所で無駄である。

 かといって回避も選べない、そんな事をすればアリアの追撃を許し神剣によって両断されるは明白。

 ならばどうするのか、決まっている。

 

「――境界斬!!」

 

 同じ能力を以て、相手の能力を相殺するのみ……!

 

 振るわれる光魔と闇魔の一撃。

 刀身には紫の能力を付与した斬撃は、アリアの放った弾を見事両断する。

 

「っ、ぐ……!」

 

 紫の全身に襲い掛かる激痛。

 能力開放の反動もそうだが、今のアリアの攻撃を受けた衝撃が少しずつ彼女の身体を壊していく。

 

「無様ね」

「っ、この……!」

 

 眼前に接近を許してしまい、追撃の為に横薙ぎに右の剣を放つ。

 

「遅い」

「きゃっ!?」

 

 それを避けられ、アリアの左手が紫の顔を掴み。

 そのまま力任せに、彼女の頭部は地面へと叩きつけられてしまった。

 

「が……!?」

「わからないのかしら? あなたはワタシには決して勝てない、おとなしく自分の敗北を認め死を受け入れなさい」

「う、ぐ……!」

 

 全身に力を込めるが、顔を掴まれたまま紫は身動き1つとれなかった。

 そんな自分を冷たく見下ろす彼女を、負けるものかと紫は睨み返す。

 

「……忌々しい目ね。未来が明るいものだと信じて疑っていない目、あなた達に未来などあるわけがないのに」

「いいえ、私は決して貴女には負けない。ここで貴女を倒さなければ……前には進めないのだから!!」

「前に進む? おかしな事を言うのね、あなた達が歩む道に未来などあるわけがない。あるのはどうしようもない現実と……呆気ない幕切れだけ」

「それは貴女が歩んだ道よ、私達の未来はまだ」

「決まっていないと? ――なら、見せてあげましょうか?」

「えっ………………っ!?」

 

 どくんと、自分の鼓動が大きくなった。

 ――何かが、流れてくる。

 頭の中に直接訴えるような、強い記憶。

 自分のものではない、これは――アリア・ミスナ・エストプラムという1人の女性の軌跡であると、紫は理解しながら。

 

――彼女が見た現実を、眼球ではなく脳で視た。

 

「ぁ、…………」

 

 燃えている。

 小さな、ほんの小さな集落が燃えていた。

 一面の炎の中には、既に事切れた人間や妖怪が残骸のように転がっている。

 纏わりつくような死だけが、そこにはあった。

 

 その中を蹂躙していく影が見えた。

 それは妖怪でも神々でも悪魔でもなく――人間だ。

 見た事のない服を着た人間達が、見た事のない形をした銃や乗り物に乗って、この地獄を作り出している。

 

 ……なんと冒涜的な光景なのか。

 人間達から溢れ出ているのは、心を冷え込ませるような醜い欲望。

 だがそれはあまりに人間らしい欲望でもあり、けれど決して許容する事のできない醜悪な感情。

 

 ただ平和に暮らしていただけの場所に土足で入り込み、何の罪のない者達を殺し尽くした。

 命乞いも通じず、逃げる者にも容赦はせず、人間達はただただ蹂躙を続ける。

 蹂躙する者とされる者、そのどちらの記憶や感情が一斉に紫の中へと流れ込んできた。

 

 蹂躙する者達の目的は、この隠れ里に住む妖怪達の人知を越えた力を得るため。

 それだけの為に、ひっそりと生き続けてきた者達を殺して殺して殺し尽くしていく。

 ――これが彼女の、アリアという女性が見てきた現実。

 現実を受け入れながらも、心のどこかではまだ人と妖怪の共存を信じていた彼女が、完全に変わってしまったきっかけの光景。

 

「――――」

 

 紫の心が、凍り付いていく。

 この世のものとは思えないおぞましさ、人間達の醜い姿。

 網膜や脳に焼き付いてしまいそうなその光景を見ていると、自分達が歩んできた道の価値が消えていく。

 

――こんな未来しか待っていないのなら、自分達は無意味ではないのか?

 

 そんな疑問が、自分自身から生まれてきてしまう。

 身勝手な“悪”でしかない人間達を、守る意味などあるというのか。

 自分の信じてきたものが崩れていくのを感じながら、けれども紫の心の奥底にはまだ……。

 

「く――――ああああああああっ!!」

「……ちっ」

 

 裂帛の気合を込めた雄叫びを上げながら、紫は妖力を爆発するように開放させる。

 その衝撃で拘束が僅かに緩み、その隙を逃さず紫はアリアの手から脱出し大きく後退した。

 

「は、ぁ……はー……はー……」

 

 荒い息が、抑えられない。

 呼吸を整えようと努めても、先程観た光景が紫の全てを掻き乱していた。

 

「ふっ……」

 

 そんな紫の姿が滑稽に思えたのか。

 アリアは嘲笑するように笑いながら、神剣を大きく振り上げ。

 

「消えなさい!!」

 

 渾身の一撃を、紫目掛けて振り下ろした。

 どうにか反応しながら、紫は二刀を交差するように構え神剣を受け止める。

 

「くっ……!?」

 

 だが、受け止めた一撃は重く、一瞬でも気を抜けば刀身ごと両断させられる破壊力が込められていた。

 それだけではない、今の一撃を受け止めた結果――闇魔の刀身が湾曲してしまっていた。

 どうにか歯を食いしばって神剣を受け止める紫だが、これではあと数秒保つかどうか……。

 

「――わかったでしょう? いずれ辿る未来を観たのならもう諦めなさい、こんな道には何の意味もないと理解したのなら……楽になってしまいなさい」

「…………」

 

 今までとは違う、優しさと慈愛に満ちたアリアの声。

 その声を聞いて、掻き乱された紫の心が再度凍りつく。

 自分と同じ過ちを繰り返してほしくないと、辛い思いをしなくていいと彼女はその声で訴える。

 憎むべき敵である紫に対しても、彼女はかつて持っていた優しさを向けていた。

 

「……いいえ、楽になるなんてできない……そんな事は、望めない」

 

 それでも、紫は否定した。

 アリアの最後の慈悲を、そんなものはいらないとはっきり口にした。

 

「――叶わないと知ってなおその道を歩むなんて、傲慢にも程がある!!」

「あ、ぐ……!」

 

 鍔迫り合いのまま、弾かれた。

 巨人にでも殴り飛ばされたかのような衝撃は、紫の身体を容易く弾き背後の岩壁に叩きつける。

 ……闇魔の刀身が、今の一撃で砕かれた。

 残る武器は右手の光魔のみ、けれど……紫の身体は限界を迎えていた。

 

「う、ぁ……あ……」

 

 岩壁から出て、地面に倒れる。

 全身は傷だらけ、妖力だって残り少ない。

 決着は着いた、誰が見ても勝敗は明らかだというのに。

 

「ぅ、あ……あぁぁ、あ……!」

 

 紫は立ち上がり、負けるものかとアリアを睨んでいた。

 その瞳は既に普段の金色に戻っている、けれど強い意志の色は今まで以上に輝いていた。

 満身創痍の身体で立ち上がる彼女はこの上なく無様であり、アリアの怒りを加速するだけだ。

 

「人と妖怪の共存? 異なる種族が共に暮らす理想郷?

 そんなものは永遠にやってこない、訪れるわけがない。叶わぬ夢に縛られたまま……ここで消えなさい」

 

 神剣を構えるアリア。

 それで終わり、次の一撃で間違いなく紫の身体は両断される。

 ……初めから判りきっていた結末だ、紫とアリアの間には絶対に埋められない差というのがあった。

 それを覆すなど不可能、アリアはおろか紫すらわかっていた結果だ。

 

「……まだ、終われない」

 

 埋められない差がある、だがそれがどうしたというのか。

 自分はこんな所では終われない、こんな所では死ねない。

 まだやらなければならない事がある、叶えたい夢がある。

 何よりも、生きているとわかっている“彼”と再び再会するまでは……。

 

「紫!!」

「――――」

 

 戦場に響く、少年の声。

 顔を確認しなくてもわかる、現れたのは……紫にとって、一番会いたかった愛しき人。

 

「…………生きていたのね、龍人」

「アリア……」

 

 一瞬で紫の前に現れ、アリアと対峙する龍人。

 彼女に警戒しながら彼は紫の代わりに戦おうと“龍気”を開放しようとして。

 

「――龍人、ここは私に任せて」

 

 他ならぬ紫によって、止められてしまった。

 

「紫……」

「お願い、龍人」

「…………」

 

 何を馬鹿な、そんな身体で何ができる。

 そんな言葉が出掛かったが、龍人は何も言わず後方へと退がっていった。

 今の彼女の邪魔をしてはならない、抱いた決意を無碍にする事はできないと気づいたからだ。

 だから龍人はただ彼女の勝利を信じ、この戦いを見守る事にした。

 

「ふふ……あははははははっ!! せっかくあなたを守ってくれるナイト様が来たのに、その助けを拒むなんて正気とは思えないわ!!」

「…………」

「まだ理解していないようね、あなたがワタシに勝てる筈がないという事を。

 ワタシとあなたでは歩んできた年季が違う、見てきたモノが違う。お前のような女が何かを成そうとするなんて愚の骨頂よ!!」

 

 アリアは笑う、心の底から紫を侮蔑するように。

 だが否定はしない、紫自身も自らの行為に笑いたくなるからだ。

 何があったのかはわからないが、今の龍人は前とは比べものにならない強さを身につけている。

 余計な消費を防ぐ為に力をセーブしているが、今の彼は……おそらくアリアより強い。

 

――だからこそ、彼の力を借りるわけにはいかないのだ。

 

 彼と共に歩むには、彼と同じ強さを身につけなければならない。

 故に、自分1人で勝てなくては、これ以上前に進む事はできなくなる。

 

「……ふぅぅぅぅぅ」

 

 大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 乱れに乱れた心が、急速に冷静さを取り戻していく。

 けれど戦力差が変わったわけじゃない、残りの妖力は少ないし闇魔は湾曲している。

 だが負けない、負けるわけにはいかないと改めてその決意を胸に宿し。

 

「…………本当に目障りな女ね。そんなに死にたいのならすぐに殺してあげる!!」

「負けない……貴女にだけは、負けられない!!」

 

 憎悪の色を瞳に宿り、アリアが動く。

 それを臆する事無く真っ向から受け止めながら、紫も動いた。

 

 

――同時に放たれる剣戟。

 

 

「……えっ!?」

 

 ぶつかり合い、鋼の軋む音を響かせる中。

 驚愕が、アリアに襲い掛かった。

 

 先程とは、違う一撃。

 余力など残されていない筈の、そのボロボロの身体で放たれた紫の一撃は。

 アリアの全身に重く響き渡る程の、凄まじ一撃であった。

 

「な、ん……っ!?」

 

 ありえない、なんなのだこの剣戟は。

 今までのものとはまるで違う、余裕を見せればたちまち斬り捨てられる程の凄まじい斬撃だ。

 八雲紫の力はよく理解している、その身に宿す能力は桁外れのものだがそれ以外は並の妖怪程度の力しかない筈。

 だからこそ負ける筈がないと確信があった、事実としてアリアは先程まで圧勝していた。

 

 だが、今は違う。

 圧されているのは自分の方、このまま行けば敗北するのは自分だと理解して。

 

「こい、つ……!!」

 

 アリアは初めて、紫に対して全力を出さざるをえなくなった。

 なんという屈辱か、遥か格下の相手だと認識していた存在に全力を出すなど、彼女のプライドが大きく傷つけられた。

 しかしそうも言っていられない、秒を待たずに十を超える剣戟を繰り出す相手に余力など残せない。

 この瞬間、両者の力は拮抗しどちらが勝利するのか完全にわからなくなった。

 

「は、ぁ、は――」

 

 がむしゃらに剣を振るい、紫はただただ攻撃を繰り返す。

 息ができない、視界が霞む、全身の感覚が薄れていく。

 能力は常にトップギア、ここで全てを出し切るつもりで力を行使し続ける

 限界を越えた彼女の身体は秒単位で崩壊を続け、けれど彼女は決して止まらない。

 

 負けられない、負けるわけにはいかない。

 今の彼女の全てを統べる感情はこの1つのみ、それに辿り着くまで止まりはしないと彼女は剣を振るい続ける。

 

 ……アリアの見せてくれた光景は、未来の自分達の姿でもあった。

 この道を歩み続ける限り、いずれ自分も彼女と同じ光景を目にするかもしれない。

 心が挫けそうになる、彼女が見せた未来を思い返すだけで自分の道が正しいのか判らなくなった。

 

 でも、諦める事だけはしたくない。

 たとえ彼女が辿った結果と同じものしかなかったとしても、自分達の道が叶わぬ夢でしかなかったとしても。

 今までの自分を、なかった事にはしたくなかった。

 

「足掻いて足掻いて足掻き続けて、得られるものなんて何もないのよ!!」

 

 振り下ろされる神剣。

 まるで泣いているかのようなアリアの叫びが剣に乗り、紫を両断しようと迫ってくる。

 それを弾こうと闇魔を振るって――甲高い音が響き渡った。

 

「――――」

 

 神剣が、紫の身体を斬り伏せ鮮血を撒き散らせる。

 湾曲した闇魔では、防げなかった。

 結果、神剣は闇魔を砕きそのまま紫の身体をバッサリと斬り裂いてしまう。

 

「はっ……」

 

 知らず、アリアの口から笑い声が放たれる。

 勝った、今度こそこのくだらない戦いが終わりを迎えた。

 そう思ったが故の笑み、誰が見ても致命傷を与えられたと断言できる一撃を受けた紫は。

 

――それでも倒れず、真っ直ぐにアリアだけを見つめていた。

 

「…………」

 

 その瞳を、アリアは己が瞳で見つめ返す。

 死に対する恐れも、未来に対する不安も何もない、純粋な瞳。

 自分に勝って先に進むと、紫の瞳が訴えている。

 必殺の一撃を受けてもなお、その輝きは微塵も衰えてはいなかった。

 

「――――ああ」

 

 知っている、その輝きをアリアはよく知っていた。

 あれは……そう、まだ自分が人と妖怪が共に生きていられると本気で信じていた頃。

 未来が明るいものだと信じ、必ずその道を歩んでみせると己に誓った頃の……。

 

「っっっ」

 

 痛い。

 痛くて痛くて、泣きそうになる。

 痛覚は容赦なく紫の意識を狩り取ろうとして、その全てを受け入れながらも紫は倒れなかった。

 ここで倒れれば立てなくなる、そうなれば負けると判っていたから紫は歯を食いしばって耐えた。

 

 敵の動きは止まっている、対するこちらは闇魔は砕かれたが右手に持つ光魔が残っている。

 右手を大きく振り上げる、同時に口から大量の血が吐き出された。

 断裂する意識、それでも――紫は倒れない。

 

 たとえこの道の先に、どんな結末が待っていたとしても構わない。

 アリアと同じような耐え難い現実が待っていたとしても、人と妖怪との関係が未来永劫変わらなかったとしても。

 ……この道が、龍人と共に歩むこの道を信じているから。

 

 

「アリアーーーーーーーーーっ!!!!」

 

 

 叫び、最後の力を振り絞って光魔を振り下ろす。

 

 

 それを。

 アリアは、受け入れるように見つめ続け。

 

 

 結局、彼女は何もせずに。

 防げる筈の紫の一撃を防ごうともせず。

 

 

 光魔の刀身が、アリアの胸へと突き刺さり。

 勝敗が決まっていた筈の戦いが、終わりを告げた……。

 

 

 

 

To.Be.Continued...


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