妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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第103話 ~神なる妖と龍の子~

――陰陽鬼神玉によってできた巨大なクレーターに降り立つ。

 

「……ちょっとやり過ぎたかなー」

 

 そんな呟きを零す零だが、彼女は微塵もやり過ぎだとは思っていなかった。

 白という存在の不気味さや脅威は紫から聞いていたし、何よりもあんなに小さな少女を連れ去ろうとする悪党に容赦など必要ないと思っている。

 だからこそ、零は自身の奥義の1つである陰陽鬼神玉で白達を跡形もなく消滅させたのだから。

 

 そしてその中で白達によって連れ去られそうになった少女――アリスだけは健在であった。

 念のために結界を何重にもした甲斐があったというものだ、たとえ白達を消滅させても彼女を救い出せなければ意味は無いのだから。

 アリスの状態を確認する零、擦り傷はあるものの跡が残る怪我を負った様子はなくほっと安堵の息を零す。

 こんなにも愛らしく美しい少女なのだ、身体に残る傷などは負ってほしくないと思うのは当然でもあり、零はアリスを抱えクレーターから出ると。

 

「アリスちゃん!!」

「あら、もう終わっていたのね」

 

 こちらに向かって飛んでくる神綺と、永琳の姿が見えた。

 それに気づいた零が2人に声を掛けようとして、その前に神綺が鬼気迫る表情で零からアリスをひったくるように抱きかかえてしまう。

 

「アリスちゃん、アリスちゃん!!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて……」

「ああ、どうしましょう……アリスちゃんが、アリスちゃんが……!」

 

 ぽろぽろと涙を流しながら、乱暴にアリスの身体を揺らしながら名を呼び続ける神綺。

 零が落ち着くように声を掛けるが彼女に耳には届かず、どうしようかと思った矢先。

 

「落ち着きなさい」

「うぶっ」

 

 永琳が容赦なく、両手で神崎の両頬に平手打ちを叩き込んだ。

 ぱんっという良い音が響く辺り、本当に加減などせずに叩いたのだろう。

 しかしその甲斐もあってか、両頬を赤くしながらも神綺は冷静さを取り戻したのかはっとしたような表情を浮かべアリスの身体を揺さぶるのを止めた。

 

「……ごめんなさい、永琳ちゃん」

「私に謝ってもしょうがないでしょうに。……その子は大丈夫よ、ただ気を失っているだけで外傷も少ないしじきに目が醒めるわ」

「ホントに!?」

「嘘言ってどうするのよ」

 

 あくまで冷静に即座に診断した永琳の言葉を聞いて、今度こそ神綺はいつもの調子を取り戻した。

 

「よかったぁ……ごめんねアリスちゃん、恐い思いをさせちゃって……」

 

 慈しむように、謝罪するように優しくアリスを抱きしめる神綺。

 そこから感じれるのは無類の愛情、見ている者を暖かい気持ちにさせる美しき母性であった。

 その光景を見て零は表情を穏やかなものに変えながら、アリスを助ける事ができてよかったと改めてそう思ったのであった。

 

「ところで零、何があったの?」

「それがさー……」

 

 永琳の問いかけに、零は先程の事を話す。

 白達が現れアリスを連れ去ろうとした事、それを自分が止めた事を話すと……永琳も神綺は驚いたような表情を見せた。

 

「なんとも懐かしい名前を聞いたものね、まあアリアが現れた時点で予測はできていたけど」

「どうしてアリスちゃんを……? この子は確かに魔法使いとしての才能はあるけど、まだまだ半人前の人間なのに……」

「さあ? ――そういう事は、黒幕さんに直接訊いたらどうかしら?」

「えっ……?」

「そうでしょう? ――そこでこそこそ見ている誰かさん?」

 

 一瞬でどこからか取り出した弓を構える永琳。

 しかし彼女が向けている場所には誰もおらずしかし。

 

「――やはり、人形では荷が重かったか」

 

 突如として、そんな声が響き。

 永琳が矢を向けている方向、距離にして七メートル程度離れた場所から、音もなく1人の女性が現れた。

 人には存在しない銀に輝く獣の耳に一尾の尻尾、白と同じような無機質な空気を纏うそれは射抜くような視線を3人に向ける。

 

「…………」

 

 気がつくと、零は一歩後ろに後退っていた。

 彼女の博麗の巫女としての直感が、目の前に現れた生物の異質さを悟ったのだ。

 あれに出会ってはならない、立ち向かってはならないという警鐘が内側から鳴り響いている。

 今まで対峙してきた妖怪からは感じた事などない、漠然としながらも強大で不気味な恐怖。

 

「……あなた、誰?」

 

 その中でも、神綺はいつもの口調で女へと問うた。

 だがやはり警戒しているのか、守るようにアリスを抱えながらだが。

 

「名は無い。この寄り代の身体の名は使えないのでな、神弧とでも呼べばいい」

「神弧……あなたが龍人の出会った、正体不明の怪物ってわけね」

「怪物、か……そうだな、確かに妾は人でも妖怪でも……」

 

 女――神弧の言葉が途切れる。

 隙だらけのその肉体に、永琳が放った矢が命中したからだ。

 強い霊力が込められた矢は、神弧の左腕に命中し左肩からごっそり吹き飛ばした。

 

「……話している最中なのだが、続けてもいいか?」

 

 しかし、それだけの傷を負っても神弧は先程と変わらぬ口調で言葉を放つ。

 まるで永琳の矢など意味はないと言うかのように。

 すかさず、永琳は次の矢を放ち、今度は神弧の下半身を吹き飛ばす。

 たとえ人間ではない肉体だったとしても致命傷、もはや助かる筈のない傷ではあるが。

 

「妾がそのアリスという少女を連れ去るよう白達に指示したのはな、お前の魂を楽に喰らう為だったのだよ。神綺」

 

 上半身と右腕だけになっているというのに。

 神弧は、何事もなかったかのように会話を続けていた。

 

「えっ……」

「…………」

 

 その異様な光景に零は固まり、永琳は平静さを装いながらも次の矢を装填する事も忘れ立ち尽くしている。

 

魂喰い(ソウルイーター)、それがあなたの正体ってことかしら?」

「いや、それは違う。妾には本来肉体など存在しない、謂わば精神生命体のようなものでな。

 この寄り代の身体を用いて現世に受肉しているようなものなのだ、そして強い魂を喰らいより寄り代の肉体に適合しようと思っているのだが……」

 

 そう上手くはいかないものだと肩を竦めながら、神弧は零へと視線を向ける。

 その視線を真っ向から睨み返しながら、零は両手を合わせ夢想封印の宝玉を展開した。

 高密度の霊力で構成された八つの宝玉が零の周囲に浮かび上がり、放たれる瞬間を今か今かと待ちわびている。

 

「そう憤るな。――ちゃんと相手はしてやるとも」

 

 瞬間、神弧の肉体が秒を待たずに再生を終えた。

 あまりにも早いその再生スピードに、零は展開していた夢想封印を開放する。

 放たれる八つの宝玉、その全てが必殺の一撃であり、まともに受ければ四度殺しても余りある破壊力だが。

 

「待て待て。こっちの準備はまだ終わっていないのに攻撃するな」

「――――」

 

 神弧は、右手を翳しただけで夢想封印の宝玉を霧散させてしまった。

 その光景に零は唖然としたまま立ち尽くし、続いて永琳の矢が放たれる。

 神速の速度で放たれた三本の矢は、神弧の身体に突き刺さる前に粉々にされた。

 

「……やはり駄目ね。想像以上だった」

 

 どこか諦めを含んだ言葉を零しつつ、永琳はそのまま弓矢を投げ捨て降参するように両手を挙げる。

 

「なんだ、月の叡智と呼ばれた程の貴様がもう降参か?」

「随分と懐かしい呼び名を持ってきたのね。

 ええ、降参よ。少なくとも私はもうあなたとは戦わないわ」

「ちょ、ちょっと永琳せんせー!!」

 

 抗議の声を上げる零にも、永琳は何も答えない。

 ……だって仕方がないではないか、もう自分の出番は終わったのだから。

 そもそも自分は前衛に赴いて戦う戦士ではない、後の事は……“彼”に任せよう。

 

「…………む?」

「えっ……?」

「あら……?」

 

 神弧、零、神崎の順に声を上げ、空を見上げる。

 その視線の先から……何かがとんでもない速度でこちらに向かってくるのを感じ取り。

 3人と神弧の間に割って入るかのように、1人の少年が着地した。

 

「あ……!」

「……来たわね」

 

 少年の姿を見て零は驚き、永琳は笑みを浮かべ。

 

「久しぶりよな――――龍人」

「…………」

 

 神弧は、自分を真っ直ぐに見据えてくる龍の子。

 ――龍人の名を呼び、その口元に僅かな歓喜の笑みを刻んでいた。

 

「龍人、生きてたんだ……」

「ああ、ある人に助けられてどうにか生き延びた。――けど、話は後だ」

 

 既に龍人は、紫がこことは違う場所でアリアと戦っている事を感じ取っている。

 本音を言えば真っ直ぐ彼女の所に向かいたかったが、零達の前に現れた神弧を放っておく事もできない。

 だから彼女達と話をするのを後回しにし、龍人は一気に託された新たな力を解放する。

 

「うっ……!?」

 

 瞬間、周囲に嵐が巻き起こった。

 あらゆるものを吹き飛ばし押し潰す鋼の風が、龍人から放たれている。

 それはそのまま彼の力の大きさを示しており、その力の総量は――前の彼からは考えられないほどに大きく凄まじいものであった。

 

「…………貴様」

 

 神弧の表情から、余裕の色が消える。

 口元に刻まれていた歪んだ笑みはなりを潜め、彼を“脅威”として認識した。

 

「時間は掛けられない。だから――抵抗するな」

「それはできぬ相談だ、こちらとて貴様等の魂を喰らいたいと思っているのだからな」

「そうか。なら」

 

――くれぐれも、後悔するな。

 

「…………っ!?」

 

 瞬間、龍人の姿が全員の視界から消え。

 神弧の身体に、黄金に輝く刃が叩きつけられた。

 

「ご、ぁ……!?」

 

 吐血する神弧、その表情は今まで見せた事のない驚愕で満ちていた。

 ……ありえないと、彼女はその身に襲い掛かる痛みを認める事ができなかった。

 零の夢想封印も、永琳の矢すらも命中した所で問題はなかった。

 それは神弧がこの魔界にて喰らってきた悪魔達の魂を自らの力に変えたからだ。

 

 合計258体、それだけの“上級悪魔”と呼ばれる巨大で上質な魂を喰らった今の神弧は、たとえ魔界神の攻撃であっても無効化する事ができる。

 だというのに、龍人の放った一撃は神弧に明確なダメージを与えていた。

 一体何故、そんな疑問が頭に浮かぶ前に二撃目が彼女の右脇腹に叩きつけられる。

 

「が、ふっ……!」

 

 先程よりも重く痛みを伴う一撃。

 耐え切れず後退し、神弧は彼を見て――自分の身体を斬り裂いた獲物の姿を視界に捉える。

 

――黄金の剣。

 

 龍人の両手に握り締められたそれは、刃も柄も全てが黄金の輝きを見せる剣であった。

 とはいえその剣は金属で作られたものではない、あれは彼の“龍気”を剣状に具現化させたものだ。

 だがそれで理解する、あの剣は物理的破壊力だけに優れたものではなく、斬った相手の“魂”すら傷つける刃だと。

 それ故に決して物理攻撃だけでは傷つかぬ神弧を傷つけたのだと理解し――歓喜した。

 

「……この強さ、明らかに今までのお前の力ではない。一体何を取り込んだ?」

「…………」

「そうか、その右腕……お前の腕ではないのだな。龍人族……それも龍神の領域にまで達した者の腕を移植したか。それだけではない、お前の内に漂うお前のものではない魂がお前に最上級の祝福と守護を与えているという事か……」

「……ああそうだ。この腕とこの力は俺を助けてくれた人から譲り受けたもの、全てを守る為に……お前のような存在を止める為に、受け継いだ力だ!!」

 

 地を蹴る龍人、その速度は紫電を使用せずともそれ以上の速さであった。

 嵐のように繰り出される斬撃の猛襲を、神弧は受けに回る事によって悉くを防いでいく。

 しかし防ぐだけで反撃する余裕は彼女にはなく、いずれ押し切られるのは明白であった。

 

「成る程……貴様に送った十八体もの白達が適わぬわけだ」

「っ、うおおおおっ!!」

 

 だというのに。

 両者の状況は一向に変化を見せず、攻防は終わりを迎える事なく続いていた。

 上下左右、あらゆる方向から神速の速度で放たれる黄金の剣を、神弧はただ防いでいく。

 反撃はしない、けれどその防御は完璧であり龍人からは先程のような勢いが見られない。

 

 それだけではない、少しずつではあるが龍人の呼吸が乱れ剣戟にも精彩を欠いていく。

 対する神弧の息は少しも乱れてはおらず、天秤は僅かではあるが彼女へと傾き始めていた。

 

「くっ、おあっ!!」

「むっ……?」

 

 攻撃を止め、龍人は上空へと跳躍する。

 一体何をするつもりなのか、神弧は視線で彼を追いかけると同時に。

 左右から、黄金の剣が襲い掛かった。

 

「ちっ……」

 

 跳躍すると同時に投げ放たれた黄金の剣を、神弧は舌打ちをしつつ粉々に打ち砕いた。

 ――その隙は、逃さない。

 空になった両手に、龍人は特大の“龍気”を宿していく。

 

 相手は文字通り怪物だ、渾身の龍爪撃(ドラゴンクロー)すら届かなかった。

 だが今ならば、新しく移植されたこの右腕の力を借りれば届く筈。

 

「――この一撃は龍の鉤爪、あらゆるものに喰らいつき、噛み砕く!!」

 

 臨界に達する力、呼応するように彼の両腕が黄金に輝く。

 次に放たれる一撃の脅威に気づく神弧だがもう遅い、既に彼は彼女の眼前にまで迫っており。

 

神龍爪撃(ドラゴンクロー)!!」

 

 2つの龍の鉤爪を、神弧の身体へと叩き込んだ。

 

「が、ぁ……!?」

 

 苦悶の声を上げながら、神弧の身体が後退していく。

 それを両足を地面に突き刺す事で阻止しようとする神弧であったが、それでも尚勢いを殺す事ができない。

 

「ぎ――ああああっ!!」

「っ」

 

 獣じみた咆哮を上げ、神弧が力を解放する。

 その力は霊力でも妖力でもない、かといって“龍気”のような神々に属する力でもなかった。

 ただただ暗く、深淵の更に奥深くにある漆黒の如し不気味さ。

 それが神弧の身体から溢れていき、龍人の放った神龍爪撃の力を相殺させていく。

 

「…………」

「ぐっ……ごぶっ」

 

 全身が血に濡れ、口からは絶えず血を吐き出す神弧であったが。

 その口には笑みが刻まれており、また龍人も彼女に致命傷を与えていないと理解した。

 

「っ、ぅ……」

 

 小さく呻き、龍人はおもわず膝をついた。

 ……力を使い過ぎた。

 新しい右腕の力は確かに凄まじく、今までの龍人では扱えない“龍気”を使う事ができた。

 だが当然彼の身に掛かる負担も大きく、激しい頭痛と疲労が一斉に襲い掛かってくる。

 

「――痛みわけ、だな」

「ぐっ……」

「今回はここまでにしよう。お前もまだその右腕の力に振り回されているようだし、楽しみは多い方がいい」

 

「逃がすと思ってんの?」

 

 後退する意思を見せる神弧に、零は厳しい口調で言葉を放つ。

 既に夢想封印の準備は終えている、少しでも動けば即座に放つ事ができるだろう。

 永琳も矢を構えており、完全に神弧を追い詰めていた。

 

「……殺したければ、殺せばいい」

「なんですって……?」

「この肉体は妾のものではない。仮にここで殺した所で死ぬのはこの寄り代の肉体のみ。真の意味で妾を殺せるのは、現状そこに居る龍人だけだよ」

 

 だから殺しても構わないと、神弧は零達の前に無防備な姿を晒す。

 そのあまりに隙だらけな姿に、零は絶好の機会だというのに躊躇いが生まれてしまった。

 本気で言っていると、ここで神弧を討っても意味はないと彼女の直感も告げている。

 

「どうした? 怖気づくような精神力ではあるまい、それに愛娘を危険な目に遭わせた妾が憎くはないのか魔界神?」

 

 挑発するようにそう告げる神弧だが、対する神崎の瞳は冷ややかなものであった。

 

「……ふむ、こちらとしても馴染んできたこの肉体を壊されるのは正直面倒なのでな。そちらが仕掛けないというのならば遠慮なく逃げる事にしよう」

 

 神弧の身体が、透けるように消えていく。

 その光景を誰も止められず、止めても無駄だと理解させられる中で。

 

「また会おう、龍人」

 

 どこか親愛を込めた言葉を、自身を睨む龍人へと送り。

 神なる妖は、この場から完全に消え去っていった。

 

 

 

 

「…………」

 

 ゆっくりと、龍人は立ち上がった。

 まだ頭痛はする、疲労感だって全身に襲い掛かり今すぐにでも休みたい衝動に駆られている。

 けれどそれはできない、紫がまだアリアと戦っているのならば……それを見届けなければ。

 

「――こっちの事は気にしないで、行きなさい」

 

 彼の心中を理解している永琳の言葉を聞いて、龍人はすぐさまその場から飛び去っていく。

 零達との再会を喜ぶのも、互いに何があったのかを話すのも、後回しだ。

 今はただ、紫の元へと向かいたい。

 その一心だけを胸に秘め、龍人は急ぎ彼女の元へと向かっていく……。

 

 

 

 

To.Be.Continued...


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