妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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第102話 ~新たなる龍の子~

「……んっ、ぁ……」

 

 痛みと心地良さで、龍人は目を醒ました。

 最初に映ったのは岩肌の天井、続いて慈しむように自分の頭を撫でてくれる無名の女性。

 

「ごめんなさい。起こしちゃった?」

「……いや、そういうわけじゃないから」

 

 上半身だけを起こし、龍人は改めて右腕へと視線を向ける。

 ――やはり、そこに在るべき腕は失われていた。

 だが全身を襲う痛みは大分和らいでくれた、これならば今すぐにでも動けそうだ。

 

「包帯を替えましょう」

「あ、うん……」

 

 半身を起こしたまま動かず、龍人は女性の処置に身を委ねる。

 慣れた手つきで包帯を替えていく女性は、龍人の傷口を見てほっとしたように安堵の吐息を零した。

 

「さすが龍人族であり半分妖怪の血が混ざっているだけはあるわね。殆どの傷は塞がっているわ」

「そっか……じゃあ、紫達の所に戻らないと」

「待ちなさい。傷が塞がりかけているとはいえ体力を大きく消耗しているのよ、まずは万全の状態に戻してからにしなさい。そうしないと、その紫という子にいらぬ心配を掛けてしまう事になるわ」

「……そうだよな、うん」

 

 処置が終わり、龍人はそのまま再び寝転がった。

 本当ならば今すぐにでも紫達の元へ戻り、無事である事を伝えたい。

 けれど女性の言う通り、今の状態で戻ればまた心配を掛けてしまう。

 女性の指示に従うのが賢明だと思いながら、龍人は何故こんなにもこの女性の言葉に素直に従うのか、疑問に思った。

 

 自分を助けてくれた命の恩人とはいえ、初対面の相手だというのに龍人は女性に対し既に強い信頼を寄せている。

 一片の警戒も抱かず、まるで古い友人のようにすんなりと女性の言葉に耳を傾け従っていた。

 いや、古い友人というよりも、どちらかと言えば家族のような……そんな気さくさを、覚えている。

 

「……ちょっといいか?」

「何かしら?」

「龍人族だって言っていたけど、あなたの他の龍人族は何処に居るんだ?」

「…………」

 

 女性の表情が、僅かに強張る。

 それを見て訊くべきではなかった事だと龍人は理解したが、遅すぎた。

 

「ふふっ、気にしなくて大丈夫よ。もうずっと前から1人でここに居るから」

「えっ、ずっと前から……?」

「ええ。私は元々この魔界ではなく地上にあった隠れ里で暮らしていたわ、でも私以外の龍人族は皆死んでしまって……私1人、生き延びてしまった」

「……何か、争いに巻き込まれたの?」

「ううん、ただの寿命よ。龍人族といってもその力は殆ど薄れてしまったし何より人間だもの、単純な寿命は普通の人間と変わらないの。ただ私は他の龍人族より長命みたいで、もう数百年と生き続けているのよ」

 

 ただそれだけの話だと、女性は単なる世間話のように言う。

 けれど、たった1人で永い年月を生きてきたのだろうか?

 そう思うと掛ける言葉が見つからず、龍人は沈黙してしまう。

 

「でも生きている間に同族に会えて良かったわ。それもこんなにも優しくて良い子にね」

「……なあ。こっちの問題が解決したら、俺達と一緒に幻想郷に来る気は……ないかな?

 そこは人と妖怪が一緒に暮らしてるから、龍人族でも別に住むのは問題じゃないし……」

「ありがとう。――でもいいのよ、私がこんな場所でたった1人で生きているのは……贖罪の意味もあるの」

「…………」

 

 その贖罪というのは、一体なんだと龍人はおもわず問いかけそうになってしまった。

 これ以上踏み込んだ問いは、女性の心にいらぬ傷を負わせる危険性がある。

 それに女性の意志は固い、無理に彼女を幻想郷に連れて行っても逆効果だろう。

 なんとなく空気が重くなる中、そこから逃げるように龍人は目を閉じ眠りの世界へと旅立とうとして。

 

――紫の妖力の奔流を、全身で感じ取った。

 

「――――」

 

 飛び起きる。

 それと同時に龍人は立ち上がり、脇目も振らずに洞穴の出口に向かって駆け出した。

 

「龍人!?」

 

 女性の声も、今の彼には届かない。

 紫が力を解放した、それも全力でだ。

 それは即ち、そうでもしなければ勝てない相手に巡り合ってしまったという事であり。

 直感的に、その相手がアリアであると理解してしまえば、龍人はいてもたってもいられなくなってしまった。

 

 痛みはまだある、しかし前よりも和らいでいるので支障はない。

 だがたとえ意識を断裂する程の激痛だったとしても、今の彼は止まる事はない。

 紫の元へと向かわなければ、ただその一心だけで動いている彼に余計なものを感じる機能など働いていないからだ。

 

 洞穴は短く、すぐに外へと出た。

 周囲に広がる広大な草原を駆けながら、龍人は紫の居場所を捜そうと探知を始め。

 

――自分に向かって振り下ろされた銀光の刃を、後退する事で回避した。

 

「っ」

「――龍人、発見」

「お前……!」

 

 自分を斬り伏せようとした存在を見て、龍人は僅かに驚愕する。

 雪のように白い髪と血のように赤い瞳を持った、無機質な人形を思わせる雰囲気を漂わせる少女。

 かつて紫達が対峙したという、白と呼ばれる存在が龍人の前に立ち塞がった。

 

 それも1人だけではない、いつの間にか彼を囲むように4人の白が姿を現していた。

 流石にこの状況では迂闊に動けず、龍人は歯噛みし身構える……事などしなかった。

 

「――――」

 

 グシャリ、そんな鈍い音が響く。

 ……今の彼の邪魔をする者には、相応の報いを受けるという事を白達は理解していなかった。

 彼は瞬時に前方の白の顔を左手で掴み、そのままの勢いで地面へと大きく叩きつけたのだ。

 

 無論、ただ叩きつけただけではない。

 左手には“龍気”を込め、簡易版の龍爪撃(ドラゴンクロー)とも呼べる一撃を叩き込んだ結果。

 それを受けた白の顔面は文字通り粉砕され、呆気なく絶命した。

 

 残りの白には気にも留めず、龍人は再び駆け出す。

 それを追いかける白達、彼を見つけ次第足止めをしろという主人の命を受けている彼女達であったが……何故か、突如として方向転換を始めた。

 

「龍人!!」

「っ!?」

 

 ここまで追いかけてきたのか、後方から女性の声が聴こえてきた。

 その声に反応し振り返る龍だったが、それはあまりにも愚策な行動であった。

 

「――邪魔者は、始末」

「死ね」

 

「っ、なっ……!?」

 

 白達が、追いかけてきた女性に向かって刀を振りかざしている。

 女性もそれに気づいたがもう遅い、一秒後には白達の刃が女性の身体を無惨にも切り刻むだろう。

 

「くっ――紫電!!」

 

 冷静さを失っていた龍人の思考が、元に戻った。

 それと同時に彼は命の灯火が奪われそうになっている女性を救うために、逆方向へと地を蹴った。

 身体に電撃を纏わせ、速度を一瞬で神速のものへと変えた彼は、白達が刃を振り下ろす前に間へと割って入り。

 

「っ、が、ぃ……!?」

 

 防御などする余裕などなかったので、その身体で白達の斬撃を受け止めた。

 凄まじい激痛が襲う、視界が赤く染まりながらも彼はどうにか足に力を込め倒れるのを防ぐ。

 

「ぐ、あ……っ」

「龍人、どうして……!?」

「ぁ、ぐ……っ」

 

 斬られた箇所が、燃えるような熱を放っている。

 視界は霞み、流れる血の量は多く少しでも気を抜けば意識を失いかねない。

 しかしこのままでは殺されるだけだ、龍人は自分を悲痛な表情で見つめる女性を抱きかかえ、その場から離脱した。

 

「ぎ……っ!?」

 

 強引に身体を動かしている代償か。

 意識どころか命すら奪いかねない痛みが、龍人の身体を蝕んでいく。

 流れていく血は秒単位でその量を増やしていき、如何に半妖である彼ですらこのままでは死に至る。

 いっその事、痛みから逃れる為に薄れていく意識を手放してやりたい衝動に駆られた。

 

「龍人、私の事はいいから逃げなさい!!」

「――――」

 

 けれど、それはできない。

 ここで楽になろうとすれば、自分が抱きかかえているこの無名の女性が白達に殺される。

 何も悪い事などしていない、見ず知らずの自分の命を本気で助けてくれた彼女が、何の意味もなく殺される。

 

 それだけは認められない、認めるわけにはいかない。

 だから龍人は決して楽になろうとはせず、痛みを押し殺しながら全力で逃げる。

 

 ――自分を追いかけてくる気配が、増した。

 確認しなくてもわかる、白の数が増えたのだと理解できる。

 ちらりと後ろを見れば予想通り、同じ顔の少女が既に十数体、無機質な表情のまま自分達を追いかけていた。

 悪い夢だと思いたくもなる光景を目にしながら、彼は何処に逃げればいいのかもわからずに逃げ続ける。

 

 死の誘いが、すぐそこまで迫っていた。

 ここで死ぬわけにはいかないとどんなに己に言い聞かせても、もうすぐ死ぬという未来が頭から離れてくれない。

 

「こんな、ところで……死ねる、か……っ!!」

 

 まだ自分にはやらなければならない事がある、果たさなければならない事が残っている。

 たとえどんなに絶望的な状況でも、覆せない未来が待っているとしても、諦めないし諦めるわけにはいかない。

 自分が死ねば紫が悲しむ、そして彼女は龍人にとってかけがえのない存在でもあった。

 そんな彼女を残して死ぬ事など、どうして認める事ができるというのか。

 

 このまま逃げ続ける事はできない、いずれ追いつかれるだろう。

 ならば一刻も早く女性を安全な場所へと連れて行き、迫る白の人形達を完膚なきまでに叩き潰す。

 

「龍人、あの洞窟に行きなさい。早く!!」

「っ」

 

 女性の声に反応し、龍人は彼女が指差す洞窟へと視線を向け、そちらへと全力で向かった。

 転がり込むように洞窟へと入る、すると女性は両手を合わせながら何かの術を入口へと施した。

 それは結界、防御の役割を持ったそれは同じく中へと入ろうとした白達の侵攻を妨害した。

 

「……少しは時間を稼ぐ事はできるわ。でも長くは保たない」

「はぁ……は、ぁ……」

 

 立ち止まった瞬間、龍人は耐え切れずその場で膝を突く。

 血を流しすぎた、それにアリアとの戦いで受けた傷が再び開いている。

 これでは満足に戦えない、少なくとも白達に対抗する余力は残されていない。

 

「く、そ……っ、これじゃあ……」

「…………」

 

 既に龍人は死に体、だがその瞳に宿す命の輝きはこれ以上ない程に満ち溢れている。

 このような状況であっても、彼は生きる事を諦めてはいなかった。

 ……なんという強い心か、何者にも冒されない極光の如しその意志を見て、女性は“ある選択肢”を彼に与える事にした。

 

「龍人、少し我慢して頂戴」

「えっ――――」

 

 顔を上げると、女性は自分の肩を貸し彼を立ち上がらせた。

 そのまま女性に連れて行かれる形で、龍人は洞窟の中へと歩いていく。

 自分が寝ていた場所と同じく、その洞窟は一本道であり、けれど灯りは無く前には闇が広がっていた。

 

「龍人、あなたをこんな所で死なせるわけにはいかない。けどこのままじゃ殺されるだけよ」

「…………」

「だから――これは賭けになるけど、あなたに()()()()()()を渡すわ」

「えっ……?」

 

 それはどういう意味なのか、それを訊く前に女性は歩を止めた。

 洞窟の一番奥に辿り着いたのか、円形に繰り抜かれたような空間が広がっている。

 その、中で。

 

――まるで眠るように椅子に座っている、一体の男の亡骸の姿を見た。

 

「これ、は……」

 

 傷の痛みも忘れ、龍人は茫然とその亡骸を見た。

 だが損傷は少なく、所々が朽ち果てているもののまるで生きていると錯覚させられた。

 けれどわかる、この亡骸は人間のものであり……同時に、龍人族であったものであると。

 

「……この御方は私がかつて暮らしていた里の長であり、龍人族として最高の力を持って生まれてきた私の夫。時間が無いから簡潔に説明するわ、今からあなたに夫の腕を移植する。つまり――あなたの新しい腕にするという事よ」

「えっ、だけど……」

「大丈夫。朽ち果ててはいるけど一度移植すればそれはあなたの腕となり、あなたの魂と生命力がすぐに全盛期の腕に戻してくれる。

 それだけじゃない、夫の腕を移植すればあなたの龍人族としての力も大きく向上される。強くなれるのよ」

「…………」

 

 移植させる、目の前の亡骸の腕を無くなった自分の右腕に取り付ける。

 女性の言った新しい腕と力を渡すという言葉の意味は理解できた、そしてその方法がこの状況を覆す事ができる手段だという事も。

 しかし、他者の腕を自分の腕に取り付けるなど……本当にできるのだろうか。

 

「普通なら拒絶反応が出るでしょうね、でもあなたならきっと適合できる筈。

 ――運命なんて信じるつもりはなかったけど、あの人が死ぬ間際に自分の身体を残すように言ったのはこれを予期していたからなのかしら」

 

 よくわからない呟きを放ちながら、女性は龍人を亡骸の傍まで連れて行く。

 ……近くで見ると、改めて生きていると思える程に綺麗に見えた。

 それと同時に、その亡骸から“龍気”を感じ取れた。

 

 強く重い、星のような大きな力。

 死して尚その輝きは微塵も衰えてはおらず、それが自分の身体に入るかと思うと身体が震えた。

 扱えるのかと、こんな大きな力が入り込んで耐えられるのかという不安が否応なく膨れ上がっていく。

 

 ――けれど。

 その不安も、脳裏に蘇った彼女の姿で、霧散してくれた。

 

「…………」

 

 手を伸ばす。

 そうだ、自分はまだ終わるわけにはいかない。

 目前まで迫っている人形達を叩き潰し、会いたいと願った彼女の元へと戻る。

 

 それだけを考え、彼は臆する事無く亡骸の身体を左手で触れた。

 

「っ、――――うあっ!?」

 

 刹那、洞窟内に突風が吹き荒れる。

 全身に力を入れなければ容易く吹き飛ばされてしまうその風は、自分達の周りを駆け巡っていた。

 

「ぐっ……」

 

 身体が、バラバラになってしまいそうだ。

 凄まじいまでの力の奔流が彼の全身を駆け抜け、呑み込もうと荒れ狂う。

 負けないと力を入れていく龍人であったが、入り込む力はそれを嘲笑うかのように大きくなっていった。

 

 このままでは耐えられない、取り込んでいる力に呑み込まれ自我が消える。

 歯を食いしばっても、少しずつ呑み込まれていく自身を抑えきれない。

 

「く、そ……」

「龍人!!」

 

 消え去ろうとする自分の身体を、誰かが支えてくれている。

 ……あれは誰だろうか、磨耗してしまった彼の頭では思い出せない。

 

「――大丈夫よ龍人。私の命をあなたに捧げるわ、そうすればこの力に精神を呑み込まれる事もない」

「――――」

 

 聞こえない、女性が何を言っているのか聞き取れない。

 でも、止めなくてはいけないような気がして必死に声を出そうとするが、口を開く事しかできなかった。

 

「……ありがとう。何も守れなかった私の在り方を、意味のあるものにしてくれて」

「――――、ぁ」

「幸せになりなさい龍人。あなたを守ってくれた両親も、そして私も……それを一番に願っているわ」

 

 世界が、真白に染め上がっていく。

 けれど恐れはなく、先程まで荒れ狂っていた力が己の中に入っていくのが感じ取れた。

 それはまさしく星の輝きを放つ黄金の力、かつて龍神が人間を憐れみ分け与えてくれた力の総て。

 

 なんて温かく、安心できる力なのだろう。

 だが注意しろ、この力はそれこそ世界を呑み込む力だ。

 使い方を誤れば、瞬く間に破壊しか生まなくなる。

 

「――――大丈夫、大丈夫だ」

 

 さあ、行こう。

 己の役割を果たす為に、自分の為に命を懸けてくれた名も無き者達の為に。

 龍の子は再び戦いの地へと、その身を委ね流されていく。

 

――瞬間、魔界に新たな生命(いのち)が誕生した。

 

 

 

 

To.Be.Continued...


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