妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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――その時が、やってきた。

互いに相容れぬ、認めれぬ存在同士が、雌雄を決する時が。


第101話 ~対峙、紫とアリア~

――銀光が、奔る。

 

「――――」

 

 一秒後に迫る自らの死を自覚しながらも、藍は何もできないでいた。

 唐突に、何の前触れも気配もなくその刃は振るわれ、自身と主の首を斬り飛ばそうと迫っている。

 

 反応できない。

 警戒すらしていなかったこの身体では、避ける事も弾く事も防ぐ事だってできない。

 

「あ」

 

 間の抜けた声が、自然と零れる。

 それが藍にとっての最期の言葉となり、彼女は主と共にその生涯に幕を下ろし。

 

「っっっ…………!?」

「えっ……!?」

 

 だが、その前に。

 2人の首を狙っていた斬撃は、紫の光魔によって弾かれ。

 すかさず闇魔による反撃の刃が、奇襲を仕掛けてきた相手の身体を一刀の元に両断した。

 

「――初めてこれを見た時は理解できなかったけど、カラクリがわかればなんてことはないのね」

 

 言いながら、紫は両手に光魔と闇魔を握り締めつつ、自らが切り伏せた相手を見る。

 藍も視線をそちらに向ける、血の海に沈んだ少女の姿が視界に映った。

 自らの血で赤黒く汚れているものの、雪のような白い髪と見開いたままの赤い瞳が確認できた。

 右手には刀が握り締められており、先程自分達の首を薙ごうとしたものだと理解する。

 

「紫様、これは――」

(はく)、確かそう呼ばれていたわね」

「白……!?」

 

 その名には、藍は聞き覚えがあった。

 かつて都にて紫達に襲い掛かった、人形の如し無機質さと同じ顔を持つ不気味な少女達。

 宿敵であるアリアの部下である白の少女が、再び紫達の命を狙おうと現れたようだ。

 

「――奇襲、失敗」

「八雲紫の戦闘能力、予測値を大幅に上回っている」

「増援、要請」

 

 音もなく、紫達の前に現れる白達。

 やはりどれも同じ背格好、体型、顔と不気味さは相も変わらない。

 

「ぞろぞろと……!」

 

 九尾を逆立たせ、妖力を溢れ出させる藍。

 そんな彼女に、紫はある指示を出した。

 

「藍、あなた……1人で全て相手をできるかしら?」

「えっ……」

「できるの? できないの? 私が訊きたいのはこの問いの答えだけよ」

「…………」

 

 試すような視線と問い。

 たった1人で戦えるのかと紫は問うているが、彼女の本当の問いはそんなものではない。

 

――たった1人で、勝て。

 

 自分の式ならば、やってみせろと紫はその金の瞳で命じている。

 その指示はあまりにも酷なものだ、既に白の数は全部で七人。

 それをたった1人で戦い勝てと紫は命じた、傍から聞けばあまりにも無茶な命令ではあったが。

 

「――紫様、私はあなたの式ですよ? ならば……その問い自体、無意味ではありませんか?」

 

 だが、藍は敢えてその指示に従った。

 無茶で酷なのは理解している、けれどそれがどうしたというのか。

 ――信じていると、主は瞳で言ってくれた。

 お前ならば問題はないと、尊敬する主は強い信頼を向けてくれている。

 

 それで充分だった、ただそれだけで藍はどんな命令すら果たそうとする気力が湧いてくる。

 全ては主の為、八雲藍は自らの力の全てを用いて式としての役目を果たす。

 

「――――お願いね、藍」

 

 優しく微笑み、紫はその場から離脱を始める。

 当然、白達が見逃す筈もなく全員が意識を彼女へと向け。

 

――黄金の尾が、白の一体の身体を貫いた。

 

「…………」

「貴様等の相手はこの私だ。尤も――この尾に貫かれたいのなら、存分に余所見をしているといい」

「――殺す」

 

 白達の意識が、仲間の一体を貫き絶命させた藍1人に向けられる。

 刀を向けるその瞳からは、確かな殺意が溢れ出していた。

 

 ……だが好都合だと、藍は内心ほくそ笑む。

 あの人形達の意識が全て自分に向けられるというのならば、どんなに強い殺意や敵意を向けられても構わない。

 式として与えられた責務を果たすには、今の状態は実に都合が良いものであった。

 

――両手に狐火を繰り出しながら、藍は地を蹴った。

 

 対する白達も、一斉に動き出し。

 真っ向から向かってくる藍に向けて、己が手に持つ刃を叩き下ろした。

 

 

 

 

 藍と白達の戦闘が始まった事を背中で感じながら、紫は戦いの場から離れていく。

 当然、藍だけにあの人形達の相手を任したのは理由がある。

 ……戦わなければならない相手が、自分を待っているからだ。

 呼んでいる、八雲紫という存在にとって決して相容れない、そして乗り越えなければならない相手が自分を呼んでいる。

 

 決着を、着ける時が来たのだ。

 巡り合っておよそ六百年、何度も対峙し何度も戦い……そのいずれも勝てなかった。

 今まで戦い生き残れたのも、ただ運が良かっただけ。

 

 けれど今回は違う、もう決着を先延ばしにする事はできない。

 必ず勝つ、そして再び龍人と再会し幻想郷へと帰る。

 ただそれだけを願い、紫は移動を続け――岩山の上に着地した。

 

 相も変わらず周囲に生物の気配はなく、草木も生えぬ不毛な岩肌だけが見える土地で。

 

「――来たわね。紫」

 

 目の前の空間に亀裂が走り、その中から聞き慣れた声が聴こえてきた。

 亀裂は瞬く間に大きくなり、人一人が余裕で通れるほどに大きくなった後、中から現れたのは……赤髪の美女、アリア・ミスナ・エストプラム。

 背中に天使を思わせる白い翼を生やした彼女は、右手に神剣を持ち静かに紫の前へとその姿を現した。

 

「…………」

「遺言はあるかしら? なければ、そのまま死になさい」

 

 有無を言わさぬ雰囲気のまま、アリアは紫を真っ直ぐに見つめてくる。

 その瞳のなんと冷たい事か、放たれた言葉にも強い憎悪が滲み出ている。

 

 彼女も決着を望んでいるようだ、紫もそれがわかっているからこそ誰にも邪魔されないこの場所へと移動してきた。

 お互いに話す事など何もない、ただ互いに相手の命を奪おうと雌雄を決する、ただそれだけだ。

 

 ただその前に、紫はどうしても訊きたい事があった。

 

「――アリア、引き返す事はできないの?」

「…………なんですって?」

「あなたは私を強く憎んでいる、そして龍人に対し執着心を抱いている。

 その理由、その意味がずっと理解できなかったけど……今なら、わかる気がするわ。

 アリア、あなたは――かつて龍人と同じような道を、人と妖怪が共に歩める世界を強く望んでいたのでしょう?」

 

「…………」

 

 アリアの表情が、僅かに強張る。

 頑なに彼女が紫を認めなかったのも、それが理由なのではないかと紫は推測した。

 目指していた道が何らかの要因で崩れ去ってしまい、諦めるしかなかったとしたら……龍人と紫の姿は、かつての自分を見ていると同意だ。

 だからこそ許せない、だからこそ憎んだのではないか。

 

「もしそうなら、今からでも引き返す事はできる筈よ」

 

 まるで懇願するように、紫はそうアリアに訴える。

 それが無意味である事も、無駄である事も理解しながら、どうしても彼女に告げたかった。

 

「……驚いた。まさか殺される前にそんな事を言ってくるとは思わなかったわ」

 

 心底驚いたように、アリアは言葉の中に紫に対する確かな嘲笑を織り交ぜながらそう口にする。

 

「紫、あなたのその愚かしい問いかけがあまりにも驚きに値するものだったから、その質問には答えてあげる。――ええそうよ、あなたの推測は正しい。

 かつてのワタシは確かにそんな世界を夢見てきた、人と妖怪という事なる種族が互いに平和な世界で暮らせるようにと願ってきた」

「……なら、どうしてその夢を捨ててしまったの?」

「捨てた? いいえそれは違う、捨てたのではなく()()()()()()()()()()

()()()()()

 必死になって互いの架け橋になろうとした、この考えに賛同できない者達を説得し、それこそこの身の全てを削り落とす気概で努力を続けたわ」

 

 アリアの脳裏に、ある光景が思い起こされる。

 それはかつての自分、人と妖怪の関係を憂い、それをどうにかしたいと願い続けてきた自分自身。

 抱いた夢は崇高なものだったと自負している、叶えられたらそれは素晴らしい世界が訪れると疑う事無く信じていた。

 その夢は、今の龍人と紫が目指しているものと何ら変わりはない、まったく同じ夢であった。

 

 たまたま才に恵まれ、“ある能力”を持って生まれたアリアは、とある縁から人間と交流を深める事となった。

 その理由は今となっては思い出せない、けれど彼女は人間と触れ合う内にこう思ったのだ。

 

――人は、妖怪とも共に生きていける、と。

 

 けれど世界が見せる互いの関係は、劣悪なものであった。

 だからこそ彼女は夢を抱いた、人と妖怪が共に生きる事のできる世界を願った。

 

「ええ、確かにワタシはその夢が叶えばいいと本気で願った。そして本気で叶える為に全身全霊を懸けてきた。いつかその時が来ると、何度も何度も変えられない現実を見せられながらも、ただただ前に進もうとしてきたわ」

 

 でも、共にその道を歩もうとしてくれる同志はできなかった。

 当たり前だ、誰が好き好んでこんな辛く険しいだけの道を歩もうと思うのか。

 それでも彼女は構わなかった、前に進む事しか考えていなかったから。

 

「――そんな未来などありえないと心の何処かで理解していたのに、ワタシはそれから必死に目を逸らし続けた」

 

 人は妖怪を恐れ、憎み。

 妖怪は人を見下し、喰らう。

 

 何度も何度もそんな当たり前の光景を目にしても、アリアは諦めなかった。

 否、諦めたくなかっただけなのかもしれない。

 今まで頑張ってきたのだから、報われなければ嘘ではないかと思っていたのかもしれない。

 

「結局、ワタシが何をしても互いの関係は変わらなかった。

 やがて時が過ぎ、人間達が際限なく増え続け妖怪や神々といった存在が空想の存在だと人々の間でそう認識され始めてきた頃から、もう終わりが来ていたのでしょうね」

 

 人々からの信仰を失った神々は消えていき、数を減らし続けた妖怪達は増え続ける人間達によって淘汰されていった。

 残った者達は、まるで逃げ隠れるように“とある結界”で人間の世界から隔離した隠れ里へと移動し、生き延びた。

 ……その時点で、全てが破綻していたとアリアは気づいていた。

 だというのに、アリアは尚も諦めずに歩んできた道を引き返さずに前へと進もうと試みた。

 

「笑っちゃうわよね。もう結果は判りきっているのに、尚もワタシは足掻こうとしたの。

 きっと叶うと、聞き分けのない子供のように自分を誤魔化して……初めから、そんな願いなど無意味でしかなかったのに」

 

 叶わないだけで終わるのならば、良かったのだ。

 自分が甘かったと、己の未熟さを思い知るだけならばアリアとてそのままひっそりと生きるだけであった。

 

 けれど、彼女は真に理解したわけではなかったのだ。

 人の欲を、底なしの悪を。

 

「紫、人間はね……本当にどうしようもない存在なのよ?

 結界に囲まれた小さな世界でひっそりと生きてきた私達に、向こうは一方的に蹂躙してきたの」

 

 あれは、結界が弱まり人間の世界との隔離が一時的に消えかかった時だった。

 人間達は妖怪が空想の存在だと思いながらも、心の何処かではその存在を信じていたようだ。

 そして人を超える妖怪の力を得ようと、人間達は侵略してきたのだ。

 

「抵抗したけど無駄だった。妖怪達の力は全盛期を下回っていたし、科学が発展した人間の兵器は妖怪の肉体すら滅ぼすほどだった。――これがワタシの現実、そしてあなた達がいずれ辿る未来の姿よ紫」

「…………」

「人間と妖怪の共存なんて叶わない、叶う筈がない。それをワタシはこの目で見た、ならそんな無価値な道を歩もうとしているあなた達を殺したくなっても仕方ないと思わない?」

「アリア……」

「……どうかしているわね。どうして殺す相手にペラペラと自分の過去を話したのかしら」

 

 自嘲するように、アリアは笑う。

 そこにあるのは強い失望と後悔、そして悲壮感しかなかった。

 

 ……漸く、紫は理解に至った。

 何故出会った事もなかった彼女が、自分を憎んでいたのか。

 龍人に対して執着のようなものを向けていたのか、今の話を聞いて理解した。

 

 彼女はただ、繰り返したくなかっただけ。

 自分が歩んできた道を、歩もうとする紫達を止めようとしているだけだ。

 

 けれど同時に、彼女は同じ道を歩む紫達を羨んでいる。

 自分では得られなかった同志を、紫達が手に入れられた事が心底気に入らない。

 だからただ止めるだけではなく殺すという選択肢を選んだ、それが正しい事なのか間違っている事なのか、今のアリアにとってどうでもいい事なのだ。

 存在そのものを許す事ができない、許容できないのならば殺すしかない。

 

「だからあなたは全てを憎んだの? 賛同してくれなかった人間や妖怪達も、そしてこの世界そのものも」

「憎まないと思っているの? いずれあなたも同じ経験をする、そうすればワタシと同じになる」

「…………ひどい八つ当たりね。そんな事をしても戻るものなど何もないのに」

 

 でも、納得はできた。

 彼女は謂わば未来の自分に等しい、だからこそ彼女の痛みが想像を絶するものであり、憎しみに身を委ねるのも納得できる。

 

「そうね……でも仕方のない事なのよ。全てを失ったワタシには……それだけが、生きる意味なのだから」

「…………」

「こんな所では終われない。いずれまたあなた達のような間違った願いを抱く者が現れる、ワタシのような者を存在させない為にも……こんな世界、根絶やしにしてやらないと」

 

 アリアの雰囲気が変わり、彼女はゆっくりと紫に向かって歩を進めていく。

 ……問答は、もう終わりだ。

 彼女が引き返せない道を歩んでいるのと同じように、紫とて譲れないものの為にここに居る。

 ならばこれ以上の言葉に意味はなく、後は互いに全力を尽くして相手の命を奪うしかない。

 

 紫も歩を進め始める、後戻りなどしない為に。

 ――無意味だと、彼女は言った。

 彼の歩む道は無意味で無価値だと吐き捨て、事実同じ道を歩んできた彼女だからこその言葉であった。

 

 理解はしている、正しいと紫自身も認めている。

 でも……それでも、納得などしてやれない。

 

「…………」

「…………」

 

 更に踏み込み、既に間合いは充分に剣を打ち合える程に近い。

 同時に歩を止め、暫し睨み合うように対峙してから。

 

「安心なさい紫、あなたを殺した後に……龍人もすぐ後を追わせるから」

「それは無理よアリア、龍人は……あの人は、私が守る」

 

 剣を構える。

 ――それが、開始の合図となった。

 

「大妖怪でありながらくだらない願いに縛られた愚か者。美しく残酷に――この世界から、()ねっ!!」

 

 ほぼ同時に、互いの剣がぶつかり合い火花を散らす。

 神剣と二本の妖刀が、お互いを破壊せん勢いで弾け合った。

 

 

 

 

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