そんな中、魔界都市を襲撃する存在が現れ、紫達はそれを迎撃する事となった……。
――死の魔弾が、紫達に迫る。
「つぁ…………!」
三十六発目の水の魔弾を光魔で弾く。
「は、ぁ……はぁ……は」
乱れた息を整えながら、紫は次弾に備える為に光魔と闇魔に妖力を込めていった。
刹那、今度は十七発の水の魔弾が空気を切り裂きながら迫ってくる。
「ぐっ……!?」
全ては捌けない、だが水の魔弾の相手をしているのは紫だけではないのだ。
「――――ふっ!!」
静かな気合を込め、弓から矢を放つ永琳。
彼女の膨大な霊力が込められた矢は、必殺の一撃となって飛翔する。
大気を震わせながら放たれた彼女の矢は、迫る水の魔弾のうち五つを霧散させた。
残り四つ、これならば対処できるかと思った紫であったが、そんな彼女の負担を減らす為に今度は零が仕掛けた。
「はっ!!」
指に挟んでいた退魔札を投げ放つ零。
彼女の霊力が込められたそれはまるで意志を持つかのように飛び、それぞれが魔弾とぶつかり合い相殺させる。
「ふぅ……ふぅ……さ、流石に終わったかな……?」
「……どうやらまだみたいよ」
永琳がうんざりしたような口調でそう呟いた瞬間。
今度は更に多い三十二発の魔弾が、再び紫達へと襲い掛かった。
「ぐ、この……っ!!」
だんだんと、剣だけでは対応できなくなってきた。
……悪趣味め、紫は内心で魔弾の主に対しそんな言葉を吐き捨てる。
紫達が魔弾の相手をしていると知るや、こうして少しずつまるで試すように向こうは魔弾の数を増やしていっているのだ。
どこまで耐えられるのか、試されているような相手の行動に苛立ちを覚える。
このままでは、いずれ押し切られてしまうだろう。
かといって反撃する事はできない、相手の正確な位置を探りながら迫る魔弾を防ぐ余裕はないからだ。
藍を呼ぼうとも考えたが、如何に九尾化を果たした彼女でもこの魔弾を防ぐ事は難しい。
しかしこのままでも終わりは近い、打開策を必死に考えながら三十二の魔弾を零達と協力して全て叩き落した。
「はー……はー……今度こそ、終わり……?」
「……だといいけど、もしまだ続くなら霊力が保たないわね」
「紫、えーりん先生、相手が何処に居るのかわかんないの?」
「これだけの破壊力をもった魔弾の相手をしながら探知するのは無理よ、私が探知に集中している間に2人が防御してくれれば話は別だけど……」
「…………」
紫は目を閉じ、意識を内側へと沈めていった。
これで終わりな筈はない、だから紫は自らの奥の手を解放する事にした。
自身の内側へと手を伸ばし、その領域へと到達する。
「やば――――っ」
今度こそ勝負を決めるつもりなのか。
今までとは比較にならぬ数、都合百を超える水の魔弾が紫達へと迫ってきている。
「能力、開放――」
その中でも紫は狼狽する事無く、自らの力を解放させながら目を開けた。
金の瞳は血のように赤黒く変色を遂げ、全開となった彼女はすぐに迫る魔弾全てを視界に捉える。
「――境界解析、完了」
水の魔弾の境界を瞬時に読み取り、彼女はすぐさま操作を行った。
ぱちゅん、そんな音を響かせながら迫っていた水の魔弾は呆気なく破裂してただの水と化して地面に落ちていく。
その光景に零は驚き、永琳は感嘆したような表情を見せる。
「っ、ごぶ……っ!!」
一方、紫は能力開放による反動に襲われていた。
まるでポンプのようにせり上がってきた血液を口から吐き出し、脳神経を焼き切ってしまう程の激しい頭痛に襲われる。
あれだけの数の、それも一つ一つが小さな村程度なら軽く消し飛ばしてしまうほどの破壊力を持つ魔弾を消し飛ばしたのだ。
今の紫では届かない領域へと強引に到達した結果だが、それでも突破口へと繋がってくれた。
「ぐ、ぅ……永琳、探知をお願い!!」
「ええ、今やっているわ。それと零、あなたの札を三枚ほど貸してくれるかしら?」
「え、あ、うん」
懐から博麗の札を取り出し、永琳へと手渡す零。
受け取った永琳はその札を
「――好き勝手してくれた御礼をしてあげるわ」
瞬間、永琳の身体から高密度の霊力が溢れ出す。
その力を彼女は自身の指から矢全体へと流し込んでいき、ある一点へと狙いを定めた。
彼女の力に呼応するように風が吹き荒れ、紫と零は次に放たれるものが必殺であると理解する。
「
念を矢へと送り、それは
速度上昇の
「きゃっ!?」
「わっ!?」
矢を放った瞬間、そのあまりの破壊力からか周囲の空気が吹き飛ばされ突風となって紫と零に襲い掛かる。
神速の速度に到達した矢は、空間に軋みを上げながら一直線に飛んでいく。
光となって飛んでいくそれは、まるで最後の輝きを見せる流星の如し。
魅了する美しさを放ちながらも、周囲全てを薙ぎ払いながら矢は主の命に従い飛んでいき。
「――爆ぜろ」
永琳の、その呟きと共に。
遥か遠くに飛んでいき、肉眼では捉えられなくなった矢が――大爆発を引き起こした。
耳をつんざくほどの音と衝撃を撒き散らしながら、ドーム状に広がっていく爆発は周囲の大地や岩山を根こそぎ破壊していく。
だがそれも数秒、爆発はすぐに収束していき……やがて完全に消え去った。
「…………」
紫と零は、揃って唖然としてしまう。
なんなのだ今の破壊力は、ただの“矢”という次元を完全に超えていた。
永琳の矢は確かに凄まじい威力を持っているとわかっていたが、今のはそんな認識を綺麗さっぱり吹き飛ばすほどのものだった。
「さすが紫が認めた人間の守護者が作成した札ね。ここまで威力が上がるとは思わなかったわ」
「いやいやいやいや!! 明らかに私のおかげとかじゃないよね? 今のはどう考えてもえーりん先生の力だよね!?」
「あら、買い被り過ぎよ零。ただの薬師でしかない私だけの力であんな矢を打てるわけないじゃない」
「なんで謙遜してるのか意味わからないけど、本気で言ってるのならこっちが惨めになるからやめてくださいお願いします」
確かに自分の札が永琳の矢の威力を上げたのは認めよう。
だが所詮自分による向上など微々たるものだ、矢に流し込まれた永琳の霊力の大きさを感じ取れば嫌でも理解する。
ずるい、だの、なんでそんなに強いんだー、だの、両手を上げて文句を言い放つ零。
対する永琳は曖昧に微笑みを返し、零の抗議を軽々と受け流していた。
その珍妙な光景を見て余計な力が抜けてくれたのか、紫の中で尚も喚き散らしている頭痛が少しずつ弱まっていく。
……水の魔弾は、もう放たれてはこない。
流石にあの矢の一撃には耐えられなかったのだろうか、しかし相手はあの神綺へと勝負を仕掛ける程の存在だ。
一応の警戒はしておかなくてはと、緩みかけた緊張感を再び戻そうとして。
「――今のは、効いた。凄いねキミ達」
紫達の前に、1人の少女が身体の至る所から血を流しながら現れた。
猟奇的な光景ながらも、少女の表情があまりに平然としているものだからたいした事のないように見えてしまう。
だが3人は現れた少女がたった今まであの水の魔弾を放っていた存在だと理解し、警戒心を露わにする。
一方、少女は自身の身体から流れ出る血には一切構わずゆっくりと視線を動かし……紫と目を合わせた。
「…………おかしいな」
「……?」
「キミ、妖怪でしょ? それなのに……違うニオイがする」
「何を……」
言っているのか、紫がそう言う前に少女は瞬時に彼女の眼前へと迫り。
――何故か、ふんふんと鼻を鳴らしながら紫の身体を嗅ぎ始めてしまった。
「…………」
突然の奇行に、紫達は唖然とする。
対する少女はそんな3人には構わず、ふんふんと鼻を鳴らすばかり。
もしかして今の私、臭いのかしら? と、頓珍漢な不安に駆られていると。
「……龍の子のニオイ、キミの身体からする」
「えっ……」
「どうして? ただの妖怪なのに、どうして龍の子のニオイがするの?」
「えっと……」
困った、相手が何を言っているのかわからない。
首を傾げながらこちらをジッと見つめてくる少女に、どうしたらいいのかわからず困惑する紫。
零と永琳も、そのあまりに無防備で敵意の欠片も感じられない少女の様子に、毒気を抜かれていると。
「――ティアちゃん、紫ちゃんが困ってるわよ?」
いつの間に現れていたのか。
苦笑しながら少女へと話し掛ける、神綺の姿を確認できた。
「神綺……」
「とりあえず一旦離れない?」
「……わかった」
紫から離れるティアと呼ばれた少女。
「ごめんね紫ちゃん、この子ちょっと天然というか……動物みたいな所があるから」
「……神綺、彼女は」
「この子はティアちゃん、私のお友達よ」
「…………友達?」
ちょっと待て、神綺の言葉に紫達はある違和感を抱いた。
神綺はこのティアという少女を友達と言った、相手も特に否定していないので決して嘘偽りというわけではないのだろう。
しかし彼女はたった今まで魔界都市を襲撃していた、神崎と友人関係なら何故そのような事をしたのか……。
「ティアちゃん、普通に尋ねてくれれば歓迎するって前も言わなかったっけ?」
「言った。でもそうしたらキミは普通に歓迎するだけで戦ってくれない、だから毎回こういうやり方をしてるだけ」
「うーん……障壁を破らない程度に加減してくれるのは嬉しいけど、ここで暮らしてる子達が吃驚するから控えてほしいんだけどなぁ」
「なら神綺がすぐに出てくればいい、ただそれだけの話」
苦笑混じりに話す神綺と、ただ淡々と話すティア。
両者の間には敵意や殺意と言ったものはなく、会話の内容はともかくとして雰囲気は和気藹々としたものであった。
そして会話を聞いている限り、ティアの目的はただ神綺に戦いを挑みたいだけだというのがわかる。
……ただ戦いを挑みたいだけであのような魔弾を毎回都市に向かって放っているようだ、しかも神綺の言葉を聞くと割とよくあるようだから呆れてしまう。
「……まあいい。今日は結構楽しめた、ところで……キミ、そのニオイは何?」
「何って言われても……」
「ティアちゃん、紫ちゃんには龍人ちゃんっていう龍人族の血を引いた半妖の男の子がパートナーとして居るの。あなたが嗅いだ匂いはきっと龍人ちゃんのものね」
「龍人族……まだ、存在してたんだ」
「ああ、ニオイってそういう……」
成る程、龍の子とは龍人族の事だったのかと紫は合点がいった。
しかし彼の匂いが身体に染み付いているのだろうか、試しに自分の匂いを嗅いでみるが……正直わからない。
「ティアちゃんが嗅いだ匂いは普通の匂いじゃないのよ。この子の体内には龍の因子――“海龍”の力が宿っているから」
「海龍……」
「それで、その龍の子は何処に居るの?」
「――――」
それは、ティアからすれば当たり前とも言える問いかけ。
けれど紫にとってその問いは不意打ちであり、同時に彼が自分の傍に居ないという事実を再認識させられる問いかけであった。
……胸が、痛む。
神綺のおかげで生きている事はわかっている、今はそれでいいと言い聞かせているのに……紫の胸は、痛みを発し続けていた。
会いたい、今すぐに彼の顔を見ていつものように傍に居てほしい。
「……元気、だして?」
「…………」
ティアに頭を撫でられ、おもわず彼女を軽く睨む紫。
神綺といい、子供扱いするのはやめてほしい。
けれど、撫でられているのは心地良かったので別段抵抗はしなかった。
と、暫く紫の頭を撫でていたティアであったが、突然。
「帰る、疲れた」
抑揚のない声でそう言って、この場から離れ始めた。
「ティアちゃん、またね?」
「……神綺、気をつけた方がいい。最近魔界の空気が変わってきてる気がする」
「忠告ありがとう。ティアちゃんも気をつけてね」
神綺の言葉に頷きを返してから、ティアは一瞬でこの場から消え去る。
「つっかれたぁ……あんなのいつも相手にしてるの?」
「ふふっ、なんといっても魔界神ですから!!」
えっへんと胸を張る神綺に、零はツッコミを入れる気力を根こそぎ奪われてしまった。
だが疲れているのは彼女だけではない、紫も永琳も大分力を消耗している。
「お疲れ様、でも良い経験だったでしょ?」
「それは認めるけど……寿命が縮まりましたー」
「大袈裟だよー、零ちゃん」
「大袈裟じゃないから、というかあんた等はいいけど人間の私が寿命縮ませるのは拙いから!!」
割と本気で焦っている様子の零にも、神綺はニコニコと微笑むばかり。
この漫才を暫し眺めるのも楽しいかもしれないが、流石に少し休みたいというのが紫達の本音であった。
そんな彼女達の心中を察したのか、ぎゃーぎゃー喚く零の相手を適当にしながら、神綺は紫達を連れて魔界城へと戻っていくのだった……。
■
「…………残念、だったな」
そんな呟きを零しながら、ティアは魔界の空を飛んでいく。
魔界の中でも神綺に並んで最強と名高い彼女は、魔界人らしく闘争本能に溢れている。
故に強者との戦いを常に望んでおり、今まで幾度となく魔界神である神崎に戦いを挑んでいた。
けれど、今回は存外に楽しめたとティアは紫達の事を思い出しながら自然と口元に笑みを作る。
妖怪と人間、もう1人は色々と底が見えない存在だったが楽しめた。
神綺との戦い以外で傷を負ったのは本当に久しぶりであったし、何よりも……龍人族がこの魔界に居るという話を聞けた事は、彼女にとって朗報であった。
海龍としての力と因子を持ち、原初の海の女神と呼ばれる彼女にとって同じ龍の力を持つ者は同胞と言っても過言ではない。
しかも今では希少な存在となった龍人族となれば、是非とも会ってみたかった。
だからこそ彼女は、同胞である龍人族の少年とやらに会えなかった事を残念がる。
まあいずれ会う事ができるだろう、楽しみは後にとっておく事も時には大切だ。
それにあの妖怪――神綺に紫と呼ばれていた存在、あれもティアにとって興味深い。
彼女から漂う龍の子のニオイ、それは彼女に対する強い親愛の情が感じられるものであった。
よほどニオイの主に好かれているのだろう、それがティアには嬉しかった。
次に会ったら“アレ”を授けてやろう、そう思いながらティアは少し休もうと自らの寝床へ戻ろうとして。
「――消耗しているようだな海の女神。我としては都合が良い状況だ」
彼女を呼び止める、神成る妖の声を耳に拾った――
To.Be.Continued...